第2話 モナコ

トラベル小説


 夕刻、もうすぐモナコというSAで、休憩をとることにした。木村くんを起こしてトイレに行き、フードコートに向かった。昼食抜きで走ってきたから腹が空いている。木村くんは、今朝から何も食べていないので食欲旺盛だ。早くて量があってうまそうなものを考えたら、BBQセットになった。3種類のフランクフルトと温野菜の付け合わせ。ヨーロッパのSAでおいしい物を食べた覚えがないので、期待しないで食べたら結構いける味だった。木村くんは早々に食べ終えて、2皿目を注文している。

 夕方6時になり、モナコの市街地に入った。大渋滞だ。でも、海が見えてきて気持ちいい。まさにオーシャンブルーだ。都会のすぐ近くにこんなきれいな海があるというのが不思議なくらいだ。

 F1コースを1周してみたが、走っているより停まっている時間の方が長かった。レースカーなら1分15秒程度で走り抜けるのだが、1時間15分もかかってしまった。平均時速3kmである。歩くのと差がない。

 夜8時近くになったが、陽はまだ高い。3月末あたりから陽が長くなっている。4月だと10時ごろでないと暗くならない。

 予約していたホテルに向かう。モナコは1泊5万円がふつうだし、駐車場のあるホテルがなかなかない。クルマで30分ほどのイタリア国境の町マントンに向かった。ところが予約していたホテルが見つからない。ネットで予約したのだが、メールで送られてきた予約確認書の所在地にきたものの、その名前のホテルはなかった。電話をしてみたが、コール音はなるものの相手がでてこない。

 木村くんと二人で困りはてていると、日本製のスクーターに乗った男性が近くに降り立った。その男性に予約確認書を見せて、ホテルの所在地を訪ねると

「Changed」

という返事がきた。ションジドというフランス語の発音だったので、最初何かよく分からなかったが、丘の上を指さすので、引っ越したということを理解した。すると、ついてこいという手招きをしてくれて、先導してくれた。250ccのスクーターなのにやたら速い。ついていくのがやっとだった。ロータリーを過ぎたところで、スクーターの彼は停まり、丘の上の建物を指さしている。そして、Uターンして去って行った。フランス語で「Merci beaucoup !」と大きな声で言ったが、ヘルメット越しで聞こえたかどうかは定かでない。

「木村さんの最初のBon jour が相手を和ませましたよね。表情がガラッと変わりましたからね」

「たしかにね。あいさつ程度の会話ができると向こうの対応が違うよね。日本にいた時、日本語で話しかけられたら第一印象が違うのと同じだよ。でも、外国でなれなれしく日本語で話しかけてくる人には要注意だよ」

「そうですね。モンサンミシェルで日本語で話しかけてきた人にガイドされたまではいいのですが、別れ際に100ユーロを請求されました。わずか30分ほどですよ。好意でガイドしてくれていたと思ったのですが、違っていたんです。近くには強面の人もいて、あれは詐欺および恐喝ですよ」

「そんなことがあったんですか。100ユーロですんでよかったですね」

「そんな~貧乏旅行には大きな出費ですよ」

私は笑いで返すしかなかった。ホテルにチェックインすると、そこは夫婦でやっているプチホテルだった。どおりで夕食の時間に電話をしても出ないわけだ。1泊2万5000円なり。2人分である。

 見晴らしのいいツィンの部屋のキーを渡され、二人でベッドに横たわった。疲れた一日だった。明日は早朝にモナコに行くことにした。渋滞のないF1コースを走りたかったからだ。


 翌朝5時にホテルを出た。眠い顔をしている木村くんをたたき起こして、クルマに乗り込んだ。30分もしないうちに、モナコのカジノ前に着いた。

「昨日はすごい人で、クルマを停めるところもなかったのに、夜明け前だとさすがにがら空きですね」

「そうだね。おそらく3時ごろまで騒いでいたんだと思うよ。夜が明けたら、また混み始めると思うよ。さあ、タイムトライアルだ」

 ジャンケンで順番を決めた。木村くんが先で、私が後となった。カジノ前をスタート。短いストレートから90度の右ターン。ミラボーコーナーだ。すぐに、あの有名なロウズヘアピン。今は別な名前がついているらしい。F1は1速時速50kmまで落とすが、ルノーでは30kmがやっとのきついヘアピンカーブだ。そこから90度の右ターンで、トンネルに入る。でも2車線のうち1車線が工事中で狭くなっており、走りにくい。昼間は交互通行でここが渋滞のネックになっていた。トンネルを出ると、ヌーベルシケイン。制限速度は50km。それ以上で走るのは難しい。そこを抜けると、プールサイド。狭い道で走りにくい。折り返しのラスカスコーナー。ガードレールが張り出していて、木村くんは右側をぶつけそうになった。そこからピット前のメインストレート。と言っても、わずかに右カーブになっている。小さな左カーブの後、右にハンドルを切って名物の10%の登りのストレート。もっともスピードが出せるところだ。そしてカジノ前へ。

