世の常識【レアリテ】




 キャサリン・プラムは違和感を感じていた。彼女は赤茶髪のオーがの女性で、第12号学園ギルド【真珠兵団パール】の講師を務めている。

 種族の名にそぐわない幼女体型からは想像も出来ない程に、彼女は誇大な実績を誇っている。その甲斐あって、学園の生徒階級ヒエラルキーにおいて最優秀、将来有望株筆頭の教室である『A』を任されていた。

 これはギルドの力関係で示せば、指導者マスターのハンムラ、幹部格の守護者ガーディアンに続く三番手に相当する。

 そんなキャサリンが、一体何に対して違和感を感じているのか。原因は、本日からAクラスに加わる人兎属ワーラビットだ。

 ギルドには、適性審査を受けることによって相応の資格があると判断されれば誰でも入門することが出来る。それも、設けられているルートは一つだけではない。

 一つは筆記、実技、面接を通して一定の成績を取ること。

 そしてもう一つが、現役の冒険者から推薦されること。

 後者で受講生が来るパターンは割りと珍しい。だが、問題はその受講生と推薦者だ。

 キャサリンの手元には、ギルドの受付係から渡された戸籍登録票の写しがあった。受講生を迎える今日に至るまで、難しい顔を浮かべながら資料を何度も見返す。

 推薦者にはロガ・フラワードと明記されていた。彼は【真珠兵団パール】の協会守護者ギルド・ガーディアンでありながら、“狂言廻師マッド・テラー„と称される不真面目で無責任な奔放不羈の快楽主義者。

 故に、良く思う者は少ない。しかし、協会指導者ギルド・マスターに次ぐ幹部格の身であるために無碍にするわけにはいかなかった。

 

 氏名:ジンテツ・サクラコ

 性別:男

 出身地:東洋

 種:人兎属ワーラビット

 在住先:ドラグシュレイン区

 勤務所属先必要ならば:第12号学園ギルド【真珠兵団パール

 魔力量:000.01/100.00

 技能評定:優○/良/並/不

 知能評定:優○/良/並/不

 会得属性:【無】

 系統バランス:

 【スペルビア】《属性による変質性》

 ■□□□□□□□□□

・【イーラ】《精神に由来する影響力》

 ■□□□□□□□□□

・【インヴィディア】《魔力の操作性、表現力》

 ■□□□□□□□□□

・【ルクスリア】《魔力の感知度》

 ■□□□□□□□□□

・【アヴァリチア】《魔力の耐性》

 ■□□□□□□□□□

・【グラ】《身体への影響力》

 ■□□□□□□□□□

・【アケディア】《デバフ効果》

 ■□□□□□□□□□

 備考:ハリソンロープ・スレイブ・マーケットより買取手続済奴隷。契約書は公式申請時に参考書類として同時提出予定。現在、隷従権及び安全保証はグラズヘイム第二皇女クレイ=ドゥージエム=フ―ドゥルブリエに預託したものとする。

 追記:とにかく強くて愉快な奴。

 記載者:ロガ・フラワード


 やはり、どれだけ目を通しても奇妙な資料だ。

 講師歴約三十年。これ程までに不鮮明な情報は初めて見る。大抵は何かしら得意不得意が明瞭に見えるものだ。それなのに、この資料はマイナス要素ばかりだ。

 魔力量が『001.00』にも満たないのは哀れとしか言いようが無い。もしかしたら、過去最低記録なのではないだろうか。

 精々、学問は揃えているが、実技に欠けているといった様子か。模写された面相を見るに、中々に美形で聡明そうな人物というのがキャサリンの感想だ。

 しかし、見逃せないのはこの受講生の身分。

 “奴隷„――――罪人への救済処置。更正の機会を与えられた者達と言えば聞こえはいいが、キャサリンにとっては甘えとしか思えない不快な制度。その利用者。優しさという光に集る汚いハエ。

 しかも、それの管理を我が国の第二皇女に委ねるなど、どいうつもりだ?!

