29 魔術の授業(2)

 ふいっと後ろを振り向く。


 すでに、浮き上がっている円盤が見えた。

 確かに、その円盤は何の支えもなく空中に浮いていた。

 その円盤の目の前にいるのは、アルノーだ。


「すごいです!」

 アイリが、浮いている円盤に感動した表情を見せた。

「あら、流石魔術師ね!」

 アリアナが拍手を送る。

 すると、アルノーが照れたような嬉しそうな表情を浮かべた。


 その隣のレイノルドだけは、口をへの字に曲げ、黙々と作業に取り組んでいた。


 アリアナは、それを見逃さなかった。

 レイノルドが魔法陣を書く姿を見るのは初めてだ。


 あんなに真剣な表情……。

 きっと、ただ浮かせるだけじゃなく、アルノーのものよりも手が込んだ魔法陣を書いているのだろう。


 しばらくすると、ふっと、レイノルドの手が止まった。


 終わった、みたいね。


 ドキドキ、する。

 レイノルドは大魔術師の家系。本人も、かなりの腕前のはずだ。

 視線が合う。

 レイノルドが、少しだけ偉そうな顔をして、円盤を、軽く放り上げた。


「……!」


 円盤が、うっすらと光った?

 私は、魔術を使う瞬間、魔力が仄かに光る事も知らなかったのね。


 円盤は、クルクルと弧を描いて上へ昇っていく。


「動いて……る」


 ただ、浮かべるだけじゃない。

 その円盤は、クルクルと踊るように動きながら浮き上がっていく。


 左門が小さい頃、UFOが存在するかどうかなんて、友人と言い争っていたっけ。

 なんて、そんな事を思い出す。


 ポカン、と見つめていると、わあっと、周りで歓声が上がった。


 アリアナも、にこやかに拍手を送る。

 聞こえないほどの声で、

「すごいわ、レイ」

 と呟いた。


 聞こえなかったはずなのに。

 レイノルドが、偉そうな笑顔をよこした。


 生意気なんだから……っ!



 それからは、レイノルドとアルノーは、みんなに教えてまわった。

 それからも、誰かの円盤が完成する度に、拍手が起こった。


 アリアナとアイリは、2人してなんとか教本にあった魔法陣を読み解くと、結局そのまま写す事にした。

 レイノルドなんてけっこうサクサク書いていたようだったけれど、古い言葉を間違えずに書かなくてはならないのは、なかなかに骨が折れた。


 これで大丈夫か、レイノルドに聞いてみようか。


 顔を上げた先で、レイノルドの後ろ姿を見つける。

 2、3人に囲まれて、質問に答えているようだ。


 忙しい、よね。

 あ、でも。

 質問終わりそう。


 囲んでいた数人と離れて、レイノルドがこちらを振り返ろうとしたので、アリアナは、ついそれから逃げるようにぐるりと後ろを向いてしまった。


「あ、アルノー」


 ついそばにいて目が合った人の名を呼ぶ。

「…………」


 や、やってしまった。

 たいして知り合いでもないのに名前……っ。呼び捨て……っ。


 アリアナがどうしたものかとアルノーと向かい合っているところを目撃してしまったのは、もちろんレイノルドだ。


 ……は?


 なんで、あの二人が一緒に居るんだ。

 なんで名前で呼んだ?


 魔術の事なら、僕に聞いてくれたらいいのに。


 レイノルドは、いつでもアリアナを助けられるように、アリアナに注意を向けながら、みんなを周っていた。

 ついさっきまで、丁寧な陣を真剣に書いていたから、声を掛けずにいたのに。

 アルノーだって、アリアナからは離れた場所に居たくせに。


 アルノーは、にっこりとアリアナに笑顔を返すと、

「やあ、アリアナ。どこか気になるところでもある?」

 と気さくに声を掛けた。

 声を掛けられて、アリアナもどこかホッとしたようだった。


 あの二人いつの間に、名前で呼び合うほどになったんだよ。

 それほど仲がいいのか。


 嫌でも思い出す。

『靴を舐める覚悟がある』とまで言ったアルノー。

 ハーレムの候補の一人だ。


 そんな見たくもない光景に、レイノルドは目を逸らした。



◇◇◇◇◇



レイノルド!もうちょっと頑張って!!

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