75 湖面に映る(2)

 それは、この国の貴族の家に生まれたからには、今まさに、重要な事だった。

 みんな、このアカデミー高等科の3年間で、婚約者を決めるのだ。


 家同士のアレコレですでに決まっていて、アカデミーで仲を深める者。

 家存続の問題などで狙わなければいけない相手が居る者。

 そんな者達も居なくはないが、それだって本人の意思が皆無な事はほとんどない。


 大多数は、本人達の意思に任されている。


 初っ端から仮面夫婦になられても、愛人を囲われて噂になられても、困る、というのが貴族達の意見だった。

 相手の素性がある程度保証されているアカデミーの存在が、それを許されている理由の一つでもあった。


「わ、私は別に……、」

 アイリがもどもどと言葉を紡ぐ。

「今のところ、勉強以外の事には目が向きませんし、ご厚意で家に置いてもらっているだけで、正統な後継者でもないですし、……それにまだ、アリアナ様以上の人を見た事がなくて」


「確かに」

 シシリーが真顔で肯定する。


「私……?」


 と言いつつ、アリアナは思う。


 アイリが家に居づらいなら、ハーレムに入れるのもいいかもしれないわね……。


「シシリーも私なの?男の子の事は?」


「あっ……」

 そこでシシリーが、初めて慌てた顔を見せた。


「…………」


 自分で話題を振っておいて、少し顔を赤らめ、沈黙してしまう。


 ……あら、こんなシシリーは初めて見るわね。

 そんな人が……いたんだ。


 今まで、そんな素振りも見せなかった事を、少し寂しく感じてしまう。

 言えない相手だっている。

 言えない恋だって。


「あの……」


 そして、シシリーは、少しだけさみしそうな顔を見せた。


「好きって言えるほどは、交流もなくて。けど……」


 そこで言い淀んだシシリーは、恋する女の子の顔をしていた。

 そして柔らかく、微笑む。


 誰かの事を想う顔だ。

 こんなの、もう恋をしている以外に、言いようがないじゃない。


「けど、」

 シシリーの声が大きくなる。

 さっきの“けど”と、今の“けど”は、違う意味で言ったような気がした。

「アリアナと男の子だったら、私もアリアナを取るわ」


「え……」


 ハーレムにシシリーも?

 まあ、シシリーが伯爵家を継ぐわけでもないなら、うちに連れ帰ってしまうのもありかもしれないわね。


「アリアナは?」

 シシリーが、探るような視線を寄せた。


「私は……」


 私の好きな人?


 ハーレムを作る事に疑問はない。

 将来は、法的な結婚はせずに、ハーレム宮でも建てて、みんなで一緒に住む感じでいいんじゃないかと思っている。

 ハーレムのメンバーに好意も抱いている。

 けど、シシリーが言っているのはその程度のものじゃないわよね。


 う〜ん。


 好かれる事は考えていたけど、好きになる事は考えてなかった……。


「いないの?好きな人」


「…………」

 アリアナが、頬を手で抑え考え込む。


「“私だけの王子様”〜とか」


「なっ……!」

 アリアナが、真っ赤になって飛び上がった。


 二人とも、アリアナの反応を見て、ニヤニヤし始める。


「お……、“王子様”は卒業したの……!」


「キスしたい相手、とか」

 シシリーが追い討ちをかける。


「な……っ、何を……っ!」

 アリアナが面白いほどに赤くなるのを見て、二人がやり過ぎただろうかと思っても時すでに遅し。


「そ……っ、そんなことまで、かんがえたことも……っ、な……っ!!だって全然……っ!!だって……!!!」


 すでにアリアナは一人、顔をぶんぶん振り、真っ赤になったまま半泣きで、どうにも出来ずになってしまっていたのだった。



◇◇◇◇◇



みんなハーレムに入っちゃいなよ!

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