第60話 それからの三日②
ユーゴが舞踏会のパートナーの申し込みをしてくれたのは逢瀬の間だった。秘密の部屋から戻る時、ふと気づいたようにユーゴがパートナーについて聞いてきたのだ。
「ロクサーヌ。一応聞くけど、明後日の舞踏会のパートナーは決まってる?」
「今はセビーにお願いしてるんだけど」
ユーゴがパートナーになってくれるの? と、淡い期待をしながら目で尋ねると、彼は口の端を上げて優雅に一礼し、私に右手を差し出した。
「その栄誉をわたしにいただけますか、ロクサーヌ嬢」
芝居がかってるはずなのに嫌味もわざとらしさもなく、思わずほおっと感嘆してしまう。きっとダンスも上手なんだろうな。
「私、ダンスはあまり得意じゃないけど」
思わず怖気づくと、ユーゴは少しだけ呆れたような顔をした。
「たしか、ダンスもダントツトップの成績だったと記憶しているが?」
(男女別の授業だったのに、よく知ってるわね)
「たしかにそうなんだけど、それはちょっと特殊な事情があって」
「事情?」
なかなか彼の手を取らない私の前で、辛抱強く待っているユーゴが不思議そうな顔をする。
ダンスの講師は厳しくて、すこーし変わった女性なのね。誰かを贔屓をするなんてこともない。だから不思議だったのだろう。
私は少しだけ悩んでから、まあいいかと苦笑した。暗黙の了解ではあるけれど、絶対に秘密というわけでもないもの。
「私、背が高いじゃない。平均的な男子くらいの高さがあるでしょ?」
正確に確かめたことはないけれど、私より背が高い男子は、学園に半分もいないと思うのだ。
「ああ、うん。それが?」
「ダンスは男女で踊るのに、男女合同の授業は年に数回。ということで、私は普段男役もしていたから、その分を加点されていたのよ。男女どちらも覚えなきゃいけないからってことでね」
ユーゴがポカンとしてる。かなり予想外だったらしい。
(うんうん。男子の方は相手役になる女性講師が複数いるものね)
以前セビーにこのことを話したときは、私の話に相当ゾッとしてたけど、男子の方で女役はないと思うと話して安心させてあげたっけ。
講師が少ないのは、たぶん女子学生の方が少ないから。
不公平にも思えるけれど、男役はこれはこれでなぜか人気があるのだ。背が高くても拒否権はあるし、平均的なサイズの女子が望んで男役をすることもあるくらい。
ただ私より背の高い女子はいないから、みんなのためにも男役を頑張っただけ。
(自分に自信がなかったから、むしろ男役のほうが楽だったのは内緒だけどね)
「なぜか未知の世界を見た気がする」
慄いたようにそんな不思議なことを呟くユーゴは、私よりもずっと背が高い。
それを確認するように、彼が私の手を掴んでクイッと引いた。
「ふむ。俺とロクサーヌなら、背のバランスはピッタリだな」
「ふふっ、そうね」
つい笑ってしまい、改めて返事をしようとすると、ユーゴも改めて真面目な顔で申し込みをしてくれた。
「俺と、っ……踊って、ほしい」
さっきのような王子様風ではなく、学園でのユーゴ口調で言われた言葉はとてもシンプルだ。深い意味などない。わかってる。
なのに場所が場所だったかせいか、まるで求婚されたみたいに錯覚しそうになって、そんな自分に少し笑いそうになってしまう。
「はい、喜んで」
そう返事をして彼の手を取ると、ユーゴの強張っていた頬がふっと緩んだ。
「ありがとう」
「こちらこそ」
息が止まりそうなほどの幸福感で目の奥が熱くなったのを隠すように、私は少しだけ瞼を伏せた。
◆
次の日は、翌日に迫った舞踏会のために学園のある街にセビーと二人で向かった。もともとセビーにパートナーをお願いするつもりだったから宿泊申請もしてあったんだけど、パートナーはユーゴに申し込んでもらったから、セビーは学園下見を兼ねた、私の【専属ヘアメイク係】としての同行らしい。
ニーナも一緒に来られたらよかったんだけど、宿泊できる場所がなくて、元々の予定通り、明日トーマと一緒に来ることになっていた。
(それにしてもセビー、なんだかやたらと張り切っているのよね)
昨日は家まで送ってくれたユーゴと二人で、ドレスの色だの何だのと、本人そっちのけで何やらコソコソ打ち合わせをしていたし、男同士、もしくは先輩後輩として2人は意外と気が合うのかもしれない。私には教えてあげられないことも多いだろうし、ありがたいことだと思う。
その後ユーゴは、帰る予定が少し早くなったといって夕方には別れた。学園に戻ってくるのは舞踏会当日ギリギリになりそうらしい。
「この埋め合わせはするから」
予定よりデートが短くなったからか、それとも舞踏会当日にギリギリになることを指しているのか。申し訳無さそうにそんなことを言ったユーゴが去り際、私の額に口づける。
「ユーゴ様、グッジョブ」
「ニッ……ニーナ?」
ボーっとユーゴを見送ると、ニーナの感極まったような声で我に返った。ちょうど来たところだったらしいニーナから満面の笑顔を向けられた瞬間、地面に埋まりたくなったのは言うまでもない。
◆
街に入ると、セビーが華やかに彩られた街の様子に感嘆の声を上げた。
「うわぁ、すごい。前に来たときとは別の街みたいだね、姉様」
私と二人きりなので素の話し方になっているセビーは、入学試験のときとはガラリと様子の変わっている街並みを珍しそうに眺めた。
「入学式までこんな感じよ」
「へえ、そうなんだ」
別名学園都市とも呼ばれているホンティナでは、学園の卒業から入学式のあるこの時期に合せて、長いお祭り期間になる。
街道には街の人々が育てた花のプランターが並べられ、街路樹には大小様々なリボンがかかっている。屋台もたくさん出てるし、何よりお洒落をした人が多くて目に楽しい。
舞踏会の日には卒業する学生の身内をはじめ、事前に申し込みをしている卒業生なども訪れる。しかも年代によっては王族が通うこともあることから、この期間は特に警備がすごいことになっているんだけど、その警護を担当している凛々しい騎士たちを見るために集まってくるお客様も多いとか。
結果、人口密度がぐんとあがるこの時期の華やかさは、まるで別世界のような様相となるのだ。
来てよかったとニコニコしているセビーは、私のドレスやメイク道具の入ったトランクと自分のカバンをヒョイッと持ち上げた。
「姉様姉様、寮までは馬車に乗らずに歩こう。色々見なきゃもったいないよ」
「うーん。荷物を置いてからのほうがよくないかしら? 重いでしょ?」
「ぜーんぜん。余裕」
(私より小さいけど、力は男の子なのねぇ)
弟の成長に感心していると、不意にユーゴに横抱きにされたことを思い出してしまった。
馬に乗るときも重さを感じてないみたいに抱き上げてくれたし、全体的にガッチリしてたし、男の子から男になるのってあっという間なのかもしれない。
「姉様、少し顔が赤い。もしかして暑い?」
「えっ? ううん、そんなことないわ。セビーが大きくなったなと思ったら、ちょっと感動しちゃっただけよ」
「そう? 背もすぐ追い越すからね!」
ニカッと笑ってそう宣言するセビーに微笑みつつ、心の中のユーゴを遠くへ追いやっておく。
一日会えないだけで淋しくなってしまうなんて、かなり重症だわ。
(卒業したら、これがずっとになるのにね……)
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