魔帝候補第8位【フィーユ・ヴァンピール】
見張りしてるのもめんどクセェから、つい寝落ちてしまった。
目蓋を擦って、欠伸して、立ち上がって背伸びする。森となると、どうにも心が安らぐ。ただし敵がいないときに限る。
「見張りが居眠りしてちゃ世話無いね」
今にも消えそうな焚き火を挟んだ反対側から、寝間着姿のスヴァルが苦言を呈してきた。冬なのに半袖短パンと、見ているこっちが風邪を引きそうな薄着だ。
俺は引いたこと無いからよくわからんけど。
「別にいいでしょ。敵が来ればすぐ起きるよ」
「成る程。
なんだか含みのある言い方だな。いつにもまして、顔は笑っているのに視線が冷たい。
俺が寝ている間に機嫌を損ねることがあったらしい。
「アタシがアリスじゃなくて良かったよ」
「どういうこと?」
「なんでもない」
そう言ってテントに向いたスヴァルだったが、二歩進んだ後で首を俺の方に戻し、「少しお喋りしよっか」とらしくない弱い声で誘ってきた。
暇潰しついでに、俺は乗ることにした。
二人だけで焚き火を囲って、話はスヴァルの方からかかってきた。
「いきなりぶっこむけど、君ってぶっちゃけ何者なの?」
本当にいきなりぶっこんできた。めちゃくちゃ駆け足で確信に迫って来やがったよ。
かなり急いでいるな。なにをそこまで焦っているんだ?
取り敢えず、誤魔化すの面倒だな。
「知らない」
「······ん? プリーズリピート(茫然)」
「知らない。あいどんのー、とぅーみー(適当)」
スヴァルは呆れた風に溜め息を吐いた。額に手をつけて、目付きに嫌な気配が込もった。
「言っておくけどさ。知らないってのは、記憶が無いからわからないって意味だよ。一年前、それ以前から俺は俺を知らないままなの」
明かしたら、スヴァルは額の手を離して見開いた目で俺を見た。驚きが溢れて、反応に困っているな。
「マジ?」
信じられないってか。
「マジマジ」
「それ、クレイ嬢は」
「知ってる」
「かぁ~······」
今度はお姫様に呆れてるな。同時に、何か府に落ちたと言うような、肩に乗っていた重いものが降りたみたいな、雰囲気が楽になった。
「そっか。成る程ねぇ~。そういうことかぁ。だったら、アタシが空気読めてないじゃん」
「どうした?」
俯いたと思ったら、急に笑い出した。
俺は、ころころ変わるスヴァルの様子が面倒臭くなってきた。一つだけ理解できるのは、そうさせている要因がお姫様にあることぐらいだ。
だとしたら、スヴァルはなにがしたいんだ? 俺を真っ正面から探りに来て、でお姫様が中心にいて、どこから話がねじ曲がった?
「ごめんね、変だったよね。君が寝ている間、ちょっとクレイ嬢と喧嘩しちゃって」
「ケンカ? 珍しいんじゃないの? アンタら、仲いいのに」
「まあね。確かにアタシとクレイ嬢は親しいけど、だからこそそれなりに喧嘩もする」
「そういうもの?」
「そういうもの。君だって、クレイ嬢と意見が食い違ったりして衝突とかするでしょ?」
言われても、あんまりそういうのはなかった気がする。何かとお姫様が突っ掛かってくることはあったが、スヴァルの言う食い違いってあれのことか?
