新参者は恵まれない【パ・ドゥ・シャンス】~(1)~




 お泊まり会から三日後、ルージーからの依頼当日。

 ジンテツ、クレイ、アリスの三人は静寂なギルドセンター前で待機していた。早朝、空はまだ暗い。

 ジンテツとアリスは平然としていたが、クレイは一人だけ焦げ茶で白い幾何学模様の入ったブランケットに身を包み、街灯に寄り掛かって白目を剥いていた。さらに寝息を立てて、口からは涎を垂れている。


「こいつ、このまま死なないよな」

「そのブランケットは、纏ったものに快適な感覚を与える魔道具なので、ご安心を。いつものことですから」


 ジンテツはクレイの寝顔をまじまじと見た。お世辞にも、かわいいとは言えない。猫が深い眠りに落ちたときのような、絶妙な不細工加減が出ていて芸術的ではある。

 ふと、キャンバスにはいいかもしれないと懐から筆とインクを取り出して、悪戯開始。


「お楽しみのところ悪いのですけれど、私の勝手で少々人数を増やさせていただきましたので――――て、聞いてますか?」

「はぇ?」


 ジンテツは、クレイの赤みがかった頬に黒い渦巻きを描いてしまっていた。


「アリスもやる?」

「······いいえ」

「あっそ。で、なんだって?」


 ジンテツ、犯行を続行。

 止めるのを諦めたアリスは、話を戻すことにした。


「今回の依頼、個人的に厄介な対象だなと思い、差し出がましいようですが、人員募集をしましてね」

「ふ~ん、いいのか? お姫様には言ってないんでしょ?」


 クレイの額にバツ印が加えられた。


「問題はありません。寧ろ、苦労が省けると喜ぶことでしょうね。何せ、今のところ最高戦力のにお声を掛けましたので」


 そうアリスが口にすると、ジンテツは筆を止めた。

 クレイ関連で『親しい友』と聞いて記憶に新しいのは、どこぞの冷えた空気を漏らす青髪青目で長身の女。

 その者の姿が脳裏に過った瞬間、後ろから何者かが肩を抱いてきた。


「ヤッホー、野兎く~ん!」


 軽快で明快な女の声、またなんら女らしさを感じない感触。ジンテツの予想は奇しくも当たってしまった。

 スヴァル・ストライクだ。

 ジンテツはこれが夢であってほしいというような、魂が抜けた顔になった。


「ヒッヒッヒー、まさかこんなに早く一緒に仕事ができるなんて思ってもみなかったよ。呼んでくれてサンキューね、アリス」

「お喜びいただけたようで、何よりです」


 嫌がらせか?――――ジンテツはアリスを睨んで訊ねた。

 偶然ですが?――――アリスは黙して答えた。


「もう、そんなに嫌そうな顔しないでよ。で、さっきから見てたけどクレイ嬢の顔に何して――――おー、これは起きた時が楽しみだね!」


 子供っぽく無邪気にクレイの顔を観賞するスヴァル。ジンテツは満更でもない様子で、耳をふわりと動かした。


「してスヴァル嬢、頼んでおいたもう一人方はどちらに?」

「ああ、カインのこと? 彼女なら、あっちにいるよ」


 スヴァルがギルドセンターの方へ親指を指し、その方へ目を向ければ華やかな真っ赤のロリータドレスに身を包んだ少女がじっと立っていた。

 鮮やかな赤髪は黒と黄色の髪留めでアップのツインテールに結い上げ、黄色いカチューシャを着けている。

 そして、シラと同程度の小柄な体型にしては豊かすぎる胸と、一度見たら中々忘れられない派手な見た目をした、可愛らしい蜜蜂の翅を生やした妖精。

 なにやら、しかめ面を浮かべて頬を膨らませている。


「おーい、カーイーン~。そんなとこに突っ立ってないで、こっちに来なよ!」

「············」

「あぁ、ごめん。ちょっと待ってて」


 スヴァルは、ジンテツから一旦離れて赤い少女の元へと向かった。わちゃわちゃと二人で言い争い始め、キリがないのでアリスも加わる。

 すると、三人でごちゃごちゃし始めて、アリスとスヴァルはこぞって赤い少女の腕を掴んで取り押さえ、強引に連れてきた。そして、悲鳴が耳に届く。


「イィーヤァーでぇーすぅーのぉー!! 帰ります帰ります!! 離しなさいィィィィィィ――――!!!」

「うるせ~······」


 そう言うジンテツの傍らで、クレイの目蓋が小さく開く。まだうとうととしている。


「もう、なんで、よりにもよってこんな野蛮な兎と共同で依頼に携わらなければならないんですの!?」

「まあまあ、カイン。最近稼ぎが悪いとか言って、素材集められなくて困ってたじゃん」

「そうですけれども! この毛玉なんかと組むくらいなら強盗をした方がまだマシでしてよ!?」

「オッホー、ここまで言わせるとかどんだけ~。これはもう、野兎くんから何とかして貰わないとね」


 スヴァルがニヤついた眼差しでジンテツを一瞥し、意地悪に催促した。しかし、意図が伝わっている筈なのに野兎ときたらプイッ、とそっぽを向いた。

 この態度にスヴァルは困惑。アリスは真顔ながら状況を楽しく傍観している。


「ちょっとちょっと、野兎く~ん? なんでそんなイケない態度とっちゃってるのかな~? ん~???」


 迫り寄るスヴァルの問い掛けに、ジンテツは倦厭を包み隠すこと無く答える。


「俺がなんか言ったとして、あのデカチビ娘が聞いてくれるのか?」

「ワーオ、こっちはこっちでスッゴい反骨精神だ」


 スヴァルは困り果てた。ジンテツの悪い噂は冒険者の間でも馳せている。そして、この赤い少女――――カイン・ナッツレーはそれを間に受けている。

 アリスに誘うよう頼まれ、最初は「無理でしょ」と断ったものの、脅迫されて半ば無理矢理承諾を得た。というのも、誘ったのはつい今さっきのことである。

 まさかここまで拒絶されるとは。ジンテツの方も言わずもがな、モチベーションが駄々下がり。


「っていうか、なんでそんなに仲悪いの? 君たち、なんかあったの?」


 スヴァルが訊ねると、カインが拳を握って前に出た。


「あれは一昨日のこと、私は習慣の個室風呂で入浴しておりましたわ。そのとき、誰かが入ってきた気配がしたので、恐る恐る浴室から出てみれば······出てみれば······――――この兎めが寝間着姿で部屋にいたんですのよ!」


