83 道の上で(1)

 レイノルドは、馬の上に居た。

 魔術師にだけ許された金糸で魔術師紋の入ったマントが揺れる。


 アリアナに会ってから、数日。

 そろそろアリアナ達も帰ってしまった頃だ。

 もう1日だけ時間が取りたいと思ったけれど、計画書や報告書など、色々な事務作業もあり、時間が取れないままアリアナが帰る日になってしまった。


 レイノルドは、目の前を馬でいく、同じマントのアルノーの後ろ姿を見た。


 ……アルノーが、ここ数日厳しい。

 ほんの2日ほど、アリアナに時間を割いただけだっていうのに。


 即興で作った“伝書鳩”も、なかなかいい出来だったし、それほど厳しくされる謂れはないと思うけれど。


 空が青く、白い雲が浮かぶ。

 カポカポと、馬の足音を聞くだけの時間。


 何もないと、アリアナの事を思い出す。


 青の入ったワンピースは、蜂蜜色のアリアナの髪を際立たせる。

 あの日のアリアナは、森の妖精か天界のプリンセスかという雰囲気だった。

 髪型も、なんだかいつもより可愛くしていたし。

 旅行中という事で、少し気が緩んでいるのだろうか。


 それに、あのパンケーキを食べる顔といったら。

 笑ったり照れたり、あんなに表情豊かな顔を見るのは久しぶりだった。


 夏休み中だというのに、暇だろうからとスケジュールをいっぱいにされたどんよりとした毎日の中で、あの笑顔を見る事で、どれだけ救われることか。


 それに……。

 水遊びをしていたアリアナを思い出す。

 まるで、湖の精霊だと言われたら信じるしかないだろう。

 キラキラ輝く水滴に、楽しんでいるというよりは何かに挑戦するような真面目な顔。

 それに……、スラリと伸びた脚が……。


「ゴッ……、ゴホッゴホッ」


 考え事をしていて、突然咽せたレイノルドに、前を行くアルノーは生温かい視線を寄越した。


「ホント、アリアナちゃんが好きだね」


「ちゃん付けはやめなよ。それに、別にアリアナの事なんて考えてたわけじゃない」


「わかりやすいね。そんな風にぼんやりするようになったの、あのオシャレしていった日以来じゃないか」

「アリアナに会ったとは限らないだろ」

「アリアナちゃん以外に会うのにあんなに力入れて行ったのか?サウスフィールド領で?」

「…………」


 アルノーが前を向いた。

「真面目な話、そんなに好きなら早く申し込んだ方がいい」

「アリアナも、高等科のうちに婚約を決めるだろうからね」


「そうだよ。お前が一歩引いてしまうのはわかるよ?」

 言われて、レイノルドは、遠く空の彼方を見る。

「僕は、アリアナには好かれていないから。子供の頃の事もある。ハーレムにも入れない程度だよ」

「そう、ハーレム入りできる俺より下って事だよ」

「…………」


 そんな現実を突きつけられたくはない。


「それに、“婚約者”の事が、引っ掛かってるんだろ」



◇◇◇◇◇



アルノーはレイノルドくんの魔術師としての弟子兼護衛なので、二人で行動している事が多いです。

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