贋望【アンニュイユーズ】
私達は今、宿屋の地下にある酒蔵で待機している。コンスタンさん曰く、パークに私たちの素性を知られてしまい、長く滞在できる余裕が無いと判断された為だ。
宿屋の従業員に勧められて急ぎ避難した訳だけれど、空気がこれまで以上に重苦しい。
グローリーからなんとか逃れたはいいものの、グリフェールさんを見たコンスタンさんは別室に彼女と籠ったまま。ムクソンさんも意識を取り戻した後は数十分発狂し、落ち着いた今は別室の扉の横で抱えた膝に頭を埋めて縮こまっている。
そしてジンくんは、集団から一人離れて蔵の隅で二本の東洋剣を抱き寄せて座っていた。誰も彼に近づこうとしない。コンスタンさんやムクソンさんとは違って、私含めてみんながそうしているのは、拘束しているからだ。
物理的な意味ではない。みんな、特にジンくんに対して好印象を持っていない区衛兵の方達、カインが雰囲気で「お前が悪い」と無言で叱責し、重圧的な罪悪感を背負わせているんだ。
これでは、終始ジンくんの味方でいたシラでも、苦虫を噛み潰したような表情で静観する他無いのを余儀無くされている。スヴァルがどう思っているのかわからないけれど、多分、みんなと同じく怒っている。いつもは飄々としている彼女でも、今度の場合はどうあっても認可できない。表情に出さないのは、それ程までに気分を害しているということだ。
私は後ろめたい気持ちで一杯だった。グリフェールさんが死んだのは、私が不甲斐なかったからだ。油断して、押し負けて、周囲に被害をもたらした。
責められるべきなのは私なのに、どう向き合えばいいのだろうか。どう言葉を紡げばいいのだろうか。それらをまとめられたとして、みんながどんな反応をして、どんな顔で私を見るのか。考えただけで、心臓が捻れたみたいになって苦しい。
怖い······――――なんて、情けない。
沈黙が続いて、別室からコンスタンさんが出てきた。鼻と目元が赤くなっていて、目には潤いが残っていた。
「本部と交信し談議した結果、本日の深夜から侵攻作戦を開始し、パークを一網打尽にせよとの命令が下りました。我々は先遣隊として突撃し、後から増援が追い討ちにかける流れです。総員、作戦開始まで英気を養いつつ備えてください。情報聴取、大変お疲れ様でした」
コンスタンさんは深く一礼してから、また別の部屋へ移った。
各々が装備を整えたり、魔力の調律をして決戦に備える最中、ジンくんだけは何も行動を起こさないでいた。声をかけようかと思ったけれど、アリスに肩を掴まれて止められた。
もう、私にやれることは無いのだろうか。自問自答をする度に、より心臓が抉れていく感じが強くなっていって、息をするのも辛くなる。
++++++++++
クレイが自責の念で傷心しているのを余所に、ジンテツは考えていた。"陰"を出すか出さないか。
素の能力は互角だった。だが、グローリーを倒した後から手応えに異様な変化が生じていた。毛皮が硬くなっていた。レオナルド・ネメアを「親父」と呼んでいたあたり、血筋特有の回復能力をしっかりと受け継いでいる。
見た限りで特性を推察すると、傷を負う度に強固になっていくのだろう。鮫の歯が生え変わる度に頑丈になっていくように。
めんどクセェ――――グローリーを思い出す度に、ジンテツはそう感想を抱きながら溜め息をついた。
そんな彼の隣へ、周囲の目を気にしながらエフィーがちょこんと腰を落とした。そっと距離を縮め、何かを言いたそうに肩を揺らしている。ふっとして、手を口の横に立てて他に聞こえないように囁いた。
「その、あなたは何も間違ってないと思います」
周囲に聞こえていないか目でやって確認しつつ、エフィーは続ける。
「あなたはただ姫様を守りたかっただけなんですよね? あなたは他の方達と違って勘が鋭くて、先走ってしまった。皆さんからしたら奇行にしか見えないでしょうけど、私にはなんとなくわかります。斥候が使えなくなってしまった以上、情報が使えるかどうか定かでない。そう思ったあなたは、内情を調べるためにいち早く動いたんです」
ジンテツは無反応だった。
「しかし、一つだけわからないことがあるのですが、なぜ単独でなく私を同行させたのですか? 区衛兵では捜査は最低でも二人がかりで行うのが基本と教えられましたが、私以外に適任者はいた筈です。なのに、なぜ下っ端の私を?」
「お前が一番弱いからだよ」
食いぎみに答えた。
