第14話 私がいたのになぜ?
ピピさんは幼いころから自分の意思とは関係なく、男性が寄ってくるタイプだったらしい。
これが魔性の女なのかぁ。美人は羨ましいと思ったけど、実は大変なのね。
――なんてのんきなことを考えていたけれど、大間違いだった!
彼女が十歳くらいになるころには、顔も知らない男から俺の女扱いされることも多々あったと聞いて、全身鳥肌が立ってしまったわよ。しかも相手が既婚者だった場合、身に覚えもない不倫相手として糾弾されたことも多々あったとか言うんだもの。
(怖い怖い怖い! 美人は大変なんてレベルじゃないわよ。というか子ども相手に俺の女扱いとか、どんな変態⁈ こわっ)
脳裏には、少女にしか見えないピピさんを侍らせて、ご満悦だったギヨームの顔が浮かぶ。セビーの言っていた
そんなことをしみじみと考えながら、ふと彼女の耳元の大きなピアスに目が行った。
(あれ? そういえばあの時のピピさんて、ピアスしてたっけ?)
心の中で首を傾げてしまうのは、あの時、てっきり彼女は未成年だと思い込んでいたからだ。今の彼女の耳には大ぶりのピアスが見えるし、きっと気のせいだと思い直し、彼女の話に耳を傾ける。
彼女の声と心地よい振動、それに流れる景色が相まって、なんだか物語の中に引き込まれるような不思議な気持ちがになっていた。
色々大変な目にあっていたピピさんだけど、実は初恋の相手である夫一筋だったそうだ。彼は二歳年上の幼馴染で、勘違い男を追い払うのに力を貸してくれ、いつも守ってくれたヒーローだったと。
「彼が成人してすぐに、思い切って猛アタックしたわ。妹分じゃイヤだってね。希望なんてないと思っていたけれど、気持ちだけでも伝えたくて必死だったのね。若かったわ。だから恋人になれたときは有頂天だった。お付き合いが始まると、ピタッと変な人が寄ってこなくなったのも嬉しかったし」
(うわ、可愛かったんだろうなぁ。旦那さん、きっとイチコロだったよね。妹分じゃイヤなんて可憐なセリフ、私にはとても言えないわ)
「結婚してすぐ子供に恵まれたわ。可愛い女の子でね……幸せだった。――でも娘が四歳になる冬、猛威を振るった熱病で彼は死んでしまった」
私はかすかに息を飲んだ。
(私のお母様……アンヌマリー母様と同じ)
「どうして置いて行くのかって、心は悲鳴を上げ続けてた。涙はまったく止まらないし、許されるならすべてを投げ出してしまいたかった。でもどんなに悲しんでも、私には守らなきゃいけない娘がいた。娘だけが支えだった」
私は覚えてないその年。お父様やお兄様も、彼女と同じように苦しんだのだろう。
そう思いかすかにまつげを伏せる。
「でもね、悔しいけれど、一人で子どもを育てるのは無理だった」
(うん。私のお父様がすぐに再婚した理由もそうだった)
男親でも女親でも、一つの体、二本の手だけでは、子どもは育てられない。
ピピさんは夫への想いを封印し、仕方なく実家に戻ったが、その直後から悪夢は繰り返された。それでも娘のためにある裕福な男の後妻に落ち着くと、一時的だが寄ってくる男も女も激減したという。
それでも時が経つとまた増える。
ずっとその繰り返しだったらしい。
「何度も結婚したけれど、私が生んだ子どもは娘一人だけだったのよ。愛する人の子だから、誰とどうなろうとも、あの子を守ることが私の使命だと思ってたの」
死別や離婚など理由はいろいろだけど、複数回の結婚を繰り返しながら育てた娘は、ピピさんと同じく十六歳で大好きな人と結ばれた。なのに彼女はホルガーくんを生んですぐ天災に巻き込まれ、子どもを残して夫婦二人とも亡くなってしまったそうだ。
「気が狂いそうだった。この子がいなかったら、正気ではいられなかったでしょうね」
幸いだったのは、その頃独り身だったピピさんは、前の夫が残した財産や事業があったことだ。おかげで最愛の娘が残した唯一の宝を育てるために、さらに結婚をしなくても済んだらしい。
