智ノ遺産/第4節『剣の花は誰が為に:レプスの座』
旧い啓示【レーグル】
『此より先、絶対遵守の享受也
銘ずる―――
“常成(つねな)るモノ„共に“異成(ことな)るモノ„へ、允許を与えず
是、狭間に下りし“穢成る明星„
其、尊ばれる事、決して無かれ
其、崇める事、決して無かれ
其、喜ばれる事、決して無かれ
然もなくば、世は真の混沌を迎えんと証する
白き鬱憤、戯れる無尽を失くし
紅き叡智、万障の繭を殺ぎ
蒼き写し身、開口の闇を閉ざす
残った種子、役を手放し逃げ惑う
恐れ、常世よ
慄け、常夜よ
捧げろ、現し世よ。
忠す―――
狂いし境より“出でるモノ„へ、心に打て
“生„承けること、情と知れ
“常„、“異„携う悔が恐れ
何時しか何処より、壱より零を望む
此、定まって命を届けん
告げる―――
狂いし境より“出でるモノ„へ、刻尽きるまで覚れ
永遠に、傲れ
永遠に、怒れ
永遠に、妬め
永遠に、怠れ
永遠に、貪れ
永遠に、溺れ
永遠に、欲しろ
汝に与える幸は亡し
汝を迎える福は亡し
章:[拒絶]
著:Y.α』
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この世には、ジンテツ達が棲む世界とは異なる世界が幾つも存在する。その一つがここ――――不知界(アヴァロニア)。空は常に青く、
太古の昔に勃発した神話大戦終戦後、当時の四大精霊によって築かれたこの神秘の隠れ里には、貴重な人外“精霊属(スピリッター)„が棲息している。
聖水の湖畔にて、現四大精霊の一角。【流水】【悲哀】【清浄】を司る精霊なる“水精女(ウンディーネ)„オネット・ホライゾンが水浴びをしていた。
「同じ精霊とて、覗きはよろしくありませんね」
「別にいいじゃん。減るもんじゃなし。それに、私らはほぼ全裸の様なモノなんだしさ」
そう気さくに話すこの少女は、一見すると巻いた黄緑の髪が特徴的な小妖精(ピクシー)の様だが、彼女もまた現四大精霊の一角。【旋風】【歓喜】【伝達】を司る精霊“風精童(シルフィード)„のリノサンス・アトモスフェリク。
オネットが湖の水を衣として纏って上がってきたところに、リノサンスは悪戯な笑みを浮かべて言った。
「サジェスの爺さんがカンカンに怒ってたよ。『下界に干渉するとはなんたる不良娘だ!』ってさ」
「あ······」
下界とは、ジンテツ達が棲んでいる世界のことだ。
オネットは、リノサンスから顔を背けて虚ろげな瞳で遠くを見つめた。
「このままだと、百数年ぶりに山をまた一つ削っちゃうよ? 空気の流れが大幅に変わっちゃうから、嫌なんだけどな~。ねえねえ、オネットぉ。なんでまた下界に行っちゃったの~? ねえねえねえ~?」
ねっとりと挑発気味に深く詮索してくるリノサンスに押し負け、オネットは口を割った。
「だって、あの子が虐められていたから! たまに川を綺麗にしてくれて、その恩返しをしようと思って!」
「あ~、はいはい。『恩返し』の一言で許されるなら、私らはこの世に生まれてないから」
「ぎゅんっ!!」
リノサンスの一言がオネットの胸に深く突き刺さった。うるうると目に涙を浮かべ、膝を抱えて縮こまった。
「ま、オネットちゃんはチョロいからね。下界の元素は私達の体の一部も同然だし、綺麗にされるのは体を洗われるみたいな感じがして心地好いから、気持ちはわかるけど。流石に踏み入りすぎたんじゃない?」
「うぅ、わかってますけど······」
オネットの頭を小さな手で撫でるリノサンス。かくいう彼女も、嗜めてはいるものの下界の風を介してその存在を認知していた。前々から、不穏な風が漂っている気配はしていたのだが、つい最近、微かに甘い花の香りに身体を唸らせられた。不知界(アヴァロニア)に移り住んでから、何度も下界の異変を感じ取ってきたが、この異質な感覚を覚えるのは久方振りな気がする。
しかし、不思議と嫌な感じはしない。どちらかと言えば、喜ぶべきことだと思っている。
「後でサジェスのところに行こうね。私も一緒に言い訳を考えてあげるから」
先程から名が挙がっているサジェスとは、現四大精霊の一角。【大地】【憤怒】【堅固】を司る精霊なる地精老(ゲノーモス)のサジェス・ストゥレイタのことだ。
頑固な性格をした山程もある老いた巨人で、この二人からは地を司る精霊でありながら、『雷オヤジ』と陰口を叩かれている。四大精霊の中では一番の長寿を誇っていて、故に実質的なリーダーを担っている。