「と、いうと······」
「強い奴は立ってるだけで気配に滲み出る。そういう奴には誰だって近づかない。狩りでも、わざわざ見えやすいところから仕掛けないでしょ?」
「まあ、確かに」
「だから、正真正銘の弱者が必要だった。お前はしがない商人で、俺はその護衛を務める冒険者。これを真偽の境無く見せるには、この中じゃエフィーが一番相応しい」
「でも、それでは――――」
戦力的に危ういのでは? と問おうとしたところでジンテツは解答する。
「あそこで殺り合うつもりは無かった。つけられたらつけられたで、じっくり裏から根っこまで回ろうと思っていた。あとは素直に従っていたよ」
ジンテツの考えた作戦は、嗅ぎ回れば密かに出てくるだろうパークの構成員の刺客を捕まえ、情報を洗いざらい抜き出してからクレイ達に提出。しかし、住民への聴取で街の状況把握をしている段階で、レオナルド・ネメアが登場してしまった。
「ていうか、なんで今更こんな話を?」
「あ、いえ。単純に気になっただけというか······」
歯切れの悪い回答になってしまったと、エフィーは静かに慌てる。が、ジンテツはなんら気にしている様子が無い。それから、数秒、そわそわさせられる程の沈黙が流れ、気だるそうに「寝る」と言って目を瞑った。
エフィーは周囲が見ていないかさっさと確認してからジンテツの耳に片手で覆いながら口を近づけ、起こさないように聞こえるか聞こえないか程度の小さく小さく囁いた。
············私はあなたを信じています············
ジンテツが起床したのは、日を跨いでから三十分がたった頃だ。今日は今朝から雪が降っていたが、この時にはすっかり止んで爽やかな風で小さな氷の粒を舞い上がらせ、月明かりによって鮮やかな白銀に染められて非常に綺麗な光景が出来上がっている。
しかし住民が歩いている姿は無く、全ての建物の窓と扉は固く閉ざされていた。美しい景観とは裏腹に、嵐の前の静けさといった様子で、街の寂しさは住民達の懐える不安を体現している様だった。
宿屋の従業員の協力により、裏路地から通じて犬の区衛兵二人が嗅ぎ付けたパークの拠点がとしている街役場へと潜行する。
街役場は四階建ての黒がかった茶色い屋敷で、先端に鋭利な針のついた柵で囲われていて、厳重そうな外観でありながら警備が一人もいない。
コンスタンは右へ左へと視線を送り、人影がいないと判断すると振り返って指令を告げた。
「ここから先は二手に別れます。私達区衛兵は逃亡の防止のため結界を張ります。冒険者の方々は裏手から侵攻してください。応援が来るまでの辛抱です。どうか、ご武運を」
「わかりました。みんな、行くよ」
クレイに連れられ、冒険者達は街役場の裏口へ渡った。ここも警備が一人もいない。
コンスタンから結界完了の報せが来るのを待つ。
「不気味なほど静かだね」
「十中八九、待ち伏せでしょうね。卑しい輩らしいお出迎えですこと」
カインの嫌みにクレイは苦笑した。
「他の雑兵は区衛兵に任せても大丈夫として、要注意すべきは」
「青豹、雌虎、あとは角野郎だな」
アリスの言葉をジンテツが繋げた。
「この三名に出くわした場合、単独の交戦は極力控えましょう。建物の構造上、最低でも二人一組は維持した方がよろしいと思います」
アリスの提案にクレイは頷いた。ジンテツは神妙な面持ちで俯いていたのが見え、訊ねようとするもそれより先にコンスタンから通信が届く。
《結界の構築が完了しました。皆さん、突入してください》「」
よし、と小さく意気込んでからクレイは勢いよく扉を開けた。その先では、パークの構成員三人が縦二列に並んで弓を引いていた。
矢が放たれると同時に、クレイをジンテツとアリスがそれぞれ左右から肩を掴んで引き戻し、スヴァルが速やかに氷壁を立てて防いだ。
「た、助かったよスヴァル」
「お安いご用だよ。カイン! 一発噛まし返しちゃって!」
「そのつもりでしてよ! "
カインは
「"
二つ並んだ銃口の奥から、数十の火の弾が散会しながら敵に向かい、悉く撃ち抜き倒した。
その様子を見たクレイの「行くよ!」の一声で、冒険者達は街役場へ侵入する。
「スヴァルとカインは右に、アリスとカインは左、私とジンくんは中央から片っ端に片付ける。みんな、絶対に生きて帰るわよ」
三手に別れ、それぞれで戦闘が始まった。部屋からパークの雑兵が襲ってきては、これを返り討ちにする。奥へ行く程敵の数が増えていったが、【
