本試験は超危険【アンスターブル】
クレイは仮試験の一部始終を陰から見ていたらしく、帰ったらしこたま怒られた。
『女の子の服を消すなんて、なんて嫌がらせしてくれちゃってんのこの野ウサギはもー!!』
ぷんぷん、と噴かしながらぽかぽかと叩いてきて、めちゃくちゃウザかった。
挙げ句、そのまま飯を食う暇も与えられずに、
首がゴキッと鳴った気がしたから、二人きりになったところでお返しにクレイの尻を蹴ってやった。
キッテルセンは未だに意識が戻っていないようだった。どうやら魔術の効きが強すぎて、俺の蹴りが通常の五十倍の衝撃を与えてしまったらしい。
トロールは皮膚とか筋肉とかが分厚いから、生半可な打撃は通じにくいんだよな。包帯ぐるぐる巻き状態にされていたさまを見て、流石にやりすぎたなとは思う。
だが許したつもりはない。
エイミーに至っては、少し奇妙な様子だった。あいつは前に会ったゴーシュの一人娘らしく、マズイことをしたなと多少腹を括っていたが、当のゴーシュは暖かく許してくれた。――――笑顔がちょっぴりひきつってたけど――――どうやら、娘の性根を把握していたようで、甘やかしすぎたと逆に謝られてしまった。
エイミーの部屋に向かい声をかけても、ドアが開くどころか返事の一つも返ってこなかった。去り際に部屋からすすり泣く声で、「ボロアーが――――」と漏らしているのが聞こえた。
クレイは聞こえてなかったみたいだけど、なんだったんだろうか。
何事もなく、仮試験から一週間が経った。明日には本試験が控え、俺は白鞘の手入れをしている。本来なら鍛冶屋に預けるのが常套らしいが、自分の扱う武器ぐらいは自分で労いたい性分なんだ。
とは思いつつも、こうも刃毀れが酷いと油を引くときに、ガタガタして布が破れるからやりづらい。
「お前、よく折れないよな」
今まで、こいつでいろんな奴を斬ってきた。野犬、サンダーバード、オーク、山羊野郎、あと魔術。
どれも両断した覚えしかない。刃毀れが酷い割に、途轍もない頑強さからくる切れ味の良さ。この白鞘に斬れないものは無い。度々そう思わされる。
けれど、なんだろうか。白鞘のボロクソな刃を見ていると、なんだか変な気分になる。
俺の中で何かがざわつくというか、なんとも言い表せない変な感じがしてくるんだ。
失くした記憶と関係でもあるのか? 俺の知らない俺が共振しているのか。
どっちにしろ、今の俺にはどうでもいいことだ。思い出せないんだから、どうしようもない。考えるのもめんどクセェ。
「
これが白鞘の銘。作り手に与えられた正式名称なんだろう。
上手く彫られているから、相当腕のいい刀工が打ったのかもしれない。
「······なんか、ごめんなさい」
取り敢えず荒っぽく使ってるようで白鞘に謝罪と一礼してから、柄に填め、納刀する。
花形の鍔の刀は、相変わらず抜く気にならない。抜こうとすると、急に力が入らなくなる。
気のせいにしては違和感のひどさよ。刀から手が伸びていて、それに掴まれている気分だ。
俺が抜く気になれないというよりも、刀に抜かれる気が無いとも感じ取れる。
どうやら、俺は使い手として認められていないようだ。だったら、なんで俺はこんなじゃじゃ馬を腰に下げているんだか。
「なんでもええわ」
刀はベッドに立て掛けて、布団を頭まで被る。ふかふかしていて、めちゃくちゃ寝心地がいい。
そう言えば、俺、これいつ洗濯したっけ? してないよな? なのになんでいつもいい匂いしてるんだ?
