第29話 デートを続けたい?

 そりゃあ、他の女の子たちなら鳥の解体なんて、羽根をむしる時点で失神物でしょう。気を失わなくたって真っ青になってるところよね。


 でも私には、目の前に食べてもいいものがあるのにわざわざ食べる機会を逃すなんて、そんな愚かなことが出来なかっただけ。


 もともとは父の趣味である狩猟に連れていかれてたのがきっかけだけど、父の死後は料理の下働きなんかもさせられていたから、魚や鳥ぐらいならユーゴがいなくてもさばけたのだ。しかも下処理から参加していれば、たびたびサロメから食事を抜かれても、最低限の空腹を満たすだけの食料は確保できたんだもの。必死よ。


 それを知らなかったとはいえ、怪我をして熱を出しながらも率先してしてくれたのだから、ユーゴにはむしろ感謝しかないでしょ?

 火ぐらい起こすし、調理もするわよ。当然ね。


 見つけた洞穴は浅かったけど、以前誰か寝泊まりしてた形跡があって火を使える炉の跡もあった。薪にできる枯れ枝もあったし、私は火を起こすのが得意だ。

 しかも洞窟の入り口近くには、ちょろちょろとした湧き水もあった。

 おかげでユーゴの足を冷やすこともできたし、飲み水も確保できた。

 私たちは運がよかったと思う。


 誰かが住んでた形跡があっただけで塩やランプはもちろん、カトラリーのひとつもないけれど、焼いただけの鳥をユーゴは文句も言わずに食べてくれた。あの時からすでにぶっきらぼうで無口な男の子だったけど、初対面に近い間柄だったとは思えないくらい、私たちは連携がうまくいった。


 交代で火の番をするときだけちょっと喧嘩になったけど、あれは彼なりに私を守ろうとしてくれたって分かってるし、ユーゴも私が彼を守ろうとしてることが分かったのだろう。

 最終的には素直に言うとを聞いてくれた。


 そんなことがあったから、多少ユーゴに腹が立つことがあったって、私は彼を怖いと思ったことは一度もないのだ。




(うーん。思い返せば、女の子らしい要素が一個もなかったわ。男前と言われても仕方ないか)


 フムと頷いて気をとりなおした私は、ユーゴにニヤッと笑って見せた。


「ねえ、ユーゴ。そんな男前とでも、デートを続けたい?」


 わざと悪い女ぶって聞いてみれば、ユーゴも芝居がかった仕草で優雅に一礼して、同じくニヤッと笑い返してくる。


「もちろん。デートを続けてくれますか、お嬢さん」


「そうね。……いいわ。デートしてあげる」


 つんと澄まして高飛車に答えた直後、二人で顔を合わせ、バカみたいに大笑いしてしまった。


 デート続行です。


   ◆


 城の裏手の散歩道から少し離れ、私たちは一見道とは分からない道をすすんだ。


「ほんとはね、デートじゃなくても、ここは案内してあげるつもりだったのよ? あのままじゃ中途半端で気になるだろうし、そこまで薄情じゃないつもり」


 一応ユーゴに弁解だけしておく。でもユーゴは呆れたように肩をすくめて、分かってないなとでも言うように首を振った。


「俺がしたいのはデートだ」


 いつものユーゴっぽい口調で言った後、彼は今度は困ったように眉を寄せる。


「困ったな。ロクサーヌの前で、どういう話し方をしていいのか悩む」


 思わず吹き出しそうになった。

 そりゃそうでしょう。正体バラしたなら、ついいつもと同じになるわよね? 私にもそうするように言ったんだし。とはいえ、「どうしたらいい」なんて聞くから、今度は苦笑いしてしまった。


「別に、私相手ならユーゴのままでいいわよ。気にしないもの。――でもそうね。今後普通にデートをするときは、おとといのフォルカー様や、今日のヒューみたいな感じの方がいいかもね」


 好きな子に塩対応はしないと思うけど、普段のユーゴじゃ相手を怖がらせたり、下手すれば泣かせてしまいそうだから。事実学園の女の子たちは、ユーゴの見た目や塩対応に怖がってたわ。


 そんなことをやんわり伝えると、なぜかユーゴは何とも言えないような複雑そうな表情かおをする。


 怖がられてたことを知らないわけじゃないわよね? あの話し方がかっこいいと思いこんでいたとはいえ、女の子避けだったのは確かみたいだもの。

 なのに、なんでそんな顔をするのかしら。


「あのさ、ロクサーヌは? 正体ばらす前の俺の方がいい?」


 そう真面目に聞かれると困ってしまう。


「んー。いいと言えばいいんだけど、無駄にドキドキするから心臓に悪いのよね」

「えっ! ドキドキしてくれたのか?」


 なんでびっくりまなこ? 素が出ると表情豊かで可愛いわよね、まったく。


「いや、するでしょう。鏡見たことないの? 自分の見た目の効果を分かってるくせに、何言ってるのかしら」

「――なんだか嬉しくないのはなぜだ」


 何故だなんて言われても分かりません。何を期待していたのよ。


「私と一緒にいる時は、余計なことを考えなくていいんじゃないかな。ユーゴでも、ヒューでも、時々混ざっても気にしない。あなたが楽なら何でもいいのよ」


 でしょ?


 そう言って笑いかけると、なぜかユーゴは空を見てふーっと息を吐き、私の手を握った。


「わかった。遠慮なくそうする」

「えっ? 手をつなぐと楽なの? どうして? デートっぽいから?」

「まあ、そんなところ」


 ちょっぴり不貞腐れたみたいなユーゴが少しそっぽを向くから、私も反対側を向いて小さく深呼吸をした。


(困ったな。いつものユーゴのはずなのに、またドキドキしてきた)

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