72 夏旅行!(3)

 中等科3年生にしてはかわいいと思えるほどに低い背。

 強い癖っ毛の髪。


 下から覗くくりんとした瞳は、シャルル・バーガンディだった。


「シャルル……!」


 訓練服を着て、剣を携えている。

「お久しぶりです、アリアナ様」

 抱きつかんばかりの勢いで走ってきたシャルルだったけれど、周りの目が気になったのか、アリアナの目の前で急ブレーキをかけると、恭しくお辞儀をした。


「お嬢様!」

 アリアナ達を見つけて、慌てて走ってきたのはプラタナス卿だ。

 近くで見るととても背が高い。

 サウスフィールド公爵家の騎士の一人で、普段から養成学校で教えており、今回は夏合宿の先生として付いてきていた。


「お久しぶりです」

 丁寧であるものの、自分を下げないその堂々とした立ち振る舞い。


「お久しぶりね」

 小さな頃から知っているからか、プラタナス卿の前に立つと、自分が子供のような気分になる。


「今日からよろしくお願いします。お嬢様が挨拶してくださると、みんなも奮い立つ事でしょう」

「私が?」


 みんなの前で挨拶をするのはやぶさかじゃないけれど。

 様子を見た限り、兄もいるし、そのロドリアスの後ろに控えているのは王子のエリックだ。

 これは若干挨拶しづらい。


「私が?」

 もう一度聞いたけれど、プラタナス卿はにっこりと笑顔をよこすばかりだ。


 結局、アリシアが訓練生に向かって挨拶をする事になった。


「アリアナ・サウスフィールドです。皆さん、訓練お疲れ様です」

 とはいえ、一体何を喋ればいいのかしら。

「森はいい匂いです。あちらには大きな湖もあるんですよ。いつもと違った環境で振るう剣は、より一層の力になるはずです。皆さん、あと5日!頑張りましょう!」


 両手をぐっと握って気合いの入った顔をすると、訓練生のみんなは「わぁぁ……!」と思った以上の歓声を上げた。


 突然で、たいしたことも言えなかったのに。

 ロドリアスやエリック、シャルル、それにプラタナス卿でさえなんだかニコニコとしている。

 ちょっと照れながら下がると、今度はアイリが嬉しそうに寄ってきた。

 小さな声で、囁くように、

「すごかったですよ、アリアナ様〜」


 これは……ちょっと照れるわね。


 それから三人は、訓練生の中で剣を振った。

 これだけ真面目にやっている中で、キャッキャしてしまうと邪魔なんじゃないかと一旦は断ったのだけれど、意外とみんな受け入れてくれていた。


 アリアナはエリックと剣を交える。

 シシリーとアイリも、授業程度でなら木剣を振ったこともあり、シャルルに教えてもらいながら楽しそうにしていた。


「ふっ……あはははは」

 ガキン!

 剣が重なる。

「ちょっとエリック!?剣を振りながら笑ったら危ないわ!」

「ごめん!一緒に練習するのが楽しくてさ」

 ブオン!

 アリアナの剣が、エリックの横を通り過ぎる。

 練習用の剣は、アカデミーで使っているような軽い剣だ。


「また、私に負けたいみたいね!」


 とはいえ、アリアナも夏休みのちょっとした手合わせという事で、少し気が抜けていた。


 エリックがふっと力を抜いたところで、アリアナがバランスを崩し、エリックの剣が突きつけられる。


「僕だって、遊んでばかりいるわけじゃないからね」



◇◇◇◇◇



アカデミーの剣術クラスは、普通の剣術から護身術までやり、令嬢ももちろん必須科目です。

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