飛び抜けた問題児【クリアン・ラール】~(2)~
次に私とジンくんが訪れたのは、西の通りにある石造りの力強い佇まいの店だ。
入り口の上には看板があって、『ヒューイット・レザーショップ』と鉄板で文字が打ち付けられていた。
「すんすん――――なんか、渋い匂いがするな。もしかして、ドワーフの店か?」
「よくわかったわね。ここも、私がお世話になったお店だよ。冒険者になる前に、簡単な装備を造ってもらったの。ヒューイットさーん!」
解説しながら店主の名前を叫ぶと、中から私の背丈の半分程度の禿頭のドワーフが出てきた。一般的なドワーフと違ってガリガリに痩せていて、作業服の茶色のオーバーオールは濃いシミに染められていた。
汗と樹脂の匂いが凄まじい。
「ああ、誰かと思えば。クレイの嬢ちゃんか」
ヒューイットさんは、いつも不機嫌そうな顔をしている。その手には肉包丁が······。
「ヒッ! もしかして、お仕事中でしたか?」
「ったりめーだろ。こんな真っ昼間に酒に溺れるドワーフなんぞは、ドワーフの革を被った小太りジジイよ。バカ言えやい」
「アハハハ······」
苦笑を返すと、ヒューイットさんは右目を特に見開かせて詰め寄ってきた。
「で? 用件は?」
後ろに振り向いて、ヒューイットさんにジンくんを見させる。――――って、あの野兎ったら、道端の花に目が行っている。
少しは興味を示しなさいよ。自分の装備なんだから。
「
「まあね。彼、冒険者を目指してまして。装備を造っていただけないでしょうか」
私が頼み込んでいるところに、ジンくんが隣に来た。ヒューイットさんは、腕を組んで「ふ~む」と唸った。
「嬢ちゃんの頼みだから、引き受けてはやる」
「はい! ありがとうございます!」
「しかし、こちとら流儀がある。それはわかっているな」
出た。ヒューイットさんに限らず、ドワーフがみんな矜持しているストイックな種族の誉れ。
こうなると空気が一気に堅苦しくなるから少し怖い。
ジンくんは――――平然と店頭に並んだ商品を弄くり回ってる!?
む~······。私は緊張しすぎて身体の震えを押さえるのが精一杯なのに、なんか悔しいじゃない。
「うちは、客には満点の装備をくれてやる。故に、そいつにとって今現在、最高の品しか造れない。雑魚には
「そっか。で? あんたは俺に何をくれてやれる?」
ようやくジンくんが私よりも前に出た。
けれども、なんでこう偉そうに出来るのやら。
「俺は、あんたの腕前なんか知ったこっちゃない。あんたの流儀がどうのこうの並べられたところで、俺にそいつは通じないぜ。なにせ、俺は着けるだけだからな」
「ちょっ! ジンくん!」
ジンくんの腕を掴んで、一旦ヒューイットさんから離れる。
「いい? ヒューイットさんは、ドワーフのみならず、道具屋の界隈で指折りの職人で評判なの。それこそ、さっきのメイプルさんが道具屋になったみたいな」
「だからなんだ。お前がここを紹介したんだろ? なら俺は信じる他無い。くれなかったらくれなかったで、単に巡り合わせが悪かっただけやろ?」
「む~······」
ジンくん、なんでそう逞しくいられるんだか。相手はプロなのに!? 頑固で孤高なプロなのに!!?
「目の前でひそひそ話をされても、こっちはいい気分じゃねーぞ?」
ヒューイットさんの不機嫌そうな声が聞こえ、ジンくんが私を払い除けて向かう。
「なあ、じーさん。あんたの目から見て、俺はなまくらか? 業物か?」
「ジンくん!? またそんな」
「ほう。この儂に生意気な口を利くとは、若ぇもんにしてはいい度胸じゃねぇーか。だが、口ではなんとでも言えるんだぜ? 仔兎が――――」
「いいから、黙って見ろや」
まただ。メイプルさんのときにも感じた、ジンくんのものスッゴいプレッシャー。
一瞬、ヒューイットさんが気圧されているように見えた。ただでさえドワーフの胆力は強固なのに。
「ふむ、そこまで言うのであれば――――とくと刮目してやろうではないかァー!!」
と高らかに声を張って、ヒューイットさんは螺旋模様の付いた丸縁メガネをさっとかけた。
「なんだそれ?」
ジンくんがなんとも言えない顔で訊いた。
そう突っ込まなくても。気になるのはめちゃくちゃわかるけれど。
「気合いを入れるときは、儂はこれを掛けるんじゃよ」
「見えてるの?」
「おお! そりゃはっきりとな······」
ヒューイットさんがジンくんの顔を見上げたまま、急に固まってしまった。
「あの~、ヒューイットさん?」
「いや、なんでもない。店に入れ」
私とジンくんは見合った。ヒューイットさんの態度の変わりように、不信感を抱いたからだ。
ヒューイットさんのあとについて入った店内は、洞窟のような殺風景な感じだった。灯りはガラス瓶の中の蝋燭だけで、薄暗く、重苦しいような緊張感を煽られる印象だ。
棚にはバッグやホルスター付きベルトなどが並べられている。
「儂が扱っているのは、看板の通り革製品じゃ。ベルトに、籠手、柔軟性に秀でているから、動きやすさに関しちゃ疑う余地は無い」
店の奥にあるカウンターにヒューイットさんが入り、私達と向き合う。
「兎の若造、お前さんの武器は?」
「ん」
ジンくんに言われるまま、腰に差していた二振りの東洋剣を出してカウンターに置いた。
ヒューイットさんは椅子に座って、抜剣せずにジンくんの東洋剣をなめ回すようにじっくりと見始めた。
