王衛星将軍【ギャルド・アステリズム】




 ジンテツはトマスと共に、王族御用達の特別馬車に乗っていた。学園に通っていた時にも乗ったものとは諸々が別格だった。内も外も豪華な装飾に包まれていて、足元は赤いカーペット、壁は青と金の川模様に彩られ、天井に至っては星々が散りばめられている。加えて、上品でフローラルな香りが車内を満たしていた。

 馬車の外には、青藍の鎧を装備した男女三名の騎士が馬に乗って並走している。内一名、ケンタウルスを除いて。

 ドラグシュレイン区壁内領を出てかれこれ十分が経つ。移動先はまだ伝えられておらず、荘厳な環境で不安と警戒が野兎の胸中で燻る。それを察知してか、トマスが赤茶色の高価そうな机に置かれたクッキーの乗った皿を差し出してきた。


「朝はまだだろ。ほら、チョコチップ入りだ。早い出発ですまないね」

「別に」


 ジンテツは然り気無くクッキーを摘まんだ。


「外にいる奴等は?」

「彼等は王衛星将軍(ギャルド・アステリズム)。区衛兵の中でもずば抜けて優秀な人材だけがなれる、国防委員(ケルビム)の最高戦力だよ。わたしと一緒に、君の査定を行って貰う」

「皇子さんだけが見るんじゃないの?」

「わたしは護衛対象目線。彼等は同業者目線で見定めるんだよ」


 めんどクセェ、と溜め息をつくジンテツ。馬車に乗る直前、騎士達一人一人の顔を見た。三人共、あまり機嫌がよろしくない様子だった。

 差し詰め、奴隷が騎士になろうなどと身の程を弁えろといったところか。学園に編入した以来の嫌悪感が、ジンテツの懐いた彼等に対する第一印象だ。お互いにいけすかなく思っている。


「そろそろ、何処に向かってるのか教えてくれない?」

「そうだね~。教えてあげてもいいんだけど。ここはサプライズと行こうじゃないか。じっくりと話したいこともあるしね」


 トマスは、レースのカーテンを小さく捲って窓の外を眺めてから言った。クレイを彷彿とさせる満面の笑みを浮かべてくるものだから、ジンテツは嫌な顔をして目を背けた。


「君、わたしのこと嫌いなの?」

「嫌いというよりか、やりにくい。お姫様みたいなのがなんともやりにくい」

「仕方なくね? だって兄妹だもの。そう言えば、正式に騎士になること、クレイは何か言ってたかい?」


 言われて、思い出したジンテツは渋い顔をした。彼の脳裏に浮かんだのは、目をうるうるとさせながら何やら葛藤して、中途半端な笑顔で見送るクレイの顔だ。複雑な心境なのが見て取れて、対応するのがひどく面倒臭く思った。


「······ちょっと泣きそうになってた」

「あぁ~······なんか、ごめん。あいつは寂しがり屋だから、少し申し訳ないよ」

「気にするな。少し俺が来る前に戻るだけでしょ」

「可愛げない兎だな~」

「どうとでも言いやがれや」

「いろいろスンゴいね。ホント、いろいろと。――――さてと······」


 残念がるトマスであったが、背を丸めて頬杖をついて、雰囲気ががらっと切り替わった。


「どこまで知ってるの?」

「何を?」


 ジンテツは眉をひそめて訊ねた。


「クレイのことだよ。どこまで彼女のことを知っているのかって話。安心していいよ。この馬車は内外から結界が張られている。会話が外に漏れることは無い」


 試している様子ではないのはすぐにわかった。トマスの目は真剣そのもので、一切の虚偽を許さない意思が強く伝わってくる。

 身内なら、と隠す必要は無いと判断したジンテツは答えた。


「あんたら王族とは血が繋がっていない」

「ああ、そうだ。クレイ=ドゥージエム=フードゥルブリエは王族ではない。それを知っていながら、君はクレイの騎士で在ろうとすることを決断した。そう思っていいんだね?」


 かなり冷徹な口調で、厳格な調子でトマスは訊ねた。眼差しは鋭く、先程までおちゃらけた皇子様ではない。この問いには、立場や身分を切り捨てた意味合いがしてならない。

 だからといって、ジンテツが態度を変えるようなことはありはしない。ただ答える。野兎がするのはそれだけだ。


「俺が護りたいのは、あいつ――――だけじゃない」

「······?」

「あいつが掲げているもの。あいつが欲しているもの。俺が護りたいのはそっちだ。それが俺の縄張りで、ウザッたらしく踏み荒らす敵が出てこようものなら、取り敢えず刈り取るだけだ」