まあいっか。眠いし。
明日は明日で、面倒事が多いこって······。
「すー······すー······ほやぁ~――――」
++++++++++
本試験の準備のため、今朝はいつもより一時間早く起きた。お陰で、いつもよりかなり眠い。
クレイはいなかった。あいつは俺より早く起きて、起こしに来るのが日課になっていた。
来ないのはまだ寝ているからか。
蛾の店で買った装束に着替えて、仮試験後にヒューイットからケンタウルス便で届いた革装備を付ける。
流石は職人、付け心地がいい。
革装備は、膝まで覆って踵を高くしている。
ベルトも軽くてバック付き。まさに冒険者って感じのやつだ。
一階の食堂に降りると、香ばしい匂いで不鮮明だった意識が立ち上がった。バタートーストが二切れ、皿に乗せられていた。横には野菜ジュースと手紙が一枚。
『クレイ嬢はまだお目覚めになっておりませんので、私が代わりに用意致しました。未だに顔を合わせられず、御無礼申し訳ありません。どうぞお召し上がりください。
PS
クレイ嬢は私が拘束しておきますので、のびのびと試験を受けてきてください。
アリスより』
「ありがたいな」
一瞬、「アリスって誰だ?」となったが、クレイのメイドだと思い出した。そう言えば、俺、このアリスって奴と一度も会ってないんだよな。どんな奴なんだ?
「取り敢えず、食ーべよ」
バタートースト、旨かった。
甘さと香ばしさが口の中一杯に広がり、寝起きで頭がガンガンしてたのが消えてなくなった。
水を浴びて、歯を磨いて、身嗜みを整えて、カーズ・ア・ラパン寮を出る。
集合場所であるギルドセンター前に続く道で、珍しい人物と遭遇した。シラだ。
「おはようございます」
俺に気づくや否や駆け足で来て、深く一礼してきた。
「おはよーさん。朝早いのに、随分と元気だね」
「ボクは朝型だから、早朝にはとても強いんです。サクラコ様は、まだ眠そうですね。大丈夫ですか?」
「まあね」
シラはAクラスで唯一、俺に話しかけてくる変わり者の女子だ。そもそも、俺以外と話しているところを一度も見たことがない。
Aクラスにはどこぞの四人を中心としている中、シラはアルフォンスと同様の無縁型。面倒事には首を突っ込まず、日陰の中で息吹こうっていうタイプだ。
今のところ、
腕は確かなようだ。シラも俺と同じく、仮試験で合格して本試験への受検を認められている。俺は寝ていて観戦していなかったけど、相当な実力者らしい。
アルフォンス曰く、成績は座学も実技も中の中で目立たない方と言っていたが。腰に差してある刀からして、戦闘も俺と同じ近接系か、遠距離からの火力勝負も可能ならば割りと強い方だと思うんだが。
「にしても、こんな早くから出る必要あんのかね」
バタートーストの恩寵が消えて、眠気が降りかかってくる。目蓋が重くなってきて、喉の奥から大きな欠伸が這って出てきやがる。
「サクラコ様、まだ眠気が?」
「平気、平気。酒を飲んでるわけでもなし。試験が始まるときまでにはすっ飛んでるよ」
「はぁ······。肩、貸しましょうか」
え? と俺は一瞬固まった。
シラは身長も体格もはお姫様に大きく劣る。全体的に細っこくて、あまり力があるようには思えない。
あとは、ぶっちゃけ最初はひ弱な男だと思った。そう思わされる程に、シラは幼げで、幼げで、幼げだ。
そんな雌兎に、俺の脱力しきった身体なんて預けられる筈もない。俺は「別にいい」と、シラから目を反らして断った。同時に眠気も少し遠くなった。
なぜだか知らないが、シラから不穏な目線を感じる。
ギルドセンターを前にして、俺とシラを含めてざっと十八人が集まっていた。その他所には、二頭の馬から伸びている馬車が三台、縦列駐車している。
