悲観な白鳥【シルビエート・シグナス】




 ジンテツが央都アルヴヘイム区に向けて発ってから半日が経過していた。【真珠兵団パール】の食堂、長テーブルにクレイが力無げに突っ伏していた。


「ばぁ~······」


 また、重い溜め息がクレイの口から出た。ジンテツが出てからというもの、ずっとこの調子である。

 隣には、呆れた様子のアリスが控えていた。


「いつまでそうしておられるおつもりで?」


 声のトーンは平然と、しかし内心ではクレイの悄気た姿に冷たい視線を向けていた。


「そんなにヘコむくらいならば、止めればよかったものを」

「出来るわけないでしょ! ジンくんにとって、新しい経験になるかもしれないのに、そんな野暮できないわよ!」


 また一つ、クレイは溜め息をついた。

 思っていた以上に、ジンテツ・サクラコの存在は大きかった。幼少の頃から傍にいたアリスにとって、妬ける程に羨ましい。だが、クレイを想えば彼女の行動に敬意を僄さなければならない。

 寂しがり屋な妖精の少女が、我慢して送り出したのだ。それだけで、頭を撫でて褒めてあげたいと思える。――尚、野兎は勝手にいなくなり、後日トマスから連絡があって漸く行方が知れた。

 どうして男衆は勝手なことばかり。と、アリスは内心キレ気味でいた。


「クレイ嬢はご立派です。信じて待ちましょう。あの兎ならば、きっと、いいえ。あの御方ならば、必ず貴女様のご期待に添う結果を持ち帰ってくることでしょう」

「············うん」


 テーブルにうずめていた顔をアリスに向け、クレイは鼻水をすすって涙が出そうなのを堪えた。

 一先ず、クレイはこれで心配ないだろう。辛抱強いのは彼女の取柄だ。

 問題は、――――


「ヨシノ嬢、貴女も頑張ってください」

「ガンバってる······ボクだって、すごいガンバってる······。泣いてなんか、ないんだから······!」


 クレイが川なら、その横でシラが池を作る勢いで涙を噴き出していた。



 ++++++++++



 なんでこんなことになったんだっけ?――――前にもこんなこと思ったっえな。······なんでだっけ?

 整理すると、シルビエートに喧嘩を売られた。それから、城砦にある円形会場に場所を移して、今は控え室で試合の準備が整うまで待機しているわけで。


「なんか、めんご」


 トマスが謝ってきた。――――てか、なんでこいついんの?


「なんであんたが謝るんだよ」

「まさか、彼女がここまででしゃばるなんて思わなかったから。いや、予想できていたのに油断した」


 やけにしょんぼりしているな。さっきまでの自信満々で余裕綽々な佇まいをしていた威厳のある皇太子はどこに?

 それはともかく、トマスの様子からして謝罪の矛先は俺だけじゃない気がする。ありうるとしたら、シルビエートだな。


「なんなの? あの鳥女は」

「彼女はシルビエート・シグナス。王衛星将軍ギャルド・アステリズム序列二位ナンバー・ツーの腕前を誇る、元ヴァルハラ区所属の剣士だよ。気難しい性格でね。彼女が人前で兜を取ったところを誰も見たことがない。わたしは見たけどね。彼女の素顔」

「なんだよ、恥ずかしがり屋?」

「だったらよかったんだけど······」


 トマスは難しい顔をした。

 様子からして、シルビエートは優等生って奴で、これまで大した問題を起こしてこなかったんだろう。っていうか、一介の区衛兵の上を行く超エリートが不祥事だ汚職だとか、そもそもありえない話か。

 となると、シルビエート個人の行動としても珍しいってわけだなこりゃ。


「なあ、王子さん」

「なんだい?」

「俺はあいつが嫌いだ。だから、取り敢えずあいつの頭をかち割ってやろうと思ってんだよね」

「それはつまり、彼女の兜を破壊すると?」

「いんや。兜ごとあいつの頭をたたっ斬る」


 宣言すると、なぜだか空気が微動だにしなくなった。トマスも固まってるし。

 言っといてなんだけど、この空気感は結構困る。


「············まあ、頑張って」

「その近所のばーさんみたいな目やめて。なんかゾワゾワする」

「威勢がいいのは結構なことだが、彼女は強いよ?」


 それは心配ってヤツか? 仮にもあんたの妹が選んだ騎士やで?

