第21話 ユーゴ視点②

 やっぱりロクサーヌは国に連れて帰ろう!


 ムカつく心を穏やかな表情の下に隠し、そう決めた。


 しかし、勝手に話を続けるサロメの話を聞きながら情報を探ったが、彼女がどこにいるかまでは教えてもらえなかった。

 会えなければ説得もできない。闇雲に探すわけにもいかない。

 確実に会えるのは舞踏会だろうか。首席の彼女は間違いなく参加するはず。


(そういえば彼女、舞踏会のパートナーはどうするんだろうな)


 ふとそんなことが気になったが、誰もいなければ当日、強引に俺がパートナーになってしまえばいいかと思い直した。舞踏会には母上が来ると言っていたし、紹介するのもありだろう。ロクサーヌを留学させるにしても働き口を見つけるにせよ、彼女の後見にになってもらえないか、もしくは誰か紹介してもらえないか聞かなくてはならない。


(まあ、もしもの場合は俺が後見人になってもいいのか?)


 成人したばかりで結婚どころか婚約者もいない身だが、俺が一度も成績を抜けなかったロクサーヌ相手ならなんとかなるだろう。

 連れ帰ったことで、俺が婚約者候補を連れてきたと勘ぐられる可能性は否定できないが、彼女ならきっと笑い飛ばすに決まってる。


(素の姿を見せても、彼女が態度を変えなければいいんだけど……)


 他の令嬢のように俺の見た目や立場だけをみて、流し目を作ったりしなを作るロクサーヌは想像できない。けれど万が一そうなったら――?

 彼女を嫌悪したくはないが、どちらかといえば自分のほうが少なからずショックを受けるような気がして奇妙な気がした。見た目で態度を変える人間など、男女問わずたくさん見てきたくせにだ。


(しかし、本人不在でできることなど限られているんだな)


 そんなとき、叔父たちに旅行に連れ出されていたと言った次第だ。




 その叔父からガイドを頼んだと聞き、珍しいこともあるものだと思った。

 しかし現れたガイドが振り向いた瞬間、その姿だけに焦点が合うような、世界が色づくような、なんとも不思議な気持ちになった。彼女の周りだけ光って見えるような不思議な感じだったのだ。


 実際、魅力的な女性だというのが第一印象だった。

 後ろ姿だけでも洗練され、全体的に大人っぽい雰囲気。女性にしては珍しい肩にかかる程度の柔らかそうな短い髪は、赤味のかかった濃い金髪。珍しい髪型だが、彼女にとても似合っている。

 長いまつ毛に縁どられた琥珀色の目はキラキラと輝き、ふっくらとした赤い口元が弧を描くと、ドギマギするほど色っぽい。


 ロクサーヌよりも少し背が高いかな――。

 そんなことを考えていると、声も似ている気がする。


 叔父がエスコートを追加依頼しているのには意味が分からず驚いたが、彼女は俺にエスコートされてる風に見せながらきちんと案内をするという、非常に面白いことをした。

 いずれこちらが女性をエスコートするとき、どうすればいいのか非常に分かりやすい。

 彼女がこの仕事をして何年になるのかは分からないが、さすがプロだと感心した。


 美術館でのガイドも面白かったが、途中笑顔で俺を叱るように睨むという芸当を見せられ、ますます興味を引かれた。あの時から彼女の美しさが増したと思うのだ。


 寸前まで、(これはロクサーヌが研究していた話だな)とか、(おとぎ話めいた恋を貫いた男の話がどこまで真実なのか)などと考えていたのだが、あの時から見えるものがガラッと変わったのが面白かった。

 コレットが朝露をまとう薔薇だというなら、ロキシーは凛と咲く一輪の紅薔薇だろうなんて、柄にもなく考えたくらいだ。

 身内以外の女性に対して素直な賛辞が浮かんだのは、これが初めてのことかもしれない。


 綺麗な女の子といて浮かれる気持ちが初めて分かったし、楽しい一日だった。

 次の日も楽しみだったが、来たのがひげ面の厳つい男性でがっかりした。そんな自分にも驚いた。

 本当に心から自分がロキシーに会いたかったのだと気づき、愕然としたのだ。


 だから途中で彼女が他の客を案内しているのを見掛けたときは、正直なところ少しムカついた。若い女性と幼い子どもと一緒だったから少しマシかと考え、嫉妬していた自分に呆然とした。

