第24話 ああいう男が好きなの?
ユーゴが選んだのは青鹿毛の大きな馬だった。ぱっと見は真っ黒だけど、よく見るとところどころ褐色が混じっている美しい子で、王者のような風格がある。
「こいつ、クイーンって名前らしいよ。いい雌馬だ」
「まあ。あなた女の子だったのね。ぴったりの名前だわ」
クスッと笑ったユーゴが馬の名前をを呼ぶと、クイーンが誇らしげに胸を張ったように見えた。
「さてロキシー。さっそく出かけようか」
そう言ってユーゴが手を差し出すけれど、私は少し怖気づいてしまい、クイーンのほうをちらっと見た。
「あの、二人乗りって、私が前、ですか? 後ろじゃいけません?」
小柄な子ならともかく、私が前では邪魔だろう。そう思ったんだけど、ユーゴは面白そうに目をきらめかせ、「前で大丈夫だよ」と笑った。
「後ろは乗り心地がいいとは言えないんだ。二人乗りの鞍を用意してもらったけど、それでもおすすめはしないかな」
「ああ、やっぱりそうなんですね」
以前トーマもそんなことを言っていたなあと思い、無駄なあがきは止めることにする。よく思い出してみれば、馬術の時間に男子学生が二人乗りの訓練をするところだって見たじゃない。男子よりは、多少私の方が小さいわよね? たぶん、きっと……。
覚悟を決めてクイーンを見上げると、ユーゴが「いくよ」とささやき、私をひょいっと抱き上げて馬の背に乗せた。それは一瞬のことで、まるで重さを感じてないみたいで本当にびっくり。
さっき抱っこされた時も思ったけど、ユーゴって力が強いのね。意外なような、腕の太さを考えると納得するような、変な感じ。
その後彼がひらりと後ろにまたがると、私のおなかに腕を回したのでドキッとする。しかもそれを少し引くようにして彼の胸ににもたれかけさせるので、私は石になったみたいに硬直してしまった。
「ロキシー、大丈夫。寄りかかってリラックスして。そのほうが俺も楽だから」
「でも」
「こうしたほうが前もよく見えるし、手綱も扱いやすいんだ。でも怖かったり嫌だったりしたら言って」
最後に気遣う言葉をそえられ、見下ろす視線にはいたわりを感じる。それでもあまりにも親密な距離にドギマギし、私は落ち着こうと小さく息を吐いた。
何事も経験。これは練習。
なにより乗馬の邪魔をして落ちるわけにはいかないわ。そうでしょ?
「いえ、このままで大丈夫です」
「ならよかった」
そう。怖いわけじゃない。むしろ大事に守られている気がして、なぜか胸にずきりと痛みが走るだけ。
(普通のご令嬢たちなら、ここは可愛く守られるんだろうな。私みたいに硬直なんてしないわよね)
心の中で、練習台がこんなのでごめんね、と謝っておこう。
今の私は、ユーゴが本番で最高にかっこよくできるよう手助けをするだけなんだから。――とはいえ、現時点でも失敗する未来なんか見えないんだけど。
ユーゴが一度深呼吸をするのを直接感じ、私は一瞬だけぎゅっと目をつむって気持ちを切り替えた。目を閉じれば、彼からほんのり香るコロンの香りが鼻をくすぐる。
(あ、この匂い。これ、たまにユーゴがつけてたわね)
夏の森を感じさせるさわやかな香りとユーゴの見た目にギャップがあって、とても印象に残ってる。ヒューのままならすごく彼らしい、似合う香りなのが不思議だわ。
彼が舌打ちをして合図をすると、クイーンが優雅に歩きはじめた。
私が強張った体の力を抜いて素直にユーゴにもたれかかると、彼がクスッと笑って徐々に馬の歩調を早めた。
学園で遠目で見ても上手だと思ってたけれど、本当にユーゴは乗馬がうまいのだと思う。クイーン自身がいい馬だというのもあるだろうけど、ふたり(一人と一頭)は長年の相棒みたいに息があってるみたいだ。
牧場を軽く一周したあと門を抜ける。やがて大きな道に出たときには、私も少しだけ風景を楽しむ余裕が出てきた。
「少し走らせても平気?」
楽しそうなユーゴの言葉に頷くと、一度ぎゅっと抱きしめなおされ、馬の歩調がもう少しだけ速くなる。
楽しそうな彼の笑い声が直接私の体に響いてきて、一瞬心臓がひっくり返るんじゃないかというくらい大きく音を立てたけど、気が付けば私もつられて笑ってしまっていた。
「わあ、楽しい」
小さく呟いてもしっかり耳に届いたらしい。打ち解けたように聞こえたのか、ユーゴが機嫌よさげに笑った。
「俺もだ。このまま真っすぐ行くとおとといの美術館?」
「そうです。湖の裏手あたりに出ますよ」
「また敬語に戻ってるし。ま、いいや。もう少し俺に慣れてね、可愛いお嬢さん」
「かっ!?」
可愛いお嬢さんって、え? 可愛いって言った?
「ん? ロキシー、真っ赤だね」
「誰のせいだと」
「俺かな?」
くっ。とぼけた口調が腹立つ。王子様、たち悪いわよ! 一人で勝手にドギマギしててバカみたいじゃない。
ムカつくのでツンとそっぽを向いて、「さあ?」ととぼけ返した。
(ユーゴ、笑い過ぎよ。――楽しそうだからいいけど)
怒るふりをやめると、彼の柔らかく微笑む目と目が合う。
「そういえばロキシーって、誰かに乗馬を教えてもらったことがあるの? 完全初心者ではないよね? さっきも後ろがダメな理由にも、やっぱりって言ってたし」
「ああ、二度ほど乗せてもらったことがあるんですよ。その時少し教えてもらったんです」
「へえ。誰に? お父さん?」
お互い違う人のふりをしているから、うっかり話せないことが多いけど、これは答えても問題ないでしょう。
「いえ。ヒューも知ってる人ですよ。トーマです」
なぜかピクリとした振動が背中に伝わる。
「トーマって、昨日俺を部屋まで連れて行ってくれた、あの騎士?」
「そうです。最初は手綱を引いて歩いてくれて、少しだけ慣れたら一人で乗れるよう教えてくれるって約束なんです」
ま、卒業後の進路次第ではあるんだけど、もしガイドを続けるにしても、万が一王女様の侍女を目指すことにしても、騎乗はできたほうがいいって聞いたしね。
「へえ」
(ん? 少し風がヒンヤリしたかしら)
「ロキシーってもしかして、ああいう男が好きなの?」
「はい、好きです」
迷いなく頷く。
理想のお兄さんだもの。もちろん好きだ。
彼を兄と呼ぶには、ニーナの二番目のお兄さんと結婚するしか方法はないけれど、彼はすでに既婚者なのよね。――そんな冗談を言って、ニーナと笑ったこともあったっけ。
「ふーん、そうなんだ?」
ん? ヒューがユーゴ化している気がするんだけど、気のせいかしら?
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