「それはクレイがご主人様だから?」

「関係無い。偶然、気に入った奴がお姫様だったってだけ。――――これで満足?」


 ジンテツも頬杖をついて訊ねた。トマスは口元に手を合わせ、一度瞑目した。それから重い息遣いで深呼吸をして、目蓋を開く。


「あの子はね、小さい頃からどこか不安げな様子だった。今でもそれは拭いきれていないけど、昔はひどかったんだよ。早々に、わたし達王族と血の繋がりがないと感じ取ったのかもしれないね。何事にも自信を持てずに、座学も実践も身が入っていなかった」


 初耳だが、ジンテツは驚かなかった。そういう、クレイの影の部分はなんとなく察していたし、彼女には彼女のこれまでに辿ってきた生涯があるとして、別段気にもしていなかった。


「その顔、クレイの弱いところには関心が無いようだね」


 当然のようにトマスは見抜いた。しかし、表情に怒りや呆れはなく、ありがたさという方の、安堵の色が浮かんでいた。


「俺が気に入ったのは、なよなようじうじしてる芋虫みたいなお姫様じゃなくて、必死こいて幻想を追い求めてるお姫様の方だ。これまでどうだったとか、これからどうなるかとか、今のあいつに比べれば何も止まらないよ」

「······!」

「なんだよ。摘ままれたみたいな顔して」


 トマスはとても動揺していた。一瞬、右目に強い光が過ったような気がしたが、目蓋を擦っても特に変化は無かった。


「まさか、同胞がいたとはね」

「同胞? 誰が? 誰と?」

「君とわたしとがだよ。全くの同意だ。悲惨な過去を送ったとしても、過酷な未来が待ち受けているとしても、彼女の誠心誠意は今現在が魅力的だ。将来を考えるよりも、わたしはクレイに“今„を大事に生きてほしい。あわよくば、幻想を追う姿を見ていたい」


 兄というよりは、まるで娘を想う父親のような物言いだな、とジンテツは思った。この瞬間が、トマスとクレイは義理でも兄妹であると強く感じる。

 二人共、共通して身内に対する想いが半端ではない。『仲間』と『家族』で違いはあるものの、そういう意味ではトマスもまた頭の中がお花畑と言える。


「あんた、家庭菜園とかやってんの?」

「なんの話かわからないけど、わたしの趣味は散歩だよ。ちな空中の方ね」


 最後の気の抜けた一言で、ジンテツは初対面時からトマスから感じていた違和感の正体がやっとわかり、両耳がピンと立った。


「あんた、妖精だよな」

「そうだけど。今更どうしたんだい?」


 トマスは美味しそうに紅茶を含んだ。


「いや。なんだか妙だな、と思ってさ」

「妙? 何が?」

「あんた、翅はどうした・・・・・・?」


 そうジンテツが訊ねると、トマスは紅茶に虫の足でも入っていたのかと言うくらいに驚いた様子でフリーズした。おーい、とジンテツが三度呼び掛けたところでトマスは何度も瞬きをして、紅茶を机に置いた。


「そんなにわたしの翅が気になるかい?」

「まあな。コートをそんな風に着て、背中を見られたくないってのがあからさまなもんで」

「そうか。中々、目がいいね」

「耳もいいぞ」


 純粋な返しにトマスは微笑んだ。そのまま話の続きをしようとしたが、馬車が止まった気配がした。


「どうやら、着いたみたいだね。行こう。ついておいで」

「······何処に?」


 言われるがままに、ジンテツはトマスの後を追って馬車を降りた。停まった場所は、村だった。貧相とまではいかないが、地味な装いの村人が不安な面持ちで集っている。

 それが、トマスを見た途端に喧騒が落ち着いた。村人の中から、一人のエルフの老婆が出てきた。見たところ、村の代表者らしい。


「殿下、来てくださったのですね」

「当たり前だよ、ハイスラーお婆ちゃん」


 二人の話を聞いて、村にタイリククラーケンという巨大な軟体動物型の野良魔物(クリーチャー)が出現していて、村に地震が絶えないという。しかも、住み着かれた影響で作物も不作の危機に陥っていて、このままでは村は崩壊する可能性が高い。

