1-4

 来る日も来る日も、音禰と真陽留は心を開かない想相に話しかけていた。


 今はもう逃げることはなくなったが、音禰からの質問には答えない。真陽留からの言葉にも反応はなく、会話が成り立っていない。


 それでも、想相がなにか反応をするまで二人は声をかけ続け、遊ぼうと誘い続けた。


 想相が転入してから二ヶ月間、ずっと同じ状態。

 真陽留も意地になっており、音禰がいない時でも話しかけていた。


 そんなある日、いつものように二人で想相を遊びに誘うと、いつもは無視をしていた彼が本を読んでいた手を止め顔を上げた。


 二人は反応があると思っておらず驚き、言葉が詰まる。

 二人を黒い瞳で見た後、想相は重い口をやっと開いた。


「どうして、そんなに僕に構うの」


 これが想相から二人への、初めての言葉だった。


 まさか返事をしてくれるなんてと、真陽留と音禰は顔を見合せ、満面な笑みを浮かべた。


「今のがあなたの声なのね!!!」

「初めて聞いたなぁ」


 目を輝かせている二人に気後れしつつ、付いていけないと想相はその場から立ち上がり二人から逃げようとした。だが、それを音禰が許すはずもなく――………


「待って待って!! あなたの声もっと聴かせてよ!! 私もっと話したい!!」

「い、いやだ…………」

「あっ! また話してくれた!!」


 想相が話すだけで喜ぶ音禰に、想相は困惑するばかり。助けを求めるように隣に立っている真陽留を見る。

 彼の視線を受け取り、真陽留は笑顔を浮かべ近づいた。


 助けてもらえる、そう思った想相だったが、その思いは外されてしまった。


「僕ももっとききたいぞー」

「え」


 二人からの言葉に、想相は目を逸らしつつ返答。

 たどたどしい言い回しだが二人は嫌な顔一つせず、笑顔で話しを続けた。


 二人の笑顔に、想相の心が温かくなり、顔を俯かせる。

 なぜいきなり俯いてしまったのかわからない二人は名前を呼ぶ。だが、返答はない。その代りに、想相の近くに水がポタポタと落ちた。


 いきなり泣いてしまった想相に二人は驚き、慌てふためいた。

 何事かと保育士達が来たが、想相は泣き止むことが出来ず俯くだけ。


 何をしても泣き止まないため、迎えに来てもらおうと今の親代わりに連絡しようとすると、想相が涙を浮かべながら全力で止めてしまった。


 体を震わせ全力で止めている彼を後ろで見ていた真陽留と音禰は顔を見合せ、首を傾げる。

 再度想相を見ると、電話に手を伸ばし必死に抵抗している姿。


 音禰と真陽留も想相の隣に移動し保育士にやめるように言った。


 三人からの必死に制止し、今回だけはと、親に連絡はしなかった。


 止めてくれた二人を見て、想相は目を輝かせる。


 それから三人は共に行動することが多くなり、それは高校になっても同じだった。


 ずっと一緒に行動し、楽しい時間を過ごしていた。だが、その幸せな時間は長く続かない。


 三人の関係を崩したのは、だった。


 想相は一人、雨の降る中学校から帰宅していた。


 昨日、いきなり自宅に真陽留が来て、口論になってしまった。

 その記憶が頭を占め自身に近づいて来ているナニカに気づかなかった。


 気づいた時には遅く、目の前には歪んだ笑みを浮かべている左右非対称の瞳を持つ少年。



 ――――――ガンッ



 頭に鋭い痛みが走ったのと同時に立っていられなくなりその場に倒れ込む。その際に見えた最後の景色は、地面を打ち付ける雨と、見覚えのある誰かの靴。


「こいつだろう? 魔蛭まひる

「あぁ、そうだ」


 意識を保つことが出来ず、想相はそのまま目を閉じ気を失った。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 想相が次に目を覚ましたのはどこかの森の中。目の前には青年と少年の二人組。


「目を覚ましたらしいな」

「そのようですね」


 想相は目を覚まし、なぜ自分がここに居るのか思い出そうとしたが、何も思い出す事が出来なくなっていた。


 自分の名前さえも――――――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る