「あ、サクラコさん!」
アルフォンスだ。以前とは違って、明るくいい面をするようになった。あと、距離を詰めてくるようにも。
「遅かったんじゃない? 結構ギリギリだよ」
「そうか? 間に合ったんだから、別にええやろ。あんまり騒がないでくれ」
前は運動服の姿だったが、アルフォンスもちゃんとした服をこさえてきたようだ。身体を包めるほどの大きな藍色のマントだ。
あー、めっちゃ暖かそう。
「アルフォンスぅ~、ちょっとだけでいいからマントの中に入れてケロ」
「え、いやだよ!」
「ちぇー、ケチぃ。いいじゃないかよ~、こっちは凍えそうなんだよ~」
「やーだーよ! そんなに寒いんなら、厚着してくれば良かったじゃん」
ちぇー。少しは譲ってくれてもいいじゃないか。と漏らしていると、背中を軽く二度叩かれた。
振り返ると、シラが折り重ねた布を差し出していた。
「よかったら、どうぞ」
手に取ってみれば、明るいオレンジ色の毛布だった。
「いいの?」
「はい」
横からアルフォンスがひそひそなにかを言ってる気がしたが、耳に入らなかった。
取り敢えず、俺はシラから毛布を取り上げてくるまった。
「じゃ、喜んで!」
「躊躇しよ! 少しは!」
毛布は先程まで暖めていたかのように、もっふもふのほっかほかだ。あ、これなら立ったまま寝れるわ。
「すー······――――」
「寝ないで! サクラコさん、今寝ちゃダメ!」
アルフォンスがなんか大声だしてるけど、今はいいや。だって寝たいもん。――――と思っていたのだが、集団に紛れて険しい視線が突き刺してきて、嫌に起こされる。
「まったく、どいつもこいつもお気楽な奴だな」
人集りを掻き分けて、赤いオールバックの
「ハウフィ・アッルマリーハ、AクラスのNo.2だよ」
背後のアルフォンスから注釈が入る。ヴァナラの奴は俺のもとへ、顔面間近にまで迫って睨み付けてきた。
「おい、奴隷兎。お前、一体どんな手を使ったんだ」
「なんのことだ?」
「とぼけるなよ。仮試験の時、そこの
補足するに、『あんなものお前一羽で作れるわけがない。他に協力者がいる筈だ。そいつは誰だ?』ってところか。
あれ、企画、製作共に俺オンリーなんだが······。
「答えろぉ!!」
唾と剣幕を飛ばしてくるヴァナラ。
この感じ、どっかで覚えが。
「あ、そうそう。思い出した」
「ア?」
「お前、初めて来た日に俺が蹴っ飛ばしてやったエテ公だろ?」
指をさして言い当てると、ヴァナラは急に顔を真っ赤にして牙を剥いた。
「テンメェ、ふざけんのもいい加減にしろよ!」
背中の金箍棒を引き出して、振り下ろしてくる。が、シラが間に割って入って刀で受け止めた。
「ヨシノ?」
「彼は事実を言ったまで。勝手に辱しめられて、手を出すなんて見苦しい真似はやめろ。余計に自分を惨めにさせるだけ」
「コイツゥ······」
俺も賛成しようかと思ったが、その前にヴァナラの後ろから「やれやれ」と手が伸びる。黄色と白の縞模様の入った体毛に包まれた、太い腕だ。
なぞっていけば、虎の獣人ピット・レーザー――だっけ?――だった。
「ハウフィ、なにを騒いでいるんだ?」
「ピット!」
「まさか、またサクラコくんにちょっかいを出しているのかい? まったく、懲りないものだ」
「うるせぇ!」
ヴァナラはピットの腕を振り払った。
「お前こそ、またコイツの肩を持つのか?!」
「そうは言わない。だが、君の奴隷嫌いはいささか行き過ぎている。少しはその偏見を見直したらどうなんだと、私は提言しているんだ」
こいつら、同じグループにいるんだから仲はいい方だよな。なのになんでいがみ合ってるんだ?
············もしかしなくても、俺の所為?