 ギルドに討伐依頼を提出したものの、タイリククラーケンは予想外に強大で未だに地中を蠢いている。

 トマスが帰国した理由はどうやら、これの対処が本来のメインのようだ。


「取り敢えず、事を済ませるとしよう。わたしが直々に払ってやろうと思ったが、今回は見学者が一人いるからね。シルビエート、君に任せるよ」

「はっ!」


 指名された騎士から凛々しい女声が上がった。鎧で体型がわかりづらく、ジンテツは少し驚いた。

 シルビエートと呼ばれた女騎士は純白の翼を広げ、一人、タイリククラーケンの住処へと向かった。村から少し離れたところ、草原に不自然な更地があった。これが標的の巣だ。ジンテツ達は村人達と共に、離れたところから見ている。


「あいつ一人でいいの? タイリククラーケンって言ったら、小さくても十五メートル。図体のデカさじゃ海の奴を凌ぐだろ?」

「心配してくれるのかい?」

「別に。目の前で死なれちゃ、村の奴等が喧しくなりそうだからいいのかって訊いてんの」

「ああ、そっちね。まあ、どっちにしろ問題は無いよ。微塵もね」


 そういう根拠は? と、言わんばかりにジンテツはトマスを疑わしい視線を送った。


「言ったでしょ。この三人――――正確にはまだ三人いるんだけど――――彼女達は区衛兵の中でもずば抜けて優秀な人材だ。いずれも、君に退けを取らない。ま、見ればわかるよ」


 自信満々に腕を組み、ジンテツも倣って大人しく観戦することにした。

 シルビエートは右手にシャムシール、左腕に盾を備えて挨拶代わりに斬撃を一つ更地の中心へと飛ばした。爆煙が上がり、同時に地中深くから激しい振動が起きて立っていられない程地表が大きく揺れた。トマスのみ平然としていたため、ジンテツは負けじと立ち上がって対抗した。

 更地は二度目の爆煙を噴き出して、そこからにょろにょろと動く十本の触手と、人間の上半身のような巨影が這いずり出てきた。土埃を掻き分け、標的の姿が露になる。

 目測推定三十メートルはあろう、巨大な半人半烏賊。顔に目は無く、鼻は潰れていて鋭い歯の並んだ口しかない。手は細長く、眠りを邪魔した外敵を探し回っている。


「主よ、今あなたのもとに魂を一つ御返し致します」


 シルビエートは額をシャムシールの刃につけて祈りを捧げ、タイリククラーケンに目掛けて急降下した。触手の猛攻が彼女に襲い掛かるも、華麗な身のこなしで全て躱しきり、一本を両断して道を切り開いて素早くクラーケンの肢体を切り刻む。

 下から上へと侵攻していき、頭部よりも高く飛び上がったところで、一気に真っ直ぐ下へと降下しながら一閃を与えた。タイリククラーケンの体は綺麗に真っ二つに別れ、後には地上にゆっくりと降り立つシルビエートの凛とした姿が際立っていた。

 村人達は皆大喜びし、戻ってきたシルビエートに一斉に集まって感謝を述べた。


「どうだい? 見事な手際だろ?」

「あれくらい、俺にだってできら」

「フフッ、言うじゃん」


 村人から多大な感謝を受け、タイリククラーケンの死骸を回収しその一部を村に与えて一行は先を行った。



 ++++++++++



「ジンテツ、起きたまえよ」


 トマスの声がして、ジンテツは眠りから覚めた。

 更に三日程の移動を経て、馬車は目的の場所に到着した。降りた先でジンテツが見たのは、なんとも奇天烈な街の景色だった。一言で表すならば、森と街が一体化したような、三から五階建て以上の建物がいくつも並び、壁には蔓が這っていて屋根を包んでいる葉には淡い黄緑の光が宿っている。よくよく見れば、小妖精(ピクシー)同士がじゃれている。

