第56話 さすがに演技過剰でしょ⁈
ホッとした空気が流れる中、改めてメイドたちには休んでもらい、部屋には私たちだけになる。
そこで改めてオリスも同級生であることをみんなに打ち明けて、彼にも座ってほしいと言ったんだけど、オリスは少しだけ考えるそぶりを見せた後ニヤッと笑い、私の耳元に口を寄せた。
「ありがと。でも特等席は死守したいんだよね」
囁かれた言葉に首をかしげる。
特等席って何?
「まあ、オリスがいいなら別にいいけど。あっ! 今お茶の支度をするから、それは飲んでね」
「もちろん、喜んで」
友達に知らんぷりしていることも立たせたままにしておくことも落ち着かなくはあったけど、本人が楽しんでるならいいのかな。
お茶を淹れるために準備してもらったティーセットの前に立つと、ユーゴがみんなから私を隠すみたいに斜め後ろの方に立った。委員会なんかでそうだったように、お茶の支度を手伝ってくれるつもりなのだろう。
こういう感じは学園でもよくあったし、今まで気にしたこともなかったのに、今はこの距離感にドキドキするような、しっくりと落ち着くような変な感じ。
そのまま普段通りお茶の支度をしはじめ、はたと気づいた。
お客様に何させてるの、私。
「ごめん、ユーゴ。座ってて」
いつもの癖で手伝ってもらっていたことを小声で謝ると、ユーゴは少し首をかしげて不思議そうな顔をした。
「なぜ? 俺は今、君の恋人としてここにいるんだし、君を手伝うことも自然だと思うんだが」
「身分がバレてるのに、まだその設定を続けるの?」
そりゃあ、王子様だって知っているにもかかわらず、しれっと手伝わせていた私が言うことじゃないけど。
「まだ必要だろ?」
「それはまあ、そうなんだけど。エイファン様は信じないと思う」
ユーゴを殿下と呼んでたし、親しそうだし。
もっとも男爵のこと以前に、普段の私達を知っているオリスの前で演技をするのは、なかなかやりにくいものがあるのだ。
そんなことを小声で話しながらオリスをチラッと見ると、彼が分かってると言うように小さく頷いてくれたからホッとする。細かいところに気がつくオリスだから、何を見ても口をつぐんでいてくれるだろうという安心感はあるのよね。学園に戻った時に、お腹を抱えて笑われそうだけど。
(ま、あとで大笑いされても構わないか。もう卒業で、会う機会もそうないだろうし)
でもそれはユーゴとだって同じことだと考えていたら、ユーゴがまた耳元に口を寄せてきたからドキッとした。
「信じるさ。演技じゃないから」
無駄にいい声が耳朶をくすぐり、頬がカッと熱くなる。
「またからかってる」
馬車の時も面白そうにしてたし、ユーゴは自分の魅力についてもっと自覚したほうがいいと思うわ。
なのに、少し睨んだ先にあった彼の目は真面目な色をしていて息を飲む。
また知らない大人の男の人みたいで、心臓がわしづかみにされたみたいにぎゅっと痛くなった。
「からかってない。期せずして懸念が消えたんだ。遠慮なくいく」
「えっ?」
何の話か分からず瞬きすると、ユーゴはクスッと笑って私の頭にポンと手を乗せた。
「ぼーっとしてると、せっかく淹れた茶が冷めるぞ」
何カッコつけてるの? なんてツッコみたいのに、本当にユーゴがかっこよく見えて、声が喉に詰まってしまう。
何かスッキリしたようなユーゴに戸惑うけど、私もユーゴの頭に手を伸ばしてクシャっと乱暴に撫でて整えられた前髪を崩してしまった。
「こら、何するんだ。せっかくセットしてるのに」
「オリスもいるし、ユーゴもいつものもっさりの方がいいかなぁって思ったのよ」
(じゃないと、ドキドキしすぎて落ち着かないんだもの)
本音を隠してにっこり笑うと、ユーゴが「まったく」と言いながら前髪をかき上げ、ふいっと顔を背けた。その仕草にドギマギして、またもや頬がカッと熱くなる。
(ううっ、失敗した。ユーゴの色気にあてられる)
必死で平然としてるはずなのに、「ぐふっ」と、後ろでオリスの変な咳払いのようなものが聞こえた。
ああ、また失敗した。絶対オリスにバレた。絶対バレたわ。
(ごめん、オリス。帰ってから、一人で存分に笑ってちょうだい)
今だけは気づかないふりをしてくれるって信じてるわ。
お茶を飲んで人心地つくけれど、未成年のセビーがいることを考えると、早々にお開きにする必要があると思う。
いまさらセビーに部屋に戻るように言ったって、絶対聞くわけないものね。私も部外者扱いする気はないし。
アンヌマリー母様の正体には驚いたし、今もオーディアに血のつながった人がいるというのも不思議な気がする。ユーゴの国の血が、自分にも流れているなんて変な感じだ。というか、正直ピンとこない。
全然存在も知らなかった親戚なんて、ほぼ他人も同然だもの。
冷静に考えてみれば、祖父が両親を見つけるのが難しかった理由は分かるのだ。
父の仕事は遠い親戚の跡をついだもので、苗字もその時に変わっている。今はガウラだけど、本家の伯父たちの苗字は別なんだもの。
兄弟が多い場合、家名を継がない下の子が他家を継ぐのは珍しくない。だから今まで気にしたこともなかったんだけど、きっとお父様の場合は、かけおちがきっかけだったのだろう。
だからこそ浮かんだ疑問を、私は男爵に聞いてみた。
「エイファン様。アンヌマリー母様のお父様やご兄弟は、私のことを知っていたのですか?」