 しかも、一緒にいた女性に見覚えがあった。誰だったかは思い出せないが、ぜったい、どこかで見たことがある。


 モヤモヤしつつも鍛えられた外面のよさを発揮し、夜にはガイドのロキシーを紹介してくれたという叔父の旧友の家で酒を酌み交わすが、酔ったのを言い訳に早々に帰路についた。はたしてそれは正解で、ちょうど帰宅しようとしていたロキシーとばったり会えたのだ。

 はっきり言って浮かれた。


 なのに急に酔いが回った俺は、途中で寝てしまったらしい。幸い、心配して追いかけてきてくれた叔父とその友人であるトーマが部屋まで連れて行ってくれたそうだが、全く記憶がないのだ。

 なぜか、昔動けなかった俺を守ってくれたロクサーヌの夢は見た気がするが、こちらもよく覚えていない。


 この失態の謝罪をするため観光協会に行ったが、ロキシーの顔を見た時は恥ずかしくてたまらなかった。叔母が怒るのも当然だし、あんなに会いたかった彼女に軽蔑されたと思うと苦しかったが、誠心誠意謝ろうと思った。

 最後の日だったのにと、女々しいことも考えた。

 こんなにも彼女の存在が大きくなっていることに呆然ともした。


 しかし彼女になだめられ顔を上げた時、何か既視感があった。頬にかかった俺の髪をロキシーが耳にかけてくれ、全身の血が沸騰しそうになる。


(え……、ロクサーヌ?)


 ふと脳裏にいつかの放課後が思い浮かんだ。なんの話だったか、ふと思い出したように話すロクサーヌの呆れたような声。

『その鬱陶しい髪、もう少しどうにかしたら。女の子たちが怖がってるわよ?』

 そう言って、俺の耳に髪をかけ、

『このほうがスッキリしない?』

 と言った彼女。


(嘘だろ。ロクサーヌ……なのか?)


 気づいてみれば、きれいに化粧をしてるし雰囲気もぜんぜん違うが、目の前にいるのはロクサーヌにしか見えなくなる。

 瞬間、ずっと蓋をして見ないようにしていた自分の気持ちにも気づいてしまった。


 好きになってはいけないだった。

 異国の、しかも決まった相手がいる女の子なのだから、秘かに想うことさえいけないと思って、無意識にずっとブレーキをかけていた。


 なのに美しく変身した別人みたいな姿で現れ、別人だと思っていたからなんの気負いもなく接してしまい、自分の心を素直に解放してしまった結果……。


(まいった。嘘だろ。ずっと特別な子だって思ってたけど、こんなに彼女の存在が大きくなってたなんて……)


 ずっと好きだった。

 そのことに気づいてしまったら止められるはずもなく。

 こんなに綺麗になってたら、すぐ誰かにさらわれるのは火を見るより明らかで。

 だから降って湧いた機会に飛びついた。渇きを覚えるほどに彼女が欲しかった。


 今の素の姿なら、彼女も俺を男として見てくれるのでは?

 自分の見た目ルックスを利用しようだなんて初めて考えたが、彼女の知るユーゴじゃダメなのは俺でも分かる。まずはヒューとして好感を持ってもらってから、俺の正体をバラそう。

 騙すみたいで申し訳ないが、なりふりかまってる暇はない。

 目をそらしていた想いに気づかせたのは君なんだから――。


(全力で落とす!)


 とはいえ、女の子を口説いた経験なんて皆無だ。


(とりあえず叔父上の真似をすればいいのだろうか)




「ヒュー、ここが西の風牧場です」


 少し自慢げなロキシーの声にハッとする。目の前には町に近いとは思えない草原が広がり、美しい馬たちが草を食んでいる姿が見えた。

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