12 花祭りの日(3)
あ。
目の前にドリンクが出された事で、アリアナは出店に気を取られていた事に気がついた。
黒髪の少年は、ドリンクを二つ、差し出していた。
「そこの店のドリンク。美味しいよ。どっちがいい?」
そこの店、というのは、すぐそばにあるカフェの事だ。
知っているカフェでわざわざ買ってきてくれたらしい。
一つはレモネード、一つはオレンジジュースのようだ。可愛らしい飾りに、ストローが刺さっている。
知らない人から食べ物を貰うなんて自殺行為だけれど。
こうして選ばせてくれているし。
考えすぎ、か。
「あ、ありがとう」
レモネードを貰う。
「あれが、気になる?」
確かに、通りの向こうにあった、大きな出店が気になっていた。
子供達が群がる真ん中にあったのは、的当ての出店だった。
右から左から出てくる怖い動物の絵が描いてある的に、柔らかいボールを当てるゲームのようだ。
当たれば景品。
時々絵が変わるところを見ると、魔術でも使われているのだろうか。
「ちょっとだけ」
左門は、射的や輪投げなんていうものが好きだったから、あれも好きなんじゃないかと気を取られてしまっただけだ。
「じゃあ、行こうか」
黒髪の少年が、手を引く。
「え、でも私、お金を持ってないわ」
「ああ、大丈夫」
黒髪の少年が振り向く。
「僕が持ってる」
なんだか、嬉しそうな笑顔だった。
アリアナまで、思わず嬉しくなってしまうほどの、そんな笑顔だった。
「おじさん、二人」
慣れた手つきでお金を払う。
見たところ服も良いものを着ているし、きっと貴族なんだろうけど。街を歩くのは慣れているようだ。
手元に渡された5つのボール。
「よぅし……!」
アリアナが、気合を入れて、一番大きな的に向かって投げた。
「とぅりゃあああ!」
貴族令嬢とは思えない気合の入った掛け声だ。
そして、アリアナの手から離れたボールは、ボン!という大きな音を立てて、的の向こう側の壁にぶつかった。
「あっれぇ……。けっこう難しいのね」
「…………」
予想外の出来事に驚いた少年が、
「ははっ」
と笑った。
「じゃああなたは出来るの?」
む〜っとした声が出てしまう。
「うん。こうやるんだよ」
ポン、と弓なりに投げたボールは、見事に的に当たり、自信ありげな顔を、確固たるものにした。
チャンチャチャチャパ〜ン♪
と、ヒットを知らせる音が、的から流れた。
「お〜、兄ちゃん、おめでとう」
「すごいのね」
アリアナは感心して、パチパチと拍手した。
ちょっと偉そうな闇色の瞳が、こちらを向いた。
手には、すごく大きな花冠を持っている。
花祭りなだけあって、景品は花冠だった。
「これは、君に」
ぽすっとアリアナの頭に花冠が載せられる。
三つ編みにした蜂蜜色の髪の上で、ふわりと花びらが舞った。
沢山の花のいい香りの包まれて、気持ちまでふんわりとしてしまう。
「え……、いいの?」
黒髪の少年は、そこで「ふっ」と優しく笑った。
「僕の頭には似合わないだろ」
◇◇◇◇◇
絵が変わったり、音が鳴ったりするように、この的には魔術が使われています。
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