「その頃偶然に気づいたんだけど、完全にパートナーのいない女性と一緒に歩いていると、そういう男が寄ってこないのよ。救世主はいるんだって嬉しかったわ」
しかし、いつもそんな条件のいい女性と一緒にいられるわけではない。秘書として雇う形で優遇するものの、なぜか皆すぐ恋人や夫を見つけてしまい、結局状況は元に戻ってしまう。一番長く続いたのが、政略結婚の相手から逃げていた女性だったが、その女性も一年前無事離婚が成立し、その後出会った人と結婚した。
「だからロキシーさんもそうなのかな、なんて思ったのよ。一年前だったらぜひうちで働いてほしいって口説いてたわね。しかも貴女、私が憧れていた女性とよく似ているのよ」
そう言うとピピさんは、懐かしむように柔らかく目を細めた。
「そうなのですか?」
どんな女性だったのかちょっぴり気になる。
同時に、私の理想の塊みたいな人にも憧れた人がいるのかと、不思議な気もした。
「ええ。若い人は知らないと思うけど、サンドリヨンと逆の人でね。真実の愛を貫いたお姫様だったの。子どもの頃ご縁があって三回だけお会いしたことがあるんだけど、ロキシーさんみたいなストロベリーブロンドの髪と赤いドレスがお似合いでね。子ども心に紅薔薇のような人だって、この目にくっきりと焼き付いたわ。今も憧れなの。ふふ、少女じみてるわね」
なんともすごい人に似ていると言われてしまったことに驚くけれど、ここは素直にお礼を言って、少女じみてるなんてことはないと否定しておいた。
継母を見ても思うけど、女性にとって乙女心と憧れは大事なものなのよ。
(でもそうか。お母様の服のせいだろうけど、そのお姫様と雰囲気か何かが似てしまったせいで印象よく見てくださってるわけね)
「話を戻すけど、そんな事情でこの子は実家に預けていたの。あまり会えなかったけど、危険な目には合わせたくなかったから。――でもね、少し前に父が縁談を持ってきたの。それが今度の結婚相手なんだけど。まあ、ありていに言えば政略結婚ね」
「政略結婚ですか?」
考えていたような浮気ではなかったことに、私は思わず大きく瞬く。
でも当然ながら彼女は、違う意味にとらえたようだ。
「何度も結婚してるし、この年で今更って感じでしょ? でもね、好き勝手生きて迷惑もかけてきたし、はじめて父が頭を下げてきたの。チャンスなんですって。いつか恩を返さなきゃって考えてたから、私で役に立てるならと思ったのは本当。彼の方も一目で私を気に入ってくれたみたいだったから、ホッとしたし」
そう言って軽く肩をすくめたピピさんは、ホルガーくんの肩にストールをかけなおしながら思い出し笑いのようにクスッと笑った。
「でもね、驚いたのよ。その彼、最初の夫に似てるわけでもないのに、一緒にいると他の男がほとんど近づいて来ないの。強そうに見えるわけでも、近寄りがたいくらいのいい男ってわけでもないのによ?」
たしかに彼はいい男じゃない。
思わず頷きそうになるのをぐぐっと我慢する。
でも彼女の話に、私は首を傾げた。
ただの浮気ではなかったのは分かったけど、私がいたのになぜ?
(未練なんて欠片もないけれど、私といるメリットがないなら、普通に婚約解消してから見合いをすればいいのに)
単純に私を侮辱したかっただけなのかと、そこまで彼に嫌われていたのかと考え、はたと思い当たる。
『あんたみたいな小娘より、あの子にはもっとふさわしいご令嬢がいるのよ。夫が認めても私は認めないわ。身の程を知りなさい』
まだ十二、三歳だった私にだけ聞こえるよう、囁き続けた声。
(ああ、そうか。――彼の、お母様の仕業だったのね)
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