「ほう······。なんの拵えのない白鞘で、こっちは漆黒の柄糸に胡麻斑の鞘、花弁を象った鍔。丁寧な造りじゃな。二つとも、刃渡りは大体八十五程度か。黒巻きの方が軽いな。――――二刀流なのか?」
「いや。白鞘しか使ってない。というか、使わないかな? 鍔がある方は、なんだか使うのを躊躇っちゃうんだ」
「そうかい」
そんな理由があったんだ。確かに妙な気配を感じるけれど、黒い東洋剣は魔剣の類いではない。
あれは禍々しい存在感があるけれど、それに反して途轍もなく静謐だ。御守り代わりなのかしら。
だとしたら、ジンくんのような兎がそういう習わしに信仰らしきものを備えているのは、少し意外に思える。
「怒らないんだな。ドワーフは道具に対して、強い敬意を抱いてるって聞いていたんだが」
ジンくんの素朴な疑問に、ヒューイットさんは東洋剣を見ながら答えた。
「確かに、儂達にとっては武器、武具、道具というのは敬服の対象じゃ。物に魂は宿っておらん。故に、儂達は魂を込める気概で道具を造るのじゃ。生憎、儂は革製品しか取り扱っていない。だからって、鉄を打って武器を造る同胞の気持ちと向き合い方が違う訳じゃねぇ。道具に対し、どういう魂を込めるのかは共通に心得ている」
「············」
「“誇り„さ。プライド、矜持、大義とも言えるな。それらを強く込めることは祝福であり、時に呪縛にも成り得る。それらが強いと、この世に“聖剣„や“魔剣„という代物が生まれるのじゃ。この花弁象形の鍔の刀にも、そういうのが滲み出てるんだろうよ」
ヒューイットさんの言葉に、私は重みを感じた。
私の装備は、別のドワーフの店であしらってくれたものだけれど、こういうものにも“誉れ„っていうのが宿っているのかな。
「まあ、これを造ったのがドワーフかどうかは知らんが、強い念を感じるよ。こいつは相当な頑固野郎だ。不気味なほど静かなのが、より異質さが際立っておる」
ドワーフにここまで言わせるなんて、もしかしてこの黒い東洋剣ってとんでもない名剣なのでは?
ヒューイットさんは白鞘に目を移して抜剣した。ほとんど峰しかないようなボロボロな有り様を見て、目を丸くしていた。私も初めて見たときは驚いた。
とても武器という体を成していないのに、さも平然と他者の肉を貫いていたのだから。特に付加がなされているわけでもなく、一体どんな素材で出来ているのやら。
「こいつァ、兎ぃ······」
「言っとくけど、前々からそうだったからな」
ジンくんは顔を背けて言った。記憶が無いから、いつからこんな酷い有り様になったのか自分でもわからない。だから言い訳の立てようもないんだよね。
それからも、ヒューイットさんは散々吟味して、鞘に納めて二振りともジンくんに返した。
「一週間待て。それでお前さんの腰に合うもんをこさえてやる」
「わかった。取り敢えず、待つよ。得意だから」
「ふ、まったく減らねぇ口だな。それと、足にも装備を着けてやる」
「足?」
ジンくんは自分の足を見た。
「
「あぁ、ありがとな」
淡白に礼を言ったジンくんは、ヒューイットさんに背を向けてそそくさと店を出ていった。
もう。用が終わったらまたすぐにああだよ。
「今日はありがとうございました。忙しい中、急用を持ち込んですいませんでした」
「いいんじゃよ。あそこまで強気で来られちゃ、退くわけにもいかんし。生意気なところも、一周回ってかわいいもんじゃ」
アハハ――――ジンくんが聞いたらなんて思うか。
ムキになるのか。気にも止めないのか。
もしかしたら、照れちゃったりして。それで顔が赤くなったのをイジると顔を背けて、でも耳がつい反応してピンと跳ねたりしちゃって。――――なにそれ、カワイイじゃん。めっちゃ萌えるんだけど。
「で? クレイの嬢ちゃん」
「はい?」
「あの兎、どっから連れてきたんだ?」
ヒューイットさんは、真剣な眼差しを突きつけて訊いてきた。
なんて圧力なの? 私、なんか失礼なことしちゃったかな?――――······いや、ジンくんの指導不足だよね。
「今までいろんな輩を見てきたが、あいつの
ヒューイットさんの目の良さは好評らしい。魔術抜きで鑑定しているから、魔力による誤認が起こらない。
魔術で鑑定すると、魔力による誤差が生じて分不相応な結果が出て、合っていない装備を着けさせる羽目になってしまう。
逆を言えば、魔力がほとんど無いジンくんとの相性が良すぎたんだ。けれど、それが反って彼の異様さを覚らせることになった。
ヒューイットさんの額には汗が溜まっていた。
正直、ジンくんの事情を話していいものか悩んだ。躊躇していられないのはわかっている。
彼の正体は、誰もが恐れるドラグシュレイン区最恐の怪物だ。不用意に口をほどいていい話じゃない。
心苦しいけれど、ここは引き下がってもらおう。
「ごめんなさい。それはちょっと、言えません」
「そうか。言えないか」
ヒューイットは残念そうに俯いた。拳を強く握っていて、もしかして、怒らせちゃったかな。
「――――まあ、いいじゃろ」
「え? 怒ってないんですか?」
訊くと、ヒューイットさんはキョトンとした。
「なんで儂が怒らなきゃならんのじゃ? 儂は
「い、いいえ······」
私はホッとしていた。
ヒューイットさんの流儀に救われたと思ったから? ジンくんのことがバレずに済んだから?
