第23話 羨ましい?
(ユーゴって実は女たらしだったのかしら。王子様パワー恐るべし)
学園では、私たちの代には王子様がいなくて残念なんて女子の間では言われてたけど、本当は紛れ込んでいましたよって言ってしまいたくなるわ。
これは素の姿なんてうっかり出せないはずよね。学園で平和に過ごすためにユーゴの姿でいたなら、すっごく正解だったんじゃないかな。
ほんと、光り輝きすぎて心臓に悪すぎるもの。
ドキドキする心臓をなだめながら、アイスのおかわりを自ら買いに行ったユーゴの背中をこっそり眺めた。今度はミルク味も試したいらしい。
斜め後ろからでも彼の耳が赤いのが分かり、慣れてるわけじゃないんだな、なんて思ってちょっと安心する。私も熱くなっている頬を抑えた。
(あー、旅先でつい浮かれちゃった感じかな?)
せっかくユーゴと好きな人とのことを応援してあげようと思ってるのに、予行演習(だよね?)でこれじゃ、代理をしっかり勤められるかも怪しいかもしれない。やりすぎよって、叱るわけにもいかないんだもの。
(ユーゴの好きな人が私みたいに免疫なしだと大変よ? 練習台だってわかってる私でさえ、まだ心臓が大変なことになってるんだから)
突然のお姫様抱っこには心臓が止まるかと思ったけど、生まれて初めて男の人から女性扱いされた気がして、なんだか複雑な気分。
「姿勢がよくて綺麗、か」
猫背をやめてよかったなぁなんて、素直に思ってしまった。
もともとユーゴの前では小さく見せる必要がなくて楽だったけど、ロクサーヌのこともあんな風に思ってくれてたなら嬉しい――かもしれない。いや、いつものユーゴ口調だったら、同じことを言われてもすごく偉そうで、逆にムカついたかも?
(待てよ、実際言われたことがあったような?)
『はん? でかすぎるって誰がだ? ちょうどいい高さじゃないか』
うん、言ってた。たしかに言ってたわ。
いい方って大切なのねぇ。あの時はちょうどいいって何がって感じだったもの。
でも、ユーゴは言い方がきつかっただけで嘘は言わない。姿が変わっても、多分そこは同じだと思う。だから、猫背じゃない私を褒めてくれたのは本心なんだと思う。
でもこれはあくまでお気に入りのガイドに向けた言葉だから。
(ロクサーヌを褒めたわけじゃないって怒られないよう、正体がバレないよう気をつけなきゃね)
そんなことを考えていると段々落ち着いてきて、一人でくすくすと笑ってしまった。
一瞬キスされそうなんて勘違いしちゃったけど、そんなはずないしね。自意識過剰はずかしい。たとえそうだったとしても嫌じゃなかったなんて、私も相当浮かれてるんだわ。
「ここが綺麗すぎるからいけないのよ」
開放的な草原と青い空は、ちょっと非日常な気持ちにさせるのかもしれない。
(これはデートだけど、本当のデートじゃないのよ。お仕事みたいなものなんだから)
相手の女の子が誰だかわかってれば、彼女の好みを考慮してもう少し対策もできるのに――。
「ちょっと羨ましい、のかな」
胸の奥にとげが刺さっているみたいなのは、きっと自分の中にそういう気持ちがあるからだ。でも私が羨ましいと思ってるのは誰に? 恋をしているユーゴ? それとも……。
◆
馬を借りる手続きをするために管理事務所へ向かう途中、私はふと思いついたことがあって彼を引き留めた。
「ヒュー。ちょっと待ってください」
「どうした? 何か忘れ物?」
私がカバンをあさり始めたからだろう。何か落としたのかと周りを見ているヒューに「ちがいます」と返事をし、私は小さなきんちゃく袋から磁石付きのピアスを取り出した。
「ヒューは成人してますよね?」
「ああ、うん。こっちの人みたいにピアスはないけどね」
「オーディアではそういう風習がないですものね。でもこちらではやっぱり、ぱっと見成人だと分かる方が都合がいいと思うんです」
ゆうべもそれが心配だから送って行こうと思ったわけだし。
馬を借りるのも、場内ならそのままでいいけれど、外まで行くなら成人だと分かった方が何かと面倒がないはず。
「だからよかったらこれどうぞ。昨日お客様に頂いたんですけど、磁石でつくピアスだから、穴を開けなくてもつけられますよ」
そう言って差し出すと、チラッとピアスを見たユーゴが私の目を見て、何かハッとしたようにピアスに視線を戻した。どうしたのかしら?
「偶然見かけたんだけど、昨日のお客様って若い女性と子供だったでしょ。知り合いだったの?」
「知り合いというか、会ったのは二回目ですね。偶然でびっくりでした」
「そう……。いやじゃ、なかった?」
言いにくそうなのは、私が他の仕事の代理に行くことで、彼の方を放り出す形になってしまったからかな。申し訳ない。
そう思ったものの、なんとなく気遣われているようにも感じ、私は小さく首を振って微笑んだ。
「いえ。予定外と予想外の連続でしたが、いい勉強になりました。色々面白い話も聞けましたしね」
「そう。――そのお客さんにもらったんだ」
「はい。でも私は使わないだろうと思ったんですけど、貰ったものなんて失礼でしたよね。すみません」
少し考え込むような仕草をしていたユーゴは、しまおうとしていた私の手から慌てたようにピアスを取るとぷらんとぶら下げ、
「全然嫌じゃない。むしろ俺が持っていたい」
と、不思議なことを言った。
「これは、どうつけるの?」
持っていたいとはいったい? とは思うものの、気に入ったからほしいって意味かなと思い直した。嫌じゃないならよかったわ。
「つけてあげますね」
ユーゴの左右の耳につけ、一歩下がってバランスを見る。髪を後ろでまとめているからか、小さなパーツが揺れるピアスがすごく似合ってた。
うん、すごく自然。すごいわ。
「似合いますね。大人っぽく見えます」
男女どちらでもいけるデザインだと思ったけど、私が持っているよりずっと有意義な気がしてニコッと笑うと、ユーゴも少し照れたように頬をかいた。
(うわ、またそんな可愛い顔をする)
「痛くはないですか?」
「いや、慣れないからちょっと気になるけど、それだけ」
「よかった」
私がニコニコしていると、また当たり前のように手をつなぎなおされてしまった。今日はずっとつないでるつもりなのかな。
「じゃ、馬を借りに行こう。昼食も外でとろう」
わくわくしたユーゴの顔に、またクスッと笑ってしまう。ま、いいか。
「はい、そうしましょう」
馬に乗るのはちょっぴり緊張するけど、ユーゴとなら大丈夫でしょう。
(馬術と剣術の授業の時は、普段遠巻きにしている女子たちも、時々小さく歓声あげてたもんねぇ)
もっさりでもかっこよく見えたのよ。うん。
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