奴隷狩り【クリーズ】
「ああ。これ、やっぱりタカネ先生に相談した方がいいのかな?」
昼下がり、アリス行き付けの八百屋でジャガイモを吟味しながら私は呟いた。
カブトムシ探しの依頼から帰ってきて以降、何かとジンくんといづらいと思うようになってしまった。
彼のことを考えるとふとしたことでも身体が勝手にびくついて、もう息が詰まりそうになる。
昨日なんて、レストランでお手伝いを依頼され、私は接客を、ジンくんは料理を担当した。あまりの忙しさに、私はそれしか頭が回らなくなっていた。けれど、それは束の間で、ジンくんがド派手に料理をする様を見せつけてきたので、思わずお客さんと一緒に見入ってしまった。――――っていうか、店内にいたみんなの目が釘付けになっていた。
下から炎が沸き起こり、見るもの全てがヒヤッとする中、ジンくんは平気な顔で鍋を掻いて調理したり、流麗な動きで調味料を適量で含ませたり、それはそれは迫力のある光景だった。しかも、彼と来たら依頼者である店長にバレないよう料理を勝手にアレンジまでしていたと得意気に自慢してきた。
料理しているときはクールな感じだったのに、終わると途端に無邪気になる。ここまでギャップでひどく打ちのめされたら、忘れていたドキドキが再燃してしまうのも無理はない。
もう何も手がつけられなくなりそうで、怖いったらありゃしない。
今日はジンくんは仕事に出向いて、気晴らしついでに買い物に来てみたわけだけれど。
「はぁ~」
「姫様、最近いいことあった?」
八百屋の店主、トライアさんがニコニコしながら訊いてきた。三角巾を被った三白眼のエルフの女性で、私が幼い頃は王城の専属料理人として働いていた。
目が怖くて初対面からしばらくは隠れてばかりいたけれど、気さくなエルフとわかってからは今でも悩み事を話せるくらいに良好な関係が続いている。素敵な女性には違いないけれど、バツ3というちょっと不遇な面もある。
たまにこの人の将来が心配になる。
「別に、いいことってわけでは」
「男だね」
「ぶっ!?」
いつもながら、いきなり核心をついてきたから噴いてしまった。
トライアさんが言うと、ちょっと艶かしさを感じるのは気のせいだよね?
「言っておきますけれど、私と彼はそういうわけでは」
それどころか、そんな関係にだけはならない。
誤解が起きないよう弁明しようとするも、トライアさんはより晴れやかに笑った。そして、軽快に鼻唄を添えて私の手にジャガイモをまた一つ手渡してきた。
これってマズいムーブなのでは?
「わかってる。わかっていますとも。お姫様にもとうとう、そういう季節が巡って来られて」
「急に敬語にならないで! なんか怖い!」
なんで私の周りにいる大人って、こうもどこか子供染みたところがあるのかしら。
「姫様ったら、最近は悩んでばかりで辛気臭いからさ。ついからかいたくなっちゃって」
「こっちは真面目なんですけどね~」
相談する相手、間違えたかな。トライアさんには申し訳ないけれど、やっぱりこういうのはタカネ先生を訪ねた方がいい。
「そう言えば、アリスちゃんも悩んでたね。多分、姫様と同じ理由だと思うんだけど」
「アリスが? 珍しいですね」
「なに? 聞いてないの?」
「それが、付き合いが悪くて」
一週間も前からだったっけ。依頼で調べものがあるとか言って、それっきりアリスは姿を現さなくなった。
彼女にしては長く掛かってる。そんなにも難しいのか、はたまたいくつか掛け持ちしているのか。
アリスならやりかねないのがね。しかも、後者の場合は大抵憂さ晴らしをしたい時だ。
「なんか嫌なことでもあったのかな?」
「あの子、クールな癖して短気だからね」
「それで、アリスはなにを悩んでいたんですか?」
彼女は私に弱みを一切見せたことが無い。初めて会った十年前から、無機質に付き添ってくれた。
あまり感情を表に出さないアリスが悩み事なんて――――これは主として確認しなければなりませんね! ええ!
「そうだね~。詳しいことはあんましわかんないけど~」
トライアさんは自身の顎を擦りながら答えてくれた。
「なんでも、ウサギを飼い始めたらしくて、全然躾られなくて困ってるーだとか」
············確かに同じだった!