 カインの羞恥を噛み潰した激昂が、虚しく響く。


「えっと~······野兎くん、どういうことなのかな?」

「お姫様の部屋を探してたら間違えた。すぐに出たけど」

「あ~、そーなんだ~」


 中々どうして、この野兎は妙なところで不穏を刻みつけてくれるのだろうか。


「まあまあ。今回だけ、今回だけだから。クレイ嬢の為だと思ってさ。ねぇ?」


 クレイを引き合いに出せばなんとかなると思い、口にしてみたスヴァルであった。試してみた結果、見事にカインは揺らいだ。ぐにゅにゅぅ、と悔しそうに歯噛みし、眉間に皺を寄せて葛藤している。

 対し、ジンテツはまるで動じていない。我が儘で融通の聞かない子供のように、断固として和解の姿勢を見せない。顔を会わせず、どころか「ベー」と舌を出して全面拒否を体現。

 この態度に、カインは腹を立てた。


「やっぱり無理ですわ! こんな野蛮な兎と協力だなんて、俄然ムリムリムリムリムリッ!! 今回ばかりはクレイ嬢にどれだけ頭を下げられようと、絶対に請け負いません!! ぜぜぜゼーッタイに!!!」

「別にええで。こんな駄々こねられちゃ話にならへんし。むしろ邪魔」

「なにをぉー!? 失敗して後で泣きつかれても、私は一切手を貸しませんので、そのつもりで! っていうか、もうそれしかないので!!」

「あっそーかい」

「そーですわよ!!」

「「ぐにににににににに――――」」


 亀裂は広がるばかりであった。

 このままでは、団結どころではなくなる。それはスヴァルだけでなく、アリスも危惧しているところであった。

 今回の依頼は一筋縄では行かない。そう思って、自身よりも親しい仲であるスヴァルに勧誘を頼んだ。

 カインにはクレイやスヴァルには無い秀でた才がある。戦力としても申し分無い。

 ジンテツとの険悪な仲も、せめて依頼達成までの間は妥協してくれるものと思っていたが。こうも犬猿なところを見せられてしまったら、残念を通過して諦念が浮かぶ。

 とはいえ、額をぶつけ合って「ぐにににに」と唸っている絵面は、観賞するだけならかなり面白い光景なのだが。

 そんな時、ようやくクレイの意識が明瞭になる。目蓋を擦り、ガミガミグニグニと喧しい方へ首を向ける。


「もー、なぁにをしゃわいでんの~?」

「クレイ嬢! 聞いてくださ――――って、なんですのそのお顔はァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」


 カインの絶叫にクレイは三度瞬きをして、【収納空間ストレージ】から手鏡を取り出して、自身の顔が芸術作品となった様を刮目した。

 見た瞬間に目を疑い、何度も目蓋を擦った。寝起きでこの衝撃は、悲鳴をあげさせるには十分すぎた。

 驚きのあまりクレイは天高く飛び上がり、カインは愕然とし、スヴァルは腹を抱えて必死で笑いを抑えた。


「ケケケ! 題して――――顔面絵画『おてんば面相』なんつって!」


 ジンテツの言葉から犯人を察し、クレイはすかさず彼を追いかけた。



 ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎



「なるほどね。いろいろと話はわかりました」


 手拭いで顔を拭くクレイの前には、頭にたん瘤が出来たジンテツとそれを小さく嘲笑しているカインが並んで正座をさせられていた。

 アリスからあらましを聞いて、クレイは適切な処置をとることにしたのだ。


「正直、私はあなたたちを一緒にさせたくないんだよね。性格合わないし、考えだってそぐわないだろうし、何よりお互いに第一印象が最悪。今から対応を変えてと言っても、聞かないし。ハッキリ言って、あなた達の水と油っぷりにはお手上げです」


 クレイ頭を悩ませていた。

 特に、カインのような存在は危うい。彼女はクレイやスヴァルとは違い、何事にも熱くなりやすい。

 冒険者としては優秀であることに違いはないのだが、人格にかなり難がある。

 カインの腕前は信頼できる。だかり彼女を加えるというアリスの意見には賛成する。

 だが、いかんせん相性最悪の野兎と蜂をどう纏めたものか。この徹底して我が身を疑うことを知らないエゴイスト共を······。


「取り敢えず、今回だけでもいいから協力して。いい?」

「無理」


 ジンテツ、即答。

 そして、カインが我慢ならず立ち上がる。


「お言葉ですがクレイ嬢! あなた様は知らないでしょうが、この下賎な野獣めは私の美しい肢体を無断で目にしたのにも関わらず、謝りもしなかったんですよ!? 辱しめて尚、この横柄! そんな畜生とパーティを組むなんて、正気の沙汰ではありませんわ!!?」


 ジンテツが怒り、反撃に出る。


「この蜂、言わせておけば······――――あそこに入ったのは間違いだって言うとるやろが! そこんところ、いい加減分かれよッ! あぁ?!!」

「あなたこそ『間違い』などと言っておりますが、この私の前で『はーい、ベッドインの準備は出来ましたか? お嬢様』的な配置と格好をしておきながら、何を今さら言い逃れをぉ!? 面貌がよろしいことを利用して、なんたる恥知らず! そこに平伏しなさい!!」