相手するのめんどクセェからあんまりわからないな。
「ねえ、
「またいきなりだな――――そうだね······」
俺は考えた。
考えてみたものの、結局俺の中でお姫様はこれに尽きる。
「頭の中お花畑」
「アハハ、まあ妥当かな。アタシも、第一印象そんな感じだったし。敵に対しても、基本は生け捕り。殺生自体忌み嫌ってる程だよ。でも、そうだねぇ。七十点ってところかな」
スヴァルは片目を閉じて、ニッコリと明るい笑顔を向けてきた。さっきのよりは、目に冷ややかさが無い分マシになったな。
「クレイ嬢はね、普段はあんな感じだけどさ、ぶちギレるとスゴく怖いんだよね。そうそう無いし、無自覚だけど、彼女は一人でいる方が性に合ってるタイプなんだよ」
「それにしては、俺より生活力無いけど」
「確かに、クレイ嬢の
スヴァルは、お姫様のポテンシャルのことを言っているのか。理由はよくわからないが、お姫様は俺の前でよく怒るが、怖いと感じたことはない。
それとは別物なのか。
「君だって、クレイ嬢が何気に放っておけないから離れないんだよね」
スヴァルの目は期待に満ちていた。
「そうだね。なんとなく、居心地が良いから」
「わかるよ。本当に」
そう呟いたスヴァルは、立ち上がってテントに向いた。
「君がクレイ嬢の
最後の最後に首を向けて、スヴァルは和やかに言った。それからようやくテントを潜った。
勝手に納得されてるきがするが、あんまり嫌な感じがしないからいいか。
++++++++++
一人残った俺は、取り敢えず水浴びをすることにした。
昼は歩き回ったり、デカイ鳥を狩ったりして疲れた。水浴びしてさっぱりした気分で改めて眠りにつこう。
俺程ともなると、水温に関係無く風呂と思えばなんでも風呂だ。よって、浅い川だろうと快適に過ごせる。
寧ろ、解放的な気分になれてただの風呂よりいい。
「冬のツーンてくる感じが全身に沁みて、めっちゃきく~」
スヴァルのことは気掛かりだが、水に流して忘れちゃおっと。
「――――――――ん?」
うっすらと、鼻腔にいけすかない匂いが入り込んできた。気のせいと信じたいが、近くにお姫様達が寝ている以上は看過は無理か。
めんどクセェが行くしかない。
川を上がると、案の定だった。進む度に赤い筋と黒い薔薇の花弁が流れてきて、次第に範囲が広くなった。そして、川からは花香と鉄臭さが増していった。
「穏やかじゃないな」
気配の数は一つだけ。岩陰の向こうにいる。
上流から動く様子はなく、また俺が接近していることにも気づいてはいないようだ。
こういうところで、魔力が極めて少ないという特性が大いに役立ってくれる。
はて、どうしたものか。
このままそっとしておくか。早急に摘んでおくか。
お姫様達のいるテントからはざっくり三十メートル。一つ間違えれば出会す可能性が高い。
······取り敢えず様子見だな。で、テントの方に向かっているなら、ビビらせて敬遠させる。
うん。それでいこう。
「そこの岩陰に潜んでいる者、今すぐ出てこい」
不意を突かれた。気づかれていた上に、まさかあっちからお誘いを受けるとは。――――っていうか、随分と幼げな女の声だな。いや、これは子供か?
「今すぐ出てこなければ、この森一帯を血の海で沈める。脅しではないぞ?」
子供にしては中々に威厳と風格を感じられる。とはいえ、喋れるってことは意志疎通が叶うってことだ。
言い様によっては、お互いに傷つけ合わず見逃してくれるかもしれない。口調は達者だけど。
俺は賭けることにした。得物から手を離して、ゆっくり歩み出て姿を晒す。
「取り敢えず、敵意は無い。穏便に終わらせよう」
まずは、先手でこちらの意思を訴える。面倒な荒事は出きるだけ避けたい。――――眠くて動きたくないから。
そう思って相対した奴を見て驚いた。齢たった十をいったばかりの小娘だった。水浴びをしていたようで、生まれたままの姿を赤い雫が飾っていた。
全身の肌が赤みがかっていて、髪は淡い茶色、瞳は紫。そして口元には鋭い犬歯が覗いており、背中から蝙蝠の翼が伸びていた。
歯と翼、なにより血の川を浴びている行動から、この娘がどんな人外であるか容易に当てることができる。
「“
種族名の通り、生物の血を糧として生きる異形系人外。
世間の認識では、生気が無い青い肌をしているというが、それはあくまでも飢餓状態にあるためで、普段は普通の人間と見分けがつきにくく、発見されにくい。
言わずと知れた、夜を統べる種族。
「······」
吸血鬼の娘は目を見開いたまま固まってしまった。それから翼で自体を包んで、顔を背けた。
なんだその反応。
「えっと······こ、こんなところで人兎に遭うとは、珍しいこともあるものだ、な」
言葉が固くなっている。
この態度は、緊張しているのか?
「そうか? こんな辺鄙なところに、夜行貴族と名高い
ましてや、こんなところで護衛もつけずに一人で水浴びしているなんて、きな臭さしかない。
しかもこの娘、ただの
血の過剰摂取による暴食状態を克服した、種族的に別格の存在。見た目は俺の腹に頭が来る程度の幼い小娘だが、実際はかなり年を喰っているな。
ちょっと、めんどクセェ······。
「その、お前は何しにここに来たんだ?」
吸血鬼から敵意を感じない。
どっちかって言うと、焦燥?