「どうした姫様? 空を見上げたりなんかして」
「いいえ。これはとうとう、神様にお願いした方がいいかなぁって」
「えぇ······」
「ニンジン三本ください」
「まいど」
トライアさんと別れ、私はやるせない気持ちを払拭できないままカーズ・ア・ラパン寮への帰路に着いた。
到着して、玄関口を開けようと手を伸ばした時、唐突に通信魔術が発動した。耳元に魔法陣が展開して応答すると、タカネ先生からの波長だった。
「もしもし、先生ですか?」
通信先は静かだった。時折、淡い息遣いが入ってくる。先生のものだろうか。
ただならない気配を感じる。
「どうかしたんですか? 大丈夫ですか?」
数秒程間が空いてから、タカネ先生の声で返事がきた。
《クレイ、今すぐ医務室に来てほしい。今すぐにだ》
それだけで通信は終わった。
とっても動揺しているような震えた声。
嫌な予感が強まって、私は医務室へと急行した。いつもの悪ふざけならと不安を紛らわせて、扉の前に立つ。
冬なのに、手汗が滲み出ていた。ドアノブを掴む前に服で拭って、勢いに任せて部屋に入る。
「先生!」
まず最初に目に写ったのが、白衣姿の佇むタカネ先生。額に右手をつけて、それを左手で支えていて、かなり悩ましい心境にあるようだった。
次に見えたのが、彼女が前にしているベッドだ。真っ白なカーテンが締め切っていて、それだけならなにも珍しくない光景だった。けれど、よく見れば魔法陣が刻まれていて、下には水瓶、上に太陽の紋章があった。
ただの治癒ではない。上位の治癒魔術【
ここまでの処置が為されるなんて、このベッドには一体誰が治療されているのか。途轍もなく嫌な予感がする。
「クレイ、ここから先は、可能な限り冷静さを失わないでほしい」
弱い声で懇願され、私は静かに「はい」とだけ言って頷いた。
タカネ先生は手招きをして私をベッドの横に導いて、ゆっくりと切れ目を捲った。カーテンの隙間から見えたのは、アリスだった。
顔は血色が悪く青白くなっていて、首から下は絶え間無く包帯が巻かれ、胸の辺りには管が八本も繋がれていた。末端にはベッドの左右で異なる容器が置かれていて、こちら側には赤黒い液体がアリスの体内に入っていき、反対側には毒々しい青紫のヘドロのような粘液が抽出されていた。
意識は無いようで、安らかに眠っているけれど。見る限り、楽観できる状態ではなかった。吐き気が催され、頭がくらくらする。
「先生、これは······」
タカネ先生は、私に配慮してカーテンから手を離した。
「彼女は一週間も前、夜更けに資料室に入ったまま一夜が明けても出てこなかった為、帰宅前に対応した受け付け係が探しにいったところを発見された。状態は可能な限り戻したが、発見当時は全身を切り裂かれて筆舌に尽くしがたい凄惨な姿だったらしい。宛ら、いつかの女奴隷のようにな。恐らく、下手人は同じ奴だ」
「············」
耳鳴りがうるさくて、タカネ先生の話が全く聞こえてこなかった。
誰があんなヒドイことをしたのか。
どうしてアリスがあんな目に遭ってしまったのか。
なんですぐに教えてくれなかったのか。
その掴みようの無い答えだけを探し求めて、なにもやる気が起きない。吐き気が悪化する。
「アリスから、心配させたくないとして連絡を渋っていた。それはすまなかったと思っている。悪化しないように応急手当は施したが、これ以上悪くはならないが良くもならない。アリスは、途轍もなく厄介極まりない陰険な呪いをかけられてしまったようだ」
のろい――――。
耳鳴りが収まってきて、聞こえてきたのはこれだけだった。
「呪いは二つ判明している。一つは魔力の永続的な欠乏。元来、魔力というのは大気中に飛び交っている微細なエネルギーの塵。呼吸することで体内に取り入れ、個人差はあるが一定の量まで貯まることで魔術の行使が可能となる。それ以外の漏洩は基本的にあり得ない。だが、彼女からは絶えず微々ながら魔力が漏れ続けている。カーテンの
タカネ先生は、話し終えると狼狽えた。目配せしてもじもじとせわしない。
「ありがとうございます、先生。私はもう、大丈夫です」
「クレイ、気持ちは私も同じだ。だから、あまりよからぬことは考えるな。お前は仲間に恵まれている。そのことを忘れるなよ」
私は笑みを向けて答えた。
アリスの現状は大体わかった。未知の毒だか、なんでそんなことをしたのかなんて最早どうでもいい。
