1-3

 何から話そうかなと考えている間も、駆は急かす事はせず知里をジィっと見ている。その視線が逆に知里を焦らせていることに気づかないで。


「…………えぇと。本当に、何も与えられなかったんだよ、俺は。お腹はいつでも空いているし、服はぼろぼろ。お風呂に入ろうものなら引きずられ外に放置。何もさせてくれなかった親にはもう期待しない。その代りに他の人に頼ろうと、周りの家に頼っても、関わりたくないご近所は無視。お店に行ってもお金が無ければ何もくれない。親御さんに言ってお金を持ってきてと言われ門前払い。家に戻っても放置、お金を奪ってこいとも言われたっけなぁ。どいつもこいつも金金金、そんなに言われたらいくらが餓鬼でもわかるよ。この世界は金がないと生きる事すら許されないんだと」


 おつまみを食べながら簡単に語る知里。駆は知里の言葉を聞いて、悲し気に目を伏せた。


「そんなわけで、俺は金に執着し始めたんだよ。今は普通に働いているし、金には困っていないけど。なんとなく、少しでも無駄にお金を使うと不安なんだよねぇ」

「なんか、その、すまなかった。無理やり聞き出したような感じになってしまって」

「別に、俺は隠しているつもりはないから別にいいよ」


 またしても端末を操作し、知里は「これ、美味しそうだなぁ」とぼやいた。


「…………なんか、気が抜けた」

「そうか? ならいい。それと、まだ聞きたい事はあるのか? 別に答えてもいいぞ」

「いや、これ以上はお腹がいっぱいというか、なんと言うか…………」

「そうか」


 端末を置き、残っているビールを飲みほし知里は空中を眺める。

 静かな空間になってしまい、駆は話題を探そうと目をさ迷わせるが、何も思い浮かばず口を閉じる。


 気まずい空気だが、知里は特に気にする様子を見せずぼぉっとしていた。


「…………なぁ、知里」

「なんだ?」

「今は、幸せか?」


 質問の意味が理解出来ず、知里は駆を見た。

 だが、見ても意図がわからず、苦笑。考え持つ限りの言葉を伝えた。


「あーっと。幸せぇ……かな……?」

「なんでそこは言い切らないんだよ」

「いや、お前がどの角度で幸せなのかを聞いているのかわからないから、つい」

「そこは難しく考えるのな……。いや、お前が今の生活に満足しているのかどうかだけでいいんだけど…………」

「それなら満足しているよ。お金には困らないしお金が手に入るし貯金できるし仕事すればおごってもらえるし」

「全て金に関わる事だなぁ」

「金は俺のすべてを作っている」

「お前の場合はその言葉はその言葉の通りなんだよなぁ」

「どゆこと?」


 先程まで流れていた気まずい空気が晴れ、駆は笑いながらビールを飲みほした。


「俺は幸せだぞ、知里とこうして話せて」

「あと仕事も金を払えば手伝ってくれるしって?」

「おうよ! これからもよろしく頼むぞ!」

「…………もう少しお前は金を大事にしろ。貯金方法教えてやろうか?」

「マジで!? 教えてくれ!」

「断食」

「今後、絶対にやめろ」


 体を乗り出した駆は、答えた知里の頭を叩く。


「だからお前はそんなに細いんだよ。いずれ倒れるぞ。ほれ、今回は俺が奢ってやるからマジで食え。さっき美味そうと言っていたものはなんだ、頼め頼め」

「ならこれ」


 端末を操作し駆に見せると、彼はがくっと肩を落とした。


「お前、それ……」

「うん、美味そうだろ?」

「確かに美味そう、美味そうけどさ。お前それ、デザートのバニラアイスじゃねぇかよ!!!!」


 この後は、駆が頼んだ丼物を無理やり食べて帰宅した。


 その日からも二人は共にお互いを支えあい、仕事をしていた。

 だが、ある日、その日常が大きく変わる展開が訪れる。


「知里!? 知里!!!!」


 二人で歩道を歩いていた後ろから、一台のトラックが迫ってきた。

 知里がいち早く気づき、駆を横へと押し自身だけが引かれてしまう。


 駆が引かれてしまった知里を抱きかかえると、血が酷い。気も失っており、呼びかけても返答はない。


「なぁ、起きてくれよ!! 知里!!!!」


 涙を流しながら何度も知里の名前を呼ぶ彼の元に、一台の救急車が立ち止まる。


 知里は担架で運ばれてしまい、その場に駆は残された。

 涙を流しながら去って行く救急車を見て、駆は最後に呼ぶ。


「知里……」


 彼の名前を――………


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「大丈夫ですか!? 怪我などはしていませんか!?」

「お前、一人でここのダンジョンに来たのか!?」


 今知里の目の前には、冒険者のような格好をしている青年と、魔法使いのような服を身に纏っている女性が二人、心配そうに立っていた。


「…………誰だおめぇら」

「俺達が聞きてぇんだわ」

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