「季節外れの昆虫採集。俺は冒険者なんだよ」
「そうか。成る程。合点がいった」
目の泳ぎが尋常でないな。俺に向いたり、明後日の方向にいったり、いまいち要領を得ない。
こいつ、
「その、あまり見ないでくれないか? そんなにまじまじと眺められると、恥ずかしい、から」
「あ、ああ」
取り敢えず、岩陰に戻る。
水から出た音がして数秒後、
再度出たら、うぐいす色の軍服に着替えていた。茶髪は三つ編みにして肩にかけ、帽子を深く被って意図して顔を見せないようにしている。
武器は、持っていないな。
「なんの真似?」
「いや、お前が言ったのではないか。穏便にしよう、と」
············言ったな。
「だから、少し話をしないか?」
見逃さんのかい。
「話って、なにを話すんだ?」
「最近、退屈で。ここに来たのも、退屈凌ぎの為で······」
断ってもよかったのだが、眠気はすっかり覚めてしまった。このまま帰ったところで、また一人で暇をもて余すだけになる。
それは途轍もなくめんどクセェ。
「いいよ。俺も退屈してたところやさかいに。付き合うてやる」
「よかった。その前に、川を元に戻さないとだな」
「すまない。こうでもしないと、私は寛げなくて」
「そ。気にしなくていいよ」
血の匂いが無くなって気分が落ち着いてきた。
加えて、これまた高くつきそうな陶器のティーセット。カップとポッド、どちらにも真っ白な器に赤い薔薇と金色の麦が描かれていた。
「こんな夜更けに紅茶か」
「え!? 嫌だったか?」
「別に。ただ、かなり長くなりそうだなと思って」
「すまない。いつもの調子でやってしまった――――夜行性でないと、狂ってしまうな」
「気にしなくていい。さっきまで寝てたから、昼過ぎまで問題な、ふぁ~」
欠伸が出ちゃった。
「無理に付き合わなくてもいいのだぞ? 相手は、他に探すから」
「こんなのくしゃみとおんなじ。早くお喋りしよ」
俺は先に席に着いた。
「お前の方こそ大丈夫か?」
「あ、ああ! なんだか、自分でもおかしいんだ。ハハッ――――私はなんでこんなに――――そ、そうだ。名前! 名前を聞いてなかった。私はエリーゼ。お前、は」
「ジンテツ。ジンテツ・サクラコ。取り敢えずよろしく」
「そう、サクラコ、か······いい名だな」
名前を聞けたのがそんなに良かったのか?
「紅茶はなにがいい? 甘いものと渋いもの、なんでもあるぞ」
エリーゼは赤茶色の木箱を取り出し、開いて中を見せてきた。ガラス瓶が八つ並んでいた。
中には、濃い緑色のものから麻色のものまで様々な茶葉が詰められていた。
「これなんかおすすめだぞ。紅葉のような繊細な色になって、渋みも少なくて味も香りも奥ゆかしいんだ」
紅茶のことはよくわからないが、数ある中から真っ先にこれと出してきたってことはかなりの好物なんだろうな。
年相応の笑顔で推し奨めてきて、実に無垢だな。
「それでいい」
エリーゼは嬉しそうに、瓶の蓋を開けて紅茶を淹れ始めた。あれ程緊張していたから、手がぶるぶると震えていないか心配だったが、手際が良かった。
ポッドの口からから出来上がった紅茶が注がれて、確かに清みきった赤色で上品な香りが伝わってくる。喉に通せば、程よい芳醇な甘味が染み渡って芯から温められる。
「どう?」
「めっちゃ旨い」
紅茶がいいのもあるのだろうが、この旨さを引き出しているのはエリーゼの技術だ。偉いものだな。
「で、なにを話す?」
「そうだ、な······ん~、というか、今更なんだが、サクラコは私のことを知ってるのか?」
「急になに? お互い、顔も名前も初見でしょ? 知るわけ無い」
「そ、そうか。そうなのか······え?」
なんでそんなに不思議そうにしているんだ? さっきの質問、まるで自分は有名人ですって口振りだし。やっぱりここに来たのは何かしら思惑があって――――。
「エリーゼ|
「はいッ!?」
呼んだら彼女はピシッと背筋を伸ばした。
「あんた、本当はなにをしに来たの?」
「·····」
エリーゼは押し黙った。
してるな。隠し事。
ここに来るとき、血の匂いに混じってただならない気配を感じた。“殺意„だ。
俺が回避を選択肢に入れた理由がこれ。
「出来れば、他人に話すのは憚りたいところであったが、特別にサクラコには話してやろう。私、エリーゼ=ゲー・ボーンの人生最大の暗黒の歴史を」
紅茶を含んで、一度目を閉じてからゆっくりとエリーゼは潤んだ口を動かした。
「その前に一つ、質問に答えてほしい」
「ん?」
「サクラコは、もし目の前で親が殺されたなら、オマエはその下した者に復讐心を抱くか? 勿論、親でなくとも親友、または恋人でもいい。どうだ?」
またよくわからん面倒そうな質問だな。
俺は少し考えた。
大概は復讐しようと思うのだろうが、俺の場合はどうなるのか。記憶を失った所為か、なんら感情が湧いてこない。
お姫様とかならどうだ?
