第7話 エスコート?②
だいたいユーゴとは、とある事故で二人きりで夜を共にした時だって、互いにほんのちょっとの噂になることさえなかったような関係なのよ。事実をそのままみんなが信じてくれて、邪推さえされないような。
私は地味だから言うに及ばず。
ユーゴは馬術と剣術が飛びぬけて優秀だから、男子からはわりと人気があった感じがするけど、女子からは基本、あのもっさりとした姿と塩対応のせいで遠巻きにされることのほうが多かったのね。私と話してても、愛想がいいとはお世辞にも言えなかったし。友人からは『よく普通に会話できるよね? 怖くないの?』と言われるくらい。
『怖くなんかないわよ。時々腹が立つけど』
そんな風に答えられるほど、私にとってのユーゴは男の子というよりは珍獣というか、むしろ「ユーゴ」というカテゴリ? でしかなかったのだ。
そんな彼とは三年の付き合いだけど、クラスが違ったこともあるせいか、柔らかな表情を見るのは本当に
だからユーゴが別人として振舞ってるとはいえ、あまりにも珍しいことされてしまうと動揺してしまうのよ。むしろ正体に気づかなかったほうがよかったかも。
家族がいないと身だしなみを気にしないタイプの人っているけど、ユーゴも多分そのたぐいだったのだろう。
フォルカー様の姿だったら、人気のあった男子たちにもまったく見劣りしないどころかダントツで男前だったでしょうし、むしろ普段の塩対応さえ人気だったかもしれないのにね? もったいないわ。
入り口まで案内しながらそんなことを考えていると、伯爵がふと思い出したとでも言うように、「頼みがあるんだけど」と私を呼び止めた。
「ロキシー嬢。今日は息子にエスコートをさせてもらえないかな?」
「エスコートでございますか?」
思いもかけない言葉に瞬きをしてフォルカー様を見ると、彼も驚いたようにぱちくりと目を瞬かせている。
ここでの案内人の仕事の特徴の一つに、エスコートが含まれるものがあるのは確かだ。たとえば下級貴族や、若者の社交の予行演習としてとか。もしくは商売等がうまくいって早く社交に慣れたい人や、お一人になられたご年配の方をガイドしつつ案内するなんてこともあるとは聞いている。でもそれは、ベテランのスタッフが対応するはずなのだ。
(だから
それでも伯爵から「こちらを渡すのを忘れていたよ」と、エスコート追加依頼を受注済みという書面を差し出されれば、否と言えるはずもない。私の意思を尊重するような聞き方ではあったけれど、これは正式な仕事依頼なのだ。
「普段のフォルカーは不愛想でねぇ。これでは家に戻ってからの社交が思いやられるから、いい機会だと思ってね。同世代の娘さんに担当してもらえてよかったよ」
大きく笑う伯爵の横で夫人も「本当に」と頷くので、(あら、やっぱりそうなんだ)と思ってしまった。
しかも、経験にこだわらず担当が私でもいいと了承した理由が、
「ロキシー嬢の、この城のガイドがとても面白いと友人に聞いてきたんだ。楽しみにしてる」
となれば、張り切らずにはいられないわよね?
ガイド初日、自由にやってみていいと言われて会長の前で見せて大うけだったことが、早くもどこかで話題になってたのは驚きだけど。
「承知いたしました。ではフォルカー様、宜しくお願い致します」
苦笑が隠しきれてないユーゴに気づかないふりで、私はきちんと一礼する。彼が少し困ってるようにも見えるのは、美人が相手ではないことの不満ではないことを祈るわ。たぶんエスコートが不慣れだからとか、そんなところよね?
「ああ、よろしく。ロキシー嬢」
それでもなぜか彼の視線に一瞬熱がこもったのが見えてしまい、今何かあっただろうかとドギマギしてしまった。
よく考えると不慣れなのは私も同じなのよ。
六年間も婚約者がいたにもかかわらず、後半の三年間はデートらしいデートをしたことがなかったんだから。
以前より逞しくなっている彼の腕に少し驚くけれど、前からユーゴの隣に立つのは無意識に猫背にしなくても苦痛でなくていいなと思っていた。いつも聞き上手だったし、話すのも苦労はしないだろうという安心感もある。
エスコートされながらの案内は初で少し緊張するけれど、表面上は自分がなんでもない顔をしてるのは分かっていた。
(今日は予想外の事ばかり起こるけれど、仕事をするってきっと、こういうことなのよね)
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