第3話 哲平行脚

「奥様、じゃなくて瑠璃さん」

「ヤマさん、どうしたの?」

「玄関先に小汚い托鉢僧が来ていて」

「いくらか包んだらいいのじゃない」

「それが立ち去らないんです」

「あらまあ」


 瑠璃子は籐のロッキングチェアから身を起こすと玄関に向かった。

 じっと見つめる瑠璃子。

 すると遍路笠を脱いで坊主頭が見えた。


「まあ、哲平じゃない」

「えっ、こんなにお痩せになって」

「お上がりなさい、あっ、ちょっと待って。裏に回って、先にシャワーを浴びて」


 哲平の巡礼白衣は薄茶色に変色していた。

 畑仕事を終えた瑠璃子が、裏から直接風呂場に行けるように設えてあった。





「それで、顔なしくんの実家のお寺にお世話になっていたのか。まさかこのまま結婚もしないで出家するつもりじゃないよな」

「うーん、わからない。それもいいかなと」

「おいおい、父さんより年寄り臭くなってどうする」


 哲平はテラスでビールを飲みながら哲之介と語り合っていた。

 思えば、こうやってしんみりと話す機会がないまま家から追い出されたのだ。

 自分の心が弱かったばかりに一平を傷つけ、家族にも不快な思いをさせた。


「一平とこうやって飲むことあるのか?」

「いや、いつ呼び出されるかわからないから飲まないようにしているみたいだ。あいつは偉いよ。自分を律して生きている。俺なんか遍路しながら飲んでいる」

「まあ、そう言うな。般若湯と言うくらいだ。少しくらいいいだろう。父さんに付き合ってくれ」


 哲平のグラスにビールを注ぐと、哲之介は手で制しながら自分のグラスにも注いだ。


「父さんは母さんとどうやって知り合ったの?」

「瑠璃さんは麻薬Gメンだったんだよ。資料をもらいに行くと、留守番をさせられていた瑠璃さんが、部屋にポツンと一人座っていたんだ」

「えっ、その話初めて聞く」

「あの器量だろ。何とも可憐で、父さんのひと目ぼれだった」

「それでどうやって射止めたの?」


 哲之介はビールで喉を湿らして続けた。


「猛攻撃だよ。一平がナオさんを射止めるときみたいに。いや、あれ以上だ」

「たとえばどんな?」

「花束にスイーツ、宝飾、プレゼント攻撃だ。でも、なかなかだったよ。瑠璃さんが持っていたブランドもののバッグの新作をプレゼントしたら大喜びして」

「一平もパターンが同じだな」

「ハハハッ、それは父さんの秘策を教えたのさ」

「そういうことかあ」


 哲平は冷蔵庫にビールを取りに行った。


「瑠璃さんは射撃訓練に励んでいたけど、女は結局留守番だと虚しさを覚えていた、そんなときだったのさ」


 










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