 二人の熱が再発し、このままでは戦争が起こりそうだ。

 クレイはどうしようもないと頭を抱える。そこへ、何者かから助け船が割って入る。


「なら、こうするのはどう?」

「あ?」

「ですの?」


 注目した先にいたのは、小さく右手を挙げたシラだった。

 見知らぬ顔にカインが訊ねる。


「どなた様ですの?」

「ボクはシラ・ヨシノ。サクラコくんのクラスメート」

「本当だよ。試験で見た子だ」


 スヴァルからの補足が入り、カインはより猜疑心を強く持った。


「それで、ヨシノ。こうするって?」

「依頼に行く道中で、二人で試合をする。力がぶつかり合えば、少しはスッキリすると思って」

「へぇ~、面白そーじゃん。いいんじゃない?」


 スヴァルは感心して、シラの意見に賛同した。アリスは流れに身を任せる姿勢で特になんら口を挟まず、クレイは推したくない気持ちでいる。

 そして、当事者達は――――


「ええやん。手っ取り早くて」

「あなたなんかと同意見なのは癪ですが、良くってよ」


 好評だった。二人の間でバチバチと火花が飛び散る。まさに、竜虎相搏つ場が設けられた。ようやく、導火線に火を着けれたことに喜びを感じている。

 一旦、二人の因縁の着け所が決まったところで、スヴァルが抱いていた疑問を口にする。


「ところで、ヨシノはここでなにしているの?」

「ああ、彼女は私が誘ったの」


 クレイが答えた。


「え? でも、ヨシノは――――」


 まだ受講生でしょ、とスヴァルが指摘しようとするも、シラが右手を挙げたことで疑問が解消された。

 彼女の手首には、冒険者であることを示す鉄製の腕輪が付いてあった。


「今しがた冒険者になった。妖精姫の助力を得て、ソッコー資格取ってきた」


 自慢気に親指を立てるシラに、皆が思った。

 ――――なんつう行動力!?


「大丈夫? 新人にはキツいと思うよ?」


 スヴァルのストレートな忠告に、シラは「問題無し」と端的に答えた。不安の眼差しはクレイに向けられる。

 苦笑を浮かべ、こちらも半信半疑といった様子だ。


「それじゃあ、みんな揃ったことだし。行こうか」


 クレイの一声に従って、一同は兵舎へ赴く。

 着いた先では、三人の異彩を放つ兵士がいた。

 一人はおどおどとしている重装備兵。右手にはハルバートを携え、ずんぐりむっくりな印象がある。全身が甲冑姿の為、全容が知れない。

 その隣には細身の紳士のような出で立ちで、茶髪を後ろに縛った男だった。かぎ鼻の下に上向きに巻いた髭が特徴的で軽装。得物は、手にしている鳥銃と腰に差している狩猟用刀剣ハンティングソードのようだ。

 そして、三人の内一際雰囲気があるのはさらに隣の階段に腰掛けている女。細長い尻尾と耳の形から、猫の人獣であることがわかる。

 黄褐色の瞳孔が鋭く、はみ出ている八重歯と銀と黒の斑模様の波打つ短髪、そして目元の黒いラインがなんとも野性的で、何より甲冑を付けていない。

 上半身は鎖帷子くさりかたびらで、下半身は黒い革製レザーのズボン。そして、両腕、両足、両腰にそれぞれ一本ずつ、計六本の尖短剣スティレットが収まっている。


「うわー、三騎獣パイユトラスだ」


 スヴァルが呟いた。


「知ってるのか?」


 ジンテツが訊ねた。


「簡単に言えば、区衛兵版のアタシ、クレイ嬢、カインの三人だね。ドラグシュレイン区の区衛兵の中では『最強』の呼び声が高くて、王族にも目に掛けられてる程だよ。実態はよくわからないけれど、実力は確かかな」

「へぇ~」


 ジンテツがそう呟くと、人猫の女兵士が階段から飛び降りて近づいてきた。クレイ等一同、一部を除いて緊張状態になる。

 女兵士はジンテツの前に立ち止まった。座っていたからわかりづらかったが、体型は三人の区衛兵の中でも一番小柄で、その上猫背で頭の位置がジンテツの臍辺りまでしかなかった。まじまじとジンテツを見つめ、首を傾けたり、匂いを嗅いだりして、途端に不適な笑みを浮かべた。


「勝ったな」

「ん?」

「アンタだろ? 前に兵舎を引っ掻き回してくれたっていう、ピョン吉くんって」

「······そやけど」


 ジンテツは淡々と答えた。


「いやぁ、あの時は仕事に行ってたからねぇ。にも私らとアンタが出会さなかった訳だが、この程度じゃ七秒で片付けられる」


 ジンテツの肩を掴んで、嫌味ったらしく見上げる女兵士。

 馬鹿にしているのは明白で、速やかに白鞘に手が行く。が、クレイが間に割って入ってくる。


「グリフェールさん、初対面で早々にその挨拶は如何なものでしょうか? 一応言っておきますけど、彼はロガ・フラワード卿の奴隷なので、何かあれば一悶着は免れないと思ってください」

