第6話 エスコート?①
馬車に三人が乗って御者のエンゾーさんが扉を閉める。
私は馬車の後ろに回って車輪などを確認してから、エンゾーさんに手を引いてもらって御者台の隣に座った。基本、案内人はお客様と一緒に中には乗らない。ここが定位置だ。
最初は思いのほか高くておっかなびっくりだった御者台だけど、ここは見晴らしがいいので大好きになった。馬車に乗ってるのに進行方向を見られるのがこんなに楽しいなんて知らなかった。
ちなみに観光用の馬車の中は四人掛けのシートになっている。エンゾーさんが言うには、体格のいい大人の男性四人が座っても余裕のあるつくりらしい。両脇に開閉可能な大きな透明ガラスがあって、外の景色も存分に楽しめるのだ。
しかもこの馬車は車輪も大きめで、衝撃を抑える工夫がしてある特別仕様らしい。この町の中心部は石畳とは違う特殊な素材で舗装されていることもあって、馬車で走っていてもびっくりするくらい揺れが少ないの。
高貴な方を乗せるには武骨な見た目だけど、安全重視でとても快適な車なのだ。
馬車は観光協会が力を入れてるとは聞いてたけど、乗ると本当に納得!
王都や実家のほうなんて見た目は美しいけど所詮は石畳。公共の乗合馬車なんてガタガタして苦手でここでも避けてたんだけど、固定観念はダメだとしみじみ思ったわ。
しばらく走っていると馬車の方は窓を開けたらしく、夫人の楽しそうな声が聞こえてくる。フォルカー様の事をたまに「ユーゴ」と呼んで慌てて訂正しているのが聞こえちゃったけど、あーあー、聞こえません。私はただの案内人です。何も知らないし気づいてませんよ。
仲のよさそうな家族に微笑み、最後まで楽しんでいってもらいたいなと改めて思う。
「よし、今日も頑張るぞ!」
軽快に馬車を走らせるエンゾーさんの横で、私はこぶしをグッと握った。
「今日も気合が入ってるね、ロキシー」
「もちろんよ、エンゾーさん。精一杯頑張るわ!」
軽快に馬車を走らせるエンゾーさんに頷くと、彼は日に焼けた顔をクシャッとさせて笑った。
「うんうん。あんたのお客さんはみーんな楽しそうだからなぁ。今日もきっと、笑顔で満足してくれるさ」
「そうだと嬉しいな」
エンゾーさんは、繰り返し指名してくれるお客様も多いのだというベテランの御者だ。たぶん五十歳くらいだと思うんだけど、どこか親戚のおじいちゃんみたいな雰囲気がある人だ。まだ数週間の付き合いだけど、この人の馬車なら安心、みたいな感じがするのよね。
いつか私も、「ぜひこの人に」と思ってもらえる何かが出来たらいいな。そんな目標ができたきっかけを作ってくれた一人なのだ。
(それにはまず、気を抜くとつい自分を否定しちゃう癖を直すのが第一目標ね)
そう。まやかしでしかない今の自分を、いつか本当にできる日がくるように……。
◆
最初にウィッケ伯爵一家を連れて訪れたのは、町の西側に建つ湖上美術館だ。
今から百五十年前に建てられたこの建物は、かつて北部一と呼ばれていた大貴族ジョエル七世が最愛の妻コレットのために建てた城で、今は美術館として一般公開されている。少し離れて見ると湖の中に建っているように見える人気観光スポットの一つなの。
伯爵自身は若い頃訪れたことがあるそうで、夫人と来たいと思っていたとリクエストされた。美術館を見た後は湖で釣りをしたり食事をしたりする予定だ。
「到着しました」
エンゾーさんが扉を開けると真っ先にフォルカー様が下りてくる。続いて伯爵が夫人に手を貸しながら降りてきた。
「懐かしいね」
目の前の風景を見てそう言って伯爵が、夫人を見て優しく目を細めた。
「いつか君に見せたいと思ってたんだ」
「一緒に来ることが出来てうれしいわ」
ふんわり微笑み返すシビラ様。
それはまるで一幅の絵のようで、見ているだけでこちらの頬が熱くなってしまうくらい、素敵な光景だった。
でも、うっとりする私の斜め後ろで、「やれやれ」という声が聞こえた。その呆れつつもちょっとした笑いを含んだ声に驚いてちらっと視線を向けると、フォルカー様が穏やかな笑みをたたえて両親の仲睦まじい姿を見ている。それはさながら、長年の友人たちを見守るような優しい眼差しでとても大人っぽく、なぜか私の心臓が小さく跳ねた。
「ごめんね、ロキシーさん。あの二人はいつもああなんだよ。暑苦しいとは思うけど気にしないで」
「いえ、とんでもない。とても素敵なご夫婦ですね」
私は表面上、案内人の穏やかな表情を浮かべていたけれど、「そう?」と、笑みを含んだまま微かに首を傾げたフォルカー様を前に、心の中は大変なことになっていた。
(ちょっと待って。中身はユーゴなのにフォルカー様の色気にあてられるんですけど! え、ユーゴだよ? 美男子だったことにはビックリはしたけど、それでも彼は
あれはユーゴっ!
そっくりさんかと自分でも疑ってしまうけど、やっぱり間違いない。それでも見たこともないような美しい表情が本当に心臓に悪いと思う。
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