幕間 フォルカー(本物)視点②

 本音を言えばユーゴ本人の希望とはいえ、真逆ともいえるキャラを三年間通すのは大変だろうと思っていた。自分も留学していたからこそ思うのだが、学園に入れば寮生活で、気を抜く暇などほぼない。無理をしなければいいなと。


 なのに護衛と報告係を兼ねて共に留学していたオリスによると、我々の予想に反し、ユーゴは楽しそうに学園生活を送っていた。

 いつも愛想よかったのは演技だったのか? そんな風に思ってしまうくらい、無礼なほどの不愛想も女の子から遠巻きにされることも、全部が楽しくて仕方がなさそうだったらしい。

 なんてもったいない……。


 そんな中で、唯一ユーゴが成績を抜くことが出来ない女学生がいるらしい。

 そのロクサーヌという女学生だけは、不愛想なユーゴに対しても遠巻きにすることも怯えることもない。誰に対しても態度が変わらず、ユーゴがどんなに塩対応してもまるで動じないどころか、時々叱られることもあるという。


(なんだその彼女、おもしろいな)


 聞いた話を総合すると、ロクサーヌにはかなり年上の婚約者がいるためか、仕草や話し方がどこか大人っぽい女の子らしい。

 わたしの脳内には色っぽくてかっこいい雰囲気の女性像が浮かんだものの、二人から聞いた話をつなぎ合わせると、予想とはだいぶ違う感じらしい。


「細身で、今はずいぶん背が高くなった」

(ユーゴが少し見下ろすだけって、相当高いな)

「一言で言えば真面目ですね」

(だろうな)

「おだやかでにこやかだけど、優等生だからか、怒らせると少し怖いって言われてる」

(やっぱりかっこいいお姉様って感じか?)

「髪は赤みがかった茶色で腰くらいまでの長さがあるのに、いつもきっちり編んでて地味です」

(地味? いや、地味なのもそれはそれで……)

「目の色はやわらかな琥珀色だな」

(おっ、いいねぇ)

「ああ、あの目は綺麗ですよね。偶然目が合ったりするとドキッとする――え、変な意味じゃないですよ殿下。俺、彼女いますし、スラリとしたより小柄な娘が好きです!」

(オリス、お前の恋愛事情も好みも、別に聞いてないよ)



 ユーゴも彼女だけはとても気に入っているのだろう。彼女の話をするときだけは、これが学園での話し方なんだろうなって感じが垣間見えて面白い。

 ただし! 至極残念なことに、本っ当に心底残念なことに、女の子の話題のはずなのにユーゴからは、異性に対する色めいたものが皆無なのだ。

 ロクサーヌ嬢のことを本心から友人として気に入っているらしいが、「たぶん彼女の方はそうは思ってないでしょうね。ある意味珍獣扱いのような気も……」とはオリス談。かわいそうにというか、ある意味お似合いというか。


(まあ。婚約者がいる女の子じゃ、どのみち無理だからいいんだけど……。若いうちにしかできない不毛な片思いなんてのも楽しいものよ?)


 そんな風に、恋愛以外は充実していたらしい学生生活も終わりに近づいた。国境に近い我が家に気軽に遊びに来ることも、そうそうなくなるだろう。

 ところが、休暇中のユーゴの様子がいつもと違った。めずらしく寡黙というか、ジッと何かを考えこんでばかりなのだ。


 シルヴィアは心配していたが、一応先に報告を受けていたわたしには、何となく考えていることの想像ができていた。


 ユーゴが気に入っていた例の女学生が、さらし者のような婚約破棄をされたのだそうだ。実際にオリスもユーゴと共にその場面を目にしたらしい。


『あれはひどかったですよ』

 と、オリスは盛大に顔をしかめていた。


 なんと実演もしてくれたのだが、大袈裟に言ってるのかと思うほど、同じ男としてありえないと思うものだった。その男にしなだれていたのはロクサーヌ嬢とは正反対の女の子だったらしい。オリスが『正直胸しか印象に残ってない』と言ってたから、相当豊満なタイプだったのか。


 ユーゴはユーゴで、あの不愛想キャラのまま彼女を励ましはしたらしいが、オリスによれば、

『殿下もあれでよかったのか悩んでるのでしょう。近くで見てましたが、あれはもかして激励のつもりなのか? って感じでしたし』

だそうだ。『傷心の女の子にあれはないわぁ』と。


『あのときは、しっかりもののロクサーヌがすごく脆く見えたんです。今までは地味で真面目で、芯の強い女の子って感じだったのに。もし俺に恋人がいなかったら、腕の中にしっかり守って慰めてやりたいくらい、か弱く見えてショックでしたよ……。たぶん、俺以外にもそう思ったやつは多かったんじゃないかな。まあ、彼女が絶対受け入れないのが分かってるからしませんでしたけど』