反省してくれるかな? 私の大事な仲間をこんなに滅茶苦茶にしておいて、絶対に見つけ出してやる。
++++++++++
「奴隷狩り?」
今朝からギルドセンターに立ち寄っては、依頼を探していた俺だったが、どうにもぱっとしないものばかりで中々手に取れない。そんなときに、偶然アルフォンスと出会した。
冒険者になっていて、そこそこ活躍しているようだった。テーブルを挟んでお互いの進捗をバーニャカウダを摘まみながら報告し合い、最中でこの話題が出た。
「うん。あくまでも噂なんだけどね、最近、なぜだか奴隷が殺されてる事件が多発してるんだよ。今週に入ってから、もう四件だ」
いつの間にか、そんな事が起きていたのか。
今週ってことは、その中にはアンジーも含まれているんだよな。
「週一で四件って、中々だな。奴隷に怨みでもあるのかね。どっかの猿みたいに」
「それはまだ区衛兵が調査中だって。捜査の協力に何人か冒険者も駆り出してるから、見つかるのも時間の問題の筈、なんだけど······」
アルフォンスは視線を落として、不安そうな顔を浮かべた。視線をなぞると、俺の手首にある
「安心しなよ。俺はそんなちんけなシリアルキラーに負けるわけがないでしょ」
言うと、アルフォンスは慌てた様子で反応した。
「ああ、いや。別にそんなんじゃないんだけど。この奴隷狩り、ちょっと不思議な特徴があって」
「特徴?」
「なんでも、被害に遭った奴隷達は全員、女性だったんだよ」
「ふぅ~ん。で、どういうところが不思議なんだ?」
俺はニンジンをポリポリと含みながら訊ねた。
「被害者奴隷の前科がバラバラだったんだよ。殺しや盗み。大きいものから小さいものまで統一性が無い。こういうのって、何かしら共通点があるものだよね? なのに、手当たり次第って感じで、とにかく無差別なんだよ」
「単に女のことでごちゃついた過去があるとかじゃないの?」
「僕もそう思ったんだけど、なんだかそんな気がしなくて」
アルフォンスの顔が暗くなった。
さっきから聞いてると、その場に居合わせたような詳細ぶりだな。
「もしかして、捜査の協力に行ったことがあるのか?」
「まあね。でもあんまり見つからなくて、金銭的にも続けられそうにないと思ったからリタイアしちゃったけど」
アルフォンスは苦笑を浮かべた。
週一で四件。そこまで大胆に動いているとなると、奴隷狩りって奴は正気が失っているか相当の馬鹿かのどっちか。アルフォンスから聞いた限りだと、要領を得ないが只事でないのは確かだな。
私怨による凶行でなく、猟奇的な嗜好で動いているのだとしたら、そいつの熱量に際限無いな。とっとと取っ捕まる事を願うか。
「ニンジンを含みながら、騎士は何を思うのか。その心は、一体どんな道を見据えているのか。『次なる敵は奴隷狩り!!』――――はい! 見出しはこれで決定!」
「他人の横でなに記事のネタ集めしてんだ? キャリバンちゃんやい」
「突撃取材ですので。今度は以前のように逃がしませんよ!」
どこから出てきやがっだか、このデカ耳カシャカシャ女。もうメモになんか書いてるし。
「サクラコさん、彼女は?」
アルフォンスが困惑した顔になってる。折角、久し振りに会えたのに台無しだ。
「キャリバン。見ての通り、ストーカーだ」
「記者と言ってください、はい!」
アルフォンスはさらに疑問符が増えた様子だ。今のやり取りの所為で、余計に頭がこんがらがったらしい。
やっぱりキャリバンが一緒だと、お姫様とは別の意味で色々と調子を狂わされる。
――――あ、そうだ。こいつがいるなら丁度いい。
「キャリバン」
「はい! なんでしょう?」
「奴隷狩りって奴について、なんかわかる?」
情報管理部収集課となれば、冒険者や区衛兵が未だに掴めていない情報を持っているかもしれない。そう睨んで訊ねてみたわけだが――――
「残念ですが、概ねオカルティクスさんの申し上げた通りが全てです」
「意外だな」
「我々はあくまで記者。こういう場合は、妙な考察は立てず慎重に虚実を見極めなければなりません。なので、奴隷狩りに関する情報は先程の通りが限界なのです」
下手をすれば、区民に余計な恐慌を煽らないための配慮ってところか。話題にするのは簡単だが、それ相応のリスクがあるため迂闊に情報に手を出しづらいと。
「区衛兵はどう見てる?」
こうなったら、現場を歩き回っている奴の目耳を頼る他無いよな。
「彼等も、かなり難航しているようで。なにぶん、不規則な事件ですので、痕跡が無いのも合間って犯人像が掴みづらいのだそうです」
