第18話 デート?①
翌日。
いつものように朝一で協会に行くと、なぜかウィッケ伯爵一家がいて驚いた。
「えっ、どうして」
(待ち合わせの場所はここじゃないわよね? 時間もまだ早いわよね?)
一瞬自分が間違えたかと思って焦ったけど、場所も時間も私の記憶通りだと会長がフォローしてくれたのでホッとする。
でも、だとすると皆さんどうしてここに?
伯爵を見れば、初対面の時と同様のイケてるおじさまスタイル。息子のフォルカー様と親子だと一目でわかる雰囲気の上品さで、昨夜会った素の姿とは本当に別人みたいだ。
こんなに変わるなんてすごいなぁ、なんて感心していると、当の伯爵からバチンと派手なウインクを頂いてしまった。
(うっ! 見た目はおじさまなのに、すっごい色気にあてられる! 伯爵さま、心臓に悪いです)
変な汗が出そうになるけれど、機嫌よさげな伯爵の顔を見てホッとした。
昨日の笑顔の意味はよく分からなかったけれど、信頼は得られたっぽいもの。よかったわ。
続いてシビラ様を見ると、今日も上品な奥様風。正体が分かった今はちょっとドキドキしてしまう。でも私はシビラ様の綺麗な笑顔の奥に内心首を傾げた。
(どうしてシビラ様、少し怒ってるのかしら?)
ニコニコしてるんだけど、内心プンスコしてるのが分かって、その愛らしさに身もだえしそうになる。見た目は立派な大人の女性なのに可愛らしすぎるわ。
手で顔を覆いたくなる衝動を我慢しつつ、今度はユーゴを見ると、突然ガバッと頭を下げられて後ずさりそうになってしまった。
(な、なにごと?)
「ロキシーさん、すまなかった」
「あ、あの……フォルカー様? 顔をあげてください」
彼の突然の謝罪に、私は焦って周りに視線を泳がせた。
まさか私がロクサーヌだって伯爵がばらしたのかとも思ったけど、伯爵と目を見かわした結果、どうやら違うらしい(疑ってごめんなさい)。
ということは、彼が私に抱き着いたことについて――じゃ、ないよね? 覚えてないよね?
私は何も悪くないけど、悪くないはずだけど、覚えてられると恥ずかしくてのたうち回りたくなるから!
表面上は落ち着いた顔で、フォルカー様に顔をあげるよう声をかけ続けていると、シビラ様が「こほん」と可愛く咳ばらいをした。
「ロキシーさん」
「はいっ」
「うちの愚息が、昨夜は大変ご迷惑をおかけしたそうね。本当にごめんなさい。うちの人が調子に乗って色々飲ませるから」
シビラさんが伯爵を睨むけど、迫力なんか全然ありません。むしろ可愛らしさ全開で、見てるこっちが照れてしまうわ。もちろん彼女が本当に怒ってるらしいのは分かるんだけど、世の中にこんなかわいい大人の女性がいるなんてと、しみじみ感心してしまう。
そんな彼女らの説明によると、フォルカー様が酔っぱらったあげく、途中で偶然会った私に介抱されながらホテルに送り届けられた――その点を指していることが分かった。完全業務外なのにってことらしい。
なんだ、よかった。
「大丈夫ですよ。同じ方向でしたし、一緒に歩いただけですもの」
そう言ってニコニコするけれど、フォルカー様が顔をあげる気配がない。
(ユーゴ。いい加減にしないと、頭に血が上るわよ?)
やたら姿勢がいいものだから、まるで彫像みたいなんて思っちゃうけど、そんなに謝るほどの事ではないと思うのだ。
頑張ってなだめた末にようやく顔をあげてくれたんだけど、彼は本気で恥じているらしい。少し頬を上気させたフォルカー様の申し訳なさそうな目が合うと、心臓が大きく胸を打った。
こんな風に男性に下から見上げられるなんて、そうそうあることじゃないからだと思う。だけど深い青色の目に囚われてしまうような錯覚を起こし、一瞬くらくらしてしまった。
それでつい無意識に、彼の頬にかかったおくれ毛を耳にかけてあげてしまったけど、なぜか伯爵がニヤニヤしているし、ユーゴの耳が赤くなってるしで、なんだかいたたまれなくなってしまう。
(子ども扱いしたわけなじゃいんです。ごめんなさい)
ようやく会長の部屋で今日の仕事についての説明が始まってホッとした。――が、それもつかの間。
「ということで、ロキシーは今日は休みだ」
そう言われて「はい」なんて言えるわけがない。
昨日のお詫びに、ガイド料は通常通り払うけど、ガイドはしなくていいなんて変よね?