 朝食の口直しに川魚の鮮血で割った赤ワインを飲むも、不快感が混在して喉を通る。これでは、早朝の気分は爽やかではない。なぜ、朝早くから不愉快な気分にさせられなければならないのか、キャサリンの機嫌はすこぶる悪い。

 彼女の仕事は、未来有望な希望の種を育てることであって、何処ぞの馬の骨どころか正に″得体の知れない雑草″としか言い様のない受講生の監視ではない。

 諸々の詳細を直に糾弾したいところだが、相手がロガなのが実に厄介だ。

 何せ、彼は席を開けている日が多く出会うこと自体が困難なのだ。クレイに訊ねるのは簡単だが、彼女の純真さからして如何わしい企みが想像できない。

 憂鬱が晴れないまま出勤。同僚や受講者に淡々と挨拶を交わしながら応接室へ赴く。呆れた風の溜め息を一つついてから扉を開ける。

 無論、期待など皆無である。ほとんど情報が無い輩など、まともに相手にするだけ時間の無駄と、キャサリンは内心で切り捨てていた。


「やあ。お前がジンテツ・サクラコか?」

「ん?」


 新たな受講生は窓に腰掛けていた。

 早速、躾がなっていない態度に苛立ちつつも、冷静に資料の面相絵と照らし合わせて確認する。

 黒髪黒目の人兎属ワーラビット

 上はギルドから支給されているクリーム色の制服を着用。シャツは上から二番目までのボタンを留めておらず、育ちの悪さが垣間見える。下は黒のズボンでローファーと、こちらは普通。

 傍らには、二振りの東洋剣と肩掛け鞄が置いてある。恐らく装備品だろうと、キャサリンは確認を終える。


「私は、今日からお前の入るAクラスの担任、キャサリン・プラムだ。よろしくな」

「あぁ······うん······」


 歯切れの悪い返事は置いておいて、キャサリンから手を差し伸べて握手を催促するがのってこない。

 ジンテツは右耳を擦りながら、相手の袖口から覗く小さな手をじっと見つめている。

 無礼な奴だな。しかし思っていたより、見た目はいくらかマシなおと······こ、いや······おん~なぁ?――――急ぎ手元の資料に目をやったところ、性別は『男性MAIL』と表記されていた。


「お前、男なのか?」

「一応は。つーか、どこ見てんの?」

「いや、なんでもない」


 信じられないあまりに、キャサリンはジンテツの股座またぐらを凝視してしまっていた。

 背は高いが、男というには疑わしいほど細身で驚いた。目を凝らすと、白シャツの下にうっすらと白地のタンクトップのシルエットが見え、こちらで支給している学生ズボンも履いていることから男装の麗人というやつではないと認識を改める。

 照明で照らさた墨に浸けたような漆黒の髪は、短いのが勿体無いほど艶やかで、声も態度からは想像できないよく澄んだ清涼な声だ。

 あと三十年若かったら、聞き惚れていたかもしれない。

 一瞬だけこの″得体の知れない雑草″に、美しいなどと戯れ言を呟きそうになった。しかし、右頬の斜め一閃の傷は痛々しく見える。相当な修羅場を潜ってきた猛者かと思ったが、この気の抜けている様子。

 ジンテツ・サクラコ――――経緯は不明だが、ロガが隷属し、現在はクレイ姫に身柄を一時預けられている状態の訳ありの存在。何もかもが謎に包まれており、ロガが代筆したであろう資料には『とにかく強くて愉快な奴』、と侮辱としか言い様のない記載で何もわからない。よくこれで押し通せたものだ。

 何より、“狂言廻師マッド・テラー„ロガ・フラワードが推薦している時点で、問答無用で怪しさ満天だ。

 それがキャサリンの改めた印象であった。

 対してジンテツは――――


 ······これ迷子じゃね?


 ――――と、命知らずな印象を抱いていた。

 クレイからは、『見た目も性格もクセがある女性だけれど、割りといい先生だよ』と前もって伝えられてそれなりに身構えていたのだが、拍子抜けした。

 自分の迎えに訪れたのが、まさか腰元にも届かないほど小さい幼女だったとは。

 オーガの特徴である角を二対生やしているが、キャサリンのは小さくて大半が髪に隠れていた。

 彼の認識は致命的だった。念を抱いた瞬間に、ジンテツの脳天に重い衝撃が打ちつかれる。


「痛ぁ! ちょっとぉ、何すんの?!」

「何をじゃないよ。テメェ今、アタシのこと迷子とか思っただろ?」

「え? ちゃうの?」


 眉間にシワを寄せるキャサリンの右手には、身の丈以上の大きさのある金棒が握られていた。この金棒は、キャサリン私用の調教器具リーサルウェポンである。

 柄頭にハートの装飾が垂れ下がっている以外に変哲はなく、鉄塊をそのまま太い棒状に伸ばしたような形状だ。


 ――――このちび講師、なんてゴツい得物を!?


