第13話 何かから逃げてる?

 ピピさんの話は最初、他のお客様同様今日の感想だった。

 楽しんでもらえたのは素直に嬉しい。しかも先輩のアドバイスによれば、ニコニコと聞き手に徹するだけで、今後の参考になるかもしれない情報が色々入るチャンスなのだ。短期バイトでもかなり勉強になってる実感はあるのよね。ありがたいです。


 一通り話したらしいピピさんはほっと息をつくと、膝枕で寝ているホルガーくんを見つめ、やわらかそうな髪をなでながら穏やかにほほ笑んだ。

 事情があってしばらく離れて暮らしていたため、淋しい思いをさせていたのだという。


「本当にね、感謝してるの。この子といてこんなに邪魔が入らない外出は、最初の夫と結婚していた時以来よ。すごく楽しかったわ」


 そう言って顔をあげた彼女は、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔になった。


「でも、私たちにとってはありがたかったけど、貴女にはひどい条件に見えたでしょう? てっきりもっと年上の方が来ると思っていたのよ。成人前のお嬢さんにごめんなさいね」

「いえ、とんでもないです」


(耳を隠してたけど、どこかで見えちゃったのね)


 成人の証であるピアスがないのを隠せるよう、今朝セビーにセットしてもらったけど、やっぱり屋外、しかも遊園地では無理があったみたいだ。


 どんなに大人っぽくふるまうよう気を付けても、ピアスのない耳を見れば、私が成人前だということは一目瞭然。客観的に見れば、あの条件に年頃の娘が来るなんてどれだけ非道? って感じかもしれないのよね。


(私がもっと大人だったら、実は未亡人です、みたいにごまかすこともできたんだけど)


 もっともこれは、何らかの事情で財産があった上で、あえて結婚を選ばない女性が使う手だから、少し無理があるけれど。


 ちなみにこの国では十八歳で自動的に成人として認められるオーディアと違い、成人になる年齢には十五歳から二十二歳までと、かなり幅がある。この年齢の間に保護者のもとで成人式を行って、はじめて大人として認められるからだ。年齢に幅があるのは、立場などで違うから。


 中流以下の階級、特に職人は早めに成人することが多いし、私みたいに学園に通ったりしていると、卒業と同時である十八歳で成人式をすることが多い。

 一方在学中でも、急な政略結婚や当主襲名で成人を前倒しする人もいる。

 でも逆に、何らかの事情で成人式が行えない人もいる。その場合、二十二歳になれば領主など代理者の前で成人式を行って、成人として認められる。稀だけどね。なのに私が今、まさにその危機にあるけどね。


 成人式では耳に穴をあけてピアスを付ける。

 だから耳を見れば、その人が成人かどうかは一目瞭然なのだ。


 成人すれば責任や義務が色々生じるけれど、大きな違いの一つが結婚が認められるってことがある。たとえ二十歳だったとしても、成人前であれば結婚はできないわけね。



「ロキシーさんは、結婚の予定とかはないの? 恋人と別れたばかりとか」

「ふぇっ?」


 あぶない。ピピさんの遠慮がちな言葉に思わず吹きそうになって、変な声が出てしまったわ。

 あなたがそれを言う? って思わなくもないけれど、彼女は私が誰だか知らないんだものね。

 かわりに私は急いで「いいえ」と小さく首を振って、にっこり笑って事実だけを告げた。


「恋人がいたことは一度もないです」


「意外だわ。でもわかる気がする。ロキシーさんって高嶺の花って感じがするもの。つまらない男なんてお呼びじゃないわよね」


(え、いや、まさか。ないですないです。そんな真面目な顔で、「これが事実なのね」みたいに見ないでください)


 だいたい思い込みなしに記憶をたどれば、私は恋をしたこともないのだ。

 ギヨームのことは大切にしてきたつもりだったけど、自分の意思とは関係なく結ばれた婚約だったせいか、まわりの友達が言うようなドキドキするとか、切なさに胸が苦しくなるみたいなことは一切なかった。

 もちろん他の男性に対してもね。

 かっこいい人を見れば普通に素敵ねぇとは思うし、色気に当てられてドギマギすることもたまにはあるけれど、婚約者がいる身として当然、きっちり線引きをしていたのだ。


(本音を言えば放課後デートに憧れたけど、私が在学中、ギヨームはデートらしいデートはしてくれたことはなかったし)


 婚約のせいで青春を無駄にしたのかもしれない。でも今は、それはそれで、まあいいかとも思っている。


(違う扉を開けて全力で取り組めばいい)


 そんなユーゴのぶっきらぼうな声が脳裏に浮かぶ。


 そうなのよね。目標のために頑張ったことは無駄ではなかったって、今なら胸を張れるもの。次に行けばいい。今度は私の意思で。

 だからどこぞの後妻の話とか変な縁談からは、どうにかして逃げなきゃいけないのよ。


(お兄様がサロメを止めてくれればいいんだけど)


「ロキシーさん、かなりいいところのお嬢さんでしょう? ここで仕事をしてるのは、もしかしたら何かから逃げてる? 例えば、意にそわない結婚相手から――とか」


(当たらずとも遠からずです。逃げてるのは実家からだけど)


「どうしてそう思われたんですか?」


 それでもあえて戸惑って見せると、彼女は少し考えるそぶりを見せた後、そもそもあの条件を出すに至った経緯を話し出した。

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