第12話 惨めな気持ちになる理由はないわよね?
ピピ嬢に恨みや怒りはなくても、理想の塊がすぐ隣にいるというのは変な感じだ。見れば見るほど自分がなりたいと空想した幻想が、想像よりかなり年上とはいえ実在してるんだもの。
そんな人の隣にいるとつい頭の中で、ギヨームやサロメの「駄作」だの「出来損ない」だのという幻聴が聞こえてきて、きゅっと背中を丸めてしまいたくなる。
でも今は顔を隠してくれる長い前髪はないし、地味な服も着ていない。
いっそ透明になれたらとか、せめて仮面でもかぶれたらなんて考えてみても、そんなあからさまに変な人ではガイドなんかできるわけがない。
(まあ、ガイドに見た目は重要じゃないから、これはただのつまらない乙女心なんだけどね)
もうすぐ卒業と成人式を控えているのに、我ながら子供っぽくて嫌になる。しかも成人式のために実家に帰らなければならないことを考えると胃が痛むし。
そんなことを考えながらもニコニコと案内をしていると、馬車を降りてふと、街角のショーウィンドウが目に入った。そこに映る小柄な金髪美人と手をつなぐ可愛い幼児、その隣に立つのは赤いツーピースに身を包み、背筋がきちんと伸びた凛とした雰囲気の女性。
(あ、素敵な
瞬間的にそんなこと考え――――次の瞬間、それが自分だったことに気づいてびっくりした。
冷静に考えればとっても間抜けよね。わかってる。でも本当に気づかなかったし、毎日鏡では見ていたとはいえ、自分を完全に客観視したのは初めてだったのよ。ああ、驚いた。
「ねえねえ、ガイドさん、じゃなかった。ロキシーさん、遊園地はまだ遠い?」
「いいえ。あの大きな門の向こうがそうですよ」
目を輝かせながら尋ねるホルガーくんに笑顔で返事をする。
そうよね。ガイドのロキシーは、背を丸めたりしないのです。顔を隠すために俯いたりもしません。
女の子に不愛想だと両親(だと、この時は思ってた)に嘆かれたフォルカー様を、ニコニコ上機嫌の紳士にした実績もあるんだもの。今気を付けて見ているべきはホルガーくんであって、ピピさんに注視して惨めな気持ちになる理由はないんだわ。
単純だけど、そう考えると一気に楽になってしまった。
二人を連れて案内したのは、この町でも人気の娯楽場である南の森遊園地だ。
元はピクニックに最適な、芝生が広がるだけの大きな公園だったらしい。でも五年前にできた色彩豊かな回転木馬が子供やカップルに好評で、そこから一気に遊具を増やし、今や観光や行楽地として有名になりつつあると聞いている。
季節に応じて色々な花を見られる花園や、ちいさな池、昔からある芝生広場の舞台では、毎週軽業師や手品師の芸や、おとぎ話をメインにしたお芝居も見られるの。
他には、筋肉ムキムキの男性が、大きなハンドルを使って回転させてくれる観覧車も大人気。ブランコみたいなシートにのって二分間回してくれるんだけど、頂上は大人三人分くらいの高さがあって、私としては、足がぶらぶらするところなんかがちょっと怖いのよね。
シートは一人用と二人用があるんだけど、二人用にピピさんと乗ったホルガーくんは大喜びだった。
「もう一回乗る!」
さすがに五周目をねだられた時は、疲れたピピさんに頼まれて私が同乗することになったけどね。もちろんちゃんと笑顔で付き合いましたとも。
やっぱり高くて揺れるのが怖かったけど、ずっと楽しそうに話し続けるホルガーくんの話を聞いたり質問に答えたりするのに、全神経を集中させたわ。
「ロキシーさん、あの三角のやつ何?」
「あれは領主さまのお屋敷にある棟ですよ」
「じゃあ、向こうにある白いのは? お城?」
「いいえ。あれは劇場ですね。今日もお芝居が上演されてますよ」
(今頃伯爵一家がお芝居を楽しんでいる頃かな)
「えっとね、今日はロキシーさんがいてよかった」
「そうですか? 嬉しいです」
「うん。あのね、うちのママが魔性の女って聞いてるでしょ?」
(え。こんな小さい子が本当にそんなことを言うの?)
「ぼくといっしょにいてもね、知らない男の人がついて来たり、いきなり女の人に声をかけられたりしないから、すっごくたのしい!」
「そう、なのですね?」
(どういうこと?)
そのあとは妖精が住んでるがコンセプトのおうちに入って遊んだり、舞台を楽しんだりしてから昼休憩。予約してあったレストランで食事を楽しんでもらった後、ふれあい広場でウサギや鳥とたわむれる。
あとはゆっくり観光案内をしながら戻る予定だったんだけど、動物と触れ合ったあとホルガーくんがすっかり眠ってしまった。普段お昼寝はしないらしいんだけど、はしゃぎすぎて疲れたらしい。
そこで観光の代わりに、貸し切り馬車で馬町をめぐるドライブに変更した。まだ時間は残っているし、途中でホルガーくんが目を覚ましても対応できるようにだ。
ただ予定外だったのは、ピピさんの話し相手として私も同乗することになってしまったこと。
もちろんガイドする気満々で承諾したんだけど、彼女の希望は本当に話し相手だった。
「今日のガイドがロキシーさんでよかったわ」
落ち着いた声で改めて礼を言ってくださったピピさんは、ぽつりぽつりと話を始めた。知らない相手だから気軽に話せることもあるのだと。
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