 頭にたん瘤ができていないか触って確認する。――――無事だった。


「いいか? 仮だが、ここから冒険者になるまでは私がお前のご主人様だ。舐め腐った態度を取るようなら、ギルドセンターの釘としてどこかに打ち付けてやるからな? わかったか?」

「へいへい、うぉ?」


 ジンテツの頬に金棒の先端が押し付けて、キャサリンは静かに怒って言う。


「返事は『はい』か、『イエス』か、『ワン』だけだ。いいな?」

「ぴょーん」


 清々しいまでに反抗的な態度にキャサリンはムッとしながら金棒を魔法陣に収納し、出席簿に持ち替えてジンテツを教室へと案内する。

 道中で、キャサリンは卑しく思った。


 そんな調子で、果たして生き抜けられるかな? 私の″実力志向の教室プライド・ルーム″を――――



 ++++++++++



 はあ······。

 内心で、えらくデカイ溜め息をつく。

 クレイの言った通りだった。確かに、見た目も性格もクセがある講師で驚かされた。

 まさか、初対面の相手に否応無く金棒を振り下ろしてくるとは。とんだスパルタ講師に当たっちまったものだ。

 さっき、返事をさせられたとき、チラッと頭に二本の小さな角が見えた。講師は『オーガ』だ。となると、あまり怒らせない方がいいな。面倒臭そうだから。

 講師である以上、そんなことは早々ないと思うが――――仮にそうなっても返り討ちにしてやるけどな。

 こいつの肉体、原型留められるかな。

 それにしてもだ。香水の匂い、獣人の毛皮の匂い。生活感に満ちた匂いが細々と空気を漂ってきて、落ち着かない。

 フローラルで柔らかめな香りの出る蝋燭が欲しい。あっちの方が、円やかで嗅ぎ心地が柔くてリラックスできる。


「サクラコ。お前はここに何をしに来たんだ?」


 唐突に質問された。

 腰より下にいるから、いちいち耳を下に傾けなければならない。対面してからずっとそうしているから、少し耳の筋肉が痛くなってきた。

 耳の先っぽを撫でながら、プラムの質問にどう答えようかと考える。ここにはどこぞの妖精の“お願い„で来たから、個人的に何かしたいという進路をほとんど建てていない。


「頼むから、早く答えてくれよ。私は気が短いらしいから」

「そ。誰が言ってんの?」

「あんたのご主人様だよ。預けた方の」


 あ~。

 まだ会ったことないけど、クレイによると相当ふざけたギルドの幹部なんだとか。

 それでさっきから俺に対して敵意というか、殺意というか、険悪ムードってやつでいるわけか。

 協会指導者ギルドマスターの次に偉い幹部って立ち位置の割に、なんて信用の無い。

 チラッと見ただけで睨まれる。眉間にしわが寄っていて、この表情だけに限れば幼女とは馬鹿にできない。

 ――――何か切ない。


「それで、お前がここに来た目的は?」


 ここが教室なのか、プラムは扉の前で立ち止まった。


「お姫様の命令。とにかく働け、だって」


 口元に人差し指を当てて、可愛げある優等生を装って接する。声も滑らかなリズムでトーンもゆったりと上下させ、友好的な姿勢をプラムに魅せつける。


「フッ、そうか」


 鼻で笑われた。

 印象操作は失敗したな。いや、ロガって奴が関係している時点でプラムは俺を敵視する気満々だったから、必然的失策か。がっかりやで。


「そんな程度の理由じゃ、今日中にでもこの教室から消える羽目になるぞ」

「は、はあ。······はぇ?」


 今、とっても重大なことを仰ってるようだけも、生憎と俺には何が何やら。


「一つ忠告しておこう」


 プラムは扉に向いた。


「お前は『Aクラス』という看板に、どういう意味が含まれていると思うのかね?」

「正直、クラスの分配制度とか興味あらへんのよね」


 というよりは、事前情報をほぼ教えてもらっていない。そういったガイド本とか普通はある筈なのに、ぶっつけ本番でステージに放り出された状況だ。

 そもそも、学園に入るとか夢にも思わなかった。

 プラムは振り返って、俺を指さして『学園のヒエラルキー』とやらを教えてくれた。


「この施設が『学園ギルドと』呼ばれている理由は、冒険者、引いてはグラズヘイムの民としての心意気を享受する為の学び舎だからだ。初級、中級と、これらのコースは義務教育の領域。それより先にある上級こそが学園ギルドの本領であり、本懐だ。実戦投入を前提に、積極性と協調性、そして社会に対する適性を完成させるために苛烈な課題の数々を用意している。お前のように、間違いでも『使える』と見なされた人材はここに配置され、実力を常時吟味されながら培わられることとなる」


