チート能力は金のために使うもの〜目を覚ましたら主人公的立ち位置だったため、金のために無双する〜

鏡谷知里-カガミヤチサト-

1-1

 一人の男性が黒いスーツを着崩し、片手にはビジネスバック。黒い天パに、黒い瞳。

 あくびを零し、ビル街を歩いていた。


 目に浮かぶ涙を拭いていると、後ろから名前尾を呼び走ってくる人がいた。


「おーい!! 知里ー!!」

「ん? あっ」


 知里と呼ばれた男性、鏡谷知里かがみやちさとが後ろから走ってきている人へ振り向き、その場に立ち止まる。


かけるか。今日は余裕だな」

「だろ!! 今日は目覚ましが鳴る前に起きる事が出来たから、髪のセットもしっかり決まったぜ!」


 赤いピンで茶髪を止めている男性、笹木駆ささきかけるは、どや顔を浮かべながら髪を触り知里に自慢する。だが、知里はそのような事にまったく興味が無いため、無視して歩き始めた。


「ちょちょ、無視はやめて! 心が抉られるから!」

「無視されるような事をした自分が悪いと反省はしてくれた?」

「はい…………」


 肩を落とし知里の横を歩く駆は、横目で眠そうにあくびを零している彼を見た。


「…………なに?」

「いや、今日は目覚めが悪かったのか? いつも眠そうだが、今日はより一層眠そうに見えるぞ? 死んでいる目がもっと死んでいる。悪夢でも見たか?」

「言い方、失礼すぎないか? 俺の目は輝く時にはしっかりと輝くんだよ、余計なお世話だ」

「給料日と目の前に札束を置かれた時だけな」

「当たり前だわ。この世界は金で作られている。人は金が無ければ生きていけない、この世に存在すら出来ない。金があれば上位に立つことまで出来る。金を求めるのは当然だろう」

「あぁ、なるほど。今日目覚めが悪そうなのは、過去の夢を見たからか」


 知里の言葉で理解した駆は前を向き直し、伸びをする。

 彼の言葉に何も反応しない知里を横目で見て、図星だなと駆は考え始めた。


「なぁ」

「却下」

「呼んだだけなのに?!」

「俺は無駄なお金は使わない」

「ちっ」


 駆が言おうとしていたのは飲みの誘い。それを瞬時に悟った知里がすぐに却下してしまったため、これ以上何も言えず肩を落としてしまった。


 そんな話をしているとすぐに二人の会社にたどり着き、ビルの中に入って行った。


 ※


 仕事が終わり、知里は帰る準備をしていた。隣に座る駆はまだ自分の仕事が終わっていないらしく、顔を青くしながらパソコンを操作していた。

 横目で確認するも、知里は何事もなかったかのように「お疲れ様でーす」と帰ろうとする。だが、その手を駆が慌てたように掴み歩みを止めた。


「待って待って待って!! 助けてくれよ、お願いだから! 俺、このまま一人にされると深夜までかかっちゃう!!!」

「…………はぁぁぁぁああ。嫌だ」

「お前の飲みの代金も払ってやるからさ!!」

「…………全て?」

「全て! 食べ物もビールも奢ってやるから助けてくれよ!」


 彼の嘆きに「うーん」と知里は唸り、顎に手を当て考える。

 ちらっと、駆を見ると涙目。これ以上追い込めると、本当に泣いてめんどくさい事になる。そう思った知里は、げんなりとした顔を浮かべた。


「なぁ、毎度毎度俺に奢ってくれるが、金の方は大丈夫なのか?」

「…………………………………………ダイジョウブ」

「はぁぁぁぁぁぁぁああ。…………今回のはボーナス払いで良い…………」

「っ、え?」


 知里は大きなため息を吐き、自分の椅子に座り直しながらそう言った。

 言葉の意味がすぐに理解出来ず、駆は聞き返しきょとんと阿保面をさらす。


「何してんの、早く終わってないの教えて。終わらせてやるから」

「え、あの。ボーナス払いって?」

「今すぐに見返りはもらわなくてもいいよ。ツケってやつ。ボーナスの時にドカンともらうから」


「ほら、早く」と、手を差し出す知里の手を駆が握り、輝かした目で感謝の言葉を叫んだ。


「ありがとう知里ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」

「うっさいわ!!」

「いったい!!!!」


 頭を怒り任せに叩き手を離させ、資料を奪い取り仕事を再開。

 泣きながら駆も仕事を再開し始めた。


 二人が帰れたのはそれから三十分後の事。知里がほぼ終わらせて、またしても駆が感謝で涙を零しお礼を言っていた。

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