第3話 チュルニ峠~ニース
トラベル小説
モナコを旅発つ日がきた。次はモンテカルロラリーの舞台チュルニ峠だ。団体旅行ではまず来ることはない。個人旅行ゆえにできる旅なのだ。
その前に、鷲ノ巣村で有名なエズ(EZE)に寄ることにした。地中海沿岸の標高700mの丘にある中世の村だ。そこに行くまでのつづらおりの道がすごかった。日光のいろは坂を思い起こさせる道だが、山側は突出した岩、海側はほぼ90度の崖、運転している木村くんは必死の形相だ。
モナコから1時間ほどでエズの村の駐車場に着いた。木村くんはぐったりしている。1時間のパーキングチケットを購入して、ダッシュボードにそのチケットを置く。古いタイプの駐車場はこの方式だ。
そこからエズの村を散策した。というか山登りだった。くねくねした道を頂上をめざして歩く。中世の雰囲気そのままで、他の観光客がいなければ街角から鎧を着た騎士がでてきそうな感じだった。
20分ほどで頂上の植物園に着いた。かつては城塞だった。そこに女性の像があった。私はふと亡くなった妻を思い出した。妻は女性像ほど細身ではなかったが、すくっと立つ姿は似ている感じがした。そこから見える地中海がまたきれいだった。モナコでもそうだったが、都会の近くにこんなブルーの海があることが不思議でならなかった。
「木村さん、何を見とれているんですか。さては、亡くなった奥さんのことを思い出しているんですか」
胸のうちを悟られたみたいでドキッとした。
「そ、そんなことはない。この少女像とブルーの海のコントラストがいいので、見とれていただけじゃ」
と、ごまかした。
とかなんとか言っているうちに、50分がたっていた。
「木村さん、残り10分になりましたよ」
「そうだな。そろそろ降りるか」
「そんなゆったりしていたら、遅れてしまいます。遅れたらどうなりますか?」
「警察に反則切符を切られるだろな」
「警察!」
と言って、脱兎のごとく走り出した。警察という言葉に異常反応を示すようになった。
5分遅れて駐車場に着いた。クルマには何も変化はなかった。
(フランスの警察がそんなに細かく見回りをすることはしないとわかっているんだけど、木村くんにそれを言っても信じてくれないだろうな)と思ったが、口にはしなかった。
下りは私の運転だ。対向車に気をつけて中央車線を少しはみ出すぐらいで走る。
「大丈夫ですか?」
と心配性の木村くんが聞いてくる。
「運が悪かったら正面衝突だよ」
「そんな悠長な」
でも、対向車が来て山側に寄ると、突出した岩が木村くんのすぐ近くにくるので、木村くんはびびっていた。しばらくふもとの村を走ってから、チュルニ峠に向かう登りに入った。村を抜けたところで、地元と思われるクルマが前方にいたが、すぐに見えなくなった。ところどころ2車線のところはあるが、ほとんどは1.5車線分のセンターラインのない道だ。ガードレールはなく、崖側には30センチほどのブロックがつんであるだけ。はみだしたら滑落だ。数分後、つづらおりのカーブでだいぶ上にその先に行ったクルマがいた。さすがジモティー。スピードが違う。
カーブを何度曲がったことだろうか、ハンドルを切るのも疲れてきたし、景色も見てみたいので、広いカーブでクルマを停めた。山の上の方を見ると、つづらおりの道が見える。まだまだカーブは続く。
「木村さん、オレに運転させてもらえませんか。助手席だと気持ち悪くなりそうで」
ということで、運転を代わった。木村くんの運転は慎重だ。対向車がくると、必ず停まる。まぁ、無理に走り抜けるよりは安心だ。
標高1607mのチュルニ峠が近くなった。尾根伝いの道に入った。そこで、木村くんが、
「あれー!」
と悲鳴をあげると同時に、クルマはハーフスピンをした。日陰のカーブでうっすらと雪が積もっていたのだ。スピードを出していたら、あやうく道路脇の樹木にぶつかっていたかもしれない。対向車や後続車もなくて、運がよかった。
「フー!」
と木村くんはため息をついた。
「あわてずに、ハイブリッドだからアクセルを踏まずにバッテリーだけで走るといいよ」