 プラムは指を上に向けた。扉に『A』と掘られた木板が吊るされている。


「特に、ここ『Aクラス』は事実上トップに君臨する最優秀人材の巣窟だ。お前も、幹部と姫様に認められたと言うのであれば、この場に立っている意味を理解し、しかと噛み締めなければならない。わかるな?」


 ····································――――――――(どう受け取ればいいのか反応に困っている)


「フッ。口で言ってもわからん奴は、その心身に叩き込まれるのが一番だな。ほら、入れ。お前と共に勉学を励まんとする仲間達が待っているぞ」


 どういう心境なのか、プラムの顔は笑っているのに中身が笑っていない。

 何か狙っているようにしか見えないが、取り敢えず開かれた扉の先へ足を踏み入れる。

 要するに、ここは学園の中でも出来のいい『エリート』って奴らがいる巣窟なわけだから、くれぐれも退学処分にされないように頑張れよってことか? いや、言われていい気がしなかったから。多分違うな。

 そう言えば、ここに来る前にクレイが口を酸っぱくして言ってたっけ。


『いい? 極力トラブルを避けること。一応、念のために奴隷以前の経歴はそれらしく繕っておくから、少し意地悪なことはされるかもしれないけれど、くれぐれも接し方には注意するんだよ! いいね?  絶対だよ!? ブェ!』


 色々うるさかったから、取り敢えず鼻を摘まんで止めた。

 ヒエラルキーって、要は上下関係のことだよな。なんで俺がそんなものを意識せんといくないのか。理解に苦しむわ。下らん。

 教室はとても広く、天井も生徒の背丈を考慮してか廊下よりも断然高い。切り分けたバームクーヘンのように机が縦横三つずつ並び、それぞれ一段につき五、六人程の生徒が席に付いている。

 生徒は俺と同様の学園支給のクリーム色の学生服を着ている者や、私服で来ている者と格好は不揃いだ。当然、ゴブリンや狐の獣人、人類ヒューマンやエルフと多種多様の種族がいる。そしてほとんどが、異物を見るような冷たい眼差しで、俺に注目している。やや数名はなぜか見惚れているっぽいが。

 真ん中にいるいけすかない四人のグループと目があった。紫髪のエルフの女に、筋骨粒々のトロール、手足の細長い猿の獣人ヴァナラと、虎の獣人だ。

 四人共、制服姿だが妙な風格を際立たせていた。奴らがここの筆頭か?

 空気が重い。視線から嫌な印象を抱いているのがひしひしと伝わってくる。

 左斜め上にいる丸眼鏡をかけた人類ヒューマンの男の子は真面目に勉強やってるな。

 あと二人だけ、橙髪を肩まで伸ばした狐耳の男と白い兎耳の女が何をするでもなくしんと座っている。

 わかりやすい生態系だな。

 よくよく考えれば、俺みたいな奴がここにいること自体、根本的に間違っているのではないか?

 ここにいる奴等って、大半は貴族なんだよな。平民もちょいちょいいるみたいだし。対して俺は奴隷。

 真っ当というか、綺麗な暮らしをしてきたこいつ等からすれば、俺は害虫以外の何ものでもないだろうに。いわば、来てはいけない最低の存在が来るべきではない最高の場所に来ているという、なんともへんてこりんな状況なわけだが。

 成る程な。理解したよ。この空気はめんどクセェ。

 取り敢えず、一言だけ叫びたい。――――こいつら、ヤっちゃっていっスか?