何気なく尋ねたつもりなのに、不覚にも少しだけ声が震えて驚いた。疑問を口にしてはじめて、自分が思った以上に動揺していたことに気づいたなんて、我ながら鈍すぎるじゃない。
私を見て男爵が少し痛ましげにも見える顔をし、「知ってました」と言った。
「知ってました。ロクサーヌ嬢のお父上は、ずっと手紙を送ってくれていたそうです」
「お父様が?」
男爵が頷くと封筒を三通取り出し、テーブルの上にそれらを広げた。
見てもいいと言われ中をあらためてみると、たしかに二通は父の字だった。予想した通り、署名には苗字はなく住所も書かれていない。内容も近況報告でありながら、詳しい情報が分からないような書き方になっている。手紙というより業務報告みたいだ。
(お父様。いくらなんでも素っ気なさ過ぎでは……)
最後の一通は女性らしい便箋だ。そこに書かれた流麗な字を見た瞬間、全身に震えが走った。
「こっちは、お母様の手紙ですか?」
「その通りです」
アンヌマリー母様が亡くなる前、最初で最後の手紙を実家に送っていた。
そこには結婚を後悔していないこと。とても幸せであること。
可愛い男の子を養子に迎えたこと。そしてその愛らしいエピソードの数々。
それが幸運の引き金となり、待望の娘が産まれたこと。自分の名にちなんだ名前を付けたこと。唯一持ち出した成人祝いのピアスは、娘が成人したら譲るつもりだということ。
そんなことが楽しそうに書かれていた。
もしかしたら送るつもりのない手紙だったのかもしれない。
でも長い手紙の後半は、ガラッと印象が変わっていた。
おそらく後半は、高熱の中したためたのだろう。
震える字で繰り返し、いい娘じゃなくてゴメンナサイと書かれたお母様の手紙には、もし娘が自分のルーツを知りたがったり、頼ったりしてきたら、どうか力になってほしい旨が書かれていた。
「ルーツ?」
「ええ。ロクサーヌ嬢の曾祖母様が、先ほど言っていたディディーとエズメの娘にあたります。おそらくそのことかと」
男爵の言葉に思わずポカンとする。
さすがにまさかでしょう?
「エズメの夫が元王族とはいえ、亡くなった人が、――いえ、亡くなったとされている人が、他国の貴族になれるものなのですか?」
つい、歯に衣着せぬ疑問を投げかけると、当時オーディアが混乱期だった影響で、ディディーたちは市民権を得ることができたらしい。その後、二人の間に生まれた娘を当時のエフル伯爵が見染めたそうで、数段階の養子縁組を経て嫁いだのが私の
「じゃあ本当にエズメが私の、えっと、ひいひいおばあさま?」
「はい」
(だからだったのか)
嘘でしょと言う気持ちを上書きするように、ふいに色々なことに納得がいった。
私だけ秘密の部屋を教えてくれた父。それは、母の子が私だけだったから。
(お母様は私に、歴史には残っていない先祖の秘密をつないだんだ)
思わず胸元のペンダントを左手でつかんで右隣のユーゴを見ると、彼はこの感情を共有してくれるように、私の目を見てしっかり頷いてくれた。
理解してくれる人が隣にいる。
それはまるで、運命の糸に導かれたみたいに見えて胸が苦しい。
今日彼と秘密の部屋に行ったのは偶然だったのに。
あることも知らなかった自分のルーツも恋を知ったことも、あたかも初めから今日がその日だったと決められていた事みたいに思えてしまう。
小刻みに震える手を、無意識にユーゴに伸ばしてしまったのかもしれない。彼がギュッと握ってくれるから、その熱にホッとこわばりが解けていくのを感じた。
「ロクサーヌ嬢のお父上が亡くなったことが分かったのは、一年ほど前のことです。もともと手紙は不定期だったそうで、海を越える時は途絶えることもよくあったそうですが、さすがに連絡がなさすぎると調べ、事故を知りました。そのときはじめて今の苗字と、ロクサーヌ嬢の名前も知ったのです。それまで手がかりは、娘の名前はアン・ジオラス、もしくはマリー・ジオラスという名前だろうと言う推測のみでしたから」
「それで私がお母様の実家を頼りたがっていると思って、縁談を持ってきたということですか?」
私の質問に、エイファン様が頷いた。
「偶然ですが、さっきのサロメがわたしのもとへ持ってきた縁談がきっかけでした。同姓同名の別人かもしれない。けれどもしかしたら、本当にアンヌマリーの娘に至急夫が必要なのかもしれないと、伯爵が動き、今回わたしが確認に参ったという次第です」
「そう、だったのですね」
「ええ。ちなみに夫の候補は三人おりますが、わたしから見てもいい男達だと断言できるんですがね」
そこで言葉を区切った男爵が、口元に苦笑を浮かべる。
私に縁談を受ける気がないのが分かったからかと思ったんだけど、なぜかオリスも変な顔をしている。二人の視線を辿ると、ユーゴがなんとも複雑な表情をしていて、「縁談はいらないな」と言った。
「ロクサーヌに縁談はいらない。相手がだれであろうと却下だ」
「ちょっとユーゴ」
あまりに傲岸不遜な言い方にハラハラしてしまう。
通常モードと言えばそうなんだけど、私だってちゃんと断れるわよ。
そう言おうと思ったとたん、グイッとつないだ手を引かれてユーゴの胸に飛び込んでしまった。
「彼女に求婚するのは俺だ」
「「はっ?」」
驚いた私とセビーの声が重なる。
ちょっと待ってユーゴ! さすがに演技過剰でしょ⁈
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