1-2
仕事が終わった二人はそのまま家に帰ろうとしていたが、駆が知里の腕を掴み無理やり引っ張り居酒屋へと入って行った。
二人がよく使っている居酒屋は、知里の願いを叶えたような所。つまり、個室。
駆が知里に逃げる隙を与えず個室へと行き、無理やりビールを頼み席に着いた。
「おい」
「まぁまぁ、今日は仕事手伝ってくれてありがとな。本当に助かったぜ。まさか、あの量を三十分で終わらせるとは思ってなかった」
二人がいる個室は掘りごたつになっており、靴を脱いで足を下ろす事が出来る。
座椅子もあり楽、端末で注文できるので対面もしなくていい。そのため、知里はこの居酒屋を気に入っていた。
だが、今回は別。よくわからないまま連れて来られたため、お気に入りの居酒屋だとしても不機嫌そうに眉間に深い皺を寄せていた。
「そんな不機嫌になるなよ。今回は俺のおごりだからよ、お礼をさせてくれ」
「今日じゃなくてもいいと言っただろうが。嫌だからな、俺。奢り過ぎて生活費無くなったとか相談されるの。俺の金は何があっても貸さん」
片手にビールを持って宣言。駆は「わかってますよー」と、唇を尖らせ、同じくビールを飲む。
口元に付いた泡を吹きとりながら、駆は顔を上げおつまみを楽しんでいる知里を見た。
視線を感じ手を止め、眉間に皺を寄せながら知里は駆を見た。
「なんだよ」
「いや、ずっと気になっていた事があってさ。でも、これを聞いたら知里を困らせるかなっていう気持ちもあって…………」
持っていたビールを置き、目を伏せ駆は言った。
彼の様子を見て、冗談ではないと察した知里は、浅くため息を吐きテーブルに肘をついた。
「俺がお前の言葉一つで悲しんだり落ち込んだりすると思うか? お前の言葉で俺が困ると思うか?」
「…………ないな」
「だろ? なら話せ」
おつまみに手を伸ばし当たり前のように言い切った知里に、駆は複雑そうな顔を浮かべつつもビールを流し込み、テーブルにドンと置いた。
「なら聞く。なんで知里は、そこまでお金に執着しているんだ?」
「言わなかったか? 俺は昔――」
「それは聞いた。子供のころからネグレクトを受けていたんだろ? それを聞いたときも驚いたけど、今はそれを聞きたいんじゃない」
淡々と答える知里に、駆も何も表情一つ変えずに質問を続けた。
「なんで、ネグレクトを受けていたからといって、お金に執着するんだ? 普通なら人の温もりを感じたいとか、繋がりを大事にしたいとか。そんな事を思うもんじゃないのか?」
「確かにアニメや漫画とかだとそういう描写が多いイメージだな。だが、それは創造の世界だけだぞ」
ビールを一口飲むため言葉を切り、口元を拭くと再度知里は口を開いた。
「現実的に考えてみろ。ネグレクトとは、俺の存在を否定されているという事。無視は当たり前、ゴミ、邪魔扱いされることもある。何も与えられてなかったんだよ、俺」
駆は今の話を聞いて、さすがに眉を顰めた。
「何も与えられなかった。飯も飲み物も、服や私生活に大事なものも何も、俺は与えられなかった。今生きているのは、まぁ、人間を捨てた生活を送っていたからと、中学に上がって親戚に引き取られたからだな」
淡々と衝撃的な言葉を繰り返す知里に、駆は何も言えない。
考えていたよりはるかに残酷で、酷い人生を送っていた知里に、何も言えなくなった。
知里は駆を横目で見て、すぐに逸らす。
「困ったのは俺じゃなくて、お前だったな」
「い、いや。お前、ほんと感覚ずれてるよな。まさか、そんな話を表情一つ変えずに、いつもの口調で話せるとは…………」
「隠したところで意味はない。逆に、隠した方が変な妄想される可能性がある。変に勘繰られるより正直に話した方がいいと思っているだけだ。あと、俺は変わっていない。普通だ」
絶対に普通ではない。そう思っていた駆だが、苦笑を浮かべ何も言えない。
「んで、話の続きは聞きたいか? お前に任せるよ」
「…………」
知里の黒い瞳を見て、どうするべきか考える。だが、何が正解なのか結局わからず顔を俯かせてしまった。
彼の様子を見て、知里はこれ以上は話せないなと想い、端末を操作し始めた。
今の空気を変えようと端末の画面を見せ、「何を頼む」と問いかける。だが、返答はない。
ちらっと駆を見ると、まだ顔を俯かせていて端末を見ていなかった。
困った様に眉を顰め、どうしようか考えていると、やっと駆が顔を上げた。
その顔は少し不安げにも見えるが、何でも受け止めてやるよという意気込みも感じられる表情だった。
「…………え、聞くの?」
「おう」
まさか聞かれるとは思っておらず、知里は驚愕。だが、あそこまで話してもう話さないというのもと考え、ため息とともに話し出した。
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