「······チッ。相変わらず、面白いお姫様だよ。ハイハイ」


 女兵士――――グリフェールは恭しく仲間の区衛兵達の元へ戻っていった。そしてすぐ、重装備の区衛兵がくぐもった声で騒ぎ出す。


「もー、グリちゃんなにを考えてるの!? 今回は姫様達と組むんだから、いつも以上に人当たりには気を付けてよ!!」

「るせぇーな。そんなこと百も承知なんだよコック。軽く挨拶しただけじゃんか」

「もうグリちゃんったら――――」


 そう言って、今度はコックと呼ばれた重装備の区衛兵――――ムクソン・クックナールが近づいてきた。

 ハルバートから手を離して、腰のポケットから紙に包まれた小さな球体をクレイ達一人一人に一個ずつ手渡していった。

 紙を解けば、淡い黄色の飴玉が出てきた。

 さらにムクソンは、ヘルムの面を上げて頭を下げてきた。彼は赤毛茶色目の猪の獣人だった。


「うちのグリちゃんがすいません! この時期は盛りやすいだけで、本当は人情家でいいこなんです! だから、嫌いにならないであげてください!」

「おい、コックぅ!! そんなペコペコしてっから冒険者に舐められんだろーが!! あとナチュラルにセクハラ交えんな!! この羽ブタ野郎!!」

「そーだぞ。めっちゃ藪臭いけど、そんなんでも女なんだから言葉には気を付けよーぜ~」


 ここそとばかりに、ジンテツが煽り返す。口内で飴玉をコロコロと鳴らし、リンゴの甘味に加えて、斑点猫娘に反撃出来たことに悦びを感じているようだった。

 黙っていられるグリフェールではなく、ジンテツを鋭利な眼光で睨み付け、再度接近する。


「やんのかこのふわふわ毛玉野郎が!」

「なんやとごら斑点ドチビ猫がゴラ!」


 一触即発。兎と猫が牙を向き合い始めた。

 すかさずクレイとムクソンが止めに入ったことで、なんとか二匹の小競り合いは防がれた。

 あまりにも幸先が悪すぎるファーストコンタクトに、急激に危機感を覚える双方の保護者側の面々。

 片や、問題児筆頭格確定の野生兎。

 片や、野蛮の権化のような女兵士。

 ついでに言えば、ハシビロコウ並みに静かに立ち尽くしている紳士風味の傍観者。目を開けているから寝てはいない筈。

 ――――大丈夫なのかな。この人達と一緒で······。

 手に余る爆弾同士が目の前で危ない化学反応を示したばかりで、一同の不穏はぐんぐんと募っていく。

 そうこうしている内に、兵舎から羊皮紙の束を抱えた区衛兵が出てきた。今度はお手本のような区衛兵の格好で、眼鏡を掛けている三十代前半程度の女性。

 目の前で微妙な空気に流れているものだから、「ほよよ?」と固まる。


「えーっと、これは何事ですか?」


 狼狽している彼女に、すかさずアリスが接近する。


「コンスタン・ダルト様ですね? 三騎獣かれらの部隊長を任じられている」

「え?! は、はい! そうですけど、あなた方は?」

「私達は、今回の依頼に同伴するクレイ嬢率いる冒険者パーティです」


 女兵士――――コンスタンは、アリスの後方に目をやった。知らない人兎属ワーラビットが二人いるが、それ以外は有名な顔ぶれなのですぐに合点がいった。


「あー、そうでしたか! この度はよろしくお願いします!」

「こちらこそ、お世話になります!」


 双方のリーダーが会釈を終えたところで、コンスタンの案内で場所は兵舎の会議室へと移された。

 広い長方形の空間には、既に数十名の区衛兵が揃っており、奥には吸い殻が山のように積まれた灰皿が置かれたテーブルを前にして座っているルージー=シモンの姿があった。

 冒険者達を目にした区衛兵達の目付きは、まるで服にこびりついた染み汚れを見ているかのような気に食わないものだった。しかしジンテツ、シラ、スヴァルの三人は、その視線の違和感に気づく。

 自分達にだけでなく、三騎獣パイユトラスにも向けられている。

 ルージーとの合流を済ませて、会議が開始される。


「まずは、今回の任務でご協力してくれるクレイ姫率いる冒険者の方々だ。皆、呉々も失礼が無いように。また、冒険者の方も我々の足手まといにならぬよう足並みを揃えるように」


 ルージーの紹介に、早速「異議あり!」と手が挙げられる。グリフェールだ。


「ぶっちゃけ、三騎獣わたしらだけで十分でしょ」

「グリちゃん!?」


 ムクソンの制止を振り切ってグリフェールは続ける。


「こんだけ人員を用意していただいてなんだけど。シモン副長官、私らを呼んだということはそれ程までに面倒な奴が相手なんだろ? だったら、最初から私らが当たった方がいいってことじゃないの? 雑兵を集めたところで、戦力なんて1×1にしかならねーだろ」


 自信満々に、グリフェールは言い切った。

 テーブルに足をかけてルージーに直訴する様は、単なる強がりには見えなかった。寧ろ、グリフェールのこの態度こそが三騎獣パイユトラスの実力を表しているようにも聞こえる。

 また、彼女達のもう一つの一面を補足するように、陰からこそこそ、こそこそ――――


「グリフェールの奴、またでしゃばって」

「お前達は戦闘特化だろうが。作戦の概要を聞いてないのか?」

「そこまで手柄が欲しいか」

「躾のなってない猫はこれだから」


 主にグリフェール個人に向けられた非難ばかりであったが、これだけで彼女達が如何に区衛兵の中でも異端な存在であるのか、ようやく認知できた。

推察するに、三騎獣パイユトラスは戦闘に重きを置いた特殊部隊。故に活躍の場が限られている部類の人材なため、他のありきたりな区衛兵からすれば見下しやすい汚れ役専門の日陰者。

 彼等の存在はクレイ等王族にも認知されており、そしてこの評価によって三騎獣パイユトラスへ向けられる視線には、羨みや妬みが強く込められる。

 さらには、隊長足るコンスタンでさえ手が余る程にグリフェールの野蛮な性格。これが決め手となり、蔑視を増長させているのだった。

 冒険者からすれば気の毒にと思う他無い。区衛兵にとって、手柄は想像以上に価値の高いものだ。事案に困らない冒険者とは、決定的に違う仕事意識だ。

 ルージーは面倒臭がりながらも、グリフェールに落ち着いた対応をとった。


「グリフェール、オマエの主張はわからなくもない。こいつらとオマエ達三人が殺り合ったとして、大打撃を受けるにしろオマエ達が勝つだろうな。俺としても、貴重な人員を欠きたくないという意見はある」

