第34話 締めにはふさわしいかもね
(シエラ様。ユーゴが恋をしているっていう勘は、残念ながら外れていたようですよ)
ユーゴが会いに行ったという相手は私だった。
恋する相手への舞踏会のパートナーの申し込みでも、ましてや愛の告白でもなく、婚約破棄をされて居心地の悪い思いをしているであろう私に、手を差し伸べに来たのだ。びっくり。
勝手に恋のお手伝いを、なんて意気込んでいたことがちょっぴり恥ずかしくなったけど、ユーゴって実は、かなり思いやりのある人だったんだなと見直してしまった。
学園では基本ぶっきらぼうで塩対応の男だったけど、決して優しくないわけじゃなかったのよね。周りに気づかせてなかっただけで。
さっきサロメを見て動揺していた私をさりげなく守ってくれたことからも、それはよく分かる。私がロクサーヌだと分かっていて、それとなく事情も察してくれたうえでそうしてくれたのだから。
気心知れた相手だと思っていたけれど、お互いのことを何も知らなかったのね。
私の家族の話を優しい顔で聞いてくれるから、ユーゴになら会わせてもいいと思ってしまった。
だって彼なら、美しいタチアナ母様や可愛いセビーを見ても、私と比べてがっかりなんてしないでしょう。
誰にも言えなかった不安も吐露してしまったけれど、後悔はしていない。
軽口も悩みも、ユーゴはさらっと受け止めてくれるもの。
ロキシーのガイドがプロみたいだと言ってくれたし、気持ちに寄り添ってもくれた。
逢瀬の間なんて、実はデートスポットとして人気なのだけど、そこでのユーゴの反応は実に彼らしくて、すごく安心してしまった。
(教えなかったけど、クーレの前で愛の告白を、逢瀬の間でプロポーズをした恋人は、生涯幸せになれるって伝説もあるのよ?)
帰る前にそれだけは教えてあげようと思う。
いつか役に立つかもしれないしね。
ユーゴは相手がロクサーヌだとわかっても、私を女の子扱いするし、デートも全力で楽しもうとしてくれるのが意外だった。
きっとそれは、ガイドのロキシーを気に入っていたから、なのよね?
寄り添ってはくれても下手な同情はしないし、彼も私を信頼してくれているようにも思う。それは自分でも意外になるくらい、とても嬉しい発見だった。
だから本当だったら逢瀬の間までで終わらせるはずだったのを、秘密の場所まで連れて行ってしまったのだ。
秘密の部屋へ行くのは十数年ぶりだったけど、父が教えてくれた手順は正確に覚えていたし、一人じゃなくて本当によかったと思う。
(ユーゴが夢中になって、私の話が聞こえなかったくらい楽しんでくれたのも嬉しかったしね)
人の話をよく聞くユーゴが、そうできなかったなんてレアすぎるもの。やっぱり男の子ってこういう秘密基地みたいなもの大好きよね。
本当はお兄様やセビーにも見せたかったけど、父からは「それはダメだ」ってきつく言われていた。母親が違うセビーはともかく、お兄様もだっていうから不思議だったけど、もうその理由を聞くことはできない。
ずっと心の奥で悲しみと後悔で揺れていた私に、知らなかったとはいえ、一緒に冒険を楽しんでくれたユーゴ。
彼が、
「光栄だ」
と言ってくれた瞬間、私の中は驚く程温かいもので満たされた。
幸せだ――と、思った。
秘密を共有してくれる、ここに連れて来られるただ一人に、彼を選んでよかったと思った。
こんな秘密を、他国の王子に見せてよかったのかは分からない。
でもユーゴは私に本当の正体を明かさなかったし、私も聞かなかった。
ここにいるのは、三年間を共に学園で過ごしたロクサーヌとユーゴだ。
でも間もなく卒業。
彼は国に帰り、ライナー・ヒュー・オーディア第三王子殿下に戻るのだろう。そしたらもう、二度と会うことはないかもしれない。
ううん、多分、ない。
会えたとしても、それは元学友ではない、違う関係になるはずだから。
それでもユーゴは、ここを覚えてくれているだろうと思う。
ロクサーヌという地味で真面目で面白みのない女の子と、小さな冒険をしたことを。洞窟から始まって、また洞窟で終わる不思議な縁を。
そしていつか結婚した彼が、お妃様や生まれた子どもにこの冒険を話す日が来るかもしれない。一緒にいたのが誰かは忘れてしまうかもしれないけれど、それでもいいと思う。
(ああ、私、彼に爪痕を残したかったのかな……)
自分の中の、気づいていなかった傲慢さに苦笑する。
この気持ちが何なのかは分からない。
淋しいような切ないような、こんな心を私は知らない。
きっと卒業間近で感傷的になってる。――そんなところでしょう。
誰にとって何の価値もなかった私だけど、自分の価値をこれから作っていくから、その最初の一歩を、あなたに残してみたくなったのね。
二人であれこれ話しながら秘密の部屋を見学してから、名残惜しいけれど来た道を戻る。
地下への入り口に、隠された道具で埃をまぶすという偽装を施し、正規ルートに続く隠し部屋に入ると、ふいにまた、空気が濃密になったような不思議な心地がした。
「ユー……んっ」
ユーゴの名前を呼ぼうとした私のほうへ彼が身体を傾げ、気づけば唇が重なっていた。壁に手をついて囲い込むような形で、私を抱きしめることもないまま。一瞬目を見開き、それでも彼の唇の熱だけを感じるため目を閉じる。
(デートだからって、律儀ね)
かつてギヨームが私に、『デートでは必ずキスをするものだ』と言っていた。もう何年もデートなんてしていなかったから忘れていたけれど。
「すまん、調子に乗った」
唇が離れてからも至近距離のまま、ユーゴが困ったような顔をして謝る。
「大丈夫。デートだから、でしょ?」
それがルールなら仕方ないわよね。
心の中でそう付け足して、なんでもない顔をする。心臓は早鐘を打っているけれど、たぶん赤面もしていないはずだ。
「でも秘密共有の締めにはふさわしいかもね」
ロクサーヌとデートやキスをしたなんて、きっと誰にも言えないだろうし。
「あー、うん? そうだな。いや、そうなの、か?」
「それにしても、キスに上手い下手があるって初めて知ったわ」
「えっ? それはどっちだったって意味?」
「さあ?」
「さあって、ロクサーヌ?」
ふふっと笑って、隠し部屋から出る。
ねえ、ユーゴ。からかってしまったけど許してね。なんだか胸がいっぱいで、また泣いてしまいそうだから。
きっとこれは、人生最後のキスでしょう。
私はもう二度と、デートなんてしない……。
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