いずれにしろ、胸にあった重みが晴れた。
「では、装備の件、私からもよろしくお願いします。では、失礼しました」
「おう、任せな!」
深くお辞儀をして、私は『ヒューイット・レザーショップ』を発った。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
大まかな用事が済んだ私達は、しばらく街を散歩することにした。歩き回っている最中で、ジンくんの環境適応能力が十全に発揮された。
いつの間にか土地勘を覚えていたみたいで、迷っていた
庭に花壇を造る余裕があったからと、花屋では種や土に肥料。別の道具屋ではジョーロ、スコップや煉瓦などを買い漁った。お金、少し多く持ってきてよかったわ。
荷物が多くなって、全てジンくんが持っていた。いくつか持とうかと頼んだら、「失くしそうだからヤダ」と失礼な拒否を返された。それでも食い下がると、面倒臭そうに観念して預けてくれた。
そうしている内に、真昼を過ぎた。
「そろそろ、お昼ご飯にしよっか」
「そうだね」
飲食店を探すも時間が時間だから、噴水広場付近の店はどこも混みあっていた。中には既に長蛇の列ができている。私がいつもお世話になっているお店も、見るからに満席になっていた。
「あちゃー、出遅れちゃったね。少し待つことになりそう」
「なら、別のところに行こうか。いいところを見つけたんだ」
私は疑問符を浮かべた。ジンくんが自信満々にそう言うものだから、私は何も訊かずに彼についていった。
着いたところは、人気の少ない『壁沿い』と呼ばれる壁内領の外壁付近の区画にある、『沼より沼地』と看板の上がっている酒場だった。
鳥の巣のような枝を組み込んだ外装で、中からはリンゴが焦げたみたいな強烈な匂いが漂ってきた。そして荒々しい怒声というか、奇声というか、とにかく喧騒が漏れ出ている。
「街にこんなところがあったなんて。なんで知ってたの?」
「夜に散歩に出かけててな。その時に見つけた。あのときも煩かったな」
「そう······」
この野ウサギ、そんなにほっつき歩いていたの!? みんなが寝静まっていたときに!?
なら道を覚えているのも納得だわ。っていうか、私、全然監視できていないじゃん!
「大丈夫? なんだか、入っちゃいけないような空気が――――」
言っていると、何かが窓を割って飛んできた。私に当たりそうになる寸前で、ジンくんが受け止めた。
飛んできたのはジョッキだった。
「平気やろ。別に死地に行くわけじゃないし」
そう言って、ジンくんはジョッキを肩に置いて堂々と自在扉を通り抜けていった。
私も急いでついていくと、入った瞬間に前方百八十度の空気が変貌した。お盆を持っているウェイトレス、食事を前にジョッキを手に持つ人相の悪いお客、店の中にいた誰もが私達を静かにじっと見ていた。
私は怖くて仕方がなかったのに対して、ジンくんは先んじて席に着き、「なにやってんだお姫様? 早く来いよ」と平然と手を振ってきた。
すると、ジンくんへの周囲の視線が険しくなった。
私はそそくさと腰を小さく屈めてテーブルの間をするする駆け抜け、ジンくんと向かい合った席に座る。
「店員、注文していい?」
「あ、ハイ!」
赤紫の肌を持つ小柄な種族、インプのウェイトレスが駆けつけた。黒髪をツインテールにして、人形みたいで可愛い。けれど、なんかおどおどしてる?