 太陽の昇っている南方には、葉と葉の間から横長の壁が聳えていた。その向こう側から、一際高い建造物が覗いている。

 馬車が行き通う舗装された石畳は平坦に整えられていて、往来する人々の装いも華やかなものばかりだった。

 どこに目をやってもチカチカとして、目眩を起こしそうになる。


「驚いたかね?」


 後ろからトマスが肩を組んできて、ジンテツを支えた。


「ここが、我等が愛しき祖国グラズヘイムの首都――――第一領地、央都アルヴヘイム区だ。国の中央に位置し、十三の領地の中で唯一壁外領が無い最も安全な区画だ。ここに住んでいるのは、妖精属(フェアリー)が大半で、他種族はおよそ三割と言ったところかな。まあ、観光は後にして君の課題を進めよう。こっちに来て」

「ああ」


 ジンテツにトマスの話はほとんど聞こえていなかった。今だかつて無い大都会の空気に、目と耳と鼻が混乱している。だが、トマスは構わずジンテツはを連れてレンガ造りの三階建ての屋敷に入った。

 その門扉の横には、『国防委員(ケルビム)司令本部』と金字で彫られた黒い板が掛けられていた。

 屋敷の中は、どこもかしこも区衛兵ばかりだった。鎧姿の者もいれば、制服姿の者とこの二パターンしか見られない。

 すれ違うごとに二つの視線を感じる。一つはトマスに対する尊敬のこもった視線。もう一つは、その隣にいるどう見ても場違いだろとしか思えない奴隷に対する疑念の視線。学園側(スクールサイト)に通っていたときによく向けられたものだ。


「安心しな。今だけだよ」


 トマスが囁いた。別にジンテツは気にしてはいないが。

 階段を上がって三階、剣を天に向かって翳す女の木像の前にある部屋に入る。

 部屋の内装はえらく広かった。一階の容積を軽く越えている。その理由が、部屋に入ってすぐにある階段の下にいる三名の騎士を見てすぐにわかった。

 シルビエート達と同じ青藍の鎧に身を包んでいて、一人は身長十三メートルはある巨人属(ギガース)が胡座をかいていて、その横には座高だけでも巨人属(ギガース)の胸元まではあろう巨躯を持っており、さらにその隣にはジンテツと同じくらいの背丈の若い褐色肌の男。耳の形状から熊の獣人だ。彼だけは兜を取っていて、ブドウを摘まんでいた。


「さて、皆揃ってるね。話はもう聞いているだろうが、今回、彼が我が妹クレイの騎士に成るべく試練を受けて貰うために参上したジンテツ・サクラコくん。ジンテツくん、彼等六名が王衛星将軍(ギャルド・アステリズム)だよ。まあ、これから数日は騎士のなんたるかを学んだりで寝食を共に貰うわけだけど。あ、その前にお偉いさんへの挨拶とかしなきゃだった。というわけで、詳しい話は後にするとして、わたしは少し離れるけど、君達、ちゃんとコミュニケーションとってよ? じゃ、失礼」


 そう言って、トマスは軽快に部屋を出ていった。

 静寂。パチパチと暖炉の火が火花を弾けさせ、口を開くものもおらずで、トマスがいなくなったのを見計らったように妙に空気が緊張している。

 なんとなく状況を把握したジンテツは、取り敢えず気を休めようと中央のテーブルを囲うソファに行こうとした。が、後ろから肩を掴まれて止められた。

 掴んだのはケンタウルスの騎士だ。


「「「············――――――――」」」


 ジンテツは柄頭を下に押し込んで、テコの原理で剣先を上げた。ケンタウルスの手はそれで弾かれ、この隙に階段の下に飛び降りる。

 その後すぐに、シルビエートが剣を振り下ろしてきた。即座に抜刀して受け止める。更に、背後から巨躯の騎士からの棍棒の奇襲が入る。シルビエートを払い除け、棍棒は蹴り上げた足で弾いた。

 巨躯の騎士の脇からリンゴが飛んできた。受け止めようとしたら、寸前で急速に速さが増した。辛うじて避け、通り過ぎる一瞬でリンゴにナイフが刺さっているのが確認できた。飛んできた方向の先には、得意気にリンゴを齧っている褐色肌の男。

 ギギッ、と弓の弦が張る音がして勘で刀を後ろに差し向けて矢を防ぐ。

 前と後ろからシルビエートのシャムシール、巨躯の騎士の棍棒が強襲する。ジンテツは跳躍して掻い潜り、棍棒に乗って巨躯の騎士の腕を駆け上がり、背中をジャンプ台代わりにしてまた飛び上がり、褐色肌の男に剣を振り下ろした。褐色肌の男は背凭れに重心をかけてソファを倒し、後転して立ち上がった。