 随分と舐めたことを言ってくれやがる。


「後で覚えてろよ」

「怖いなぁ。あ、そうだ。シルビエートに関することについて、もう一つだけ君に教えておいてあげるよ」

「はぇ?」


 ――――――――――――てな感じの下りがあったそんなこんなで、試合開始の時刻になった。明かりの無い廊下を進んで、眩しい日の光が出迎える。

 景色が明瞭になると、正方形の舞台の上にシルビエートが先に到着していた。既にシャムシールと盾を装備していて、立ってるだけなのに殺る気満々なのがひしひしと伝わってきやがる。

 周囲の観客席には玉座の間にいた貴族達がいる。

 なんか人数増えてない? 肥えたおばちゃんとかいるんだけど。

 トマスは、右の方の一番高くて開けたところにいた。王様と並んでいる。

 二人を中心に周りを囲うように座っている十二人の男達は誰だ? 見たところ貴族っぽいが、他より偉そうだ。で、さらにその周りをシャカラータ達が王衛星将軍ギャルド・アステリズムが固めている。


「暇なのか? こいつら」

「············」

「取り敢えず訊いておきたいんだけどさ、なんで大々的に喧嘩を売ったんだ? あんな目立つ誘い方したら、こんなに野暮な奴らが集ってくることくらい予想がつくでしょ」

「············」

「もしもし~? しもしも~? もしもしも~?」

「························」


 ············。清々しい無反応。寝てんのかな?


「ウサギは発声器官が無いらしいが、貴様はよく鳴きますね」


 あ、やっと喋った。


「そういうお前は、いつになったら面見せてくれんの? 剣じゃなくて口で喧嘩するなら、取り敢えずその頭の飾りを取れよ。恥ずかしがり屋」

「そう言う貴様は、いつになったら静かにしてくれるので? 口でなく剣で対決したいのであれば、とっととかかってきなさい。減らず口」


 なんだよ。案外、お喋りなんじゃん。少し嬉しい。

 互いに挨拶代わりの威嚇を交わし合ったところで、トルトスが俺達の間に来た。審判レフェリーはこいつか。


「まず試合をするに当たっていくつかルールを設けたので、先にそちらを説明させていただきます」


 このチビ狐、こんな丁寧な喋り方してたっけ? まあいいや。


「第一に、用いる術に制限は無し。自分の持つ全ての武器を存分に振るうこと。第二に、勝敗は先に『参った』と武器を捨てて降参宣言するか、または意識喪失による戦闘不能で決めるものとする。また、備考として殺意を持って臨んでいると判断した場合は我々が阻止に入るので、この場合も敗北したものと見なす。説明は以上。双方異論は?」


 同時に「無し」と即答した。


「では、結界構築が完了し次第始めます。それでは、失礼します」


 そう言ってトルトスは、舞台、トマス達と順に深々と頭を下げて観客席へと移った。舞台と観客席の間に円柱状の結界が張られ、試合のゴングは静かに鳴る。

 取り敢えず、抜刀抜刀っと。


「ん?」


 シルビエートは、シャムシールの刃を額に当てていた。タイリククラーケンを相手にしたときにもやっていたな。


「それ、習慣?」


 訊ねると、鋭い眼光を向けられた気がする。やっぱり、兜を被ってても気質が駄々漏れだな。


「ええ。私は崇高なる新世テオス教会の信徒でしてね。戦う前には必ず、こうして主に誓いを立てているのですよ」

「誓い?」

「そう。――――我が身に勝利の栄光と祝福を。そして、敗北してもなお敵に労いと憐れみを」


 新世テオス教会。印象は良くないが、カールよりはまあまあマシか。だとしても、随分と舐められたものだな。――――だけども、悪くぁ無ぇな。

 シルビエートは額から得物を離して、本格的に戦闘が始まった。だというのに、攻撃してくる気配が無い。戦意は感じるのに。カウンター狙いか?


