77 水が跳ねる音(2)

 その日、アリアナは、ぼんやりとする事が多かった。


 町を歩いていても、ピクニックをしていても、すぐに朝の事を考えてしまう。


 約束……約束をしてしまったわ……。


 とはいえ、日時などは決まっていない。

 こちらから催促するわけにもいかないし。

 今後どうなるかは、……わからないわよね。


 紅茶の香りが鼻をつく。


 そう、このことばかりに気を取られていても仕方がない。

 このままどうにもならないかもしれないのだから。


 けれど、アリアナの予想を裏切って、事態はすぐに動いた。


 その夜、アリアナの部屋の窓が、コツコツと叩かれたのだ。


「!?」


 それはアリアナが、もう寝ようかと、すでに寝巻きを着てぼんやりとしていた時のことだった。


 一瞬、ライトが来たのかと思った。

 まさか、そんなわけない。

 さすがにこんな遠くの窓まで叩くわけがないわ。


 じゃあ……何?


 確かにそれは、聞き間違いではなかった。

 自然の音でもない。

 確かに、窓を叩こうという意志のある音だ。


 ビクビクしながら手に護身用の剣を取り、窓を覗いてみた。


 するとそこには、小さな小鳥が居た。

 窓を開けようとして初めて気づく。

 その小鳥は、木で出来ていた。

 魔術で動いている作り物だ。

 こんなに精密に動く事ができる紺色の小鳥。


 まさか。


 けど、紺色は確かにルーファウス家の色だ。


 それに、レイノルドならこんな魔法陣だって描ける。

 レイノルドなら、アリアナに連絡する理由だってある。


 ドキドキしながら、窓を開ける。

 小鳥は、アリアナの手の中に収まると、じっとした。

 足に、筒が付いている。

 蓋を外すと、予想通り、中には小さな手紙が入っていた。


 手紙には、想像以上に達筆な字で、こう書いてあった。


『よかったら、ここにいる間に今朝のお詫びがしたい。来週末まではここにいる。その間ならいつでも。

 鳥は連絡手段として持っていてもらって構わない。

 レイノルド・ルーファウス』


 本当に……手紙が来た……。


 アリアナは、すぐにデスクに向かうと、便箋を小さく千切り、手紙を書き始めた。


『それなら、明日の午後で。

 アリアナ・サウスフィールド』


 そして、すぐに手紙を小鳥の筒に入れると、小鳥を空へ飛ばした。

 小鳥は、思った以上に、鳥らしく、翼を広げて飛んだ。


 そしてアリアナは、意味もなく部屋の中を行ったり来たりとうろつくと、立ち止まって一つ息をした。


 今、うろうろしても意味がないわ。


 そして、ベッドに潜り込む。

 潜り込んだところで、眠れるわけもなかったけれど。


 何を着ていったらいいかしら。

 ワンピースと髪飾りを揃えて……。

 ううん……、デートみたいに思っていると思われては困るわ。

 こっちにはそんなつもりないんだもの。

 けど、相手は公爵令息じゃない!

 下手な格好はできないわ。


 ベッドで、ごろりと寝返りをうつ。


 アリアナは窓の向こうで、木が風にざわめくのを眺めた。



◇◇◇◇◇



魔法陣を描き慣れている分、レイノルドくんは字も上手いのです。

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