 テーブルに着地したジンテツは追撃。褐色肌の男は刀を左の籠手で受け止め、速やかに腕を捕らえようと右手を伸ばすも逆に掴まれた。こめかみに正確な上段蹴りを繰り出し一旦二人の間に距離ができた。ジンテツは止まらずに切っ先を伸ばし、褐色肌の男は青い拳銃を向けた。

 お互いの得物がお互いの首に迫ったところで――――再び、場は静寂に包まれた。張り積めた空気の中、褐色肌の男は口角を上げた。


「おたくぅ、中々やるじゃないの。だーれ? どうせ勘違いしてる前科持ちって言った奴」

「ショコ太が言った」


 巨人が野太い声で嗜めた。


「そーだったね。ありがとう、ピチ助」


 褐色肌の男――――ショコ太と呼ばれた彼は、拳銃を閉まって右手を出した。


「驚かせてスマンね。こっちは強い兎としか聞かされてなかったから、ちゃんとした実力を測っておきたくてよ。俺は、一応この連中を取り仕切ってる区衛兵最強の男、シャカラータ=ミノル=ウルサだ。よろっしく! イカした眼帯じゃん。どこに売ってんの、ソレ?」


 リズムに会わせて左手をくるりと回して人差し指と中指を伸ばしたハンドサインを見せ、友好的な姿勢を示すショコ太ことシャカラータ。

 ジンテツは戸惑いつつも、一切の悪気を感じないこの男の純粋で明るい笑顔のやんわりとした圧に戦意が削がれ、刀を納めて握手に応えた。シャカラータは嬉しそうに、ニカッと歯を見せた。


「おい、お前らも面くらい見せろよな。ほら、こっち来て一人ずつ名乗る名乗る! ヘイ、カモン!」


 シャカラータの命令に呆れた様子で、また乗り気な様子で従い、彼の周りに、ジンテツの前に、今一度、グラズヘイム最強の兵士と名高い六人の超精鋭部隊が横一列に並び集結した。そして、一人一人兜を取った。