「どういうつもり?」

「これは貴様の腕前を試す為にわざわざ設けて差し上げた決闘。それ即ち、貴様から攻撃してくれなければ意味がありません」

「はぁ······要は?」

「いつまで突っ立ってる。かかって来いよ毛玉野郎」


 あ~~~、なるほどなるほど成る程ね。

 うんうん。これはあれだ。挑発やな。

 攻撃する理由を俺に持たせて急かしてやがる。まあ、筋道としては当然の流れではある。

 この喧嘩の目的というか、大元の理由は俺の実力を周りの頭の固いわからず屋共に示すこと。付け加えるなら、俺が騎士に相応しいかの査定はとっくに始まっているわけか。

 一挙手一投足に至るまでがその判断材料。そしてこの状況は、一番手っ取り早い算出方法というわけだ。

 なんとなく、シルビエートの思考と狙いは理解できた。だとしても、下手くそな煽りだな。もう少しスマートな対応をとれなかったものだろうか。

 もどかしい上に、頭が痛い。


「はいはいはい。そういうことなら、乗ってあげるよ。だからお前も、精々、励んでくれよな?」


 得物を両手で構えると、シルビエートは俺の威嚇を受け取ってすぐに警戒態勢に入った。

 さぞ眉間に深いシワを寄せてるだろうな。

 都会暮らしの戦士にとくと教えてやらないとね。下手に野生動物を刺激したらどうなるのかをさ。


「すぅー······」


 俺は深く息を吸ってから、強く踏み込んで距離を詰めた。あと一歩でシルビエートに刃が届く。

 首に目掛けて刀を振ろうとすると、白翼を広げて空中に逃避された。


「おいおい、今のは防げただろ。大袈裟過ぎない? ただのドッキリ・・・・なのに」

「······ッ!? 性悪が!」

「まあまあ、これはほんのお遊びじゃれ合いやろうが。ぼちぼちやってこ」


 俺は再度、刀を構えた。今度はおどかしでも何でもない、マジでマジな迎撃態勢。

 認識は敵よりやや下に調整する。こんな大っぴらなところで"陰"を出すわけにはいかない。

 入れ込み過ぎたらまた狂う。これはこれで、いい練習になりそう。


「俺は見せたぜ。今度はそっちの番だ」



 ++++++++++



 第一印象は、『不気味』。

 シルビエートは魔力の感受性が高く、今朝ジンテツを一目見たとき魔力を全く感じない異質さに、思わずシャムシールを抜きかけた。

 それ故に不可思議でならなかった。

 自身よりも圧倒的に魔術的感性の冴えたトマスが、野兎の不協和音さに何も思わない筈が無い。ましてや、親愛なる妹の傍にいたとなれば、警戒心を高く持っていてもおかしくないのに。

 快く歓迎している様子が余計に落ち着かない。

 そして、今わかった。思っていたより、印象以上に胸糞悪い奴だと。

 最初の一太刀目を威かしに使うなど、武人の風上にも置けない愚行。ましてや、寸前で放った威嚇が本物と紛うものだっただけに腹立たしさが増す。

 シルビエートの中で、早くも査定の結果が弾き出されていた。


『やはり、ジンテツ・サクラコは騎士に相応しくない』


 出し惜しみは反って野兎の性悪さを増長させるだけ。それはまあいい。

 シルビエートの目的は、ジンテツの評価をどん底に落とすこと。しかし、彼のペースに乗せられたままなのは、王衛星将軍ギャルド・アステリズムのプライドが許さない。

 シルビエートは初撃から本気を出すことにした。

 シャムシールの刀身に魔力を込めると、鍔から刃をに霜が下りる。シルビエートの口からも、白く染まった息が溢れ、ジンテツが危機感を持って走り出したところにシャムシールを一振り。氷結の一閃が放たれ、刺々しい氷花を咲かせた。