 木村くんのタイムは5分30秒だった。途中、じゃまをするクルマには会わなかった。平均時速48km。ほぼ制限速度だ。

 私の番になった。空が白み始めている。おもいっきりアクセルをふんだつもりだが、すぐにコーナーがやってきて、ブレーキをかけることが多くなった。そしてトンネルに入ったところで、無人の信号機が赤を点灯させていた。木村くんの時は、青だったのだが、ついていない。タイムは6分だった。赤旗中断の感覚だった。

 カジノ前で記念写真を撮って、ホテルにもどった。ちょうど朝食タイムにもどることができた。朝食は完全なコンチネンタルスタイル。パンとコーヒーとハム2枚ずつの割り当てだった。2つ星のホテルなので妥当なところだ。丘の上なので、見晴らしだけはいい。

 食事を終えてからモナコ見学に出かけた。ラスカスコーナーの奥の駐車場にクルマを入れた。地下が大きな駐車場になっている。そこからモナコの城塞へ向かった。歩いて20分ほどで王宮前に着いた。売店で、チケットを購入して王宮に入ろうとしたが、厳しいセキュリティチェックにあってしまった。二人ともポケットの中身を全て出させられた。後ろに並んでいる人たちからは冷たい視線が浴びせられた。

 チェックが終わって、すごすごと二人で王宮内に入った。

「何が引っかかったんですかね?」

「金属探知機だから、キーとかコインだと思うよ」

「空港並みの厳しさでしたね」

「王様が暮らしているところだからね。無理もないかな」

 王宮内はプチベルサイユ宮殿というところだった。居住区域は公開していないが、きらびやかな部屋が並んでいる。王宮内を見終わると、玄関前に行列ができていた。衛兵交代の時間が間近だった。最前列はいっぱいだったので、立ち見で見られるところに陣取った。バッキンガム宮殿の衛兵交代と比べるとかわいいものだ。

 その後、グレースケリー元王妃が眠っているという教会に行った。ステンドグラスがきれいな教会だ。こじんまりしているが、雰囲気のある教会だ。木村くんは、さほど興味がないらしく、F1コースを走るミニトレインの方に気がいっている。教会をそうそうに出て、ミニトレインのチケットを購入し、前の方の席に座った。

 スタート。コースに出ると、F1コースを逆走し始めた。ロウズヘアピンを登るのはなんか違和感がある。1時間ほどのゆっくりツアーとなった。

 次は、木村くんが切望していたレニエ大公クラシックコレクションである。70台ほどのクラシックカーやF1カー、ラリーカーもある。懐かしいトヨタのF1カーやパリダカの三菱パジェロとかがあった。クルマ好きにはたまらない。

 すぐ近くにマックがあった。昼時が過ぎているにもかかわらず、混んでいる。ふつうのレストランは高そうなので、手軽に昼食を済ませようとということで、マックにした。なんの代り映えのしないハンバーガーだった。店の中は子ども連れでいっぱい。後で知ったことだが、フランスではちょうどホリデーで学校が1週間休みなんだそうだ。どおりでいろんなところで混んでいるわけだ。

 夕食はホテルのレストランでとることにした。7時にテーブルにつく。客は自分たちを入れて6人。昨日は混んでいたようだが、今日は空いているということであった。明日から学校が始まるかららしい。

 サラダと煮込み料理を頼んだら、どちらも大皿ででてきた。サラダにチキンまで入っていて、これだけでお腹いっぱいになる。木村くんと二人できて正解だった。4分の3は平らげてくれた。

「ところで、マルセイユで何があったの?」

「ホテルに荷物を置いて、近くのレストランで食事をしようと思って出かけたんです。そうしたら、近くの店に強盗が入ったんです。オレは道路の反対側にいて気づいたのですが、隣にいた人がスマホで撮影し始めたんです。それで、オレもスマホで撮り始めたんです。そこにポリスがやってきて、捕り物が始まりました。スクープかと思ってぞくぞくしました。そこで、銃声がしたと思ったら、隣の人が倒れたんです。流れ弾にあたったんでしょうね。オレはすぐに伏せました。起き上がるとポリスだらけで、警察に連れていかれたということです」

「それで取り調べをうけたわけか」

「最初、オレを強盗の仲間と思っていたようです。隣の人を撃ったのもオレかと疑っていたようです。スマホの映像を見て、仲間ではないとわかっていただけましたけど、そこにいくまでが大変でした。スマホの通訳アプリがなかったら悲惨でしたよ」

「災難というか自業自得かな。危ないところには近寄らない。それが外国で暮らす日本人の知恵なんだよ。私も3年間住んでいて、体で覚えたよ。木村くんもいい勉強したじゃないか」

 その日は、いい疲れを感じ、ぐっすり眠ることができた。

 

 

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