この口振りだと、どういった人外なのかもわかっていないようだ。
キャリバンにその記事を見せて貰うように頼み、取り敢えず自分の目を通して現状を纏めることにした。
殺害対象は前科に問わず女の奴隷。
手口は全身をこれでもかと切り刻む。
時間帯は昼間に見つかっていることから夜。
動機は女性関係によるトラウマからの凶行の可能性が大。
改めてみると、確かによくわからない。何かしらこだわりがあるようには思えないし、かといって標的だけは大雑把に定まっている。
奴隷狩りって奴の目的が、誰かを殺すことだけだとして、なぜ身分と性別意外に共通点が無い?
いや、共通点は無くていい?
個人を特定していない?
その逆はどうだ。
個人は特定している。
最低限、『奴隷』という身分と『女』だって性別までは。
しかし、それが誰かわからないから、判明している限られた範囲に絞って手当たり次第に殺して回っている?
「個人が特定できていないから無差別なのか」
「にょ!? 騎士様、今の一言は?」
キャリバンが期待に満ちた眼差しを向けてきている。今の一言とやらの真意を、狙った獲物は逃がさないばりにメモにペンを当てて待ち構えている。
俺、これから襲われるの?
「嗜好を捻ってみた。区衛兵は特定の誰かに定めていないから、無差別に殺し回っているって見解なんだよね?」
「はい! その通りです」
「けどさ、どうにもおかしいんだよね。どう考えても、狙いは絞っているんだよ。奴隷一人一人に気を取られてばかりで、実状を見逃している。奴隷狩りが狙っているのは確かに一人だ。多分、特徴だけで誰なのか殺してる本人もわかっていないってところか」
言ってやったら、二人はポカーンって固まった。
俺、何かおかしなことをいったか?
「サクラコさん、またぶっ飛んだ見解だね」
「それ、褒めてる?」
「ん~、ちょっと微妙なラインかな」
「素晴らしい!」
キャリバンがいきなり叫んで席を立った。アルフォンスは驚いた拍子に転びそうになった。
「逆転の発想。先入観に囚われないその視点と考察、合否に問わず見事だと思います! はい!」
早口で称賛して、早ペンで早々とメモするキャリバン。
こいつの人生、退屈が無さそうでちょっと羨ましいって思ってしまった。末期ってやつか。なんかやだな。
あくまで憶測。間違っていたとしても、別に気にはしない。仮に正しかったとして、そういう奴なんだってだけ。
穏やかじゃないなら、目の前に現れるようなことがあれば刈ればいいだけだろ。
取り敢えず、頭の隅に置いておくか。
「ん?」
「騎士様?」
「あっち、なんか騒がしくない?」
受付窓口の近くから、一組の男女が揉めている声が聞こえた。指を差して、その方を示す。
小さな人集りが出来ていて、どいつもこいつも不安や鬱陶しさを顔や態度に表していた。
「確かに、なにやらスクープの予感がします!」
ヤバい。なんか焚き付けてもうた。
「早速巻き込まれに行きましょう! はい!」
「ちょっ! キャリバン?! 手、放せ!」
手を掴まれ、強引に渦中へ引き込まれる。重石にアルフォンスの手を掴むも、このグレムリン、図体は小さいくせして力が強かった。
人間一人程度の体重が加わったぐらいでは、よろけるどころかお構いなしに進行した。
「はいはいはーい!! 皆さん、道を開けてください! 騎士様のお通りですよ! あうッ!」
「それやめろ」
俺は、キャリバンの頭を上から鷲掴みにして持ち上げながら制止させた。
野次馬共が注目して退いた次の瞬間、何かが素早く俺の胴に抱きついてきた。首を下ろすと、シラだった。身体を震わせていて、怯えているみたいだ。
「そこの君、その幼気な女性から離れたまえ」
爽やかな男の声が聞こえ、今度はそっちに目を向ける。眼前にいた声の主は、なんとも珍妙な格好をしていた。
毛先が跳ねた緑髪を七三に分け、耳には三日月の飾り。あれはピアスか。女しか付けないものだと思っていた。
肘から手首にまで袖には糸を束ねた変なヒラヒラが付いているけど、何かしら意味でもあるのか? 動く度にヒラヒラヒラヒラとはためいて、無性に落ち着かないしイラつく。
右手首に
顔つきは自信に溢れていて、見るだけで無性に不快だ。
「お前、なに?」
俺はシラの後頭部に手を添え、保護をしつつ男に訊ねた。
「なんだ。私のことを知らないのかね? とんだ田舎者だな。私はここ【
お姫様に······並ぶ······?
