第11話 驚くことって続くのね?②
私が急な別案件を引き受けることになったのは、そのお客様を担当するはずだった職員さんが高熱を出してしまったから。しかもちょっと面倒な条件を出してきたお客様らしく、その条件に当てはまるのが私だけだったのだ。
お客様は祖母と孫という、二人旅のお客様にしては珍しい組み合わせ。だけど女性限定を指名する理由は、孫息子たっての希望という話だった。
なぜか条件というのが、
「案内人はパートナーのいない女性限定」
だったのよ。
ええ、ばっちり当てはまってますわ。
元々担当するはずだった方はノーラといって、十年前に連れ合いを亡くした未亡人でね、これは色々な意味で自分が最適だろうって引き受けてくれてたらしい(ちなみに六十二歳のふくふくした可愛らしい女性よ)。
他の女性ガイドはみんな既婚者か婚約者あり、もしくは恋人がいるわけで。そのどれでもない人なんて私一人しか残ってないのだ。それでも上の人に、バイトでも私なら大丈夫と思ってもらえたならきちんとやるしかない。
ただし、孫息子が条件を付けた理由に私は首を傾げてしまったんだけどね。だって、理由がなんと――
「うちのばあちゃん、魔性の女だから」
だったらしいんだもの。
「なんですか、それ?」
思わず目をぱちくりとしてしまったわ。
魔性の女って何? 実在するの? しかもおばあさまが?
でも会長が言うには、本当にその通りらしい。さすがに詳しい話は聞けないけど、昔隣町に住んでいたという彼女は結構な有名人らしかった。
精一杯想像力を働かせ、セクシーダイナマイツな魔女っぽい女性を思い浮かべてみようとするけれど、魔性の女なんて全然うまく想像ができない。
(いったいどんな人なんだろう?)
まるで小説や劇の登場人物みたいよね。そう考えるとちょっとワクワクしてしまう。
「お客様の名前はピピ・グラックさんと、ホルガー・グラックくん。ホルガーくんは孫息子だけど、彼の両親が早くに亡くなってるため、ピピさんが母親代わりらしい」
「ピピさんと、ホルガーさんですね。お母さん代わりですか……」
私も母親を亡くしてるから、少しだけ胸の奥がキュッとする。
おばあさまの名前に少しだけびっくりしたけれど、同姓同名ってわりといるものなのね。孫を育てるなんて苦労されてるんだわ。――――なんてことを考えていた私は、次の情報に思わず目を真ん丸にしてしまった。
「ちなみにホルガーくんが五歳で、ピピさんは三十八歳だ」
「ずいぶんお若いですね」
タチアナ母様の二歳年下?
もしお兄様に子どもがいればタチアナ母様もおばあさまになるけれど、でも実のお母様が生きてれば四十八歳。やっぱり若すぎよね。
(なのに、ご自身のお子さんはすでに亡くなってるなんて……)
「ピピさんが娘を生んだのが十六の時だったらしい。結婚してすぐ子供に恵まれたそうだ。しかし最初の夫とは死に別れててな、その後何度か再婚したって話は聞いてたが、娘夫婦の死後は一人で孫を育ててたみたいだ」
「そう、なんですね」
「うん。で、最近ピピさんの再婚が決まったそうでな、最後に二人で旅行をってことになったらしいよ」
◆
子どもを一人で育てるのは大変だってことは、結婚経験のない私でも想像できる。事実、お父様がタチアナ母様とすぐに再婚したのは、私たち兄妹がいたからだもの。
だからピピさんの再婚が決まったという前情報には、素直にめでたいことだと思った。
つまり、この旅行は二人にとってお祝いでもあるわけじゃない?
新しいお父さん(おじいちゃん?)と三人家族になる前の、区切りみたいな感じかしら。
おばあちゃんが魔性の女なんていう孫息子くんだけど、正直それは眉唾物だと思ってる。だって、あまりに大人びているじゃない? まだ五歳よ?
うちの弟はちょっと変わってるから例外としても、男の子って基本幼いわよね。
きっとおばあさまの方が、冗談で女性を指名したのだろうな。孫が人見知りで男性だと泣いちゃうとか、多分そんなところじゃないだろうか。
でも、そんなことを考えていた私は、本人を見て考えをガラッと変えざるを得なかった。
「おはようございます、ガイドさん。ぼくはホルガー・グラックです。こっちが祖母のピピ。今日は急なお願いを引き受けてくれてありがとうございます」
「あ、本日案内人を務めますロキシーです。本日は宜しくお願い致します」
挨拶を返した私に、にっこり笑うホルガーくんの可愛いこと!
あまりにもしっかりしている子って、一歩間違えると可愛げなく見えると思うのよ。少なくとも私自身がそういうタイプだった自覚があるのね。でも彼はもう、身もだえするほど可愛かった。
ふくふくのほっぺも、キラキラのお目目も、おばあちゃんを守ってあげると言わんばかりの姿勢も、本当に可愛い。
(うわぁ。将来有望ね)
半歩下がったところから穏やかにほほ笑んで立っているピピさんも、彼をとても大切に思ってることが分かる。素敵な家族だ。
ピピさんは髪をゆるっと上品なシニョンにまとめ、おくれ毛を耳にかけながらホルガーくんに笑いかけると、私にも「よろしく」と微笑んだ。かかとの低い靴や上品だけど機能的なワンピースは、動きやすさを優先してるのだろう。肩にかけた大きめのバッグにも、子どものために必要なものが色々入ってるんだろうな。
うん、たしかに「ママ」だ。せいぜい三十くらいにしか見えないし、ホルガーくんも私に紹介してくれた後は彼女を「ママ」と呼んでいる。
微笑ましいくらいにママ――なんだけど……。
(ちょっと待って。え、嘘でしょ? ピピさんは、ピピ嬢だったって……。えええっ???)
ねえ、このお客様、私の婚約者を奪った相手なんですけどー!
こんなことってある?
むしろ、私がガイドじゃダメだったんじゃない?
ピピさん、年下どころか、私より二十も年上だったわよ!
あの時とはずいぶん雰囲気が違うけど、髪の色も目の色も声も一緒で同姓同名。しかも何か詰めてるのかしらと思ってしまうような、丸くて大きなバスト! これで他人の空似ってことはないわよね?
あのときもなんとなく大人っぽい気がしたけど、そっちの勘の方が正解だったのかぁ。
あ、なるほど。たしかに魔性の女なのかも。
え、でもまって。ホルガー君、そのあたり知ってるわけじゃないよね?
そんな風に脳内だけで騒いだ私の表情は、今日も通常運転だ。
頭の中でいくら支離滅裂なことを叫んでいても、はたから見ればお客様に向って穏やかにほほ笑んでいるだけ。
昨日から表情出ない自分の質に感謝しっぱなしだわ。
ただ、思わぬところで会った相手に驚きはしたものの、私の中にピピさんへの恨みとか怒りとかが全くわいてこないことに気づいてしまった。
むしろ侮辱された怒りはギヨームにだけ向いてたわけなんだけど、今は(彼がこの子の父親になるのか)と少しだけ感心してしまったくらい、なんというか他人事感がすごい。
あの婚約破棄の時、自分の中で恐ろしいほど冷めた感覚があったんだけど、あれは錯覚じゃなかったのね。それとも私自身が変わったということなのだろうか。
「では出発しましょうか」
「「はーい」」
うん、ホルガーくん可愛い。一緒に手をあげたピピさんも、なんだか妙に可愛い。
そうね。今は仕事中。余計なことは後でじっくり考えればいいか。
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