74 湖面に映る(1)

 翌日、少女達三人は湖にボートを漕ぎ出した。


 魔法陣が書いてあるその高級なボートは、湖を綺麗に一周すると戻ってくるように設定されていた。

 そんなわけで、護衛騎士達も気を利かせ、岸から三人を見守るだけに留めたのである。


 だから、比較的大きなソファが設えてある比較的大きなボートに乗るのは、アリアナ、シシリー、アイリの三人だけだった。


 護衛が側にいなくなって、アリアナは騎士の家の人間の端くれとして二人を守らなければと思っていたし、シシリーは親愛の気持ちやそばにいる者の務めとしてアリアナだけは守らなくてはと思っていたし、アイリは一番地位の低い者として何かあったら身体を張る覚悟をしていた。


 最初に口を開いたのは、シシリーだった。


「ここだけの話、」

 湖面を見ていた二人が、顔を上げる。

「二人は、嫌いな食べ物ってないの?」


 それは、女の子達だけになった時に始める、内緒話だ。


「わ、私は……」

 アイリが口を開いた。

「水の多いオートミールが……」


 そう聞いた瞬間、この話題は不味かったのでは、とアリアナとシシリーは思う。


 シシリーが、

「私は、ニンジンが好きじゃないわ」

 と言うと、アリアナは、少し考えた後で、

「私はないわね」

 と言った。


 シシリーが笑う。

「アリアナは、食べるの好きだものね」

 アリアナがそれを受けて微笑んだ。


「じゃあ、好きなものは?」

 シシリーが嬉しそうに尋ねた。


「好きなものは」

 アイリがふっと考えた。

「魚が好きです。釣ったばっかりの」


「美味しそうね」

 言いながら、アリアナはふと湖の中を見た。

 魚の影が見える。

 この湖にも、魚が居るんだ。


 アリアナが、

「私は、マスカットが好きよ」

 と、湖面を見つめたまま言う。


「アリアナはブドウ好きよね。それに、お肉も好きだし、お魚も」

 シシリーが本気で言ったので、

「もぅ!」

 とアリアナが憤慨した。

「そういうあなたは何が好きなのよ」


 すると、シシリーは勿体ぶって、

「キャベツよ」

 と言った。


「ふふっ」

 と笑ったのはアリアナだ。

「だから中等科の時、キャベツの添え物で喜んでから、その下のニンジンでがっかりしてたのね」


「そ、そんな事覚えてたのね」


 三人の笑い声が、湖面に響いた。

 上を見上げると、雲が流れていくのが見えた。


「じゃあ、」

 シシリーが、静かな声で言い出した。

 まるで、誰かに聞かれたらまずいとでも言うように。


「好きな人は、いる?」


「え」

 聞かれるとは思っていなかった質問だ。

 結果、アリアナは、

「二人の事は好きだけど……」

 なんて、すっとんきょうな事を言ってしまう。


「じゃなくて!……男の子の事よ」



◇◇◇◇◇



そんな風にお嬢様達の女子会は続くのでした。

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