第19話 デート?②

 とはいえ、デートってどうすればいいのかしら――?


 元婚約者との乏しい経験をあさっても、食事や観劇、公園や美術館のお散歩くらいしか思いつかない。

 デート自体、私にはハードルが高いのよ。しかもガイドでもないのに美形の隣に並ぶなんて、それなんて罰ゲーム。

 うーん。観劇は昨日してるはずでしょ。違う演目だとしても二日続けて見たいほど、ユーゴが演劇好きだった記憶はない。食事をするにはまだ早い。


(困った)


 散々地味だの駄作だの言われてきた私だもの。女性の目をくぎ付けにするフォルカー様と私が並んでいても、どんな関係? って感じじゃない。せいぜい侍女をお供に散策している貴公子って感じかしら。デートには間違いなく見えないと思う。


(あ、なんか申し訳なくなってきたかも)


 主人公とモブにしか見えないであろう自分たちがありありと浮かぶ。

 これは冗談抜きに、目の前で彼の方がナンパされるなんてこともありそうだ。観光で来ているお嬢さま方って、意外と積極的な人が多いし。


 それにこれが一番重要なんだけど、あまり長い時間一緒にいて、私の正体がバレるのは避けたい。ユーゴだって、自分がロクサーヌとデートしたなんてことに気づいたら、絶対ショックを受けるか、騙されたって怒っちゃうんじゃないかしら。


(フォルカー様に恥をかかせず、それでいてバレずに済むデートか。どうしよう)


 たとえば小一時間だけ一緒にいて、適当なタイミングでさようならが無難って感じかしら。

 そんなことを考えていて、ふと一昨日聞いたシビラ様の話を思い出した。


(ん? でもちょっと待って。よく考えてみれば、ユーゴには好きな人がいるのよね?)


 そうよ、そうだったじゃない。

 あの朴念仁がわざわざ会いに行った誰かさん!

 ということはよ?

 これは彼からのお詫びでもあるけれど、裏を返せば、お気に入りのガイドを使って本命とのデートの練習をしようってことでしょう。うん、間違いない。


(なあんだ。そうだったんだ。ようはエスコートの時と同じって考えればいいのよ)


 利用されるってことに気づいたからか、ほんのちょっぴり胸の奥の方がモヤッとするけれど、ユーゴは私が同級生だって気づいてないんだから仕方がない。

 それでもこれは仕事なんだ思えばホッとするのも確かで、私は気を取り直してにっこりと笑った。


(よし。ユーゴがダンスのパートナー候補さんとうまくいくよう、しっかり協力してあげましょう)


   ◆


 協会を出てすぐフォルカー様に、

「どこか行きたいところはある?」

と聞かれたので、

「お天気もいいですし、西の風牧場に行きませんか?」

と提案した。けっこう自然な感じで言えたと思う。


 もちろんこれは、元々フォルカー様だけを案内する場合に備えたプランだ。

 だって相手がユーゴだと知らなかったとはいえ、お客様の好みを考慮した上で、プロと一緒に考えたプランなのよ。名前がデートに変わっただけで、わざわざ他に行く必要はないでしょう。


 私の希望を聞いたフォルカー様が、なんだか意外だという顔をしたけれど、嬉しそうな目の輝きは誤魔化せないのですよ。ふふん。


(ユーゴは乗馬が得意だし、馬の世話も熱心にしていたのも知ってるのよ。ハズレなわけがないよね)


 まあ、名目上はデートだったから、移動には協会の馬車ではなく普通の乗合馬車バスを利用した。ちょうどいいタイミングだったのはもちろんだけど、二頭立ての馬車は八人乗りのため、狭い空間に二人きりにならずに済んだし、市民も当たり前に使う馬車の乗り心地も密かにアピールできたしで、私にとってはいいこと尽くし。


 とはいえ、他に乗っていた五人のお客様がチラチラとフォルカー様を見てたから、やっぱり目立つんだなと思う。姿勢がいいし、風に髪がなびく姿が様になるし。

 当の本人は全く気付いてないみたいなのが、逆にすごいけどね。

 もっともユーゴの時もそうだったから、いつも通りと言えばその通りなのか。見た目は真逆なのに。


 ただひとつ困ったのは、時折フォルカー様が馬車の中で話しかけてきたんだけど、周りに気を使って耳元で話すのよ。しかもこちらが話すときは、彼が体をこちらに傾けて耳元で話させる。


 わかるのよ。公共の場で大きな声で話すのは失礼よね?

 だけどずっと話してるわけでもないし、適度な音量なら迷惑にはならないのでは。

 耳元に息がかかるのって、めちゃくちゃくすぐったいのよ! しかも無駄にいい声だから、背中までむずむずしてしまう。


 真っ赤になってしまったせいで私まで視線を集めてしまい、ついつい、私はガイドですよアピールを頑張ってしまったわ。

 でもふと、私を見るフォルカー様の口がいたずらっぽく弧を描いているのに気づいてしまった。よく見れば目にもからかうような色が浮かんでいる。


(これ、わざとだ!)


 わ、くやしい。絶対私がデート慣れてないのに気づいてからかってるんだわ。

 ユーゴからこんな甘やかな目を向けられるなんて、ガイドのロキシーだからいいけど(いや、よくないけど)、ロクサーヌだったら天変地異の前触れかと思うところよ。


(あなたね、これは練習でしょ? 私じゃなかったら色々勘違いするような甘い視線は止めなさい!)


 うん。一言そう言ってしまいたい。

 やるなら本命相手にやってよ。今なら絶対うまくいくから! 全力で応援するし――って。


 でも一応今日は私とデートしていることになってるから、ずばり言えないところがつらいわ。


(うう、呪文を唱えよう。私はガイド。ガイドのロキシー)


 こっそり深呼吸をして、何も特別なことはないですよって顔で、フォルカー様に笑顔を返す。

 彼は目を瞬いた後、ふっと空気を緩ませるように人懐こい笑みを浮かべた。


「牧場、楽しみだな。俺、馬が好きなんだ」

「西の風にはいい馬がたくさんいますよ」

「いいね。乗馬もできるかな?」

「はい。もちろん」


 今日はたくさん楽しめるよう尽力するから、覚悟しててね。

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