 ジンテツは横に転がって逃れていた。


「スヴァルと同じか」

「彼女と一緒にしないで」


 シルビエートはジンテツの背後をとっていた。盾にシャムシールを擦って、刀身に青い炎が纏った。


「属性複数持ちッ?!」

「"花焔魔剣プラーミア・リェーズヴィエ"!」


 シャムシールが振り下ろされると、大爆発が起こった。瞬く間に結界が爆煙で埋め尽くされ、観客達は仰天する。

 特等席から観戦しているトマス等、グラズヘイムの要人達の反応は様々で、爆発に驚く者もいれば平然としている者、さらには期待に目を輝かせる者までいた。

 シルビエートが土煙を薙ぎ払い、彼女の周囲の状況が露になる。クレーターが出来ていたが、そこに丸焦げになったジンテツの姿は無かった。

 焼尽したわけではない。手応えはあったが、受け流された。それでも爆心地に一番近くいたのだから、無事で済んではいない筈。

 そう思ったシルビエートはもう一度盾とシャムシールを摩擦して青い炎を生み出し、周囲に向けて警戒した。


「成る程、そういうことか」


 突然、ジンテツが煙の中から斬りかかってきた。振り下ろされる刃を盾で防いで、青焔の一閃を繰り出す。

 ジンテツは首を反らして回避し、シルビエートの右手を掴んだ。そして引き寄せて、腹部に痛烈なドロップキックを喰らわせる。

 鎧越しにも拘わらず重々しい打撃に襲われ、思わず吐き気を催す不快感に見舞われた。


「下劣な」

「ケケッ、効くやろ?」

「くぅ!――――"六文火ギェクサグラマ"!」


 六つの青焔が出現し、それぞれあらゆる軌道を描いて襲撃する。

 ジンテツは疾走しながらそれ等全てを掻い潜り、滑り込んではガリガリと切っ先を舞台に走らせて刀を振り上げる。また盾で防がれたが、今度はそれだけでは終わらない。執拗に低姿勢で追い撃ちし、合間に蹴りも交えて防戦一方を強いる。

 女々しい体躯故か、しなやかな動きに対しシルビエートは目で追うのでやっとだった。反射神経に任せて盾を向けるばかりで、反撃のチャンスが一向に伺えない。

 煩わしさの極み。新たな評価がシルビエートの内で出来た。

 ジンテツ・サクラコは戦士としてはとても強い。揺るぎ無い、認めざるを得ない事実。

 型も何もない滅茶苦茶な剣術も、戦局を覆させないマイペースの持続力も、全て自身の上を行っている。


 ――――悔しい······――――だからどうした!


 シルビエートは力任せにジンテツを押し退けた。ほんの刹那の馬鹿力に、野兎は警戒心を強めた。

 魔力が微塵も無いために、魔力の流れを全く感じ取れない彼にそうさせたのは、シルビエート・シグナスが己の全身全霊を顕すと悟った野生の勘。


「もう、どうでもいい。貴様は強い。それはわかった」

「いきなりどうした?」

「なんでもない。ただ、貴様の実力を実際に味わって、どう相手にすればいいのかを学習した。それだけ――――"冷帝れいていの【剣士ミェーチ】"/"灼帝しゃくていの【盾士シチート】"」