そのアドバイスに木村くんは落ち着いて再スタートさせた。しばらくしてチュルニ峠に着いた。見晴らしのいい峠で、青空が気持ちいい。駐車場に入れて、ベンションを兼ねているレストランに入った。店内はモンテカルロラリーのグッズだらけだ。ペナントや写真・ポスターがいたるところに貼られている。クルマ酔いをしたせいか、二人とも食欲がなく、ハンバーガーを注文した。
「さっきはスミマセン。雪道に慣れてなくて・・・」
「スピード出してなかったからね。よかったね。私だって、夏タイヤで雪道になったらスリップしたと思うよ」
「帰りは気をつけます」
とか言っているうちに、ハンバーガーが出てきた。でてきたハンバーガーを見てビックリ。バンズがパンではない。おそるおそる食べてみると、ハッシュドポテトだった。山の上なのでおいしいパンは手に入らないので、自家製のハッシュドポテトを使ったのだろう。これが結構おいしかった。
「結構いけますね。日本でも売ったらウケルでしょうね」
「かもね。でも、場所が変わると味も変わるからね。そこでおいしくても、日本でおいしいとは限らないよ」
「そんなもんですかね」
「日本でだって、そうじゃない? 私の出身の仙台で「萩の月」という有名なお菓子があるんだけど、他の町でも「〇〇の月」というお菓子が結構あって、これがまがい物ばかり。がっかりする」
「萩の月、オレも食べたことあります。おいしいですよね。でも、仙台の名物といったら、牛タンですよね。いまや牛タンは全国で食べられますよ」
「仙台の牛タンは味付けが独特だし、熟成させているからね。でも全国展開をしているチェーン店もあるからな。そう思われてもしかたないか。肉じたいもアメリカ産やオーストラリア産だからね」
「仙台の牛タンって仙台牛じゃないんですか?」
「仙台牛はそんなにとれないよ。それに仙台牛だったら今の値段の5倍にはね上がるよ」
「そうですよね。一軒の店で1日100頭分ぐらいの牛タンを使うんですから、仙台牛じゃ間に合いませんよね」
ハンバーガーを平らげて、外に出るとレストランの前をラリーカーなみのスピードで駆け抜けていくクルマがあった。登る時に見かけたクルマだった。タイヤ音をきしませながらカーブを抜けていく。さすがジモティのスピード、おそるべし。
下り道は私が慎重に運転した。幸いに大きな対向車が来なくて助かった。
2時間ほどでニースの町に着いた。絵ハガキのとおりの景色だ。ビーチの駐車場はいっぱいで、少し行った港の駐車場にクルマを停めた。そこから見るハーバーも画になる。ところどころに、昔の風景の絵画が展示されている。さすが世界の観光地。観光客へのサービスを心得ている。二人は目的地のニース城跡に向かった。丘の上にある城跡からは、あの有名な弓形のビーチが見られる。二人で感激していたが、生理的に行きたいところに行きたくなった。ところが古い城跡なので、なかなか目的の場所が見当たらない。するとビーチ側の反対側に、そのマークがあった。二人で胸をなでおろして、入り口で50セント(70円程度)を払い、中に入った。と言っても、道路脇に掘っ立て小屋のようなものがあり、そこに水路がある。簡単に言うと公認の立ち〇〇〇である。そこに、女子高校生らしき集団がやってきて、女子トイレに行列を作った。その集団は男子トイレの前にも並んだ。二人で用を足している時に、後ろから女子のささやきが聞こえる。笑い声も聞こえる。二人ですごく恥ずかしかった。用を足すと、後ろを振り返らずにそそくさと出口に向かった。そしてエレベーターでビーチ側に降りると、そこにふつうのトイレがあった。城跡をうろちょろせずに、エレベーターに乗ればすぐだったのだ。がっくり。
その日はプロヴァンスの1つ星ホテルに泊まった。1泊2人で1万円。今回の旅で最安値である。その値段にふさわしく、部屋にはベッドしかない。トイレ・シャワー共同。どうやら以前は修道院だったようだ。
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