スヴァルは凍らせ、カインは火の弾丸を撒き散らし、シラは刀を振り回し、アリスは魔術で圧倒し、クレイは電撃で再起不能にさせ、ジンテツは傍若無人に暴れまわった。
若干の煩わしさを覚えながらも、難なく突き進んで侵攻を続ける。
++++++++++
『カイン、スヴァル』サイド――――二階、応接室。
真ん中に横長のテーブルが置かれた広間。その中心に座している者を見て、カインとスヴァルは呆然としていた。
「麦藁色の髪を後ろに一つに纏めた、茶色い瞳の黒尽くめの女――――あちゃー」
「最優先討伐対象が一人、虎の人獣クリオ・マカイロドゥスですわね?」
カインが
中央に座している者――――クリオは顔を上げて答えた。
「そうだよ。余計な情報が前に掛かってるけど」
テーブルから降りたクリオは、両手にサーベルを持って構えた。彼女の瞳は鋭くなり、二人を逃がすまいとじっと見てくる。
「静電気の子はどうしたのかな? 逃げたの?」
クリオの挑発にカインが反応し、引き金を引きそうになったがスヴァルに手を添えられて止められた。
「お生憎様。うちのお姫様なら、どっかで君の仲間をとっちめてるよ」
無邪気や笑顔を向けて、スヴァルは挑発し返した。
クリオは動じている様子はない。
「そう。じゃあ、横取りされる前に、あなた達を殺さなきゃ」
++++++++++
『シラ、アリス』サイド――――四階、休憩室。
ここは照明がついておらず、内装が真っ暗だった。扉から伸びる明かりでわかるのは、二つのテーブルが縦に並び、それをソファが挟んでいるくらいだ。暖炉はついておらず、非常に冷える。
「いますね」
「いる。姿は見えなくても、わかる」
アリスとシラは、何かが上で動く気配をいち早く察知し、その場から離れた。彼女達のいた扉の前でバンと急激に床へ降りてきたそれは、廊下の明かりで銀の煌めきを放ち、五指と長い尻尾の先にダガーを備えていた。
「あれがダガーテール」
「ええ。今度は
シラは腰の刀を抜き、アリスは掌の上に魔法陣を展開し臨戦態勢を整えた。
「金髪ぅ、お前メイドだったのかよ。あと、そっちの雌兎は初めてだな。少し小柄だが、まあまあ良い御馳走だなぁ!」
++++++++++
『クレイ、ジンテツサイド』――――地下。
周囲には真っ暗闇の空間が広がっており、あるのは石の埃を被った壁と床、そして均等に並んだ支柱のみ。クレイとジンテツは二人して、じっと高い高い上方に開いた穴を見つめていた。
「すっごい落ちたわね~」
「そーだな~」
「あっという間だったわね~」
「そーだな~」
「ホント、すっぽりと抜けたわね~」
「そーだな~」
「······ホント、ごめんなさい」
「そーだな~」
「············聞いてないよね?」
「そーだな~」
クレイは苛々を抑えて、人差し指を上に向けながら一つ打開案を提示した。
「取り敢えず、私が引き上げる。ジンくん、見た目に反してなんか軽いからなんとかいける――――て、聞いてるの?」
「聞いてねぇ~」
ジンテツはクレイを残して先に行くところだった。クレイは後を追って、隣を歩く。
「ねぇ、上に戻ろうよ。まだ敵はいるんだよ。それにこんな暗いところ、なんか気になることでもあるの?」
クレイの問い掛けに、ジンテツは反応しなかった。寧ろ、周囲の暗闇に興味津々な様子だった。
そんな彼の態度にクレイは悶々として、歯痒い思いを堪えきれない。
「もー、もしかして怒ってるの? 私がうっかりしちゃったから落ちたのに怒ってるの? それについては本当にごめんなさい! 周りが敵だらけだったから、全部倒したら油断しちゃって!」
必死に弁明するも、ジンテツは全く関心を寄せてこない。支柱に触れ、軽く擦っては次の支柱へと移っている。
何かを探しているようにも思える行動に疑問を懐きつつも、これ以上に気になることがあったクレイはそっちの話題を出した。
「準備してるとき、エフィーちゃんと何を話してたの?」
ジンテツの動きが緩やかに止まる。数秒の沈黙を経て、答えが返ってきた。
「励まされた」
「······そ、そう。よかった、ね」
ついそのときの雰囲気を思い出してしまったクレイは、微妙な反応をしてしまったことを内心で悔やんだ。エフィーのことだから、彼女に限ってジンテツに責め苦を吹かすなんてあり得ないと思いつつも、一方で不安な自分もいたのだった。ジンテツの答えで安堵し、穏やかに溜め息をつく。