「はぁ、すまないね。また迷惑をかけた。謝るよ。すまない」
ピットはまた高い頭を下げた。
「おい、ピット! 何も下げる必要ないだろ!」
「君は少し黙っていてくれ。これ以上は、私も穏便にしてはいられなくなる」
ピットが言うと、ヴァナラは舌打ちしながら金箍棒を納めた。それから俺達が見えなくなるようにか、人集りに向かって姿を消した。
「本当にすまなかったね。一度だけならず二度までも」
空気が落ち着くと、ピットが執拗に頭を下げてくる。
「別にいいよ。俺にはなんもなかったし。頭を下げられるてもな。っつーか、下げる相手からして違うし」
「え?」
見上げるピットに、シラを指さして教える。
「まさか、ヨシノ君に被害が?!」
「ッ?!」
シラが静かに驚いた。
「べ、別にこれと言ったことは何も。サクラコ様が攻撃されそうになっていたから、割り込んだだけで······」
シラの雰囲気がコロコロ変わるな。ヴァナラのときは険しかったのに、終わって今は目を合わせずに静かにあたふたしている。
「怪我が無いなら何よりだが、今後は気を付けよう。彼は私の親友だ。説得を続けてくれれば、きっとわかってくれる。では、また」
そう言って、ピットはヴァナラの消えた方向に去った。
ヴァナラの奴、ハウフィとか言ったな。俺、というかよっぽど奴隷に対して過度な嫌悪感を抱いていやがる。
経緯に興味は無いが、奴隷って理由でいちいち絡まれるのは気に喰わねぇな。
エイミーとキッテルセンのことでうるさくなってるんだったら、まぁ~、うん。ごめんちゃい。
「危なかったね。こんなところで問題を起こしたら、折角の本試験が先延ばしになるところだったよ」
「そうだな」
あの二人、ピットが親友って言っていたが、どうにも気になるな。ピットの目、誰に向いていたんだか。
「なあ、アルフォンス」
「なに?」
「いつまで俺を盾にしてるつもり?」
「あ、ごめんなさい······」
ハウフィとのやり取りの間ずっと、アルフォンスの足が震えていて俺の足に当たっていた。加えて服も掴んでいたみたいで、動きづらかった。
七時になってギルドセンターから三人の男女が、俺達のもとに現れた。服装はてんでバラバラで、明らかに講師とは違う風格を感じられる。恐らく現役の冒険者だ。
真ん中にいたリザードマンの女が、大きく一歩前に出てきた。青い鱗をクリーム色の鎧に包んだ、堅苦しそうな女だ。
「本日、冒険者採用試験の監督を勤めることとなったフェリヌス・ミリーメットだ。後ろの二人も、同じく監督を勤める。諸君等から向かって右の生意気そうな
「フェリヌスせんぱーい、少しはマシな紹介してくださいよ」
剽軽なやり取りに、周囲で笑みが溢れる。
スヴァル・ストライクは、青髪ロングで肌が真っ白い以外は、見た目は
服装が長袖のシャツと、下はロングスカートだから多分女なんだろう。よく見えないが女らしいところが見受けられない。青いネクタイをしていて、銀糸で雪の結晶が刺繍されている。
ビル・ヒューキに関しては、寡黙な性格なのか何も言わない。マントで体型がわかりづらいけど、唯一見える顔は痩せ細っていて肌色も良くない。ただ、他二人とは異様な空気を感じるな。
あ、目が合った。
「我々の自己紹介はこれぐらいにして、本試験の概要を説明する」
皆の声が静まり返って、緊張感が高ぶっている。
「皆で六人一組のパーティを組んでもらう。やってもらうのは、これだ。ビル!」
ビル・ヒューキが巻物を出して見せた。そこには、下向きに咲いているの絵が描かれていた。
「この植物の名はモーリュ。魔術の効果を和らげる作用を持つ薬草だ。君達には、ミスリル大森林にてこれを採集してもらう」
なんだ。それを集めりゃいいだけか。つまんなそうだな。
皆そう思っているのか、何人か退屈そうな嘆息を吐いた。また、何人かは安心したように胸をホッと撫で下ろした。
