第22話 ユーゴ視点③
「ここは馬の飼育で有名ですが、羊や牛もいて、行楽地として子供連れの方にも人気なんですよ」
思った以上に人が多いなと思っていると、ロキシーがそう説明してくれる。ピクニックにも最適らしく、レストランで弁当を用意してもらうなんてこともできるらしい。面白い試みだな。
牧場の名前は、馬の姿をした春を呼ぶ神ゼフィールからとっているのだろう。遠目にも美しい馬が見えたが、手綱を引かれた馬の背に乗せてもらい喜んでいる子どもの姿も見えた。
乗馬もできるという話だが、まずは彼女の手を引きながら場内を散策することにした。
(ロクサーヌは乗馬ができないはずだから、ここも俺のために選んでくれたのだろうな)
なんとなくそう感じる。デートといっても、今のところ仕事扱いされてるっぽいし。それでも自分のことを考えてくれてると感じるのは素直に嬉しかった。
「ヒュー、さっそく馬に乗ってみますか?」
「いや。天気もいいし、まずは少し歩きたいな」
いいところを見せたいのは山々だけど、手をつないで歩く――ただそれだけのことが幸せでたまらなかった。ロキシーも少し慣れてきたのか、笑顔が自然になってきているのも嬉しい。
彼女も感情が面に出ないタイプだが、目が輝きだしたから、純粋に楽しむことにしたのだろう。それがこの美しい景色のせいじゃなく、俺と一緒にいるからだったら最高なんだけど。
(今俺がユーゴだって知ったら怒るかな。――うん、やっぱり怒るよなあ)
怒るだけなら可愛い気もするが、それで嫌われるのは絶対避けたい。騙すつもりはなくても、実際騙しているのは確かなのだ。
ユーゴ・ヴァレル自体が架空の人物に近いことを考えると、真実を打ち明けるタイミングはかなり悩む。
(俺が自分の気持ちにもっと早く気づいてれば)
自分が鈍かったのが悪いのだが、卒業と帰国を目前にした今は、時間を無駄にした感が半端ない。とはいえ、今気づいたからこそ手遅れにならずに済んだとも考えられるのだ。
(気を抜かないよう気を付けなければ)
心のうちで決意を新たにしていると、ロキシーの小さな声が聞こえた。
「あ、アイス」
無意識なのか囁きに近い小さな声。
彼女の視線の先を見ると、小さなアイスの屋台があった。搾りたての牛乳を使ったアイスらしい。
(好きなのかな)
学園でのロキシーは、町へ行っても買い食いのようなことはしていなかったように思う。今思えば不必要な出費を避けていたのだろう。
「ロキシーさん。結構歩いたし、アイスでも食べながら休憩にしようか」
「あ、はい。そうですね。ここのアイスは美味しいって評判なんですよ!」
うわっ。めちゃくちゃ笑顔だ。
本気で今日、俺の心臓は働きすぎじゃないか。バクバクうるさくて彼女に聞こえたらどうするんだ。
それにしても、敬語で話すロクサーヌもいいかもしれない。頼れる男になれたような錯覚をおこしそうだが、かなり気分がよくて癖になりそうな気がする。
「シンプルなミルクアイスもいいですけど、今の時期なら苺の入ったアイスもいいですよね。ヒューは何がいいですか? ここは奢りますよ」
えっへんと言いそうな雰囲気のロキシーに、ちょっと噴出しそうになる。
ちょっと待て。本気で可愛いんだけど。
ああでも、学園でもそうだったよな。得意げな顔も、まじめな顔も、そして時々俺に見せる笑顔も、彼女はいつだって可愛かったじゃないか。
「いや、ここは」
自分が出す、そう言いかけて言葉を止める。
叔父上ならスマートにすべて支払いを済ませるし、叔母上をはじめ、叔父と一緒にいる女性たちは素直にそれに甘えるだろう。
しかし、さっきも入場料をどちらが出すかで揉めて、かなり強引に俺が支払わせてもらったのだ。せっかくロクサーヌが可愛い顔を見せてくれてるのに、こんなことで彼女の矜持を傷つけたくはない。
「――君おすすめの苺にしようかな」
昼食は俺が奢ろう。あわよくば夕食も誘おうと秘かに決めて素直に甘えてみると、ロキシーの琥珀色の瞳が柔らかな色をたたえ、ふんわりと笑みが深くなった。
「はい! じゃあ買ってくるので、ヒューはベンチに座っててください」
「うん」
どうにか頷いて、空いてるベンチを見つけて腰を下ろすと、そのまま俺は両手で顔を覆って深く息をついた。目を閉じてるのに、瞼の裏に彼女の笑顔が焼き付いている。
(俺、今までどうやって彼女と話してたんだっけ)
ロクサーヌが可愛すぎて困るのだが……。
ふたりでアイスを食べながら、この後の計画を立てる。
昨夜偶然会った階段近くのアイスも名物らしいので、午後はそれも食べてみようと話し合って決めた。
「この後は乗馬にしましょうね」
「ロキシーは乗れるの?」
(乗れないのは知ってるけど念のため)
「いえ。私は見てますよ」
「それじゃつまらなくないか? ここは馬を借りて外にも出られるんだろ? 馬には一緒に乗ればいい。乗馬は得意だから任せて」
「私、重いですけど」
ゾッとしたように、馬がかわいそうだというような顔をしたロクサーヌの姿を、俺はわざと上から下まで見まわした。
「重いって? 誰が?」
むしろ細すぎるくらいに見えるんだけど。
「だって、私は身長が高すぎますし……」
そう言ってロクサーヌは小さく微笑んだ。可愛くないって分かってるでしょ? ――なぜか声なき声でそう言われたような気がして愕然とする。
「ロキシー、ちょっと立ってみて」
自分が立ち上がって彼女を促すと、ロクサーヌは苦笑いを浮かべてゆっくりと立ち上がる。
「ね?」
わかったでしょうと言うようなロクサーヌに、俺は首を傾げた。叔父上ならこんな時、直球で褒めるよな?
「うーん。たしかに女性としては高いけど、俺としては目を合わせて話しやすい理想の高さだし、姿勢がいいから綺麗じゃないか」
(あ、赤くなった)
俺の正直な言葉でロクサーヌがボンッと赤くなったのに気を良くし、俺はひょいっと彼女を横抱きに抱き上げた。
「えっ、ちょっ、待って」
「やっぱり軽いじゃないか」
驚いて反射的に俺の首に手をまわし抱き着いてくれたロクサーヌに、しれっと事実を伝える。やっぱり痩せすぎだよな?
「馬の負担にもならないよ。二人乗りで決まり。いいね?」
ちょっと強引かなと思いつつ、ポーカーフェイスが出来なくなっている彼女が愛しくて、ついニヤッとしてしまったらしい。ちょっと膨れた彼女がやっぱり可愛くて、頷いてくれた時には思わずキスしそうになったのを慌てて止めた。
(危ない危ない。気付かれてないよな?)
そっとおろした時、ロクサーヌは首まで真っ赤だったが、俺の顔もすごく暑い。馬のところに行く前にアイスがもう一つ必要かもしれない。
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