81 気晴らし剣舞

 そのまま眠ってしまったアリアナが目を覚ましたのは、早朝の事だった。


 朝早くからすでに朝食の仕度を始めていたメイドに声をかけると、一人、散歩に出る。


 二人には悪い事しちゃったわね。

 心配してるかしら。


 昼間とは違う空気の中を歩く。

 朝の空気を吸ってスッキリしようと思ったのだけれど、つい、昨日の事を思い出してしまう。


 馬車で迎えに来てくれた事。

 一緒にパンケーキを食べた事。

 二人でいるときに見られた笑顔や、キラキラとしたプラチナブロンド。


 反芻しすぎだわ。


 アリアナは頬に手を当てる。


 散歩には、また湖まで来た。


 昨夜から少し遠出するみたいな事を言っていたし、会えないのは知っている。


 うん、だから、会いたくてここまで出てきたわけじゃない。


 水面に近づいて行くと、後ろから、

「アッリアナ様〜」

 と陽気な声が響いた。


 くるりと振り向くと、シャルルがにこやかに走ってくるところだった。

 どうやら早朝ランニングのようだ。


 レイの登場とは大違いだわ。

 レイったら後ろで咽せてるんだもの。


 思ったところで、またレイノルドの事を考えているのに気づく。

 気をしっかり持たなくては。


「おはよう、シャルル」

 にっこり笑いかけると、シャルルはくりくりした目を向けた。心を許した者にだけ向ける目だ。


「アリアナ様は、お散歩ですか?」

「そうなの。早くに目が覚めてしまって」

 そう聞いたシャルルは、アリアナに飛びつかんばかりの勢いだった。

「では、訓練を見に行きませんか?これから剣舞を習うのです」

「剣舞を?」


 剣舞は、剣を持ち踊る剣の舞だ。


 アリアナも、幼少から剣を習ってはいるけれど、剣を持ち踊りを踊るというのはやった事がない。


「そうね。行ってみようかしら」


 そんなわけで、アリアナは訓練場を見学する事にした。

 訓練場には、プラタナス卿とオニオン卿が剣を携えて待っていた。

 長身のプラタナス卿と、ゴリラ味のあるオニオン卿が並ぶと、まるで突破できない壁のようだ。

 周りには、全員ではないが訓練生達が囲っている。


「それでは、訓練を始める!」

 プラタナス卿の声が響く。

 騎士になるには声の大きさも関係あるのだろうと思う声だ。


 剣舞の見本は、プラタナス卿とオニオン卿の二人で行うものだった。

 オニオン卿は、いわゆるゲストだ。


 二人、並んで剣を掲げる。

 その後は、もう目を見張るばかりだった。

 緩急のついた足運びの中で、剣を振り上げ、振り下ろす。

 振り下ろす先が、つい数秒前まで相手がいた場所なので、一歩でも間違えば血の海になってしまう。

 けれど、その美しさは、何物にもかえがたいものだった。


 二人が、まるでおもちゃの人形がケースに収まるように、元の場所へぴったりと収まると拍手が巻き起こる。


 すると、次は、実際に訓練生がやってみる番だ。

「アリアナ様もどうですか?」

 と、シャルルがにっこりと笑うので、アリアナは、シャルルとペアになった。


 練習は木剣なので血の海にはならないが、もしかしたら救護班送りにはなるかもしれない。

 緊張しながら剣を握る。


「いち、に、さん、し」

 と、二人でカウントしながら一歩一歩足を運んだ。


「はい、そこで振り下ろす!」

 プラタナス卿の声に合わせ、弱々しく剣を振り下ろすと、アリアナの剣が、シャルルのくりくりの髪を掠める。


 ひゃぁ……!


 始めこそそんな調子だったけれど、段々とアリアナとシャルルの息が合ってくる。

 シャルルの頬に、汗が滴る。

 そして、訓練も終わろうかというその時。


「……!」


 歩の出し方、歩幅、剣の振り方。

 全てがかっちりと噛み合う瞬間を、アリアナは見た。


 剣を振り、スッと歩を揃えるところまで。

 全てが完璧だった。


 顔を見合わせたアリアナとシャルルは、そのお互いの顔を見て、お互いが同じものを感じた事を知った。

「やったー!アリアナ様!」

「すごいわ!シャルル!」

 剣を持っていない方の手を、パチン!と合わせる。


 想像以上に、気持ちのいいものだった。


 プラタナス卿がいい笑顔をくれる。

 太陽が、キラリと輝いた。



◇◇◇◇◇



シャルルくんはショタ枠なんですが、かわいいキャラな割に剣の話ばっかりですね!?

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