「いつものことですが、あまり感心しませんよ、団長。この歓迎の仕方は。――――初めまして、兎の剣士殿。私目はスリフキー・ケーローン」


 ケンタウロスの男が言った。眉間に深いシワを寄せて、深い極まりないと言った気分のようだ。

 ウェーブのかかった茶髪はうなじを覆う程に長く、左耳には麦の葉の意匠をした飾りをつけている。


「仕方がない。ショコ太はいつまでも子供。直らない。直せない。――――オレはピッチェーニ・オリオン。誇り高き巨人属(ギガース)の戦士なり」


 先程、ピチ助と呼ばれた巨人属(ギガース)の男が名乗った。大岩のような兜を抱え、拳を胸につけてと態度が仰々しい。

 凹凸の激しい顔をしていて、まるで岩壁を掘ったようだ。目を薄く開けていて、ちゃんと見えているのかジンテツは内心でそこに注目した。


「そこがショコ太の可愛いところ。久しぶりにやんちゃできて、嬉しがってる。だから私は嬉しい。――――ゼフィール=マヨル=ウルサ。ショコ太のお姉さん。よろしく」


 巨躯の騎士が自身を指差しながら笑った。

 弟のシャカラータとは売って変わって、ゼフィールは二足歩行の白熊そのものだった。横の髪を三つ編みにして、なにやらウキウキしている。

 かなりごつごつした鎧を着ていた為、女性と知った時のジンテツは少し身体が震えた。


「一応言っておくと、ぼくは争いが嫌いだから参加しなかっただけで、怖じ気づいたわけじゃないからね――――トルトス・ブルペクラ。まあ、よろしく」


 狐耳を生やした茶髪の青年が素っ気無げに言った。

 背丈はジンテツの首下までしかなく、さらに強がりな前置きから子供っぽさを感じてならない。

 そして残るは、唯一到着前に名を知っているシルビエートのみ。しかし彼女だけ、まだ兜を脱いでいない。


「シルビ子、最後はお前だぞ?」


 シャカラータに指摘されて、ようやく彼女は口を開いた。


「シルビエート・シグナス」

「はいっ! こっちの自己紹介が済んだんで、今度はキミの番だよ!」


 あっさりとした挨拶を紛らわすように、シャカラータは間髪入れずにジンテツに催促した。野兎の方はシルビエートの態度に完全に呆気に取られて、少し反応が遅れた。


「ジンテツ・サクラコ、取り敢えずよろしく」


 シルビエートを睨みながら名乗り、王衛星将軍(ギャルド・アステリズム)からも「よろしく」と一斉に返事が来た。――――一人を除いて。

 その後、ジンテツは宿舎に案内された。一人一人別々の部屋を割り振られており、ジンテツはシャカラータの隣を宛がわれた。カーズ・ア・ラパンのものより四倍近くも広く、ベッドは天蓋付き、濃い緑のカーペットはふかふかしていて、家具一式も杉のものだろうか甘くも渋くも無いが、気分の落ち着くとてもいい匂いがする。


「今日から暫くは、ここがジンの字の部屋な」

「ジンの字?」


 シャカラータが自身への呼び方に疑問符が浮かんだ。


「ショコ太は変な呼び名をつけるのが好き。私はゼフィ美、スリフキーはスリ衛門、ピッチェーニはピチ助、トルトスはトル雄、シルビエートはシルビ子」


 ゼフィールが解説してくれた。成る程、それがシャカラータの迫り方かとジンテツは納得した。


「さてと、挨拶は済ませたし、丁度よく時間だ。ジンの字、行くぞ」

「行くって、どこに?」

「城だよ。オマエ、今から陛下とその他お偉いさんの前に顔を出すの」

「······はぇ?」

「まあ、そう緊張するな。お役人様方はつまらないヤツばっかだけど、陛下は気さくでいい方だから、ドーンと胸張って行こう!」


 面倒臭そうにジンテツは「お~」と応えた。

 嬉しそうにして、シャカラータは扉をパタリと閉めた。そして、ドアノブの下に付いているもう一つの小さなドアノブを左へ回し、再びドアを開けた。部屋を出れば、さっきとは全く違う景色が広がっていた。

 真っ青なカーペットの敷かれた廊下だった。天井からは逆さまに咲いた花のような燭台が垂れ下がっていて、その枝一本一本の先に蝋燭が付いていた。


「ここは?」

「フィルママン城砦(じょうさい)。俺達の宿舎の扉は特別製でね。城と行き来できるのさ。ちなみにこれ、殿下が作ったヤツね。王座の間はすぐだから、観念してとっとと心の準備を済ませておいた方がいいぜ」


 そうシャカラータが助言している内に、荘厳な鉄製の扉の前に来ていた。見上げる程に巨大な鉄扉の両隣には、両手を携えた全身甲冑姿の騎士の銅像がそれぞれ一体ずつ配置されていて、今にも動き出しそうな気配がする。

 ジンテツが顔の方に目を向けると、銅像が首を傾けて向き返してきた。


「大丈夫だよ。私達が一緒にいれば、攻撃してこないから」


 ゼフィールがフォローした。襲ってくる気配がしないから、別に警戒していたわけでもないが、一応注意しとこう程度にジンテツは留意した。

 後からサイズ的に厳しかったピッチェーニと合流して、シャカラータが一歩前に出て大きく息を吸った。


「王衛星将軍(ギャルド・アステリズム)六名、及びジンテツ・サクラコ! 召集に応じ、参上致しました! 妖精皇帝(オベイロン)陛下に、謁見お願い申します!」


 声高らかにしてそう言うと、鉄扉はゆったりと開いた。また広い空間が現れ、気品に溢れた衣装に身を包んだ大勢の人類人外が多くいた。綺麗な身なりと品定めするような険しい眼差し、甘味のある香水臭さからして、全員貴族だ。廊下と同様の真っ青なカーペットが一直線に伸び、それを挟んで並んでいる。真っ直ぐ先には、幅の広い階段が伸びていて、壇上には二人の男が玉座に座っていた。

 向かって右にいるのはトマスだ。目が合うや否や、ジンテツに微笑んだ。その隣、座している髭面の男が、先程シャカラータが口にした妖精皇帝(オベイロン)だろう。頭に乗せている蔦で出来た飾りが王冠なら、そう見て間違いない。