 心の底から同情しているらしいオリスに、私も『そうだな』と頷く。

 しかし次の言葉には思わず苦笑してしまった。


『なぜかそれを話した時、殿下はポカンとしてましたけどね。ロクサーヌが女の子だって事実を、あの方本気で忘れてたみたいですよ。守ってやりたい? 彼女を? って、絶句してましたから。さすがに失礼ですよね』


 困ったように笑うオリスにわたしも同意する。

 密かに親友みたいに思っている女の子を、周りの男どもに突然普通の女性扱いされるのに驚いたのかもしれないが、さすがになぁ。

 なので色々考えこんでいるのはきっと、本人なりに反省しているとかそんなところだろうと推察したんだ。

 今後のことを考えれば、女の子の心の機微に触れるのもいい経験だろう。


 しかしシルヴィアは完全に恋の病だと思っていて、「会いに行ってらっしゃい」と発破をかけていた。

 なんと実際ユーゴはその通りにしたらしいが、彼女には会えなかったらしい。というか、住所を知ってたことにもびっくりだが、何か伝手を使ったのだろう。そこまで親しいという話はしてなかったと思うから。


 そこまでするなんて、まさか本当に懸想してたのか? と思ったが、聞いてみるとユーゴは告白などをしに行ったわけではないという。


「この国にいづらければ、ほとぼりが冷めるまでオーディアに来ないか誘うつもりだったんだ。留学でも、どこかで働くのでも、色々力になれると思ったからね。彼女は優秀だから、たぶん引く手あまただと思うんだよ」


(マジかあ。本気で色気がないな、おい)


 またもや突っ込みたかったけど――――。


 なあ、ユーゴ。おまえ、気づいてないのか?

 男のわたしでも一瞬ドキッとするようなその切なげな顔は、ただのお気に入りや友人に対するものじゃないんじゃないか?


(結局、シルヴィアの勘が正しかったってわけか)


 まだ本人も自覚していないのだろう。自覚させていいものなのかもわからない。

 学生時代ならともかく卒業してしまえば、異国の女性と恋愛をするのは厳しくなる。ユーゴ自身学生時代とは別人のような姿を相手に見せることになるのだから、彼女の反応も変わるかもしれない。

 そもそもロクサーヌ嬢がただの平民だった場合、いくらユーゴの立場が緩いものでも色々難しい問題が出てくるだろう。


 そう考えると、まだ始まってもいない恋心は、このまま思い出に埋没させた方がいいのではと思えるのだ。


 そこでとりあえず気晴らしでもさせようと、こんな三文芝居をうつことにしたわけなのだが、正解だった。

 ユーゴの意識はロキシー嬢に向いているし、これをきっかけに他の女の子のことも徐々に見るようになるだろう。きっと彼女みたいなタイプは他にもいる。


(まあ、旅行先での疑似恋愛も楽しいものだけどね)


 今日明日と家族ごっこをして、三日目は予定通り別行動にしてもいいかもしれない。

 今三匹目を釣りあげてロキシー嬢のほうに掲げて見せているユーゴに、それもありだなと思う。


(そんな満面の笑み見せたの何年ぶりだよ)


 ガイドを頼む際、彼女のことを紹介してくれた旧友(ここで今日警護をしている例の騎士だ)によれば、傍系とはいえ良家のお嬢さんらしい。仕事ぶりもしっかりしているから問題ないだろう。

 もし恋に落ちたら落ちたで、それも経験。

 失恋の一つや二つしておけばいいのよ。

 ほんと、いいガイド紹介してくれたなと、再び心の中で旧友に親指を立てた。


(そういやあいつの年の離れた妹が、今度ユーゴの後輩になるって手紙に書いてたな。ということは、今十五歳? 名前は確かニーナだったか。美人の母親に似てるって言ってたし、せっかくの機会だから会って行きたいもんだね)


 とはいえ、おまえには絶対見せん、会わせんと突っぱねられそうだけどなと小さく笑い、わたしもようやく一匹目を釣りあげる。ユーゴに数では負けてるが、こいつが一番大きいぞ。



 上機嫌で釣りあげた魚を使った昼食を食べ、午後は町自慢の浴場スパに案内してもらってのんびり過ごした。知っているはずの歴史でも、彼女が話すと劇的で実に楽しい。


(これは明日も楽しく過ごせそうだ)



 しかし翌日。

 ロキシー嬢に入った急な仕事のせいでガイドは別の人に変わり、彼女に案内してもらうことは叶わなかった。

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