第61話 それからの三日③

 セビーと二人で屋台などを冷やかしながら歩き、荷物を置いてからも下見第一弾と称して学園周りをブラブラした。

 食事も食堂ではなく屋台で買い込んだもので済ませ、セビーはたっぷり祭り気分を堪能したらしい。

 日が沈む頃飲み物の屋台のベンチで休むと、冷えたレモネードのカップを両手で持ちながら、「ああ、楽しかった」と弟はニコニコと笑った。


「今夜はぐっすり眠れそうだよ」

「ふふっ、よかったね」


 まったく疲れたようには見えない弟に微笑むと、セビーは半分飲み干したカップを置き、真面目な顔になった。


「姉様」

「なあに? 急に真面目な声出して」


 突然雰囲気の変わった弟にコテンと首を傾げると、彼は少し考えたあとゆっくりと口を開いた。


「ごめんね」

「えっ? 何が?」

「うん、色々。父様が亡くなって兄様たちが実家に戻ってきた時、姉様を残してきちゃったこととか、何も気づいてなかったこととか……」


 しょんぼりとまつげを伏せるセビーの頭を撫でる。


「謝ることなんて何も無いじゃない」


 まだ子どものセビーが、実母であるタチアナ母様についていくのは当然だし、サロメのことを気づかせないようにしていたのは私だ。


「それでもさ、もう少し早く姉様を、姉様らしくしてあげられたら良かったって思うんだ」

「私らしくって?」

「綺麗な女の子」


 きっぱりと言い切ったセビーに思わず吹き出しそうになった。


「冗談で言ってるわけじゃないからね? わたしの姉が不細工なわけ無いでしょ。だいたい姉様、このまま十年もしたら、その辺の男じゃ声をかけるのもためらわれるくらい、高嶺の花って感じの美女になるんだからね!」

「また変なこと言って」


 そんなことあるわけないじゃないと肩をすくめると、セビーがじっとりした目になる。


(あら、拗ねちゃった)


「全然信じてないね」

「んー、そんなことはないわよ。さすがに高嶺の花は無理でも、今少しずつ自信をつけているところだもの。セビーが切ってくれた髪と、タチアナ母様がお直ししてくれた服のおかげでね」

「ほんと?」

「うん。本当」


 気を抜くとうっかり自分を卑下しそうになるけれど、鏡を見れば魔法は続くから。毎日鏡の中の私ににっこり笑って、駄作じゃないよって呪文を唱え続けるのだ。きっともっと変わっていけるって信じてる。


「そっか。あのさ、これは受け売りなんだけど、人は変わりたいと思って行動した瞬間から変わり始めるんだって。姉様は、確実に未来を変えたんだよ」

「未来か……」


 真面目なセビーの顔を見て、本当にそうなのかもしれないと思う。するとセビーは大人っぽい笑みを浮かべ、いたずらっぽく口の片端を上げた。


「じゃあさ、例え話。もし姉様がサンドリヨンなら、王子のために何をしてあげたい?」


 それは不思議な質問だ。

 はたから見れば私の立場は今まさにサンドリヨンで、普通ならサンドリヨンは女の子の夢を叶えてもらう側だから。でもセビーは、私は与えられるだけではないって思ったのだろう。それがとてもしっくりくるし、嬉しかった。

 だからあくまで例え話として真剣に考える。


「そうね。もし私がサンドリヨンなら……」


 コレットやエズメ、サンドリヨンとは逆だったアンヌマリー母様に思いを馳せ、その向こうにユーゴの姿を見つける。

 もっさりして不機嫌で、女の子たちから怖がられ敬遠されているユーゴ。

 ぶっきらぼうでも本当は優しくて、いつも背中を押してくれるユーゴ。

 素顔だと美男子すぎるのに、すぐからかってくるおちゃめな一面があって、笑った顔が可愛いユーゴ。

 一緒にいて一番気楽で、時々腹が立って。一番胸が苦しくて、いつも話が尽きなくて楽しくて……。

 思えば私は、あなたから与えられてばかりだったね。


「幸せにしてあげたいわね。努力をすることは得意だもの」


 あなたと別れるその瞬間まで私と一緒にいた事を、私が感じていること同じくらい幸せだったと思ってもらえたらいい。


 「贅沢な夢ね」と遠くを見て呟くと、セビーが「さすが姉様、男前」と、何やらやたらしたり顔で頷いた。


「じゃあさ、それは二人の立場や関係が変わっても変わらない?」

「うん、もちろん」


 私とあなたがどんな関係でも、私はあなたの幸せを願ってやまない。


「きっと叶うよ。きっとね。なにせ姉様は未来を変えたんだから」


 確信でもしているかのようなセビーに付き合い、「そうねえ」と相づちを打つ。すると彼はふと何かを思い出したように、「あっ」と声を上げた。


「姉様、これは昔ある人から聞いた話なんだけど」

「うん?」

「オーディアの王族の人って、めちゃくちゃ一途らしいよ。義務を放棄することはないらしいけど、万が一想い人と運命のパズルがカッチリはまったら最後。喰らいついて絶対離さないんだって」

「喰らいついてって……」

「あ、表現が悪いか。ごめん。えっと、なんだったかな。そうそう、溺愛される、だ」

「……」


 聞き馴染みのない言葉にどう反応したらいいのか分からずにいると、セビーはそれはもう楽しそうにニッコリと笑った。


「覚悟したほうがいいだろうね」


(なんだか最近、同じことを言われた気がするわ)


  ◆


 次の日は朝早くから支度が始まった。夜もたっぷりマッサージされた顔は、いつも以上にツルツルしている気がする。

 セビーが満足するまでヘアメイクが施されドレスに着替えると、鏡の中には穏やかに微笑む大人の女性が映った。


「いつもとメイクの雰囲気が違うわね。ちょっと派手な感じ」

「うん。でもドレスにバッチリ合ってるでしょ。すごく似合う」


 そうなのだ。今日のためにタイトなデザインに手直しされたドレスは、コンプレックスだった高身長で丸みに乏しい身体だからこそ似合うものだと分かる。全体的に派手だけど落ち着きがあって、すごく馴染んでいるのだ。びっくり。

 タチアナ母様もセビーもすごすぎるわ。


「手直しのデザインはニーナが手伝ったんだよ。今日は本番・・だからね。これが正解。むしろこれくらいでちょうどいいんだよ」


 そう言ってしたり顔で笑うセビーが、「これはニーナがめちゃくちゃ喜ぶ」と付け足すのがバッチリ聞こえた。

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