その雷オヤジは今、自身で起こした山肌の岩を掴み取ってガリガリとやけ食いしていた。
「あの不良娘が! ワシの忠告を無視しおってからに! また、同じ過ちを犯そうというのか! ぐぬぬぬぬ―――貴様も、そう思うわぬか? アック」
「え? 鷲のソリレスを蒸し焼きで塩かける? オラは、炭火焼きの方が好きなんスけどね~」
「何の話をしておるか! まったく、オマエ達『火』の系譜はいつだってそうじゃ!」
サジェスが辟易している話し相手は、赤い鱗の革ジャンを羽織った赤毛の青年。彼は残った現四大精霊の【火焔】【愉楽】【運動】を司る精霊なる“火精雄(サラマンドラ)„ナキュイユ・ジール――――愛称は“アック„。
彼は掟破りの常習犯でサジェスを悩ませる一因だ。その成果として、下界で手に入れた着火機(ライター)の蓋をパカパカと指で開閉させている。
今回は一度として違反していないオネットが下界に行ったということに、ナキュイユは関心していた。久々に、退屈が焼き払われる気配がしてならない。
「そんなに怒ることでもないでしょ、サジェスの爺さん。昔は、こんな棚の裏に引っ込むような生活してたわけでもなし」
サジェスは口に運ぶ手を止めた。ナキュイユの意見が癪に障ったのだ。手中の岩を粉々に握り潰し、凄まじい眼光をナキュイユにぶつける。
「オマエはわかっておらんのだ! いや、ワシら四大精霊の中で最も変化の著しいオマエ達『火』の系譜は、幾度と消滅と復活を繰り返してもわかろうとしない! ワシはそのことが一番気に入らんのだ! この痴れ者めが!!」
怒号は地響きの如く天と地を震わせ、振り下ろした拳は容易く地割れを引き起こす。もしも下界でこのような言動をとれば、土地が一つ滅びるだろう激しい激昂。
しかし、ナキュイユからしてみれば慣れているから怖いとも微塵も思わない。それどころか、オネットが向かった理由に完全に夢中になっている。
遠視魔術【領域視(オクルス)】を使用して、ライターの火を着ける。【火焔】を司るナキュイユとなると、松明が彼の目となって下界の風景を写し出す。何度も映像を切り換えながら探し回り、見つけ出すと思わず口が緩んだ。
「仕方がないっスよ。この不知界(アヴァロニア)は檻みたいなもんなんだし、下界が羨ましくなっちゃうっスよ」
「フン! そう言って消滅してしまっては世話が無いじゃろうて。事実、『天』の系譜は未だに復活していない」
精霊属(スピリッター)は、他の人外からは一線を画す特殊性を有している。それが『連想転生』と呼ばれる復活する習性。
元々、不特定多数の存在が何かに対し祈りや呪い等何かしらの想いを抱くことで、その際に放出された魔力が寄り集まり、凝り固まって形を成し、世に顕現する。
この奇妙奇天烈な習性により、精霊属(スピリッター)は生殖能力を持たない代わりに消滅しては時間をかけて復活し、太古の昔から途方もない幾星霜を生き続けてきた。
しかし、全くの不死身というわけでもなく、想いが激減、または誰からも想われることがなくなれば、復活する余力が無くなり永遠に消滅する。
神話大戦が始まる前は、彼等彼女等は『五つ』に数えられていた。失われた一体は、現四大精霊とは比較にならない力を有し、誰からも想われ、誰からも敬われ、誰からも愛され、誰からも望まれる存在であった。
特定の属性を有しておらず、天性の術の使い手だったことから便宜上は『天』の系譜と呼ばれている。ここ不知界(アヴァロニア)も、元々はその精霊が生み出した大規模魔術領域の一つだ。
サジェスは、『天』の系譜の二の舞になることを何よりも恐れている。オネットも、リノサンスも、ナキュイユも知っている。下界と断絶された不知界(アヴァロニア)だけが、彼等彼女等の存在を保ってくれる。ここにいる限り、消滅の危険性は限りなく少なくなる。
――――だからといって、抑えようのないものもある。
「変わらなすぎるというのも考えものっスよ。下界は常に変化が絶えない。いつ、どこで、どんな奴が生まれて、どう躍動するのか。想像するだけで、身体中の熱が沸き上がるってもんスよ」
そう言うナキュイユの目は、ライター越しの風景から離れていない。彼の興味は既に、魔力を持たない野兎に支配されていた。
――――――――みぃ~つけた――――――――
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