敵の攻撃から俺を庇って、血塗れになっても笑顔を絶やさずそのまま事切れるお姫様――――――――――――えげつなくムカムカしてきた。
「地の果てまで追い詰めて、心身共に壊しまくって、敵が『殺してくれ』と泣き顔で懇願してくるまでとことん攻め潰してから、最後には望み通りに静かにゆっくりと、味合わせるように首を斬ってあげる。――――かな?」
俺の中でまとまった答えがこれだ。エリーゼの顔は同意を示されたように、嬉々として微笑んだ。
「くっ、ハハハハハハハハハハハハ――――!!!」
と思ったら唐突に笑い出した。それも腹を抱える勢いで。
「気に入った! 私はサクラコを大いに気に入ったぞ!!」
「はぇ?」
間髪入れずに、エリーゼは俺の両手を包み込んでこれまでに無い――――初見だが――――喜色満面を大いに咲かせた。瞳の奥が星屑を蒔いたみたいにキラキラしている。
この感じ、どっかの誰かを思い出す。――――――――お姫様だ。
「すんません、イマイチなにを仰っているのか皆目理解できひんのですが?」
息を荒くさせていて、正気かどうか疑わしい。が、何とか反応してくれた。一瞬ギクッとして、瞬く間に俺から川岸まで距離を取った。
俺の手の甲はなぜだかぐっしょりと濡れていた。
「いきなり、不躾な真似をしてすまなかった! 馴れ馴れしかったな」
驚きはしたが、別に害意が無いならどうでもいい。というか、あの距離まで迫られたからエリーゼの匂いを意図せず嗅いでしまったことを謝った方がいいのか迷ってる。
やっぱりそうだよな。
「お前、発情してる?」
「カァーッ?!!」
エリーゼは目をぎょっとさせ、次には千鳥足になってその場をふらふらと彷徨い、ぺたんと膝から崩れ落ちて四つん這いになった。
「そ、んな······私が······はつ、じょ······」
「取り敢えず、なんかドンマイ」
なんで俺はやっちまった感満載の気分になってるんだ?
「はぁ、白状しよう。私は、その、サクラコに······ひ、ひひひ、一目惚れして······しまって······」
「············」
誰もそんなん訊いてへんわ。
「わかってる! 急にこんなことを言われても困るよな? 私も、なにをこんなロマンチックもドラマチックも無いシチュエーションで人生最大のイベントを済ませようとしているのか全くもって、訳がわからないんだよ! どうすんだよ!」
それ、最後の
エリーゼは力強く握り締めた両の拳を胸まで上げて、悔恨しているようだった。
「誠に大変卑怯を赦してくれ! 高貴なる
と頭を深々と下げるエリーゼ。
横から見たら完全に直角だな。――――じゃなかった。これどんな展開? もう追いかけるのがめんどクセェんだが。
「じゃあ、そういうことで俺はもう行くね」
ここは逃げよ。
「待て。話はまだ終わっていない」
突然、赤い壁が聳え立って行く手を塞がれた。表面がやすりのように微細な棘が生えていて、壁全体から濃い血の匂いがした。
これがエリーゼの魔術か。実に
「少しそれたが、あの質問は前座のようなものだ。本題はここからだ。最後まで付き合ってくれ」
緊張が解れてる。術を使うとテンションが切り替わるタイプか。割りと、厄介。
「サクラコ、間違いでなければお前は東洋海域に浮かぶ島国『ひのもと』の生まれだろう?」
参ったな。お姫様はそうらしい推測を立てていたが、実際はわからない。
言ったら怒るか?