その様を、首を伸ばして見ていたフェリヌスは、呆れた風にして額に手を置いた。手を離して、今一度皆の目が自分に向けられているのかを確認してから、慎重そうに口を開く。
「確かに、今期の試験は些か簡単で小もないかもしれない。だが、これも立派な冒険者の仕事だ。『必要なことをし、必要なものとされん』。私の冒険者としての矜持だ。実績がなければ、冒険者としての存在価値は限りなく低くなる。退屈、つまらないなどの感想は恥と知れ」
空気が少し引き締まった。
「そして、安堵することもまた愚かと知れ。冒険とはいつだって過酷なものだ。身体的にも、精神的にも苦痛の味を噛み締めるのは日常茶飯事。依頼主の満足な顔を見るまで、安息は無いと意識を強く持て」
より空気が引き締まった。
流石、プロの言うことは重みが違う。頭の中がお花畑なお姫様とは違って、ストイックで意識が高い。
「まあ、面倒臭いというその気持ちはわかる!」と、可愛い仕草でピースサインを目に掛け、気楽に付け足すフェリヌスだった。
――――台無しだよ。
++++++++++
一通りの説明が終わって、俺達は班別された。十八人いるから、一パーティの構成は六人。これに監督する冒険者が一人ずつ引率して、俺達の腕前に判定を下す。
班が別けられ、指定された馬車に乗せられる。俺のところは一番後ろの馬車だ。
一見するとただの荷馬車だが、中身は領域を拡張させる魔術が施されていて、カーズ・ア・ラパンの食堂と同じくらいの広さの空間が広がっていた。幾何学模様の赤いカーペットが敷かれ、ソファに暖炉。飲み物や菓子も置かれている。中々に快適そうな空間だ。しかしパーティメンバーの環境は、はっきり言って最悪だ。
第一に、ハウフィがいる。ピットも一緒だから、変に絡んでくる心配はないだろうが、馬車に乗ってから俺のこと親の仇でも見ているかのような目でずっと睨んできやがる。だから、移動中に寛ごうにも落ち着かない。
もう一人、狐の獣人ヴァーグ・ティーヴァ。俺と同じく人獣種で、橙色の髪を後ろにはまとめている。細目でニヤニヤしているから、胡散臭い感じ。ただ何をするわけでもなく、優雅に紅茶を啜っている。何を考えているんだか。緊張しているのか、尻尾の毛が忙しそうに強張っている。
あとの二人は完全に初見だ。
ケンタウロスのシェリル・グルトップ。馬体は鹿毛、人体はウェーブをかけたブロンドをポニーテールにした重装備の女。
左耳には小さな白いリボンをつけている。馬車に乗ってから、空間の隅にずっと腰を下ろしているだけの静かな奴だ。ただ、体格だけならこのパーティで一番の迫力がある。胸の鎧、苦しくないのかね?
そして、俺の頭に乗っている
「その、すいません。我慢できなくなったら、いつでも言ってくださいね?」
「いいんだよ。この頭、殴ってもへこまないんだし」
「あはは······」
声が高くてわかりづらいが、口調からして雌みたいだ。
俺の頭に乗っている理由は、なんでもシェリルとは仲が良くて度々身体に乗せてもらっているらしいが、彼女が瞑想しているときは邪魔しないよう離れているんだそう。
で? なんで俺の頭に腰掛けているのかと訊ねてみれば、「なんだか、座り心地が良さそうだったから」とのこと。――――褒められてるんだよな? 取り敢えず、モコモコ具合がいいから許したけど。
改めて、パーティの面子を一人一人眺めていく。
「こうして見ると、曲者ばかりだな」
ほとんど協調性の欠片も感じない。
「私とシェリル以外の皆さんはAクラスなんですよね?」
「そう言えば、この試験って他のクラスも参加してるんだっけ?」
「ええ。私とシェリルはBクラスです。なので、能力的にはAの皆さんよりも少し劣るかもしれません。ですが、これだけは言えます。――――シェリルがいれば、万が一何があっても、パーティが崩れるなんてことはありません」