「何にしましょう」
「俺はこれにするよ」
ジンくんはメニュー欄を一目見て、バーニャカウダを指差した。
「ソースはどうしましょうか?」
ウェイトレスさんはメモをしながら訊ねた。
「いらない」
「畏まりました。それで、く、クレイ姫、様ですよね?」
いきなり振られて、咄嗟に私は返事した。緊張しすぎて、高い声で「ヒャイッ!」って声が出ちゃった。
「ヒャイッ!」てなによ!? 「ヒャイッ!」ってぇ!
「ヒャイは無いやろ?」
性悪ウサギめ!
変な笑みをやめて!
顔を覗き込まなないで!
「ハ、ハニーサイダーと冬野菜トーストで」
私はメニュー欄で顔を隠しながら、スッと注文した。
「承りました。少々、お待ちください」
ウェイトレスさんはそそくさと離れていった。
なんだろう。さっきからみんなの様子がおかしい。
なんていうか、なんでここにいるんだろみたいな、不信と不安を孕んでいる気がする。
スンゴい落ち着かない。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
ジンくんには、棒状に切られたキュウリやニンジンがそれぞれ五本ずつがコップに納められていた。私には、シュワシュワと小さく泡立つ黄色いジュースがジョッキに、お皿にはチーズとケチャップで飾り付けられた焼いた冬野菜の乗ったトーストが二枚。
うん、美味しそう。美味しそうなのだけれども、環境が苦々しすぎるんだよ! なんでこんなに注目されてるの? 空気が激重いよ~······。
「少しは旨そうに食えよ」
「う、うぅ······ジンくんは気にならないの? この重々しい空気」
「別に。邪魔されないなら、飯や風呂にありつく。そういう度胸も無い奴にどんな目で見られようが、気にするだけめんどクセぇ」
なんて図太いのよ、も~。お店の方に悪いけれど、私は食事する気分でなくなっちゃったよ。
あぁ、早くここから逃げたい。そして、一週間くらい穴に入っていたい。
「おい、そこのウサギ。誰が度胸の無い奴だって? ああ?」
隣のテーブルにいたお客が急に声を上げた。鼻に横一線の切り傷をつけたホブゴブリンと、その他にいかつい面相を浮かべる部下らしきゴブリンが三体。
どうしよう。声色から、めちゃくちゃ怒ってるよ。って言うか、ホブゴブリンさん顔赤くない? もしかしなくても、酔ってらっしゃる?
「ったく、誰のお陰で平和に暮らせてんのか、わかってんのか? あ?」
「うるせぇぞ。今俺は飯を食ってる。見てわからないの?」
パチン、と店内が小さくこだました。ホブゴブリンがジンくんの手を叩いたんだ。
ニンジンがポトッと床に落ちて、非常に嫌な予感がして全身の毛がゾワッとする。
なんでみんな止めようとしないんだよ?! あ、怖いからだよね!? 巻き込まれたくないもんね。
「ちょ、ちょっと、あなたたち! 落ち着いて――――きゃん!」
仲裁しようと立ち上がるも、ジンくんに頭を押さえつけられて戻された。
「取り敢えず、やるか?」
ジンくんが不機嫌そうに訊ねた。
ヤバい。止めようにも止められないし、逃げるタイミングも完全に失ってしまった。
「いいぜ! やろーやブンッ!!?」
ホブゴブリンが笑みを浮かべて頷いたところで、ジンくんはすかさず彼の顔面を蹴り飛ばした。
大柄な体が仰向けで宙を舞い、彼等のいたテーブルに墜落した。テーブルは崩落し、料理はぐちゃくちゃになって散らかった。
店内がシーンとする。
「じ······ジンきゅ~ん······???」
悪寒が増した。ジンくんは変わらず平然とした様子で立ち上がり、落ちていたニンジンを拾い上げて咥えた。
「で? 次は?」
他三人のゴブリンに問い掛けるようにして振り向き、鋭い眼光で威嚇した。――――顔は見えなかったけれど、声の険相からして絶対にそうだ。
「こ、コイツ」
ゴブリンの一人が一歩退いた。
その瞬間、ジンくんはそのゴブリンに目を付けて接近し、大きな鉤鼻を握り掴んで強く振り投げた。天井に打ち付けられたゴブリン(A)はそれで意識を失い、床に着きそうになった直前にまたジンくんが蹴り飛ばして窓を割って放り出された。
「で?」
残ったゴブリン二人は顔を青くして背を向けるも、ジンくんは容赦なく頭を鷲掴みにして持ち上げた。
ホブゴブリン含め、四人とも服の下からでもわかる程に筋肉が発達していて、とても軽いわけがない。ジンくんはそれを無視してそのまま、最初に倒したホブゴブリンの前まで行く。
「ねえ、俺さっきなんて言ったっけ? ねえ?」
ジンくんの声が、低くて刺々しい。
めちゃくちゃぶちギレていらっしゃる。もうダメだ。
「俺はなぁ、飯を喰ってるときと、寝てるときに邪魔されんのがさぁ~! イッチばん、腹ぁ立つンじゃボケァァァァァァ――――っ!!!」
ゴブリン二人を、ハンドボールのように思い切りホブゴブリンに投げつけた。勢い余って床が崩れ落ち、私を含めて店内がしんとする。
これ、どうしよう――――という罪悪感と、ジンくんをコントロールできなかった責任感が、私の頭を引っ掻き回して収拾がつかない。
ジンくんの狂暴さは把握しているつもりだった。ちゃんと接すれば、そう簡単に顕れないと思った。
けれど、私の目の前で、事実を知らない
しかも、見たところホブゴブリン達は冒険者だ。
今思い出した。彼らは冒険者であることを鼻に掛けて、好き放題している悪趣味なパーティだ。
討伐依頼では
決して弱くはないし、酒に酔っていて本調子ではなかった筈。それでも、完膚なく叩きのめされた。
ジンくんの強さって、黒霧はあんまり関係無いの······?