「もしそうならば、この名に聞き覚えはないか?」
エリーゼの瞳孔が鋭くなった。
振れ幅が激しいな。今にも喉に噛みついてきそうな程に、凄まじい憎悪が無造作に、無差別に放たれ、思わず背筋がぞっとした。
相当な怨恨を懐に宿してやがる。
口にするのも嫌と言うように震える唇を、裏から噛んで抑え込み、エリーゼは冷たい声で、はっきりと訊ねてきた。
「“桜からうまれた鬼„」
結果から言えば、全く聞き覚えが無い。
かなり特徴のありそうな異名だが、記憶をいくら詮索しようと出てこない。単に思い当たる節が無いか、欠落した記憶の中に紛れ込んでいるか。
「知らへんな」
「本当か?」
「はぇ?」
エリーゼはじりじりと歩み寄ってきた。
「本当に、知らないのか?」
「かなり怨んでるな。さっきの問答を察するに、そいつに身内を殺されたのか?」
訊くと、エリーゼの顔は曇りを見せた。
「ああ。父の、仇だ。今でも夢に見る······綺麗な花園、その向こう側には一個の大岩。そこに一人の白い人兎が座っていた。奴は私達をゴミを見るように冷徹な眼差しを向け、一言二言、意味のわからない言葉を紡いだと思ったら、瞬き一つの間に父の首を······」
背後の血壁がより刺々しくなった。悲劇の状況を思い出して、怒髪衝天に達したか。
だが、やりきれていないな。体をガクガクと震わせて、憎しみで恐怖を拭い去ろうと必死なのが見て取れる。
それにしてもだ。成る程、白い人兎か。しかもひのもとの。話を聞く限りだと、途轍もなくヤバそうな気配しかしない――――あ。
その時、咄嗟に脳裏に思い浮かんだ奴が一人いた。
ひのもと出身の白い人兎。この特徴に合致するたった一人の存在――――ヨシノ・シラ。
腕前の程は目の前で思いっきり見ている。結構強い方だ。俺でも"陰"無しの状態で太刀打ちできるか、正直難しいくらいに。
いや、これは早計と言うやつだ。深掘りしていこう。
「その白い人兎って、具体的にどんなやつだったの?」
「幼気な少女にも、少年にも思えたな。恐らくは、十をちょっとか。今頃ならば、二十ぐらいにはなっている筈だ」
幼げな少女――――合致してるな。
「髪は長く、さらさらと軽やかに風に乗って揺蕩っていた。絵画のような繊細な美麗さと潤沢を持ち合わせていたな。あれほど見事な純白は見たことがない」
綺麗な白髪――――合致してるな。
「声も、言葉の意味こそはわからなかったが、川のせせらぎにも思える透明感のある声は、思わず聞き入ってしまう程だった。一度聞いたら、絶対に忘れない」
耳通りのいい声――――まあまあ、合っちゃってる。
っていうか、怨んでるにしては随分と好評だな。それだけ外面が良かったのか?
だとしたら九割方当たっちゃってるんだよなぁ~。
あとは······。
「会ったのはいつ頃?」
これの答え次第で、シラが殺られる未来が潰える。
「九年前だ」
はい、違う! シラは俺と同年代あたりだから、その時は十も行っていない。なんとか免れたな。
「あとは、あの目だ!」
「ん?」
「特に右目――――左目と違って真っ暗闇に染まった右目······あの全てが敵にしか見えているような、殺戮的な鋭利な視線······。目を合わせただけで、身体中の力が抜き取られる圧倒的な眼力とプレッシャー······あれは、怪物だ。兎の皮を被った、悪魔だ······」
さっきあそこまでの迫力を放っていながら、この怯え様。決して弱くない筈だろうに、完全に畏怖に囚われている。
「奴は、他にも名を持っている······こっちの方が、世間に通っているだろうな――――魔帝候補第9位“花園の
不思議と、それには聞き覚えがあった。だが、どこで耳にしたのか思い出せない。
その後、気分が悪くなったとエリーゼの方から別れを言われた。俺は水浴びし直し、お姫様達のいるテントの前に戻った。
眠気に誘われるまで、エリーゼの復讐相手の通称が頭から離れなかった。
どうしてだろうか。顔も本名も知らないのに、そいつのことを考える程、腹が立ってくる。
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