随分と自信満々な物言いだな。それだけ、シェリルという女の実力が高いんだろう。声には誇らしさもこもっていた。友達としての信頼もあるのだろうが、それだけに収まらない主張を強く感じさせる。
少しは期待してもいいかもな。
ちなみに、監督する冒険者は代表で挨拶したフェリヌス・ミリーメットで、今は御者席にいる。時折、俺達の様子を見に降りてくることもあるが、ムードがムードなので軽く点呼をとったら、クッキーを一切れ二切れ持って戻っていく。
フェリヌスの気まずそうな顔を見てると、いささかいたたまれない気分になる。
移動中の間、俺はリングエルと会話をして空気を和ませていた。話題は主に勉強のことで、効率的な魔力の流し方とか魔法陣を早く書く方法を教えてやった。そしたら、目をキラキラさせて尊敬された。
リングエルからは、家族の話とか将来の目標を聞かせてもらった。父親が翼を悪くしてしまったため、医者になって治したいと健気なことを言うもんだから、取り敢えず頑張れと激励を送った。
俺の目標も訊ねられて、取り敢えずお姫様のために働こうって答えた。リングエルは快く応援してくれた。
そんなこんなで、出発から二時間ぐらい経った辺りでフェリヌスが到着を報告して外に出る。
場所はミスリル大森林南西の森。静かなところだ。
「では、試験開始だ。制限時間は二時間。それまでここに戻ることを禁ずる。何かあったら、魔力の光弾を打ち上げて知らせてくれ。私は馬車で待っているから」
というわけで、本試験が始まった。――――のだが、開始して三分。馬車が見えなくなったところで、早速事件が勃発。ハウフィが俺に得物を向けてきたのだ。
「なんのつもり?」
取り敢えず、戦意が無いことを示すために両手を上げる。
「なにって、さっきの続きに決まってんだろ!」
「おい、ハウフィ!」
「ピットは黙ってろ!」
ハウフィの金箍棒の先端が俺の胸をドスッと突いてくる。
「いいか? これは絶好の機会なんだよ。コイツにコケにされたツケ、ここできっちり払わせてもらう!」
懲りないなぁ。このエテ公。
「そんなことをしてなにになる!? 第一、試験中だぞ!」
「そうだぜ。大親友くんの言う通りだ」
うるせぇ! と威嚇するハウフィ。――――っていうか、かなりのアクシデントが起きてるのになんでシェリルの奴、なんで平然と試験に従事してんの?
ヴァーグは離れたところで傍観しているし、リングエルはあわてふためいていて、気になってしょうがない。
「――――わかるか!? どうなんだ綿飴野郎ッ!!」
ヤベ、ハウフィなんか話してたか? 一言一句、聞き逃しちゃったわ。
「お前がなににキレてんのか、俺にはさっぱりだ」
「あぁ?」
「こっちは色々と必死なんだよ。やらなきゃならない面倒事がかさばってて、これでも我慢してる方なんだよ」
「だからなんだってんだ?」
「だーかーらー、一々お前に構ってる暇なんかこっちにはないんだよってこと」
金箍棒が顔面に迫ってきた。俺はさっと伏せて避け、後ろの木が抉れた。
「サクラコくん、大丈夫ですか!」
リングエルが俺に寄ってきた。
「アッルマリーハくん! なんでサクラコくんを殴ろうとしんですか!?」
「テメェも、あそこにいたんだろ? なら見ていたよな? コイツと、あのガリ勉メガネ
ハウフィが金箍棒を俺に向ける。
「親友をあんな目に合わせられて、黙っていられるわけないだろ? 奴隷のくせして、罪悪感の欠片も無いのかよ? シャバに出られれば何をやっても許されるって勘違いしてんだろ? なあ! どーなんだよ!」
自棄糞気味に振り下ろされた金箍棒を、取り敢えず俺は素手で受け止めた。リングエルに当たる勢いだった。流石に聞くだけ仙人でいられない。
コイツの口振りからして、どっかで、奴隷関連のいざこざにでもあったってところか。
どうでもいい······。
裏切られたのか?