「おいアルフォンス、あのヒラヒラヒラッピーはなにを言ってるんだ?」
「ヒラヒラヒラッピーって私のことですか?! カール=ルカイオスだと名乗ったでしょ?!」
「ふ~ん」
「ふ、ふ~ん、ですか······」
なんであんなに我慢してる笑顔なんだか。
そう思っていると、アルフォンスに裾を引っ張られた。
「彼はこのドラグシュレイン区じゃシモン伯爵家に並ぶ指折りの名家、カイオス侯爵家の当主様だよ」
シモンって言うと、あのいけすかないヤニ臭いルージーのところか。
「確かに、アイツ程では無いにしろ、中々に気に入らない匂いで一杯だな」
「サクラコさん······僕、もう止めないよ?」
「言うてアルフォンス、なんでそんなにへこんでるんだ? お前は差して関係無いでしょ」
「うぅ······まあ、君が言うならそうなんだろうねぇ~」
「で、シラに絡んでたみたいだけど、なんか用だった?」
素朴な疑問として質問したつもりだったが、カールってヒラヒラヒラッピーは不機嫌を隠すことなく答えた。
「ええ。一人で黄昏ていたもので、お茶でもどうかと思っていたのですが、そうですか。幼気なご令嬢はあなたのお知り合いでしたか。ご迷惑をおかけしたようで、謝罪いたします」
カールは右腕を腹に握った手の甲を上に向け、左腕を後ろに置いて、左足を半歩後ろに右足の膝も曲げて姿勢をやや低くし、最後に腰と頭を前に倒してお辞儀をしてきた。
「なんの真似?」
「おや? 失礼。いつものクセで、つい。君のようなタイプには、こっちが通例かね?」
そう言って、カールは右手を差し伸べた。掌を上に向け、友好的な姿勢を見せている――――
「要らない」
「ほほぅ。どうやら、かの騎士は礼儀作法に無頓着なだけであき足らず、平気で他人の厚意を無下にし、こけにできるようだ。大変なことだよ。これは」
腰を起こして、調子を崩さず爽やかに憎まれ口を叩くカール。
顔と性根で口と本音が食い違っている。器用な奴だな。だが、下手くそだ。
「威嚇する相手はじっくり考えた方がええよ。そういうの、お前みたいな着飾るしか能の無いタイプには似合わない。殺る気あるなら曝け出せよ」
本物の威嚇というのは、根幹に敵の存在を感覚でも直感でもなんでもいいから捉えておくこと。
当然、無心じゃ駄目。波みたいに動揺するなんて論外。
とにかく、必死でこう思う。腹が減っていようが、トイレに駆け込みたがろうが、床についてぐっすりしたかろうが、ただ一点、中身をこれだけにする。
――――――――ぶち殺す。
「用事を思い出したので、私はこれで失礼させてもらうとするよ」
カールは逃げるように、野次馬の間を塗って去っていった。それに伴って、野次馬も各々の用事に向かって解散した。
張り合う気無いなら、とっとと消えればいいものを。結局、なにしたかったんだあれ。
「取り敢えず、行ったぞ」
まだ抱きついているシラに教えたが、離れる気配がない。それどころか、腕の力が強くなった。
「シ~ラ~ちゃ~ん?」
「あ、すいません。心地好かったもので」
顔を赤くしてシラは言った。
そういう感想って、もうちょい肉のある奴に対して言うものじゃないのか? こんな細っこいの······。
「急に顔を暗くして、どうしましたか?」
「いや、なんか虚しくて」
「はぁ」
面倒事は終わったし、これからどうしようか。まだ余裕があるから、今帰っても寝る以外にやることがない。
散歩しようにも、季節の変わり目で空気がごちゃつき始めているから落ち着かないんだよな。お姫様は最近、俺を避けているみたいだし。
暇なのは、これ以上無い面倒だ。
「あの~、もしかして。つかぬことをお訊きしますが、あなた様は?」
俺の背後から、キャリバンがシラににじり寄りながら訊ねた。
こいつ、またメモを構えて目を輝かせてやがる。
「ボクは、ヨシノ・シラ、だけど」
「やっはりィィィィィィッ!!」
うるっさ! 鼓膜破れるかと思った!