「でぇ? 他に文句のある奴はいるか?」
「やめなさーい!!」
ジンくんを止めようと手を伸ばすも、またノールックで頭を押さえつけられて阻止された。
「俺は飯を喰いに来た。ただそれだけだ。邪魔する謂れは無いし、お前らの癇に障るようなことを言ったとして、それにマジになった奴は自分でそうだと認めてるってことだよなぁ! 他はどーだ? あぁ?」
めちゃくちゃ煽り散らかしてるー!
ヤメテー!! マジでヤメテー!!
「ちょっと! ジンくん! それ以上は私が許さないんだから――――」
パチ、パチ、パチ············。どこからともなく、拍手が一回聞こえた。
音のした方に目を向けると、清廉な燕尾服を着こなした紫髪のエルフの紳士がいた。この場にいるにしては綺麗すぎる格好は――――貴族だ。しかも、スンゴい有名人。
「見事、実にお見事」
「あなたは、ゴーシュ卿? ドラグシュレイン区『
グラズヘイムを支える役員の一人が、まさかこんなところにいたなんて。
「いかにもで御座います、クレイ嬢。ご機嫌麗しゅう。ご来店なさったというのに、挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。なんの因果か、あなた様ともあろう御方がこのような蛮骨風情な飲食店に来られるなんて、驚きで食事に手がつかず、どうリアクションをとって良いものか判断出来なかったものでして」
「は、はぁ······」
ゴーシュ卿は両手を腰の後ろにして、私達の元に近づいてきた。ジンくんも落ち着いたようで、私の頭から手を離した。
「黒髪黒眼の
「だったらなに?」
まだ不機嫌が治ってないジンくんの失礼な返しが飛んでいく。けれど、ゴーシュ卿は顔を曇らせることなく左手を差し出した。和やかな笑みを浮かべて。
「改めて御挨拶申し上げる。私は
ゴーシュ卿は右手を胸に、左手は背中につけ、軽く頭を下げてと華麗な仕草で挨拶した。
「娘から話を聞いているよ。噂も予々ね。なんでも、肝が座っていて大変優秀なんだとか」
「他人の物差しなんてどうでもいい。なにをどう思って、俺がその評価に至るかなんて、糞程興味も無い」
「そうか。それもそうだね。すまなかった」
ゴーシュ卿はばつが悪そうにして左手を引っ込めた。
「ここではなんだ。外で話そう。――――皆様、大変興が冷めてしまわれたでしょう。ここからは、私の奢りということで、存分に楽しんでくだされ」
ゴーシュ卿が声高らかに言うと、店の生気が一気に甦った。みんな、次々に酒を掲げ、ウェイトレスを呼ぶ声が飛び交い始めた。そしてゴーシュ卿に対して、様々なお礼の言葉が捧げられる。
「では、行きましょうか」
そうして言われるままに、私達はゴーシュ卿についていった。『壁沿い』と商店街の間に来て、小さな広場で一息つく。
「その、すいません。私達の所為で、迷惑をかけてしまって」
「なんか悪いことしたんか?」
「あんたがね!? 特に、あんたがね!!?」
ジンくんは暢気に耳をほじっていた。
ホント、この野ウサギ、いっそのこと首輪でもつけてやろうかしら!
「クフフフフ、構いませんよ、クレイ嬢」
「でも! もとはと言えば」
「彼は単にあなたの緊張を解そうと、少々回りくどい手段に出たまで。それに反応したのは、私の護衛をしていた彼等です。よって、悪いのはあの冒険者達なのです」
「は、はぁ······ん?」
「まさか、いや、でも!」
「彼等の悪い噂は存じています。狩猟の類いの依頼は、雑用の数十倍の報酬がありまからね。彼等は野蛮ですが、金銭を信頼している。故に雇いやすかったのですよ。しかし、私としたことが思っていた以上に性格に難があったようで。大変怖い思いをさせてしまいましたね。改めて、御詫び申し上げます」
「いえいえ······」
怖かったのは本当だけれど、どっちかっていうとうちの野ウサギに対してなのよね······。
「ジンテツ君にも、迷惑をかけてしまった。謝るよ」
「あんた、頭を下げるくらいに暇なのか?」
またこの野ウサギは! 全く空気を読まない!
