第43話 ユーゴ視点⑨
夕食はオーディア式のヴァイキング・スタイルだった。
ヴァイキングとは昔オーディアの北に住んでいた民族の名だ。彼らは大きな家族のように集落単位で一度に食事をとる為、個々ではなく大皿に料理を盛り、皆で分け合って食べていたスタイルを現代風にしたものだ。
給仕を置かずに親しいものだけで楽しめるということで、タチアナが好んで取り入れているらしい。
今日も大きなテーブルを囲むわけではなく、立ったまま、あるいは部屋のあちこちに置いてある椅子やソファなどで食事やおしゃべりを楽しむ。テーブル代わりになるものも配置されていて、はじめて体験する人でも抵抗なく楽しめそうな配慮が感じられた。
俺がロクサーヌにもらったピアスを付けているため酒も勧められたが、それは丁重に断った。
笑えるほどにサロメの視線を感じるものの、むしろ思惑通り。
ロクサーヌが無意識なのか、俺の陰に隠れようとするのもいじらしい。でも彼女が俺に甘えていたことを自覚するとおそらく逃げてしまうだろうと思い、さりげなくフォローするよう心掛けた。
ロクサーヌが肩の力を抜いて楽しめればいい。
学園でのロクサーヌの優秀さを語れば、サロメ以外の全員が目を輝かせた。
「ちょっとユーゴ。恥ずかしいでしょ」
陰で小さくぺちっと叩かれて思わずにやけそうになる。
「いいじゃないか。万年首席で学費全免除だぞ。胸を張れるところだろ?」
(学費がかかっていないことをサロメは知らなかったのか?)
彼女の厭味ったらしい発言を思い返しながらサロメの様子をうかがうが、あの時話した相手が俺だとは気づいていないようにも見える。というか、未だに変身したロクサーヌに気づいてないようだ。
意図的にジャンが学費免除の事実を隠したのかとも思ったが、彼の目の奥に誇らしげな温かさが一瞬見え、かえって混乱しただけだった。
奇妙な違和感を覚えたまま食事が終わり、茶を楽しむために談話室に移動する。これが通常のパーティなら男女で別の部屋に移動となるところだが、幸い家族の団らんということでそれはないらしい。
移動の時、俺はロクサーヌにあるお願いをした。
「この先、何か驚かせることがあるかもしれない。でも俺を信じて、はじめから承知していたような顔をしてくれないか? 絶対に君を傷つけたりしないと誓う」
意味が分からないだろうと思う。しかしロクサーヌは俺の目をじっと見た後、「わかった。信じるわ」と微笑んだ。何も聞かないでそう言いきった彼女の笑みを、一生守りたいと心の底から思い、またもや座り込みたくなるのを必死で耐えた。
(惚れ直すだろ、これ)
こんな全幅の信頼を浮かべた目で見られて、惚れない男なんているか? いないよな。ロクサーヌは可愛くて綺麗で、すごくかっこいいと、心の底から思う。
大きなソファが置かれた談話室に入り、思い思いの場所に座ると、それまで口数が少なかったジャンがロクサーヌを呼び止めた。
「ロクサーヌ。成人式の事だけど」
「はい」
「えっ?」
ジャンの言葉にロクサーヌが返事をするのとほぼ同時に、サロメがギョッとしたようにロクサーヌを見た。
「ロク、サーヌ?」
「はい。お
いまさら何をという表情のロクサーヌと、こぼれんばかりに目を見開いたサロメに、セビーが小さく噴き出した。しかしサロメが必死にロクサーヌを見たあげく、「何その髪」と言った瞬間、部屋中の空気が凍り付く。
そりゃそうだろう。
ロクサーヌの洒落た髪は、タチアナとニーナが見守る中セビーが整えたものだという。叔母上お墨付きの才能だ(一度呼びたいんだけどどうしたらいいかと、実は叔母から相談を受けている)。
ドレスや髪飾りに難癖をつけることが出来ず、唯一つつけそうな部分を攻撃したというところか。
それを明らかにバカにした言い方に、ロクサーヌが一瞬だけ柳眉をあげ、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「素敵でしょう? 評判がいいんですよ」
「はあ?」
反論されると思ってなかったらしいサロメが思わず声をあげるが、それまで自分が淑女の仮面をかぶっていたのを思い出したらしい。取り繕うように、「あら、そうなの」と、下手くそな笑みを貼り付けた。
ジャンは不快そうに鼻にしわを寄せたが、大したことがないと思ったのか、ロクサーヌに向き直ると、懐から小さな箱を取り出した。
「本当は卒業後に渡そうと思っていたんだが、もしかしたら帰ってくる気がないのかと思ってね」
平坦な、感情の読めない声。
しかしロクサーヌの方に差し出された箱に彼女が戸惑った顔をすると、ジャンは小さく微笑みらしいものを浮かべた。
(笑うとロクサーヌと少し似てるな)
「お兄様、これは?」
「君の母上。つまりアンヌマリー母様から君へ、成人の祝い用に用意されたものだよ」
「えっ?」
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