「おい。突っ立ってないで、早く席につけ。適当に空いているところで構わないから」


 プラムが出席簿で俺の尻を叩いてきた。

 紹介したクレイ曰く、『割りといい先生だよ』――――どこがだよ。悪質極まりない不良講師とちゃうん? いや、反面講師でも少しは接しやすさがあるものか。

 腹が立って尻を軽く蹴り返すと、「うわッ!」と可愛らしい悲鳴が聞こえた。


「いい度胸だなぁ······後で覚えていろよ······」

「ケケケ」


 ええでええで。いつかわんわん泣かせてやるからな。

 顔を青くする同期達を素通りして、取り敢えず一番高い列の左端に座った。いい眺めが見える。

 窓の外では小妖精ピクシーたちが楽しそうに飛び回ってじゃれついているというのに、この教室は静かすぎる。これ程までに、『静寂』という言葉を形作った空間が果たしてあっただろうか。

 冬の夜明けを抜いたら、無さそうだな。

 然り気無く虫籠に放り出されてそのまま見捨てられたような、地味にウザったい気分だ。ここにいる間は、ずっとこんな気分で過ごさなければならないのだろうか。

 早急に適応しなくては。

 入室してからずっと冷たい視線につつき回されている。中には、より一層眼差しが鋭く険しい奴まで。今は誰一人と目を合わせたくない。

 

「彼は今日から、共に冒険者になるべく励むこととなったジンテツ・サクラコだ。第二皇女様や狂言廻師ロガ・フラワード卿の推薦で、大変な野兎だそうだ。皆、仲良くするように。紹介は以上。授業の準備を始めよう。サクラコ、『魔術学一科』の教本は持っているのか?」


 プラムが教壇に立って訊いてきた。

 急に頭の位置が高くなったから、下に台が置いてあるのか。想像すると面白い絵面だな。

 教本って鞄の中に入ってる本のことかな。他にも羽ペンが三つと、三十枚の羊皮紙。他科目の教本が数冊。魔術で空間拡張されているから、探すのが一々面倒だ。

 取り敢えず、プラムに言われたものを取り出して、いざ一時限目の授業だ。さて、どんなことをするのやら。

 

「本日の授業は、実際に四重層術式カルテットの魔法陣の構築をしてもらう」


 プラムがそう言うと、受講者達は一斉に様々な反応をした。不満そうにするが多い中、中央の四人グループは比較的余裕そうにしていた。


「静粛に。効果は自由とする。各々でどんな効果をもたらし、それにはどういった魔術を組み込ませて構築したか。こと細やかに図式と共に文章にも表して、提出するように。――――理不尽だなんて思うなよ? 特にサクラコ。お前は知能評定が『優』だからな」


 視線がまた集中する。今度はざわめいてもいる。

 そんなに見られてもなにも出さへんえ?


「初日故に、多少のやんちゃは大目に見てやらんでもないが、精々頑張ることだな」

「あんたは一々、俺をいびらなきゃ生きていけないのか? それともサブタスクってやつ?」

「フン。つくづく口の減らん野兎だ。面白い回答を期待しているぞ」


 うっわ~······瞳孔が尖ってら。

 開始の合図と共に、四方八方から羊皮紙に羽ペンを走らせる音が立て続けに鳴る。非常にうるさい。

 どいつもこいつも必死になっちゃって。魔法陣の構築なんて、要約してしまえばパズルと同じなのに。

 取り敢えず、俺は適当に暇潰しで考えたやつを書くことにした。現実味が無くていいなら、効果も適当でええやろ。

 トントン拍子で終わって提出すると、プラムは目を丸くさせてきょとんとした。


「もう、終わったのか······?」

「うん」

「なんの冗談だ? まだ二十分も経っていないぞ?」

「だから二十分で終わらせた」


 後ろから受講者の騒然とする声が聞こえてくる。ひそひそひそひそと、耳がこそばゆい。


「寝ていい?」

「あ、あぁ······」


 プラムは俺の羊皮紙に目が釘付けになっていた。批評点を見つけようとしているかと思ったが、どうにも様子が変だ。持つ手を激しく震わせていて、まるで喉を詰まらせたネズミのようだ。


「大丈夫か?」

「あ、あぁ······」


 さっきと全くおんなじ返しなんやけど?