「それはどういう意味かな?」
ゴーシュ卿は、声も表情も変わらないものの、私には少し不快を抱いているように思えた。
お願いジンくん、少しは言葉を選んで! ちょっとは態度を慎むことを覚えて!
「俺はあいつらに飯を喰うのを邪魔された。あんたはその時どこでなにをしていた? 飯を喰ってたか、俺達を見ていた。
言い方はめちゃくちゃだけれど、要するにジンくんはゴーシュ卿に対してなんら怒りを見せていなかった。
ホント、言い方だけは悪いけれど、ゴーシュ卿に他意は無いことを察しているから。
言い方だ・け・は、はちゃめちゃだけれどね!
「そうか。君の性格には参ったよ。ここまで言われると、流石に何かを返す自信が無いよ」
「そんなに言うなら、野菜くれ。あと旨そうなパンがあったら教えろ」
「コラ! 図々しいでしょ!」
「クハハハハ! いいでしょう。パンも野菜も、私の大好物なんだ。懇意にしている農家やパン屋から定期的に送っていただこう。区外の品だから少し遅れるかもしれないが、それでもいいかい?」
「取り敢えず、喰えるなら
「では帰宅し次第、連絡するよ」
ジンくんの力強いサムズアップに、ゴーシュ卿はご満悦なようで。結局のところ、何もなかったってことで?
あー、もー、この流れだけにはついていけない! ついていける気がしない。
「何から何までホント、マジ、ホンットーに、すいまっせん!!」
「構わないのですよ。私はこういう、我を謳歌する者をとても好ましく思っています。裏表の無い人物は、常に真実を口にしそれを貫き通す。嗚呼、ひとは選ぶでしょうが、彼はとても純粋で素晴らしい御人です」
「ウ・サ・ギ・や!」
「クフフ」
ゴーシュ卿は感極まったと言うように、ジンくんに叱られてもうっとりとした様子だった。
紛うことなき本音なんだ。きっと。
「ここまで愉快な気分は、
清々しくて、とてもきれいなお辞儀だ。
どうしよう。お礼を言われるのは嫌ではないのだけれど、ゴーシュ卿の穏和な表情と清廉な態度があまりに眩しすぎて、余計に後ろめたさがッ――――もう、涙が出そう······。
「ジンテツ君も、何か困ったことがあれば遠慮なく私のところに訪ねてきなさい。いついかなるときも君を迎え、惜しみ無く支援しよう」
「あったらね」
どうしよう。完全に私、蚊帳の外なんですけれど······。
「それではクレイ嬢。私はこれで失礼させていただきます」
「あ、待ってください! このままゴーシュ卿を帰せませんて」
「クレイ嬢?」
「なにがどうあれ、あなたの護衛を倒してしまいましたし。ジンくんが良くても私は、なんていうか······寝覚めが悪くなりそうなので」
あと、ホブゴブリン達にも悪いし。
「彼等の仕事の引き継ぎ、ってことでどうでしょう? 私達――っていうか――私も、冒険者ですし」
提案してみたものの、ぶっちゃけ彼等の受諾した仕事を横取りするみたいでこれまた気が進まないのだけれど。ゴーシュ卿は顎に触れて、慎重に考えていた。
そして、顎から手を離して卿は柔らかく頷いた。
「わかりました。そこまで言われたら、私も断るわけには行きません。クレイ嬢の気分を害してしまった非礼の詫びとして、その意思に従います」
というわけで、ジンくんは面倒臭そうで渋々だったけれど、ゴーシュ卿を屋敷まで送ることにした。その間、二人はまるで竹馬の友みたいになって、楽しく話し込んでいて異様な危機感がずっと絶えなかった。
屋敷に着いたらゴーシュ卿と別れ、手を振って見送られながら私たちも帰路に着いた。
「そう言えば、なんで酒場のみんなは私を見て固まってたんだろ? こっちにもちょくちょく来てるから、珍しいことでも無いのに」
私の素朴な疑問に、ジンくんが何気無く答える。
「俺がここに来たばかりの頃から、夜中に散歩に出てんだけどさ」
「······え?」
「あの店に入ったとき、ゴリラとオーガに発情されてさ」
「ん~?」
「むちゃくちゃウザくてシバき倒してやったら、なんかその辺にいた奴らにビビり散らかされるようになった。そういえば、何人かは見た顔だったな」
············なっ――――なんですって······。
「ん? どしたん? お姫様」
「ジンくん、ちょっと歯、食い縛りなさい」
「なんで? そのグーはなに?」
私は拳を固くかたーく握り締めて、ビリビリと電気を費やして、ジンくんの頬に狙いを定めて――――。
「なんてことしてんのォォォォォォ!!」
パスッ、と軽く受け止められてしまった。
ウソでしょ? 【
っていうか、これ、ヤバくね?
ジンくん、スッゴいぶちギレてる。一見顔は普通なのだけれど、半端ない怒気をひしひしと感じる。
ここは小動物然とした愛嬌を。そう、モルモットみたいな怒るに怒れない感じで篭絡する!
