36 何度でも

「レイ」

 呆れたような声でレイノルドを呼んだのは、サウスフィールド家次男、アレスだ。


 デスクの上には数学の教科書が山と積み重なっている。

 その隙間を縫うように開いたノートと転がったペンの上から、アレスが不服そうな視線を投げた。


「ん?」

「最近、勉強の時間、多すぎない?」

「そんな事ないよ。勉強教えてくれって、アレスが言ったんだろ」

「まさか姉様会いたさにこんなに来ると思わなかったんだ」

「誰、が、そんな」


 言いながら、レイノルドはあからさまに狼狽えた。

 アレスが呆れた視線を投げる。


「お茶飲んでもいかないんだろ?」

「ああ。うちもそんなに遠くないから」

「……どうせ、会いたくてしばらく屋敷の中ウロウロしてるくせに。そんなに好きなら、さっさとプロポーズでもなんでもしなよ」

「余計なお世話だよ」


 その言葉、その表情。

 アリアナを好きだと言っているのと変わらないレイノルドを見て、アレスが生温かい視線を送った。


 壁にかかった時計が鳴り、レイノルドはアレスの部屋を出る。


 プロポーズ……。

 そんなものをしていい返事が貰えるなら、いくらだってするけど。

 悲しい事に、アリアナが頷くイメージはまったく湧かなかった。


 レイノルドは、屋敷の裏口から外に出ると、温室を通って屋敷のベランダへ登った。

 子供の頃、3人で見つけた秘密の通路だ。

 途中、騎士達に数回出くわした。騎士達はレイノルドに必ずお辞儀をした。


 アレスは知らないからあんなに簡単に言えるんだ。

 当のアリアナは、ハーレムを作ろうと、数人の男と関わりを持とうとしている。

 対して僕は、挨拶もままならない仲だ。


 スカーフを着けると、レイノルドの髪と瞳の色が、黒に染まる。


 こんな事をしてまで、君を知りたいと思う。

 こんな僕を知ったら、やはり軽蔑するだろうか。


 けど。

 ハーレムを応援すると言ったライトが来なくなってしまっても、アリアナはがっかりするだろう。


 一度目を閉じ、気持ちを入れ替えると、ライトはアリアナの部屋の窓をノックした。



 窓を開けるアリアナが、明るい声で迎え入れてくれる。


 この瞬間を、手放せなくてごめん。


 そして、ソファで向かい合って、ハーレム計画の話をするアリアナを眺める。


「バーガンディのお兄さん、いいかと思ったんだけど。今日、シャルルに勝ったから、ハーレムはシャルルはどうかなと思っているの」

「年下、か。そうだね。確かにシャルル・バーガンディは、前途有望な騎士だ。中等科ではかなり上位らしいよ」


 にっこりと笑ってみせるけれど、正直、アリアナが他の人間の話をしているのは面白くない。

 けど、アリアナの状況はどうしても気になって。

 話を聞かないわけにはいかなくて。


 こうして二人で部屋に居るんだから、僕だけを見てくれたりしないだろうか。


 アリアナ。


 ねえ、アリアナ。

 僕だけを見てよ。



◇◇◇◇◇



王家、サウスフィールド家、ルーファウス家の子供達はみんな仲良しなのです。それぞれの家を気軽に行き来できます。

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