「なら――――」

「だが、今回ばかりは話が違う。グリフェール、この任務はオマエが思っているよりも遥かに難易度レベルが高い。それこそ、冒険者を頼らざるをえない程にな」


 グリフェールはジンテツ達を睥睨した。


「こんな飲み食いしか知らないような奴らがなんだよ。真珠三卿精トロワ=ペルルとメイドならまだしも、そっちの二羽の兎はどうだ? こいつら新顔なんだろ? 成り立てのペーペーを連れてきて大丈夫なのか? え?」

「白い方はどうだか知らねぇが、そっちの野兎は俺からも保証する。少なくとも、オマエに並ぶか、それ以上の能力は揃えている。あとは姫様の手綱の引きどころ次第だ」


 ルージーは淡々と答えた。その際にグリフェールに向けられた眼差しは、「ガタガタぬかしてんじゃねぇ!」と窘めているようで、無機質だった。

 グリフェールがシャーッと鳴きながら引き下がって、会議は滞りなく続行された。


「まずは確認といこう。――――今回の目的は、過激派武装組織『パーク』の拘束、及び殲滅。そして幹部格三名の討伐。斥候の通達では、パークは壁外領南西地方にあるビルアの街を占領し、拠点としている。既に犠牲者が続出しており、付近の国防委員ケルビム支部も打撃を受けて殆んど機能していない。かいつまんで言えば、我々が応援に出向いて奴らを叩き潰す。至極単純、しかし難行極まりない害獣駆除だ。パークの戦力も肉食系の人外と一筋縄ではいかない。今から引き返しても構わん。子々孫々に恥さらしと罵ろうとも俺が許す。以上、死んでもいいという奴は速やかに支度を整えろ」


 解散。

 それで会議が締め括られたと同時に、区衛兵は一つの生き物になったように同時に動き出した。

 ある者は武器を整理し、ある者は馬車の準備を、そしてある者は食糧やその他の物資の確認と、尋常でない勢いで区衛兵は支度を驀進させていく。

 クレイ達は、勢いについていけず会議室に取り残されていた。


「相変わらず、火が着いた区衛兵は早いねぇ」


 スヴァルが驚嘆して言う。

 そんなお世辞を受け取ること無く、ルージーはクレイ達率いる冒険者勢と、コンスタン率いる三騎獣パイユトラス勢に任せられる作戦を力無い声で言い渡す。


「この大規模討伐作戦のメインはオマエ達だ。オマエ達でなければ無理だと思っている相手を任せたい」

「それって、依頼書にあった三人か?」


 ジンテツが訊ねた。


「ああ。獅子の獣人レオナルド・ネメア、虎の人獣クリオ・マカイロドゥス、そして豹の獣人ダガーテール――――この三名は、パークの中でも破格だ。こいつらからしたら、グリフェールの言った通り、他の兵は雑魚。1×1の戦力でしかない」


 流石に言いすぎでは、と言いそうになるクレイであったが、三騎獣パイユトラスの反応を見て自身達のことだからこそ口にできるのだと汲み取って慎んだ。


「何かしらの能力は判明しておりますの?」


 カインが訊ねた問いに、ルージーは怠そうに首を横に振った。


「なッ! それでは一番肝心な、手口の対策が立てようが無いじゃないですの!」

「わかっている。だが、生憎と奴等の能力に関する情報はなに一つ届いていない。よっぽど慎重なのか、微塵たりともな」

「そんな! 得意な武器や魔術体系、属性すらもわからないで、どう私達と相対させるおつもりですの?!」

「カイン、もうやめなさい!」


 クレイがカインへ手を伸ばす。


「区衛兵達は、私達の知らないところで精一杯やってるの。倒すべき敵の名前を知れただけでもよしとしましょ」

「しかし、クレイ嬢······」


 カインの声が弱まる。クレイの言い分を聞き入れたいが、それでもルージー達の働き不足への苛立ちが抑えきれない。

 そんな彼女の指摘した問題点を断ち切るように、今度はジンテツが疑問を投げた。


「なあ、俺とそいつら個人個人、どっちが強い?」


 あまりに頓狂な質問に、場の空気が一瞬にして凍りつく。三騎獣パイユトラスならまだしも、クレイ達も困惑している。


「えっと、野兎くん?」

「どうなんだ? おっさん」


 スヴァルの呼び掛けをガン無視して、ジンテツは刃のような鋭い眼光をルージーの暗澹とした瞳に切り込ませる。

 ルージーは腰を整えてから、一つ煙を吐いて答えた。


「俺の爺さんは狩人だった。熊、鹿、猪、雉と、爺さんにこの世に獲れないものは無いと、恐いものなんか一つも無い、と俺は本気で信じていた。だが爺さんは言った。――――儂にだって恐いものはある。そいつは狂いに狂ったケダモノだ。奴等は見た目が他と変わらなくとも、普通とは違う動きをするから何をしでかすかわかったものじゃない。大抵の生き物の動きには必ず考えがある。だが、狂ってる奴にはそんな思考を感じられない。そんなところが恐いし、例外無く強いから手を出さないんだ――――てな。お前から見て、あの三人がどう見えているのか。それ次第なんじゃないのか? 少なくとも、俺はまだお前がまともに見えるぞ」

「······そうかよ」


 ジンテツは不機嫌そうに返した。

 二人の問答が済んだところで、区衛兵から準備が整ったと報告が入り、馬車蔵へと移動する。

 石工製の蔵には、五台の馬車が並べられていた。馬車は一台につき二頭の馬が繋がれていて、まるで商人の扱うような質素なものだった。敵の眼を欺くために、商団キャラバンを装っているのだろうとクレイ達は自然に理解した。

 ルージーから搭乗の命が下って、六十名いた区衛兵は次から次へと馬車に吸い込まれるように乗り込んでいった。そして、クレイ達も三騎獣パイユトラスについていって最後尾にあったものに乗車。そこで、先に乗っていたエフィーと合流した。

