第51話 ユーゴ視点⑩

 本来であれば、カールが許可を求めるべきなのはロクサーヌの養い親であるタチアナか、兄のジャンであるべきだ。

 しかし、俺を見て問いかけるように眉を上げたカールに、この場で俺の素性を隠す必要はないと合図したため、彼は俺に許しを請うた。内心ため息をつきつつも、短く「許す」と返事をする。


 このやり取りに驚いたであろうロクサーヌの反応が気がかりで、唇がカラカラだ。




 さっきドアを開けた瞬間、賞賛の目でロクサーヌを見つめたカールと、威風堂々たるカールに見惚れるロクサーヌ。そんな二人に素早く目を走らせた俺は、どうしようもないほどの焦燥感に駆られた。

 武骨なカールが装うと、途端に男としての色気と存在感が際立つのだ。年を重ねただけの深みがある。

 男としては憧れるし尊敬もしているが、食い入るようにカールを見つめるロクサーヌを見るのはさすがにきつい。


(くっそ。カールがロクサーヌに会いたかったというのは本当だったのか)


 どこで彼女を見染めたのかは分からないが、あの愛しげな眼差しはなんだ。絶対に初対面ではないだろう。


 国にいるはずのカールがここにいるということは、叔父がロクサーヌの本名を知った時点で使いをやっていたに違いない。

 あの時はまだロクサーヌはただのガイドのロキシーであって、俺が求婚したい相手ではなかったのだから、叔父が父親カールの探し人を見つけたと連絡したことに文句は言えない。が、タイミングが悪いだろう。

 今日の慌ただしい様子から、早くても明日以降だと思ってたのに。


 しかもオリスがカールについてきているということは、叔父がここを教えたということだろうか。オリスを見ても表情が読めない。


(これは、自分の力でロクサーヌを勝ち取れと言う意味なのか?)


 絶対オリスも叔父上も面白がってると確信し、ギリッと奥歯をかみしめた。


(彼女は絶対に渡さない)


 思わず独占欲丸出しで彼女の腰を抱き寄せてしまったが、カールがこちらに生暖かい視線を向けるので居心地が悪くなった。


(余裕だな、カール。お前にとって今の俺は、彼女との縁談を阻止する気満々の敵だぞ? 分かってるのか?)


 心の中でそう問いかけるものの、幼少期から通い詰めた騎士団の副団長であり、俺にとっては剣を手ほどきしてくれた師範の一人でもある。そんなカールに本気でロクサーヌを求められたら、悔しいけれど勝てる気がしない。

 だからこそ覚悟を決めた。負けるわけにはいかないのだ。


(せめて俺と彼女が同等の立場か、せめて俺がただの貴族の息子程度だったら、この気持ちを自覚したその場で彼女の愛を乞えたのに)


 でもできなかったのは、学園の外では当たり前に立ちはだかる立場の違いのせいだ。

 自分の生まれが枷になる日が来るとは思わなかった。


 まだ想いを告げるわけにはいかない。告げてしまえばすべてを求めてしまう。彼女に求めるのは学生時代限定のような、一時的な恋人ごっこではないのだから。


 仮にも王家の人間である自分が求婚をするには、最低限の手順がいる。父の許しが最善だが、最低でも母に話を通す必要があるのだ。

 相手が外国人であっても、母の同郷であるロクサーヌは、それだけでも心象は悪くならないはず。もともと学園で会ったことのある彼女のことは褒めていたのだ。しかも今では、叔母も大いに気に入ってくれているという点も大きい。


 しかしロクサーヌは家柄は良いが、残念ながら爵位がない。そのため事は慎重に進めざるを得ない。

 低くても爵位、あるいは周りを納得させられるだけの何かが必要なのだ。


 まず今夜は、彼女の憂いを払うことが目的だった。

 そのうえで、彼女の家族にいい印象を与えることが第一で、オーディアへ来ないかと誘っていることをロクサーヌに頷いてもらい、あわよくば彼女の家族に求婚の意思があることを伝えられればベストと考えていた。


 そのうえで、オーディアから学園の舞踏会来賓としてこちらに来る予定の母上に連絡。母を味方につけつつ、彼女に求婚できるだけの材料をそろえるつもりでいたのだ。

 ロクサーヌには、彼女の気持ち以外のことを理由に俺を遠ざけてほしくはない。

 愛される努力を惜しみはしない。しかしそれだけでは同等の立場に立てないことを、まじめな彼女はきっと苦にするだろう。


(コレットやエズメのことを、おとぎ話だとは考えないでくれ)


 彼女が教えてくれたサンドリヨンのような物語シンデレラ・ストーリーを、遠い世界のものだと考えてほしくないと切に願う。


 恋人としてなら、オーディアの指文字を習得しているらしいジャンとの会話で認められた。しかもそれは、父たちが時折使う少し古い複雑な指文字だったのだ。教えてくれた人物がそれなりの身分だったのだと考えられる。


 ジャンにも色々事情はあるらしいが、無言の会話の中で俺が彼女に求婚する気があると、本気だと伝えたことで、彼を悩ませていた何かが解消したらしい。

 しかも彼は俺の正体にはうっすら気付いている風でありながら、俺が平民でも構わないと言い切った。

 まさかこんなにあっさりと、最初の課題をクリアできるとは思いもしなかった。


 しかし、その先へ進む前に障害が現れた。

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