第46話 兄の告白
(イトコですって⁈)
お兄様の驚きの告白に慌ててタチアナ母様を見るも、なんと彼女も目を丸くしている。
「まあ、そうだったの、ジャン? 全然知らなかったわ」
「タチアナ様⁉」
サロメだけが悲鳴のような声をあげたけど、私とセビーは一瞬顔を見合わせ、同時に吹き出してしまった。とんでもないことを聞いたはずなのに、だから何なのかしら? みたいな、あまりにも呑気な言い方が可愛かったんだもの。
実子でもそうでなくても、差別することなく育ててくれたタチアナ母様らしいなんて思ってしまったわ。
兄が言うには、兄の生みの母であり、私の実の伯母にあたる方の名はロザリーというらしい。そのロザリー様とアンヌマリー母様は、もともと友人だったのだそうだ。しかも私たちの両親の出会いも、ロザリー様がきっかけだったという。
「わたしの実の両親と、叔父たちである育ての両親の結婚はほぼ同時期だったそうでね。わたしは幼いころから父上や、アンヌマリー母上からも可愛がられていたんだよ。幼い頃は、父と母が二人ずついるんだと思い込んでたんだ」
アンヌマリー母様とお父様の間には、結婚してから何年たっても子供に恵まれなかった。いずれは養子でもと考えていたから、兄の両親が亡くなったあとも、血のつながったジャンを息子として受け入れることに、なんら問題はなかったという。
制度的にも実子扱いになるようにしてあるのだそうだ。知らなかった。
そして兄が引き取られたことが刺激になったのか、ほどなくアンヌマリー母様が懐妊。私が産まれた。
「妹が出来て嬉しかったよ。でも……」
ほどなくしてアンヌマリー母様が亡くなった。
まだ八歳だった兄は、進んで赤ん坊だった私の世話をしたらしい。もちろん子どもにできることは限られている。けれど、ミルクやおむつも率先して世話したと言われ、つい頬が熱くなった。覚えているはずがないのに、ミルクをくれる幼かった兄の顔が思い浮かんだから。
(お兄様に可愛がられていたという記憶は、私の幻想ではなかったのね。冷たくなったと思っていたけれど、何か理由があったのかもしれない)
それこそ願望かもしれないけれど、それでも少しだけ救われた気がした。
でもサロメは、兄の話がよっぽどショックだったらしい。しばらく口をパクパクさせたあとキッと目を釣りあげた。
「それでも、ロクサーヌの母親が卑しい女だということに変わりはないでしょう。どこから来たのかもわからないって。男をたぶらかすことにかけては天才的だったそうよ!」
一気にそう言い切ったサロメが、勝ち誇った顔でユーゴにちらりと視線を流す。
「母親に似たのね」
それは私の母と友人だった兄の母をも侮辱する言葉であり、同時にユーゴのことを、ロクサーヌが連れてきた卑しい身分の男と言っていた。
その侮蔑に一瞬カッとなったものの、ユーゴは落ち着かせるように私の手を軽く押さえる。そして私に黙るよう目で合図をすると、ゆったりと足を組んでにっこりと笑った。
「へえ。俺が、ロクサーヌにたぶらかされたって? いいね。悪くない」
「ユーゴっ?」
こちらを見るユーゴの笑顔が甘すぎて私は思わず身を引く。
(たぶらかしてないし、悪くないって何?)
残念ながら手を押さえられたままなので、ほぼ動くことはできなかったけれど、彼のあまりにも魅惑的な微笑みに、目の前のサロメも息を飲んだのが分かった。その頬が少し赤くなっているのは気のせいではないだろう。ただの笑顔なのに破壊力がすごすぎる。
(王子様の笑顔、強いわ)
つい心の中でつぶやいた声が、お兄様に聞こえたわけではないと思う。そんなはずはないんだけど、私とユーゴを見た兄がニヤッと笑って、また「ひとつ」と言った。
「彼はおまえが思っているような男ではないよ、サロメ」
優しくさえ聞こえる兄の冷たい声に、サロメが怪訝そうに眉を寄せる。それは、いつものような無垢な
「なっ。ジャン……誤解……」
「わたしが、何も気づいていないとでも思っていたのか? ん?」
真っ青になったサロメに兄は何と囁いたのか。
ユーゴの袖を少し引き、「なんて言ってたのか聞こえた?」と尋ねると、彼は苦笑いを浮かべる。聞こえてたのだと確信し、じっと見つめていると、彼は少しためらった後、あきらめたように息をついてから私の耳元に口を寄せた。
「彼女はどうやら俺を、契約愛人だか男娼だかの一人だと思っていたらしいよ」
「へっ?」
衝撃の答えに思わず大きな声が出て、あわてて口に手を当てる。セビーやニーナが「なに?」と言う顔でこちらを見てるけど、教えられるわけがない。
「さすがに誤解じゃあ」
ユーゴにそう囁いたのは、別にサロメをかばったわけではない。ただ、今まで耳にしたことがないような単語が兄の告白よりもよっぽど衝撃的で、他に言葉が出なかったのだ。
今のサロメの立場上、取引先などのお客様をもてなすことはよくある。正直なところ一見しとやかに見える彼女は男性にウケがいいから、お客様から「いいお姉さんだね」と言われたことは一度や二度ではない。うらやましいほどの巨大な猫をかぶっているとしても、それは家にとっても大事なことだったから、私は黙って微笑んでいた。
彼女と兄は仲睦まじいとは言えないまでも、悪いようにはまったく見えなかった。何より兄がサロメに、礼儀正しく丁寧に接してきているのを、私はずっと見てきたのだ。絶対サロメは大切にされていた。
そんな彼女と契約愛人? もしくは男娼の単語が全く繋がらない。
というか、誰が相手でも、むしろそんな人がいるのかというくらい意味が分からない。
(それって物語や舞台にしかいないものじゃないの? 現実にいるの?)
ぷすぷすと煙が出そうな私の頭を、ユーゴがさらりと撫でる。そのさりげなさに胸がきゅっと痛んで、私はかすかにまつげを伏せた。
(そんなことされたら甘やかされているみたいで、どうしていいかわからなくなるじゃない)
ユーゴから目をそらしてサロメたちを見ると、兄がユーゴの方を見て一礼した。
「妻が失礼をいたしました」
がらっと変えた口調にドキリとする。
(まさかお兄様、ユーゴの正体を知っているの?)
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