 全員が乗ったのを確認してから、ガラガラガラと巨大な鉄格子が道を開け、馬の尻に鞭が打たれる音が響き、馬車は順に、緩やかに、こうして冒険者と区衛兵の合同行軍は出発したのだった。



 ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎



 馬車の中は、空気がチクチクしていた。

 発しているのはジンくんだ。ルージーさんとの問答を交わしてから、一言も発していない。神妙な面持ちで、ずっと何かを考えているみたいだ。

 ルージーさんに言われたことを気にしているのかな。私にはわかりにくくて、どう捉えればいいのやらって感じ。

 三騎獣パイユトラスの面々、特にグリフェールさんなんか煩わしそうにピリピリしている。コンスタンさんの手前、我慢しているみたいだけれど、尻尾の先が落ち着きがなくて今にも爆発しそうだ。

 こっちもこっちで、アリスとスヴァルは普段通り泰然としているけれど、実情は見て見ぬふり。シラは心配そうに瞥見していて、どう声をかけたらいいかわからないという風だ。

 この人選であれば、トラブルが起きることはなかっただろうに――――


「サクラコさん、今からそんなに気を張っていてはこちらとしては迷惑この上無いのですけれど?」


 今度はカインがいるんだった。彼女だけは、不満を包み隠さず顔をしかめていた。

 とうとう導火線が尽きそうだ。


「出発して三十分。壁内領を出て、そろそろよろしい頃合いでしょう。如何です? あれ」

「······せやな」


 ジンくん、声のテンションが低い。反応しただけで、空気が静かに揺れ動くのを感じた。

 ジンくんは立ち上がって、馭者役に「停めろ」と声をかけた。馭者役は何を勝手に、と押し戻そうとしたけれど結局は気迫に押し負けてあえなく馬車を停めた。

 その後すぐに他の馭者に連絡して、私達は暫し進行を停止した。

 恐らく、シラの提案した憂さ晴らしの対決をここでやろうとしているのだろう。

 場所は、長閑な平野。ジンくんとカインが、先んじて馬車を降りる。その様子を見て、不振に思ったのだろうルージーさんも降車してきた。


「ごめんなさい、ルージーさん。実は――――」


 私は、二人がこれから始める荒事について経緯を説明した。怒られると思ったけれど、ルージーさんはぼんやりとした口調で、


「責任は負いませんよ」


 とだけ言って、馬車に戻っていった。

 やっぱり止めようかなと思ったけれど、ジンくんのあの様子じゃ、蹴られるだけで済まされそうにないよが恐くて手が出なかった。

 ここは、静観しよう。別に殺し合うわけでもないんだし、早く終わるのを待とう。


「アリス、結界張るの手伝って」

「ねえねえクレイ嬢、どっちが勝つか賭けない?」


 スヴァルがいきなり変な提案をしてきた。


「私、そういうのに興味ないの知ってるでしょ?」

「いいじゃん。ただ観戦してるの退屈なんだからさ」

「不謹慎だよ」


 話しながら結界を張り終えて、ジンくんとカインによる憂さ晴らしの対決の準備が整った。

 晴天下の広大な平原にはつんざくようにそよ風が吹いていて、結界の中ではジン行くとカインが睨み合っている。


「それにしても、野兎くんも不幸だよね。カインの怒りを買っちゃうやんて。少し同情するよ」


 スヴァルがまた突拍子に言った。

 私もそう思う。


「止めなくて本当に良かったの?」

「笑顔で聞かないでよ。わかってるクセに」

「フフ、はいはい」


 スヴァルの所為で悪い予感を強く感じる。周囲の区衛兵からは不振なものを見るような眼差しを向けられるし、特に背後にいるグリフェールさんに至っては最早、早く終わってくれよと言わんばかりに欠伸をかいている。

 お願いだから二人共、可能な限り穏便に終わらせてください。



 ++++++++++



 背後から、クレイの視線を感じたジンテツは、取り敢えず抜刀して気を紛らわせる。

 カインもこれに応えるように、魔法陣を開いて赤い掌銃デリンジャーを一つ取り出す。


「銃士か」

「ええ。そういうあなたは、やはり剣士なのですね。やり易くて助かりますわ」


 カインの分析は妥当なところだった。

 遠距離の定番と言えば誰もが弓、またはそれよりも正確性を備えたクロスボウとされている。一点集中型で、速度と奇襲性に優れた変則的な武器だ。

 しかし、このカイン・ナッツレールは違う。彼女は世にも珍しい『銃』という先進的な武器を扱う。しかも、独自に製造した完全オリジナルの魔道武器

 加えて、魔力の扱いに長けた妖精属フェアリーである以上、手口の幅は計り知れない。さらには、ドレスの袖で手元が隠れており、一目では手の内も不明。

 余裕を与えれば後手に回るとして、ジンテツは一足先に疾走してカインへ急接近する。


「突撃直行とは。正に獣らしい単純戦法ですわね」


 遠距離武器に対して、突撃直行は愚行中の愚行。自ら近づいてくれる的程、銃士にとって都合の良い相手はいない。

 カインは冷静に掌銃デリンジャーをジンテツに向け、迷わず発砲。銃口から微細な火花が散り、銃弾は真っ直ぐ野兎の眉間を貫こうと迫る。

 弾丸は実弾ではなく高密度の魔力で生成されたもの。死ぬことはないが、意識を奪うには十分な威力がある。

 自ら仕掛けてきて敢えなく惨敗と、屈辱的な結果を刻ませるには十分なシチュエーション。

 決まりきった決着に、カインは高を括っていた。刹那に起きる現実を、目にするまでは。


 ――――キィィン······


 ジンテツは停止しなかった。風を切る勢いで差し迫っていた魔力の礫を、意図も容易く斬ってしまったのだ。

 その事に気づいたときにはもう遅く、ジンテツは目と鼻の先まで急接近しており、次弾装填の暇は残されていない。辛うじて身を反らし、受け身をとって空中へ退避した。


「技量もそうですが、なんという気力。撃ち抜かれることを考えていませんの?!」


 驚愕するカイン。

 彼女の想定では、一発目の弾丸で動きを怯ませてから隠していたもう一丁の掌銃デリンジャーで仕留めようという流れだったのだが、確実でない手段はとらないのがカイン・ナッツレールの戦闘における心得だ。