 白髪の混じったもっさりした黒髪で、口元は髭で隠れていた。眉毛も濃い上に太くて目元が見えない。ずんぐりむっくりな見た目をしていて、青い礼服が今にも張り裂けそうな程に腹が膨れている。翅はカブトムシの形で、座しているとはいえ床に敷かれるほど大きかった。


「余の御前に来ることを許す。近う寄れ」


 深みのある、とても濃密な声で命じた。ジンテツはシャカラータ達に囲われる形で付いていった。階段から五歩手前のところで止まり、王衛星将軍(ギャルド・アステリズム)六名全員が、一斉同時に揃って跪いた。

 ジンテツは場の状況をなんとなく整理、把握しておきながら、一人だけ堂々と佇んでいた。


「何してるんです?! あなたも腰を低くしなさい!」


 右からスリフキーが目は足元のまま、注意してきた。だが、ジンテツは依然不動を貫く。


「う~む······」


 妖精皇帝(オベイロン)は頬杖を立て、ジンテツに視線を集中させた。周囲の貴族達も、同じく訝しい眼差しを向け、ジンテツの不躾な直立不動に動揺してざわつく。


「一応、確認しておこう。そなたが、ジンテツ・サクラコなる人兎属(ワーラビット)の冒険者か?」

「それ以外の何に見える? ほら、ちゃんと左手首(ここ)に冒険者輪具(アドベンチャーリング)が付いてるだろ? 近くに行って寄り目になるくらい近付けたろか?」


 トマスを除いたこの場の全員が、ジンテツの言動に驚愕した。貴族達は顔が青ざめ、冷や汗をかいた。


「それには及ばない。確かにそなたがかの兎であることはよーくわかった。不快に思わせてしまい、申し訳ない」

「別にええよ。お互い初見なんだし」


 ナニ、この馴れ馴れしさ?!!――――周囲の青ざめた顔が、更なる驚愕で生気が薄れて白くなった。しかし、トマスとシャカラータは笑いを堪えるのに必死だった。頬が今にも弾けそうになっている。


「陛下、よろしいでしょうか!」


 愕然とする貴族達の中から、男の声と一本の腕が上がった。


「トニーか?」

「はい。お話のところ、失礼致します。私から一つ、彼女・・に物申したいことがありまして」

「うむ、許そう」

「ありがとうございます!」


 貴族の群れから出て来たのは、緑の礼服を着た三十代程度のエルフの男だった。眉間にシワを寄せ、ジンテツを一睨みしてから妖精皇帝(オベイロン)の方へと向いた。


「お言葉ですが陛下、何故ずっとこの者の傲岸不遜な態度をさも平然と看過しておられるのですか?!」

「看過、とな?」

「ええ! 皇女殿下が直々にお選びになった人材、であるならばその実力は考慮します。ですが、だからといって陛下を相手にあの物言い、この態度。実に礼儀に欠けており、見るに耐えない惨状と訴え申し上げます!」


 声高らかにして、トニーは貴族達の不満を代表して口にした。遠巻きに、この無礼極まりない野兎を、即刻この玉座の間から追い出して欲しいと要求している。このトニーの言動が起爆剤となり、周囲の貴族達がひそひそと彼の訴えに同意の声が出始めた。

 民の声に妖精皇帝(オベイロン)は悩ましく溜め息を吐いた。

 王族に対する不遜な態度は侮辱と同義であり、ましてやジンテツは奴隷。貴族達が最も怪訝しているのは、いつかこの野兎がいずれは国に仇なす脅威になる可能性だ。

 奴隷が騎士になるなど、グラズヘイムが興されて以来前代未聞の珍事。元とはいえ罪を犯したことに変わり無い卑しき存在を最も身近に置いておくなど、いくら奔放さが魅力の第二皇女であろうと迂闊が過ぎる。子供の駄々では済まされない。

 貴族達は、ジンテツがここに来るまでの詳細な経緯を知らない。そうでないにしても、心根から国を想う彼等にとって敬愛する妖精皇帝(オベイロン)に対する態度は決して許されるものではなかった。


 ――――『失せろ』――――


 様々な怒りの囁きの中で一番攻撃的な声が耳に届いた時、ジンテツは両手をポケットに入れ、妖精皇帝(オベイロン)との距離を縮めて玉座へと続く階段の一段目に大きく脚を上げ、ドーンと、玉座の間全体に響き渡る足音を鳴らした。