「わたちね♡ らんぼーはいけないとおもうのん♡」
「そかぁ~」
あれれ~? おかしいな~? 全然通じてないゾ~?
それどころか、余計に怒ってるし。なんか『ゴゴゴゴゴゴ!!』ってどす黒い圧的な変なオーラが見えるのだけれど······――――。
「きゅ~······お顔はやめて――――ぴゃん!」
躊躇無く脳天に拳を振り下ろされちゃった。ご丁寧に中指を少し突き出して、旋毛の辺りがジンジンする。
自由に出入りしているとは思っていたけれど、まさかもう既にトラブルを起こしていたとは。
もう、あそこにいた人には会いたくないよぉ~。
日はまだまだ高い場所にあるけれど、中央通りの人通りは少なくなっていた。連なる店の中では、暇な時間を過ごす人類人外がよく目につく。
結局のところ、私の目論見は失敗した感じだ。それどころか、嫌な部分ばかりが露呈した。
ゴーシュ卿は格別にいい人柄の持ち主だから、失礼だけれど例に当て嵌めれない。
街の空気を吸わせて協調性を煽る。カルス様の庇護下とは言え、ミスリル大森林ではそれなりに暮らしていたようだったから、期待してたのだけれど······――――。
「はぁ······」
「どうした?」
隣で私が項垂れているのに、ジンくんは見向きもせず、いつもの調子で訊ねてきた。
今さっき、周りのことなんてどうでもいいって言ってたし、私がこれだけ悩んでも彼にとっては些事にもならないのだろう。それよりも、街路と路地裏の狭間にポツンと咲いている一輪の花の方が、余程魅力的なのかな。
なんか、もういっそのこと微生物になりたいよ。
「ジンくんって、スゴいよね」
「なにが?」
「物怖じしないっていうか、いつも強気でいてさ」
愚痴を吐くように言うと、ジンくんは急に歩みを止めた。
「ジンくん?」
呼ぶと、彼はいきなり呆れた風に溜め息をついた。
なんか鼻につくつくな。
「ズルい」
「え?」
「お前のその考えはズルいんだよ」
「ズルい? ぴょ?!」
ジンくんは私の頬を下から掴んで左右に揺さぶった。
「俺はな。ここを縄張りにするって決めてんの。寧ろ、強気でどんと構えてへんでどうする。つーか、それ以前にお姫様の庭も同じでしょうが。俺より長く居着いていんのに、一々びくびくするんじゃないよ」
「む~······」
反論したくても、言葉が思い浮かばなかった。なにを言っても、聴くに耐えない言い訳にしかならない。
なにより、王族の私が一番考えちゃいけないことだ。ましてや『縄張り』だなんて······。
「そこまでワガママになれない? じゃあ、俺に寄越せ」
「え······」
「抱え切れないならさ、勿体無いから俺に全部くれ。お前の“幻想„ってやつも、残らず全部な」
雫のような透き通った眼光に、そよ風のように吹き抜ける言葉。されど、確固たる意志の強さが垣間見えた。
思わず、期待で胸が躍っていた。
「私の、“幻想„? どうして?」
訊ねると、ジンくんは「はぁ?」と眉をしかめて答えた。
「世界中のいろんな奴らと仲良く暮らす。結構じゃん。いろんな奴らがいて、いろんなことをする。同じものしか見えないなんて退屈過ぎる。どうせなら、花園みたいに違うものを集めてさ、存分に戯れようじゃん。俺がお姫様についてきたのは、そういうのを求めてだと思う。そやから、キツいなら丸きり俺に寄越せ。出来ないなら、俺が取り込んでやる」
ジンくんの言葉に、胸の奥で何かが締め付けられた。まるでプロポーズのような彼の豪胆な要求に、恥ずかしくも負けたくないって対抗心が湧いた。
「ヤダよ。私の“幻想„だもん。私だけのものだもん!」
「嫌なら、ビビんなや。阿保姫が」
一瞬、ムカッとしたけれど、ジンくんは嬉しそうに微笑んでいたのを見て、すぐに落ち着いた。
私は何か勘違いしていたのかもしれない。
彼のとる言動はむちゃくちゃで、協調性の欠片もない。奴隷なのに全く縛られず、かといって独善的というには平和に惚けたのんびりとした空気感を放っている。
ジンくんのスタンスは、自分以外は活きる為の道具で、不都合なものは徹底的に排除する。
端から見たら、とんだ独裁者だ。けれど、それだけで他意が無い。認識的にそうでしかないだけなんだ。
ゴーシュ卿が言ったようにジンくんは純粋で、本当に裏表が無い。良くも悪くも。
今まで、私の幻想を聞いて冗談だと思って笑わずに、真摯に受け止めてくれたのは初めてかもしれない。
縄張りという言葉も、ずっと拠点という意味合いだと思っていたのだけれど、今のを聞いて底知れない真意が隠れている気がする。
今の私には、到底わかりそうにないな。彼自身がわかっているかどうかも定かじゃないんだし。
もっと知らなきゃ。ジンくんのこと。