 よって、ここは種族的優位を活かして一旦退くことを選択した。


 まずいですわね。地の速力では私と彼では正に雲泥の差。しかし、この"掌焚銃ラルブ"は私の持つ銃器べーべの中では威力も速さも最弱。ここは調子に乗らせて、油断を誘ってみましょうか――――


 カインは方針を定めた。まずは、感心するように柔らかな拍手を捧げる。


「流石ですわね。あなたの噂は予々聞いておりましたが、まさかここまで速いとは予想外でした。正直、驚かされまし――――」


 ジンテツが石を蹴飛ばした。危うく、頭に当たりそうになったがギリギリのところで「ウェイィ!!」と奇声をあげながら身体を後ろに一回転し、石は結界に当たって砕けた。

 この一連の展開は、外野の観戦者達も思わず目がぎょっとなった。


「あなた、私が喋ってるときに奇襲だなんて、なんて野蛮な」

「これは喧嘩でしょ? うだうだ喋ってるお前が悪い」


 自分は悪くないというように、ジンテツは一蹴した。

 この態度で、余計に怒りが増すカイン。だが、首を軽く横に振ってすぐに平静を取り戻す。


「私ったら、いけませんわ。野兎やつのペースにのせられるなんて。依頼の手前、あまり火力の大きいものは使いたくなかったのですが、仕方がありませんわね――――【収納空間ストレージ】」


 カインは、魔法陣から重厚な機関銃を取り出した。


「"炎巧リュッシュ連雀罸グジロコプ"!」


 ジンテツは一目で理解した。先程までカインが手中に収めていた掌銃デリンジャーとは、別格な空気を漂わすその銃器は、右手はトリガーに、左手で銃口を支えられている。どう見ても小柄なカインには分不相応である筈が、凄まじくしっくりきていた。


「今度は、先程のようにはいきませんわよ!」

「やってみ」


 ジンテツがそう息巻くと、パン······――――何かが彼の頬を掠めた。次第に熱くなって、滴り落ちてくる。


「見えましたか? 今の閃光を」


 挑発気味にカインは訊ねた。

 ジンテツの頬から血が流れ出ており、これだけで"連雀罸グジロコプ"ならば通用すると証明された。

 現状を理解した野兎は、早急に駆け回ることにした。逃避し、弾切れを狙う。


「成る程、そうはいきませんわよ」


 カインはジンテツの背後を敢えて狙って打った。

 "連雀罸グジロコプ"は連発が可能である。不意打ち用でコンパクトな造りとなっている単発の"掌焚銃ラルブ"とは、格が違う。

 さらに、カインは自身の属性魔術を銃撃に活用する為に独自の改良、改造を施していた。耐久性は勿論のこと、魔力の伝導性も高く設計されている。

 それによって、威力、射程、速度、弾数に至るまで、打ち手の裁量によって自由自在。

 ジンテツは妥当な対策をとったつもりでいたが、カインにしてみれば順当且つ凡庸な袋の鼠を演じてくれたことに滑稽さを覚えずにはいられない。


 虚しいですわね。あなたの刃は私には届かない。そして、私の眼下ではあなたに逃げ場は無い。ここが森の中であれば、脚力のあるあなたに部があったのでしょうけど――――「いやいや、本当に残念でなりませんでしょう。もっと踊ってくださいまし! かわゆい、かわゆい、野兎さん」


 悦に浸りながら、引き金から指を離さないカイン。

 その銃口の向かう先、ジンテツは走り回れながら考えていた。


 めんどクセェな。機関銃になってから弾丸の手応えが変わった。豆くらいにまで押し固めた高密度の魔力か。じゃあ、我慢比べはキリ無いな。他にもなんか隠してるかもだし、このまま走り回ってても俺が疲れるだけ。疲れる分ならまだいい。後でぐっすり寝ればいいから。ああ、そうだ。どうせなら――――「あいつ負かして、あのデカイて柔そうな胸を枕にして寝よう」


 ジンテツ、倫理的に完全アウトな戯事ざれごとを思いつく。その気になった途端、軽やかなステップを踏んで動きが俊敏となり、カインの照準から逸れ始める。

 回転しながら滑るように移動するそれは、まるで踊っているように快楽的な様だった。

 端からすれば、挑発的で馬鹿馬鹿しいと軽蔑するような滑稽な動きなのだが、ジンテツの実力を知るクレイやスヴァルならともかく、未だに目にしていない筈のアリス、シラ、更には区衛兵勢では三騎獣パイユトラスの面々までも魅了されたように見入っていた。