私が悪いことをしてしまったのかと泣きそうになってしまうけど、シビラ様がいち早くそれに気づいて「ちがうの」と首を振った。
「今日はフォルカーだけガイドを頼もうと思っていたのよ」
「プラン②のほうですね」
伯爵夫妻の予定如何で、もともと今日は伯爵家族全員と息子だけの、二プランのどちらかになる予定だった。夫妻の予定が無事入ったということなのだろう。
ならばお金だけ貰って仕事をしない理由なんてない。
そうは言うものの、気持ちの問題だと伯爵一家は譲らない。
しばらく問答を繰り返した結果、伯爵が「じゃあ、こうしたらどうだ?」と、まるでいい案を思いついたかのようにポンとこぶしを手のひらに当てた。
「ロキシー嬢は休日。ということでフォルカーとデートしてもらおう」
「あら、いいわね。ロキシーさん、この子にあれこれおねだりしていいわよ。ドレスでもアクセサリーでも。それくらいしても当然よね?」
「はい、もちろんです」
いやいやいや。はいじゃないですよ。なんで頷くのよ、ユーゴ。
「で、デートでしたら、他の職員の方が」
仕事ならともかく、デートなんて私には無理よ? まともなデートなんてしたことないもの。シビラ様やピピさんみたいな可愛い女性ならともかく、私とデートしても楽しい男性なんていないし。
救いを求めて会長を見れば、なんだかいたずらっ子のような顔をして髭をしごいてる。
(ああ。会長ってば、今朝のニーナと同じような顔をしてる)
今朝も早くから、ヘアメイクのためにセビーが来てくれたんだけど、なぜか朝食を持ってニーナも一緒に来てくれたのだ。二人ともご機嫌で可愛かったけど、セビーは間違いなくニーナにつられていたんだと思う。自身もめかしこんでたし、私のヘアメイクにも気合が入ってたもの。
そんな癒し系二人の顔を思い出し、小さく息をつく。
(ああ、会長の心の声が聞こえてきそうだわ)
キラキラしている会長の目は、明らかに面白がっていた。
言葉に代えてみれば、『いいじゃないか。せっかくの機会だ、行って来いよ。まさか断らないだろ?』だ。
ううう。伯爵と言い、会長と言い、目でものを言うのはやめてほしい。
会長も婚約破棄の件を知ってるから、やたら世話焼きたがるのよね。どれも断って来たけど、さすがに今日のお客様に意地をはれないのを見越してるんだわ。
とはいえ、学生のユーゴとロクサーヌだったら、一緒に出掛けてもせいぜい学校行事の買い出しだ。脳内フィルターを出して、むりやりもっさりユーゴだと思い込もう。
(デートじゃない。デートじゃない)
そんな呪文を唱えてユーゴの顔を見たのに――。
「ロキシーさん。どうかお詫びの機会を与えてくださいませんか?」
いつになくやわらかなユーゴの声と目に、頬が熱を持つ。
基本的に私は、どうにも末っ子に弱いみたいなのだ。
フォルカー様、絶対末っ子でしょう。
脳内でライナー殿下の情報をぺらぺらしてみれば、たしかに上二人の王子とは年の離れた末っ子だったわ。
「わかりました。宜しくお願いします」
差し出されたユーゴ、もといフォルカー様の手を取ると、彼の目に歓喜の色が浮かんだ。これで義務を果たせると言った感じだろうか。
うん。すごく反省してる感じだったもんね?
(なんというか、王子様って大変なんだな)
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