「東洋から渡った風の美少女剣士ぃ!!――――しかもボクっ娘ォォォォォォ――――先程の騎士様への熱烈な態度といい、これはこれはスキャンダラスな危ないスクープの匂いぃ~! 収集課のみんなも狂喜乱舞間違い無しですよォォォォォォ!!」
「おい変態、その辺にしとき」
また頭を鷲掴みにして制止させる。取り敢えず、この閉じる口を持たないグレムリンはいっそゴミ箱にでも沈めようか。
迫られたシラに目を向けると、顔をより真っ赤にさせて頭から湯気が昇っていた。
「その反応は――――ビンゴォ!!」
はい。捨てるの決定。
「ちょっとそこのねーちゃん、これ裏にほっぽっといて」
「えっ?!」
取り敢えず、近くにいたエルフの女職員にキャリバンを預ける。ほいで俺は、追い付かれる前にとっとと逃げる。
「じゃ」
「あ、ちょっと待ってください」
今度は誰だと煩わしく思いながら振り向く。俺が冒険者登録をするときに担当した、三毛猫の獣人女だった。
一枚の羊皮紙を持っていて、急いで俺のところに走ってきた。
「やっとタイミングができた、はぁ」
「なんだよ。次から次へと」
「ひっ! すいません。こ、これをお渡ししたくて、話すタイミングを見計らってました」
「なんで待ってたんだよ」
「だって怖いんですもん! 私が登録を担当してなきゃ代わって欲しかったですよ、もー!!」
そんな自棄になられても。
「で、用は?」
「あ、そうでした。こちら、あなたをご指名の依頼――――“
三毛猫女は手に持っていた羊皮紙を見せた。確かに、上の指名の欄に『ジンテツ・サクラコ』と記載してある。
“
本来、依頼は冒険者が自分で探したり、受付係に相談し斡旋して貰うことでそれに出向く。通常のに比べてそれなりに金もかかるから、滅多なことで中々入ってこない案件だ。
暇潰しには、これ以上の機会は無いな。
「わかった。で、内容はと」
羊皮紙を受け取って依頼内容に目を通す。
『【★★:盗品の捜索と奪取】
備考:詳細は追って、直接伝えます。
報酬:銀貨二十五枚
依頼主:ドーインの鍛冶工房』
武器を造ってるところからの依頼か。それも盗品の捜索と奪取って、なんか嫌な予感がするな。
「このドーインって、有名?」
「まあ、はい。トラグシュレイン区では、そこそこ名の通ったドワーフの鍛冶師です。因みに、クレイ嬢の
なら、お姫様に頼めばいいものを。なんで騎士の俺なんかに。――――余計にきな臭いな。
鍛冶師に恨みを持たれるようなことはしたこと無いし、となると盗られた品に何か曰くがありそうだ。
「取り敢えず、行ってくるよ」
「あ、ボクもついていっていい?」
「はぇ?」
唐突に、シラが手を上げて言った。
「構わないでしょ! ね! ねッ!」
さっきカールに絡まれたから、一人になるのが不安なだけかと思ったが、それにしては異様に張り切ってるな。こんなに元気なシラは、初めてな気がする。
「そんなに来たいなら、別にいいけど」
「でも、しかし!
「何か問題でも」
シラは並々ならぬ圧をかけ、横槍を入れてきた三毛猫女を黙らせた。弱々しく、泣きそうな面と声で「ありましぇん······」と答えさせられて、結局、この依頼には俺とシラで出向くことになった。
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