 奇妙な光景にジンテツは目を見開いた。

 シルビエートの足元、右には霜が、左には蒸気が立ったのだ。同時に、シャムシールが氷結の両手剣に変形し、盾は群青の火焔が包み込んで肩まで覆うまでに拡がった。

 さらには右の翼は氷を、左の翼は炎をそれぞれ発して、シルビエートの姿を目にした誰もが、同様の魔式・・・・・を持つ妖精の皇女を想起させる。

 特等席で、王衛星将軍ギャルド・アステリズムの面々が試合を止めに入ろうと出動しようとしたが、シャカラータからの通信魔術で《待ちな》の一言で止められた。


《団長、どういうつもりですか?》


 スリフキーが強く訊ねた。


《今のシグナス氏は正気じゃありません。予想よりも“乱心„が早い!》

《ぼくもスリフキーと同じだよ。あんまり悠長にしてられないんじゃないのかな?》


 審判のトルトスも加わって、疑惑の眼差しが増えた。シャカラータは応えること無く静かに試合を観ている。

 一方で、トマスは内心でシャカラータに感謝していた。今止められたら、今後このシチュエーションが訪れるかわからない。

 やろうと思えば、御前試合を取り下げことも出来た。しかし、トマスはそうしなかった。好機と捉えたからだ。ジンテツにとっても、シルビエートにとっても。

 力を解放したということは、野兎にそれ程の価値を見出だしたということ。

 兆候としてはまずまず。ここから先は二人次第だ。

 トマスはジンテツを信じて祈った。ただし、そこに含まれているのは『勝利』ではない。



 ++++++++++



 前に一度、魔式について学ぶ為にお姫様の力を見せてもらったことがある。


『いい? よく見てて。――――"雷帝の【剣兵エペイスト】"!』


 そう唱えると、お姫様の持つ細剣レイピアに雷が纏わりついたと思ったら、次には両刃の剣へと姿を変えた。


『これが私の魔式"雷の皇帝星ペンドラゴン"。手にしたものを軸に多種多様な武器に変形させる。概ねこんな感じかな』


 お姫様は魔式を解除した。


『魔式には大きく二種類の傾向があってね。一つは私みたいに属性を用いるタイプ、もう一つは己の魂の根幹? みたいなのが術へと形を成したタイプだね』


 前者がお姫様だとして、後者は試験の時に出会したオーガンが当てはまる。

 この説明を解釈すると、魔術の更なる可能性。そして、個人の魂の本質を顕した生来の術。寧ろこっちが本領か。

 魔力の無い俺にはてんで理解出来得ない感覚なんだろうが、体得したらさぞいい気分なんだろうな。

 驚いたことに、シルビエートは属性を二つ持っている。自身の持っていない属性を再現する“属性模倣アトリビュート・イミテイト„って魔術があるが、それとは鮮明さが違う。同時に発現している時点でまるっきり異なってるんだけど。

 形式としてはお姫様のと同じ。呼称するなら――――。


「"青の皇帝双星ペンドラゴンズ"。氷と焔、私は生まれながらにして相反する二つの属性を操ることが出来る」

「特異体質ってやつか。珍しいものを持っているな」

「自覚していますよ。私は力に恵まれていると。······だけど、私はあまり好きじゃない」

「あっ、そー、かいッ!」


 俺は飛び上がって、シルビエートに一太刀浴びせようとした。盾で防がれたが予想通り。本意はこいつを地に引きずり落とすこと。

 ベルトを掴んでそのまま――――と思ったら、氷柱が伸びてきて即座に手を離した。少し距離を置いて、様子を見る。


「気を付けた方がいいですよ。不用意に私に触れようものなら、氷付けか丸焼き。最悪、丸焼きにされた上に氷に包まれることになる」

「成る程な」


 シルビエートは翼からして獣系じゅうけい人外。白鳥の獣人ってところか。

 カインやスヴァルみたいに、種族的優位性による属性のバフがあるわけでもないのに局所的に魔力を集中させる器用さ。めんどクセェな。

 ただでさえ属性複数持ちなんて、バランスの取りにくいだろう特異体質を持っているのに、それを御して魔式へと昇華させるまで完全にものにしている。

 紛れもなく高次元の才覚を持っているな。これなら序列二位ナンバー・ツーなのも裏付ける。


「さあ、今度は貴様の番ですよ」

「何が?」

「知らないとでも思っているのですか? 貴様は全力ではない。それどころか、私をおちょくるばかりでほとんど実力を発揮していないでしょう。不公平だとは思いませんか?」


 そうだった。こいつやシャカラータは区衛兵の上位に位置してるんだったな。となれば、前々から俺の情報を把握していてもおかしくはないか。

 要は、俺に"陰"を出させて公の場で怪物を呼び出そうって腹か。これもシルビエートの俺を失墜させよっていう策略か――――······いや、あれは違うな。なんとなくそんな気がする。