「今更かもしれないけれど、私は気にしてないよ。流石に驚きはしたけれど、後々何か考えがあってのことだと思ったし。その所為で敵の動きがわかりにくくなったとなるとなんとも言えないのはとっても悔しいのだけれど、私も、気にしてないんだよ――――」
言い訳でしかない弁明。
グリフェールの遺体を見たジンテツは、尋常でなかった。それこそ、黒霧を纏ったときに近しい気配をクレイは感じていた。今思えば、取り乱した自分自身が恥ずかしいと思える。
グリフェールの死は決して軽んじられる些事ではない。がしかし、それによって士気が下がってやられたとなれば、一体誰を責めればいいのか、という愚考に至ってしまう。
ジンテツは、少し前から冒険者よりもよっぽど冒険しているような存在だったのだ。環境適応能力が高いのはある種、至極当然のこと。経験値に差がありすぎているのだ。
だから――――、
「こんなこと言っても、余計惨めになるだけだよね」
クレイは俯き、卑下した。
「ごめんね。作戦中にこんな陰気臭い話ししちゃって。あんまり余裕無いのに」
「そうだな」
ジンテツはきっぱりと言った。声の調子が嫌に真面目なものだったため、クレイは
ジンテツの前には不自然に砕けた支柱があり、ガリ、ガリ、と歩みを進め、彼が警戒態勢に入ったわけが近づいているのがなんとなく察せれた。そして、目に魔力を通して暗闇に慣れさせることで、ようやく判明しする。
「招待したのはジンテツの方だけだったのだが、余計な羽虫が引っ付いてきたようだな。フーン」
床に片膝立てて座るグローリーがいた。
「一晩ぶりだな。それで、考えは変わったか?」
「なんのだよ?」
「決まっているだろ。俺達と来ること、パークに入ることをさ」
グローリーは催促するように掌を上に向け、差し伸べて言った。ジンテツはまだ諦めていなかったか、と舌打ちして返答を出す。
「やなこった。なんで俺がお前とつまらないことをしなきゃなんないの?」
後ろでクレイがうんうんと二度、強く首を縦に振る。
「そんなつれないことを言うなよ。お前にとっても悪い話じゃないだろ」
「どこが? なにが?」
後ろでクレイがブンブンブンブンと幾度も、強く首を縦に振る。
それを見たグローリーは、呆れ気味に溜め息をついた。
「やっぱその女邪魔だな。払ってくれないか?」
「悪いけれど、ジンくん一人に任せられるほどあなたは楽な相手じゃないの知ってるんだから、放っておけるわけ――――」
「そーだな。一人減らそう」
「ヘッ!?」
なんでそこ意気投合してんの!!? と怒るクレイを無視してジンテツはすぐ左の支柱を蹴り砕いた。すると、反対側に光が差した。
何事かと理解の追いついていないクレイのレザーベルトを掴み上げ、今開いた天井の穴に向かって投げ飛ばす。
「この野兎がァァァァァァ――――って、スヴァル?!」
飛ばされた先で、クレイの眼前にはスヴァルがいた。その後すぐに後ろから何かがぶつかってきた。起きて振り返ってみれば、クリオも同様の目に遭ったように倒れていた。
「いきなり、なんか出た······」
「クリオぉ~」
「静電気娘ぇ······どこから」
クレイは立ち上がりながら周囲を見て状況を確認した。カインが散弾銃を携え、スヴァルはいきなりのクレイの登場に驚いている。何より目を引くのは、クリオだ。
彼女もまた、床に開いた穴を見てなんとなく察した。
「なるほど、グローリーの奴、あたしに押し付けやがって」
厄介事を回されたと勘違いしたクリオの不快感が増し、クレイ達に向けられる殺意が高まる。
対し、クレイは「行かなきゃ!」とすぐに大穴に戻ろうと走る。ジンテツの安否が心配でならないから。だが、クリオが速く反応してサーベルを振るって妨害する。
「行かせない。癪だけど、あんたは行かせちゃダメな気がする」
「あー、もー! 色々立て込んでるのに、邪魔しないで!」
クレイがクリオ戦に参加している一方、下ではジンテツとグローリーが死闘を繰り広げていた。
お互いの得物がぶつかり遭う度に火花が散り、埃が舞う戦場を敵に目掛けて駆け巡っていた。
二人にとって共通の障害、クレイがいなくなった瞬間に始まった殺し合いは拮抗状態が続いていた。だが、グローリーはジンテツの手応えに物足りなさを感じていた。
「前より動きが鈍いな。まだ引き摺っているのか? あの猫の死を」