 ++++++++++



 次の『魔術学ニ科』では、実験室のようなところに移動した。後ろの棚には試験官やらフラスコやらが並べられ、他にも周囲の至る所から薬液の匂いがしている。

 苦くて渋い。鼻が曲がりそう。匂いがしなさそうな、一番後ろの窓際の席に腰掛ける。

 プリムで受けたのが『魔術学一科』で、今度は『ニ科』ね。教本の内容からして、前者は座学専門で、後者は実践形式か。一つの分野をわざわざ二分するのは、講師に負担をかけないためか。

 授業開始の鐘が鳴ると、刈り上げ頭をしたエルフが転移して現れた。丸渕眼鏡をかけた若い男で、腕に教本を抱えていて厳めしい雰囲気を醸し出している。

 マントをヒラヒラとさせちゃって、かなり高尚な魔術師に見える。取り敢えず、これまためんどクサそうな講師やつが出てきたものだ。


「欠席はいませんね。では、授業を開始します。と行きたいところですが、一人、知らない生徒がいますね。――――ジンテツ・サクラコくん」


 うん。なんとなく予想していた。プラムが大概なだけかと思ってたら、どうやら共通認識らしい。

 ここは無視や。取り敢えず、無視無視。目線も逸らして、人畜無害を装うとしよう。


「シカト、ですか。まあ、いいでしょう」


 ヨシ! 取り敢えず、これであいつの興味から離れ――――


「ところで君の魔術の腕を見てみたいのだが、構わないかね?」


 ちっとも離れられてへんがな!!?


「君のことはプラム教諭から伺っている。知能が高いが、実践能力に難がある。しかし、安心してくれたまえ。この『魔術学ニ科』を担当するジンジャー・ファルスは、才能が無いからといって蔑んだり、見捨てるようなことはしない。誓ってね」


 だったら、そんなに睨み付けるなよ。警戒心と拒絶反応が駄々漏れやぞ。なんなら、一番眼光が鋭い。

 人畜無害でヒウィゴー作戦は失敗に終わってしもたえ。――――チッ!


「とはいえ、いつ如何なるときにも『体裁』というものは意識しなくてはならない。信頼とは、目に見える実績チカラによって確約されるものだとは思わないかい? 話を聞く限り冒険者を目指しているようだが、それなら尚更留意しなくてはならない」


 取り敢えず、俺は前髪に向かって息を吹き上げた。

 講釈と説教は聞くに絶えん。耳が疲れてめんどクセェ。


「何も無理は言ってはいまい。簡単なものでも構わない。さあ、皆の前に出てきて疲労してくれたまえ」


 成る程。これは『きょーてき』ってやつやな。

 冷めきった眼差しに、冷めきった口調。プラムと同じと思っていたが、あっちはまだ感情を読めたぞ。

 この講師はエルフを象ったゴーレムか何かか?