「恥ずかしがることはありません。この試合の名目、とっくに察しているのでしょう? ならば、早く陛下や殿下、貴族の方々に見せて差し上げなさい」


 この感じは、『挑発』ではなく『挑戦』だ。

 試合の名目? 阿保抜かせ。

 まどろっこしい当初の目的を振り切って、純粋に己を全開まで押し出した正真正銘のマジのマジ。悪くぁねぇ。――――が······気が乗らねぇな。


「勝手に思ってろ」

「そうですか。――――できれば、悔いの無い一戦をと思ったのですが――――シルビエート・シグナス、参る!」

「来いや!」


 シルビエートは急降下して突撃してきた。冷気と蒸気が軌道を描いて、瞬く間に空気が寒さと暑さでごっちゃになって目眩を起こしそうになった。

 お互いの得物をぶつけ合い、鍔迫り合いが拮抗する。同時に弾き合って、またすぐに猛攻と猛攻で鎬を削る。

 氷の剣と炎の盾。一見、バランスが悪そうに思える組み合わせだが、中々どうして厄介なものだ。

 どっちも属性が分断に盛り込まれているから、こっちの攻撃が通りづらい。炎の盾を構えられたら視野が埋め尽くされて、氷の剣による奇襲に反応が遅れる。挙げ句にどっちも硬い。


「"花冰魔剣リオート・リェーズヴィエ"!」


 炎の目眩ましからの、氷の一撃。振るえば氷柱が生えてきてクソ危ない。受ければ確実に戦闘不能は免れない。

 ······ヤベーわ。リズムが掴めん。


「顔色が悪くなってきてますよ。強がりはやめた方がいいのでは?」

「余計なお世話じゃい!」

「そうですか。折角、安全な降参のチャンスを与えてあげたのに」

「はぇ?」


 シルビエートの台詞に気を取られていると、氷柱から更に氷の枝が伸びてきた。

 着弾後にも魔力による干渉影響が永続している?! 

 この反応は、魔力を遠隔操作して魔術を発動させる応用技の一つ、想定術式か。

 氷の枝を粉砕して距離を取る。

 か高等テクを平然と。ホンマ、めんどクセェな!


「逃がさない。――――"灼帝の【鞭士プリェーチ】"!」


 炎の盾から長い蔦が伸び、俺の行く手を塞いだ。シルビエートが腕を振るうと、地面に叩きつけられた拍子に火花が広範囲に弾けた。

 さっきの氷柱の枝といい、この火花にもヤバい仕掛けがあると感じてすぐにその場から離れる。


「"流星豪雨弾ミエールキイ・ズヴィオーズドゥイ"!」


 予想通り、シルビエートが唱えると弾けた火花が一斉に俺の元へ勢いよく攻めてきた。不規則に、複雑に撃ち込んでくる火の弾幕をいなしてやり過ごす。

 伸びる氷柱の枝に、弾けると襲い掛かってくる火花の弾幕。いずれも、攻撃した後が肝か。

 お姫様のと同じ魔式でも、使い方がまるで異なっている。当然だろうが、個々人のセンスと力量でこうも能力チカラの形が変わってくるなんてさぁ――――。


「何を笑っているのですか? 依然、追い詰められているのは貴様であるというのに」

「いやぁ、どうにもさぁ」

「············?」

「わかり切った理屈でも、新しい発見ってヤツにはどうしたって滾っちまうなぁって、思っちまうよなぁってお話」

「貴様、何を――――ッ?!!」


 シルビエートの方から距離を取った。俺の手の届かない空中にいるのに、妙なリアクションだな。

 息遣いが早くなった。盾の炎が大きく揺らいでいる。

 焦っているのか? それとも、怯えているのか?

 いずれにしろ、終わっていないのにその姿勢は危ういで。


「ほな、やってみよか」


 丁度いい。練習相手が欲しかったところだ。

 ダーインスレイヴと闘った時に出した、あのどうしようもない解放感。本能の爆裂。

 "陰"を出していないから、そこまでには至らないにしろ似たところまでならいける筈だ。

 再現しろ。

 俺自身を騙れ。

 俺自身を欺け。

 俺自身を還ろ。

 取り敢えず、狂い咲け。


「すー······」


 ほな、バケモノタイムと行こか。



 ++++++++++



 思わず、ジンテツの間合いから大きく外れているのに退いてしまった。その事実を自覚した時、シルビエートはひどく屈辱的な気分になって眉間にシワを寄せた。

 何か特別なことをした気配は無い。その筈なのに、ジンテツの雰囲気ががらりと変わった。

 ついさっきまでは、戦士と対峙している感覚だった。それが今は、まるで野獣でも現れたかのような危険な香りが野兎から漂ってきている。


 ――――何をした······何が起きている······?!!


