37 リボンが曲がっていてよ
その日、アリアナが教室に入ると、アイリはもう席に座っていた。
どことなく元気がなく、ため息まで吐いている。
クルクルの赤毛につけた、制服とお揃いにしてある若草色のリボンまで曲がっている。
アリアナはそっと近づくと、アイリの耳元で、
「どうしたの、アイリ。リボンが曲がっているわ」
とまるで内緒話のように言った。
服装の注意なのだから、内緒話として言ってもおかしくはないはずだ。
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
アイリが耳を抑えて、赤くなる。
なかなかいい反応ね。
「ア、アリアナ様」
アイリを見ていると、なぜかサービスしなくてはいけないような気がしてしまう。
今度、シャンパンタワー作ってあげよう。
そのまま自然と、髪を結い直した。
髪を触る間、どことなく緊張している姿がなかなかかわいい。
クルクルとした長い赤毛を口元に持っていくと、少し離れた場所で「ほぅ……」と声がした。
いい香り。
隣に座り、少し近づく。
「元気ないわね」
「あの……お恥ずかしい話なんですが……」
おずおずと話し出した。
「今度、マナー講座があるじゃないですか」
「そうね」
「自信が……、ないんです」
アイリの顔は、本当にしょんぼりとしていた。
「勉強は、なんとか付いていってますけど、マナーはどうしても本だけじゃわからなくて」
ふむ……と、アリアナは口元に手を当てる。
「そうね。お辞儀やテーブルマナーの基礎は知っておかないとまずいわね」
その日の昼食時、カフェの離れにある貸切サロンで、アリアナとシシリーを前に、アイリとドラーグが立ちすくむ。
「こういうのは、時間を掛けて身につけないといけないものだから。これからしばらくはここで昼食をとりましょう」
アリアナが微笑むと、アイリとドラーグが、角ばった笑顔を寄越した。
もしかしたらと思い、ドラーグにも声をかけたが、正解だったようだ。
相変わらず辿々しい挨拶をしてから、席へ座る。
今日は軽くティータイムのマナーだ。
「マナーなんて、外から見て、不快なところがなければいいのよ」
シシリーがドヤ顔で言う。
アイリとドラーグの二人は、貴族のマナーなどやったことはないだろうけれど、普段から基本的にそれほど大雑把な食べ方はしない。
大丈夫だろうと思った。その時だった。
二人は、お皿の上のスコーンに向かってナイフとフォークを差し出し、スコーンを取り囲むようにジリジリと近づいていった。
それはまるで、バスケットボールでいうディフェンス。いや、鶏を追い詰める小学生だろうか。
「!?」
スコーンは逃げないけれど、その調子でフォークで持ち上げたり刺したりすると逃げるかもしれない。
すかさずアリアナが、手でスコーンを取ってみせる。
すると、二人もホッとした顔でスコーンを手で掴んだ。
そんな事が幾度か続き、二人はなんとか、目の前のものを食べる事が出来てきた。
「すまないな、アリアナ」
ドラーグが本当に済まなそうな顔で言う。アイリも、申し訳なさそうにアリアナを見た。
「貴族の中で生きていくには、必要な事よ。素直な生徒で嬉しいわ」
アリアナが、にっこりと笑った。
◇◇◇◇◇
前世がホストでも、流石に公爵令嬢であるアリアナはコールしないと思いますけどね!
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