 周囲も俺に視線を集中させて、何を期待しているのやら。中には微笑んでるやつまでいる。


「どうしたのかな? さあ、サクラコくん。時間が勿体ないよ」


 気がついたら、俺は貧乏揺すりをしていた。流石に、この空気は我慢ならへんか。

 めんどクセェけど、やったるか。


「その辺にあるの、使っていい?」


 訊ねると、ジンジャーは顎に手をやって眉をひそめた。


「構いませんよ。必要とあらば」


 了承を得た。早速取り掛かろ。

 俺は四方八方の棚から、木板と筆、そして紫、赤、空色の薬液が入った試験官と空のビーカーを手にして前に出る。

 用意したものを見て、ジンジャーはまたも顰めっ面になった。俺がこれから何をするのか察したようだ。

 俺は魔術を使えない。恐らくは、適性・・が無い。あくまで考察やけど。

 現代では誰もが平気な顔して扱っているが、魔術とは元々儀式に用いられた祈祷の部類だ。

 刻印、呪文、祈り。この三基盤を組み合わせて、神から『奇跡』を借り受けるという主旨で使われていた。

 いまでは、長い長い歴史の中で咀嚼、解釈されてかなりコンパクトで身近な技術となった。大雑把に纏めてしまえば、魔術とは数式だ。

 どんな効果にどういう性質を含ませるかという学問的な見方が展開された結果、魔術の世界はうんと広がり、深みを増して、汎用化されるようになった。

 刻印は魔法陣に、呪文は詠唱に、祈りは想像に。

 用途は変容したものの、基盤に然したる変わりは無い。

 ここからが本番。魔術文化の礎を築いたとされるのは、大きく分けて二つ。

 一つは精霊と契約して術を拝借する方法。

 一つは刻印を活用して術を行使する方法。

 俺が今からやろうとしているのは後者だ。今でも、錬金術や占星術などでも利用されている、最もそれらしい技法。

 時代遅れと揶揄されているが、馬鹿には出来ない。とはいえ、専用の道具が無いと使えないわけで。

 まずは木板に赤と紫の薬液を適当に混ぜたインクで円描き、その中に五芒星を付け加える。

 これが魔術の素だ。円は『循環』を現し、星は『引力』を現す。ただし、地域によっては形は様々だ。

 基本的に魔力は外に向かって流れる働きがあるから、インクを通して流れを捕捉して魔法陣に滞留させる。

 要は魔法陣を炉に例えたとき、円は薪で星は釜といった具合。あとは釜の内容物次第で効果が変わる。


「サクラコくん、まさか君は古式魔術をやろうとしているのかね?」

「そだよ。文句ある?」


 淡々と答えると、ジンジャーが呆れた風に溜め息をつくのが聞こえた。


「勉強熱心なのは伝わったが、退廃的な技術を用いようとは。これはこれで驚かされる」

「ケケケッ、せやろ」

「だがね、これでハッキリしたようだ。ジンテツ・サクラコ、君は紛れも無く劣等生だ!」


 人差し指を突き出してきて、ジンジャーは言い放った。


「君は単独で魔術を発動させられる程の魔力が補填できない。この時点で、君は冒険者として活動するにはかなり厳しいようだ。わかるかい?」


 随分と勝手で傲慢。清々しく片寄った信念で。

 悪くぁねぇが、気に入らねぇ。


「なんでそんなことが言えるん?」

「愚門を。冒険者とは、多分野に精通してこそ。魔術が使えないというのなら、その需要に限度がある。そうなったら最後、落ちぶれるだけだ。悪いことは言わない。この道は諦めなさい。無い物ねだり程、酷く惨めな生き方はないですよ?」


 クスクスクス、ケタケタケタ、フフフ、ククク――――微かな笑いが色々と聞こえてくる。

 成る程な。他の奴らも同じか。


「これが、現実ってやつか」

「どうかしたのか?」

「別に」


 確かに、ジンジャーの言うことには同意だ。

 魔力はステータスを幅広くできる。その有無で、『蟻でも象を倒せる』なんて謳い文句が出来るほどだ。

 それは否定しない。

 しかも、古式の刻印魔術は手間が掛かるときた。

 だからと言って、阿保扱いされるのは気に入らねぇ。

 魔術の内容、決めた。 

 魔法陣の中央にフック状の杖を掛け合わせて、さらにさらに火と雫を付け足し、二本の矢印を円にして繋ぐ。

 あとは、ジンジャーの眼鏡を使うとしよう。

 魔術を掛ける対象は被術対象と言う。この場合、魔法陣の上に置いたジンジャーの眼鏡がこれだ。

 準備は整った。いざ魔術の行使だ。

 俺が今から使おうとしている魔術は、錬金術の一旦。

 なに? 魔術じゃないって? 確かに派生した技術ではあるが、魔法陣を要している時点でなんだって魔術だ。それ以下でもそれ以上でもない。

 暴論、極論超上等!

 本来ならば自身で補填した魔力を注入させるのだが、俺の場合は圧倒的に不足しているから、代わりに空色の薬液を魔法陣に注いで術式を活性化させる。

 黒がかった青い光が明滅し、最高潮に達すると眼鏡は火の玉となって飛び上がった。そして、ヒュゥ~~~と音を立ててジンジャーの顔面に向かう。

 俺は取り敢えず、耳を塞いで伏せる。


「さ、サクラコ君!? これはッ! これは一体なんなんだ――――ギャフン!!?」


 火の玉はジンジャーと接触した瞬間、パァーンと爆発して綺麗な光の花を咲かせた。


「【属性アトリビュート転現チェンジリング】」


 俺はジンジャーの眼鏡を花火に転換したのだ。おまけに『持ち主の元へ帰る』という指向性を付け加えて、見事に効果は発揮。魔術は大成功ってわけだ。

 気に入らねぇ顰めっ面だったから花を添えてやろうと思ってしてやったが、残念ながら花は一瞬で消えた。だが、ジンジャーの顔が黒焦げになって面白くなったから、それだけでもボロ儲け。

 寧ろ、こっちの方がええやろ。

 別に闘いには使えなくても、ほら、こんな風にいくらでもあそべるんだからさ。


「ケケケ! ケケケケ! ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャァー!!!」


 皆驚いて声もあげられない教室で、俺は盛大に笑いこけた。


 ――――あぁ、超最高。





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