「そうだ。買い物して帰ろうぜ。いい八百屋を見つけてさ。買い物の礼に、なんか作ってやるよ」
さっきまで怖い空気を漂わせていたのに、売ってかわって子供みたいな無邪気な顔をして。
もう、私の苦悩を知らないでコロコロと。お陰で、すっかり気が抜けてしまった。
「料理、できるの?」
「舐めんな。散々、本読んださかいに、出来んことはないでしょ」
「ふ~ん。そんなに自信満々に言うんなら、任せましょうかな」
先程までの憂鬱ムードはいずこやら。私たちは軽い足取りで市場に寄った。奇しくも八百屋のエルフが私とも知り合いで、変に煽てられて少しサービスされた。
寮に帰ってからは、ジンくんにグラタンを振る舞われた。これが本当にバカに出来ない程に美味しくて、一瞬、専属メイド要らなくね? と思ってしまった。
本人がいたら、絶対に後でお仕置きされるやつだわ。でも美味しい。頬っぺた落ちるよ。
++++++++++
時は遡り、クレイ達が酒場『沼より沼地』を後にする頃、裏手にある路地裏で怪しげな影が移動していた。
『壁沿い』を抜けようと角を曲がると、エプロン姿の女性と鉢合わせた。三角巾にスカーフと眼鏡で、顔の詳細が見えない。待ち伏せしていたような佇まいだ。
「ごきげんよう。ストーカー殿」
女性が三角巾を取り、スカーフを下げて正体を現す。
アリス・エンカウント。グラズヘイム第二皇女、クレイ=ドゥージエム=フードゥルブリエの専属メイドを勤めている金髪碧眼の眼鏡美女だ。
常に冷淡とした無心の真顔で、ドラグシュレイン区で最も恐い女として名が挙げられている冒険者でもある。
怪しげな影は警戒して身を小さく屈め、ゆっくりと一歩、二歩と後ずさる。他に仲間はいないようだ。
「嗅ぎ回っておられたのは、どうやら貴方のようですね。この匂いは、お楽しみのお帰りですか?」
アリスは密かに、ジンテツとクレイの動向を探っていた。その道中で、彼等が『壁沿い』に足を踏み入れた時点から不穏な気配が一つ増え、不振になってそちらに目を移したのだ。
追ってみれば案の定、二人を観察するようなやけに怪しい挙動を執る不審者の存在を察知した。
正面の怪しげな影は懐からピンクの小瓶を五つ取り出して、アリスに投げた。小瓶は彼女のもとまで勢いが届かず、目の前で落ちようとしていた。
それを、アリスは一つ残さず寸前で全て拾う。そして一つの小瓶を少し開けて、鼻を近づける。
「すんすん――――こんな程度の
怪しげな影はまた退く。だが、背後には既に魔法陣が敷かれていて、これ以上の退避は不可能となっていた。
一歩、また一歩とアリスが近づいてくる。眼鏡の奥には、冷ややかな鋭い眼光が怪しげな影を貫く。
「逃がしませんよ」
アリスは魔法陣を六つ展開した。それぞれから、先端に鎌の付いた鎖が生えてくる。
「それで、貴方の狙いは
怪しげな影は無言だった。
魔力の出力が上がっているの感じ取ったアリスは、標的の選択に呆れて溜め息をついた。
「そうですか。虐めるのは、好きではないのですが。残念でなりませんね」
魔法陣から鎖鎌が射出される。ジャリジャリと音を立てて、怪しげな影の五体と心臓を目指して突き進む。
軌道が閃いて、鎖鎌が弾かれた。怪しげな影はダガーを握っていた。そのまま壁を伝って急接近し、頭上から襲いかかる。
アリスは冷静に、即座に魔法陣を展開して怪しげな影を自身の足下から出現させ、腹部を蹴り飛ばした。
「立ち回りは上々。しかし、慌てすぎですね」
アリスは、怪しげな影の頭上に魔法陣を六つ円周状に並べて展開させ、鎖鎌を装填する。
瞬間、ローブの下から煙幕が炸裂した。直ぐ様振り払ったアリスであったが、怪しげな影は消えていた。
「チッ。クレイ嬢に気付かれないようにと、結界を張らなかったのが裏目に出てしまいましたか。なんて逃げ足の速い。しかもこの煙幕には消臭効果がある。抜かりないですね。さて、あの“野兎„はどう動くのでしょうかね」
アリスは未だにジンテツと対面していない。
見るからに異様な気配を放つ野兎。その正体は黒霧の怪物だというではないか。
本来ならば、主の目を忍んで歯牙を抜き取ってやるところだが、出来そうになかった。理由は、彼の話をしているときのクレイが楽しそうに笑っていたから。
あんな主を見るのははいつ以来か。大変妬かされる話だが、今は我慢する他無い。
それともう一つ手出しできない理由がある。
「一応、フラワード卿に報告しておきますか」
クレイはジンテツの正体をアリスに告げていない。
密告者はロガ・フラワードだ。
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