滅法、めんどくせェ――――。
「なにがそんなに気に入らなくて、なににそんなムカついてるのか、てんで興味は無い。絶対に俺に関係無いだろうからね」
「んだと?! 放せよ!!」
手の中で、ピキピキと金箍棒に亀裂が生じているのを感じる。このまま握り続けて、少しでも力を入れたら確実に折れるな。そうしたら――――。
「俺は奴隷だ。だが、縛られているつもりはない」
「あァ?!」
「勝手に産まれて、勝手に活きて、勝手に死んで、勝手に朽ちる。その間で俺は、壮大な暇潰しを謳歌するだけだ。俺が認めた奴以外が俺をどうにかしようって言うならさァ、天使だろうが悪魔だろうが、神だろうが仏だろうが――――その首ィ、噛み千切ってやるよ」
ハウフィの表情が強張った。金箍棒も、手の中で慌ただしく震えている。
「――――すんな······」
ん?
「その目を、すんなァァァァァァ――――!!」
逆上しやがった! クソ、圧をかけすぎたか。リングエルがいる。すぐに避けられない。
出すか? "陰"を――――
「ぴぎゃっ!?」
「······え?」
突然、後ろからシェリルがハウフィの頭を勢いよく踏みつけた。
なんて冷めきった目だ。瞑想している間は目を瞑っていたからわからなかった。
シェリルの瞳、何を写しているのか定かじゃない。視線は俺と合っているが、その奥に何も収めていない。
「リン、こっちに」
シェリルは左腕を差し出した。
「待って、先にアッルマリーハくんの治療を」
「こんな奴、しばらくしたら起きるよ」
「でも」
「来なさい」
リングエルは震えながら、シェリルの左手に飛び乗った。
こうしてみると、お伽噺の主人公だな。実態はそんな華やかなものじゃないけど。
再び俺と目が合う。
「リンが危なかったから助けただけ。あなたはその巻き添えになった。勘違いしないで」
声もまるで心がない。
「ちょっと、シェリル! サクラコくんは酷い目に遭わされそうなったばかりなんだよ!? そんな態度はダメだよ! それに、巻き込まれにいったのは私なんだし、アッルマリーハくんにも――――」
「リンは黙りなさい」
「うぅ······」
仲が良いってリングエルは言っていたが、お友達の弁解に冷厳な一蹴。こいつは大したお馬さんだな。
ずばり、――――『是非、お友達になってほしくない奴ランキング第四位』にランクインしてやろう。
ちなみに、一から三は順に、ハウフィ、エイミー、キッテルセンだ。その後の態度で変動の可能性はある。
「少し待ちたまえよ。シェリル・グルトップ君」
シェリルの足が止まる。呼び止めたのはピットだ。
「揉め事の仲裁をしてくれたことには感謝する。だが、些かやり過ぎなのではないかな?」
ハウフィを背中に背負って、ピットは問いかける。声の調子はいつも通りだが、喉が若干震えている。
「レーザー氏、私は付与魔術が得意なの。だから、キチンとお友達の身体を固くしてから止めて差し上げたわ。自分で言うのもなんだけど、私ってヘビー級だから」
冷然な態度で返すシェリル。これ以上はピットが暴走しそうだな。毛が逆立ってきてる。
いたちごっこを繰り返しそうな様子だし、このめんどクセェ険悪ムードをどうやって収集すればいいんだよ。
「まあまあまあ、その辺りでお止めになっては如何です?」
シェリルとピットの間に意外な奴が拍手をしながら割って入った。
狐の獣人ヴァーグ・ティーヴァだ。双方に掌を向けて穏和な調子で諌めている。
「我々の目的はモーリュの採集であって、同士討ちではないでしょう。御二方共に色々と釈然としないでしょうが、その決着は後程、別の形でしてみては?」
柔らかくて優しい声音。この状況に少しも琴線が張ってない。とんでもない胆力だな。
ヴァーグの説得でなんとか場は収まったものの、そう簡単に立ち直るわけもなく、パーティの雰囲気は下落したままだ。
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