「どいつもこいつも、外野からピーピーピーピーと。その辺の雀でも少しは静かやえ」

「なんですと?」


 ジンテツは階段の真ん中まで上がった。その行動に、またざわめきが生じる。妖精皇帝(オベイロン)の許しも無しに階段に足をかける等、不遜も不遜。侵犯以外の何ものでもない。

 貴族達は怒り、愚弄する野兎を引きずり下ろそうと列を乱す。そこへ、「るせぇッ!!!」と振り返ったジンテツが一声張り上げた。キーンと鼓膜が刺激されて空気が震えたような感覚に陥り、詰め寄ってきた貴族達の脚が止まった。


「一ついいことを教えておいてやる。俺はお姫様の言うことしか聞かない。だから、お姫様がお前らを斬れって言わない限り、危害は加える気は一切無い。それでも信じられないっていうならさ、剣でもナイフでも槍でも好きに突き立てればいい――――いや、やっぱ今の無し。流石にこの人数全員に刺されたら死ぬわ。普通に死ねるわ。なんで、三人限定で」


 しかめ面でそう言うと、貴族達はそれ以上近付こうとしなかった。悟っているのだ。ジンテツの軽薄な態度をとっておりつつも、彼の一言一句からは確固たる信念を感じられた。

 付け加えれば、野兎の背後にいる皇太子からの静かな威圧もあって攻撃しようにもできない。第二皇女は元より、皇太子とも既に親交を深めているとわかった貴族達は、怒りを諌め、下がった。トニーはまだ、不満な顔をして列に戻らないでいる。


「そういうことだ。わかってくれたか? トニー」

「しかし陛下、それでも私は――――」

「ちょっといいかい? トニー・タワール侯爵」


 トマスが口を挟んだ。


「ジンテツは確かに礼儀を知らない。だが、それは育ちの違い故の些事だ」

「ええ。理解しておりますとも、皇太子殿下。彼女の言動は、到底健全な学識を得ていない。となれば、妹君に何かしらの悪影響を及ぼさないとは限りません!」

「そうだね。それはわたしも、父上も少々心配だ」

「なら!」

「だが、奇しくもここは共生国家グラズヘイムだ。この土地、天空、海洋には多種多様の生物が存在する。彼等の暮らしの害悪となるならば矯正を。繁栄をもたらすのなら、清楚であろうと野蛮であろうと快く受け入れる。違うか?」


 トニーは押し黙って、何も言えなかった。

 トマスは立ち上がって、ジンテツの隣に行き彼の肩に腕を回した。


「この兎は、頑なに騎士を持とうとしなかった妹クレイが自らの意思で選んだ戦士だ。誰よりも平和を願い、誰よりも平和を愛する彼女が、このジンテツを選んだ。この事実だけで、些かの不安はあれど頼りにできると言うもの。浅慮かもしれないが、わたしは彼を信じる」


 トマスの力強い説得に、トニーもやっと下がった。妖精皇帝(オベイロン)はご満悦な調子で溜め息を大きく吐いて二人の背中を眺め、他の貴族達も皇太子からジンテツに触れたことで納得の意を示し、次々に拍手を鳴らした。――――尚、最初に打ち始めたのはシャカラータである。


「これぞ皇太子権限(プリンスパワー)」


 ジンテツにのみ聞こえる声でトマスは囁いた。何してんだか、と思いつつもジンテツは微笑んだ。


「お待ちください、殿下」


 円満な空気を切り裂く一声が上がった。その主は、シルビエート・シグナスだった。彼女は立ち上がって、冷厳な声色で言った。


「恐れながら、私はまだジンテツ・サクラコの紹介には不満を抱いております。私以外にも、まだそう思っている方が少なからずいるでしょう」

「なぜかな?」

「無論、その者が妹君に相応しくないと思っているからであります」

「そうか」


 トマスは自身の顎を摘まんで唸った。


「なら、君はどうすればジンテツを認めてくれるのかな?」

「私、シルビエート・シグナスとジンテツ・サクラコとで、御前試合を実施していただきたく。そこで、その兎に力を示して貰いたく思います」


 なんか、変な方向に話が向かってね?――――シルビエートが強気に願い出ている傍らで、ジンテツは暢気に首を傾げていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る