 彼等彼女等から見れば、ジンテツの舞踊は戦闘術として成立しているのだ。


「ちょこまかと!」


 カインはむしゃくしゃせずにはいられなかった。先程までジンテツがしていたのは。そのために、先が読みやすかった。

 しかし、今は全くそうでない。踊り始めたジンテツは正に奇想天外の一言に尽き、照準に合わせられたと思った瞬間には逃げられる。

 銃撃の弱点は繊細さ。少しでも狙いがズレれば、想定以上の失態を犯すこととなってしまう。加え、間合いに強みを持っていながら攻撃範囲が狭い。

 カインはそれを含めて、連射である程度弱点を克服できる機関銃を取り出したのだった。だというのに、途轍もなく通用しなくなった。

 複雑な動きをしておいて、弾に一発も当たらない。掠りもしない。


 まさか、見えているんですの? いつから?!――――


 カインは地団駄を踏みそうな程、苛々していた。機関銃の矢継ぎ早に射出される弾丸に適応してくるなど、予想だにしていなかった。

 最早、チマチマやっていられない。

 ここまでするつもりなど本当になかったが、野蛮な兎がおちょくってくるのだ。これは弁えを知らない畜生への、仕方の無い処置。

 "連雀罰グジロコプ"を納め、次にカインが魔法陣から取り出したのは、深紅の対戦車アンチチャリオットライフルだった。

 まるで大砲と見紛ってしまうような身の丈を越える重厚で巨大なそれを、カインは焦燥と愉快が混じりあった複雑な笑みで携えた。


「ウフフフ。まさか、あなたなんかに引っ張り出してしまうとは······けれど、試し射ちにはよしですわ!」

「············」

「見て驚きなさい! これこそ私の現状、最・高・傑・作っ!! その名も――――"機煌士ヴァーミリオン=第三次幻奏トライディメンスィオーネ"ですわッ!!!」


 カインの熱量は、親友のクレイやスヴァルも見たことがないくらいに揚がっていた。発情したように顔を赤くし、解放感に満ち溢れている。


「本音を言えば、野兎風情に使うのはとても不服でなりませんわ! けれど、構いません。ふざけてはいますが、あなたは強い! 認めざるを得ませんわ! 私の全力を以てしなければ、相手にならないと! 正直、屈辱的です!! しかし、このべーべを使える機会を与えてくださった考えれば、感謝致しますわ!!」


 カインは嬉々として銃口をジンテツへ向けた。スコープを覗いて速やかに誤差を修正し、熱い熱い魔力をボルトに押し固め、装填を完了する。すると、周囲の温度が上昇し、チリチリと草がいたみ始めた。

 それは結界を越して外部にも拡散し、夏場にいるような蒸し暑さを皆一様に感じていた。

 クレイが顰めっ面で「ヤバそ」と呟く。一方で、スヴァルのみ苦悶の表情を浮かべている。


「お気づきでしょうけど、先程までの達とは比になりませんよ。何せ改良に改造を重ね、ここまで至りましたの。威力、速度、単発の殲滅力に限れば私の中で最強! 造り主たる私自身からしても、『凶悪』という言葉が最も相応しい!! さあ、最終実験ですわ。とことん、活用されてくださいましィ!!!」


 弾丸の熱は最高潮。カインの真下から草が枯れ果て、白と黒の塵となって、魔力の波動でフワフワと飛散する。

 同時に、結界外は蒸し風呂状態と化していく。

 銃口の奥に蛍火が灯って、ボウボウと唸り声が大きくなる。凄まじい速度で、魔力密度が上がっているのだ。

 カインが支えている鉄筒は最早、爆発寸前の爆弾も同然。少しでも加減を間違えれば、忽ちきのこ雲が昇るのは確実だ。

 ジンテツは器用な奴だと、内心でカインを評価した。クレイは粘土を扱うような感じで、スヴァルは大雑把。

 同格とされている二人と比較して、カインの器用さはもっと繊細だ。追い詰められた局面でも尚、安定感を失うどころか跳ね上がっているのが見てとれる。


成長余地ポテンシャルは『大』ってか――――上等だよ!!」


 ジンテツが吠えると、熱気に満ち溢れていた空気が一転した。

 それは些細な刺激。微弱な静電気に肌をつねられた程度の、軽度の衝撃がこの場にいる全員に伝わった。

 ジンテツの野性から発せられた気迫。魔力など、一切ない。だからこそ異質で、相対しているカインに、傍観している区衛兵達には不気味に写る。


 なんなんですの? 感覚がバグってらっしゃるの? このべーべに込められる魔力は、一発で鉄扉を跡形も無く粉砕することができるレベル。このような場所で射ってしまえば、恐らく両者は無事では済まされないでしょう。普通ならば、とっくに情けなく命乞いをしている筈ですのに、なんで嬉々としているかのような笑みを、ここぞとばかりに見せつけてくるんですの?!!


 狂気的な狂喜。

 今まで多くの人物の顔をスコープ越しに見てきたカインにとって、今のジンテツの喜色満面は不気味でしかない光景だった。

 なんの意味があって、なんの意思があって危機的状況の中で悠々と笑みを浮かべているのか。

 理解できない。理解できない。理解できない。

 理解できない。理解できない。理解できない。

 理解、できない。理解、不能――――······


「ふざけるなァァァァァァ――――【発射バースト】!!!」


 カインは怒りに任せて引き金を強く引いた、

 雷鳴のような発砲音を抜けて、キィーと空気を裂いてくるそれに対し、ジンテツは避ける素振りを見せない。避ける余裕すら無いと悟って、真っ向から勝負する以外の選択を完全に排斥したのだ。

 誰からしても異常、しかし彼にとってはこれこそが常套。

 一匁――――気づかれない程度に“陰„を滲み出し、機煌士ヴァーミリオンカイン・ナッツレールの全力に野獣は歪な白刃一つで迎え撃つ。

 危険と判断し、魔術に長けた者二十人強が一斉に魔法陣を重複させて衝撃に備えた。

 刹那に閃光が瞬いた後、爆炎が結界を破裂させる。爆風が馬車を吹き飛ばそうと荒ぶる。舞い上がった土埃が辺り一帯を覆い隠す。

 辛うじて防ぎ切り、土埃が落ち着いてきたのを見計らって次々に魔法陣を閉じる。幸いにも、結界によって威力が軽減されて負傷者はいない。

 クレイが走り出して、それを見て他もついていく。

 爆心地には巨大なクレーターが掘られていて、内側は黒く焼け焦げ、赤々とした炎熱の亀裂が走っていた。


「ジンくーん!! カイーン!!」


 クレイが口を両手で包んで呼び掛けるも返事は無い。

 また少し土埃が薄れてくると、クレーターの向かい側に影が見えた。駆けつけたらその正体が判明する。

 カインがジンテツに組み伏せられている様だった。喉元に、粗い刃を突きつけられて。





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