 ただならない緊張感に盾の青炎が大きく揺らめいて、甲冑の下では汗が絶えず肌を流れている。動悸も激しく、現状の自身の心境を明瞭に理解したとき、シルビエートは野兎を鋭く睨み付けた。

 対して、ジンテツの方は身の内で並々ならない変貌を遂げようとしていた。姿形はほとんど変わっていない。しかし、確実に彼は自身の状態を“あの時・・・„に戻すことに成功しつつある――――が、所詮は一時的な滾りに過ぎなかった。

 心身共に極限状態であったダーインスレイヴ最終戦とは異なり、"陰"すら出しておらず余力は有り余っている。

 十全は見込めない。精々、三割がやっとだ。


「まあ、こんなもんか」


 ジンテツの灰髪は小さく跳ね、瞳孔は肉食動物並みに鋭くなり、牙と爪がやや尖って、獣らしさが増した。

 情報の濁流は流れてこない。解放感はあっても、高揚感は湧いてこない。だが、身体は些か軽くなっている。

 今なら、カーズ・ア・ラパン寮までひとっ跳びできそうだ。


「さて、やったろか」


 そう言ってジンテツは姿勢を低くした。宛ら、猫が獲物を見つけた時のような前傾姿勢だ。

 シルビエートは炎の盾を構えた。

 警戒は万全。氷の剣による反撃の備えも十二分。どこからかかってきても、対応できる。

 野性味が増したからなんだというのだ。魔力を微塵も有していない無能に負ける要素などどこにもない。

 育ちの悪い野生動物など、文明の利器足る魔式の前では手も足も出せない。

 そこだけは何も変わらない。変わってはならない。そうでなければ、敬愛せし創造神の定めた理に矛盾が生じてしまう。到底、認められるものではない。

 そんな彼女の信義に反して、ジンテツは飛び上がった。だが、彼が向かった先はシルビエートの方ではなく、結界の壁だった。


「まさか、結界を足場に?」


 あまりに突飛な行動に不意を突かれ反応が遅れたシルビエートに、ジンテツはすかさず飛び込んだ。

 炎の盾よりも早く、野兎の刃が無防備の圏内に入ってきた。

 防御は不可能。回避も間に合わない。そう思ったシルビエートが選択した行動は、一か八かの自爆。全方位へ青炎の花を咲かせ、結界内を灼熱で埋め尽くす。

 例え避けられたとしても、熱が充満したこの中で立ってはいられない。シルビエートは氷で自身を守護してダメージを左肩までに留めた。それでも衝撃は凄まじく、甲冑は半壊し、兜の左半分が潰れた。

 燃焼された空気中の魔力が、シルビエートの肺と喉をを締め付ける。呼吸が苦しい煙の中で、ジンテツの姿を探そうと根を張った脚に鞭を打つ。

 魔力が無いために、気配を捉えられない。この自爆技で仕留められていれば············――――。


「······なっ!?」


 シルビエートの渇いた驚愕が向けた先には、平然としている野兎の姿があった。


「取り敢えず、危ないよ」


 ジンテツはシルビエートの蟀谷こめかみを狙って、思いっきり振り抜いた。無論、峰打ち。

 兜が大きく吹っ飛ばされ、ジンテツはシルビエートの素顔を見た。短い白髪で中性的な整った顔立ちだ。それだけなら、単にボーイッシュな女性で片付けられた。

 しかし、ジンテツは妙に気になった。他人の顔を見ても特に興味が沸かない彼の好奇心を刺激したのは、シルビエートの両頬と額に刻まれた黒みがかった薔薇の紋様だった。


『――――彼女は“悪魔憑き„だ。だから、もしも兜を取るというのなら、驚かずにきちんと返すことだ』


 試合前にトマスに言われたことを思い出し、ジンテツは煙が晴れない内に兜を拾ってシルビエートの頭に被せた。






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