「バカを言いやがる」
「だが、図星だろ?」
グローリーの陰険な口振りに、ジンテツは苛立ちを隠せず力押しを強める。直進的な攻撃が通じるわけもなく、支柱を飛び伝って牽制され、煩わしさが増す。
目と耳を利かせてグローリーの動きを察知し、反応し、応戦、反撃する。だが、いずれも昨日程の鋭敏さが見られない。対応しきれず、服装に刃が掠る。
「俺のつけた傷が痛むか? キレが段々と
「うるせぇな。俺、お前のその低音ボイス嫌いだわ」
ジンテツは汗をかいていた。グローリーに指摘された傷の痛みが響いているというのは、本当だからだ。
事実、服の下に巻いている包帯にはうっすらとX状に血が滲んでいた。それが濃くなっていく程、ジンテツは耐え難い苦痛に蝕まれる。
本来ならば立っているのも辛いだろうに、凄まじい胆力だとグローリーの中でまた一つ評価が上がった。
「やはり、殺すのは惜しいな。お前のような奴は貴重だ。だからこそ、お前が冒険者でいることが受け入れられない」
グローリーは強く薙ぎ払い、ジンテツを怯ませたところにキックを追い撃ちし、壁へ衝突させた。
「お前は他の人外とは違う。少なくとも、俺の見てきた奴等の中でも、トップクラスに格別だ」
「なんだよ、それ······」
「ん?」
「お前は俺の何を見込んだんだって訊いてんだよ」
刀を杖のようにして体を支え、ジンテツは立ち上がった。彼の質問に対し、グローリーは弱い表情筋で不適な笑みを浮かべて答えた。
「お前は、
グローリーは盛大な調子で語っているが、言葉の中には純粋な嘆きが含まれていた。加えて、憐れみ、保護してやろうという情け。
ジンテツ・サクラコは、知らない“ナニか„に苛つきを強めた。その正体を早くに察し、グローリーを睨む。
「いいな、その目。親父の
「やってみろや!」
ジンテツはなりふり構わず特攻、と見せかけて即座にグローリーの足元目掛けてスライディングを切り込んだ。グローリーが前のめりに跳躍してきたが、狙い通りの動きであったため、刀を逆手に持ち変えて半回転し深い一撃を入れようとするも寸でのところで防がれた。
速やかに建て直し、再び双方の競り合いは激化する。力関係はもとに戻り、一進一退、瞬き一つの油断も許されない暗闇の中の攻防は、とても常人には追いきれない速さで展開していった。
攻め――受け――反し――流す――······たった五秒の間でも十を軽く越える駆け引きがなされた。障害物も遮蔽物もするすると通り抜け、途端に鉄同士がぶつかり合ってカッと火花が散る。
その際の威圧感も凄まじく、観戦者がいるものならば逃げるよりも停留した方が生き残れると自覚するだろう。それ程までに、ジンテツとグローリーの闘いは凄絶なるものだった。
最早、今すぐクレイが舞い戻っても介入する余地は一切無い。止めようと割って入れば、忽ち二人からぶちのめされてしまうだろう。
十分が経った頃、二羽の兎による熾烈な競り合いに終止符が打たれようとしていた。
先にジンテツの体力が尽き、動きが刹那に鈍る。その隙を突いて、グローリーが攻撃の勢いを強くした。一歩遅れをとってしまい、徐々に後退させられる。壁まで追い込まれたジンテツは、苦辛を無理矢理払い除けて抵抗の一振りを。
グローリーはこれを後転して避け、着地と同時に“あの構え„を取った。姿勢を低くし、背を丸め、腕を交差させた。体内の魔力を全身に即巡らせ、足元へ集約。太股、脹脛、爪先、他脚の関節がはち切れそうになるまでチャージさせ、装填準備が完了。
「めんどクセェ······」
弱く呟いたジンテツは、駆け出してグローリーから見て右へ逃避する。超高速の直進攻撃と予想して、照準から外れようと動いた。
しかし、グローリーの目は嘲笑っていた。余裕綽々といった様子で、あたかもジンテツの行動を無駄だと窘めるような雰囲気で――――定まった標的に対して、角兎の脚が跳ねる。
向き直り、剣を構えるジンテツ。グローリーから一瞬とも目を離さず迎撃するつもりでいた。のだが、またしてもフッと消え、気づいたときには背後で雫が滴り落ちる音がした。口の奥から、吐きそうになる程の血生臭さと鉄の味が流れ出て――――
「ぐぁふッ!!」
胴の肉がX状に抉り裂け、血が噴き出る。そして、ジンテツは力無げに冷たい石の床に倒れた。
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