第2話 失恋したら髪を切る?②
「それで、お姉様は納得しているの?」
女言葉だけど、声変わりが終わりかけの低めの声。
私の髪をくしけずりながら唸るように言ったのは、十五歳になったばかりの異母弟、セビーことセバスチャンだ。
普段家族の前では使わないけれど、今日は幼馴染の女の子が来ているからだろう。こんなふうに人前で女言葉を使うのには何か理由があるらしい。
もっとも、ドレスを着せたら間違いなく可憐な美少女にしか見えないセビーは、かすれ気味の声でもこんな話し方がよく似合う。
母親似の整った顔立ちでまつ毛も長いし、明るいサラサラの茶髪は思わず撫でたくなるし。
私がこんな姿だったら浮気なんてされなかったわよね? と確信できるくらい、この弟はとっても可愛いのだ。
(ま、本人に言ったら確実に顔をしかめるだろうけど)
昔から少し変わっている最愛の弟は、外では女言葉を使っているくせに、姉の私より背が低いのが嫌だとか、着やせするのが嫌だとか、うちではいつも文句を言っている。一見華奢なセビーだけど、幼馴染と一緒に体を鍛えているからか、意外と力も強いのだ。男らしい面と女っぽい面をどちらも磨いてるっぽいのは――
(良くも悪くもあの子の影響だろうな)
私はちらっと、継母と一緒に楽しそうにこちらを見学している本日のお客様、ニーナを盗み見た。
以前は避暑地として使っていたこの町に住むニーナは、弟の幼馴染だ。
どこからどうみても正真正銘の美少女! なのに、お父様とお兄様が騎士だからなのか、体を鍛えることが趣味という女の子。そんなニーナが弟の想い人だと密かに思ってる私は、心がホコホコするるのを感じほっと息をついた。
(息が楽。やっぱりお母様の方に来て正解だったわ)
あの婚約破棄から一か月余りが経ち、学園の卒業舞踏会まであと三週間を切っていた。
本当だったらこの時期の卒業生、少なくとも上流階級の女子学生はみんな、その準備のために実家に戻る。それ以外の生徒や下級生は、その手伝いなどで小遣い稼ぎをしたりするらしい。
私は家柄だけはいいけれどそれだけで、経済面では庶民も同然。
決まってたはずの将来は閉ざされ、首席での卒業できるという誇らしさも今はほぼない。むしろそのせいで舞踏会を欠席するわけにはいかなくて、億劫だなぁなんて思っていた。
かといって、今は兄のものである実家に帰るのは気が進まなかった。
八歳年上の兄とは仲が悪いわけではなかったけれど、兄嫁のサロメは昔から私のことをとても嫌っているのだ。今帰っても何を言われるやら。
きっと、唯一の結婚の機会を逃した女として、下働きや掃除婦として扱われるわね。
私が自室の掃除を自分でするようになったのは、昔盗難事件があったことがきっかけなんだけど、サロメはことあるごとにそれを揶揄した。
『まあ、誰しも特技ってあるものなのね。勉強ばかりしてるより、よほど有意義ではなくて?』
ニヤニヤしながら小さくなった私のドレスを処分し、掃除婦のほうがお似合いだという、サロメの優し気な口調の皮肉を思い出す。
父が亡くなったのに学園に行くなんてと、一番反対したのも彼女だった。
首席を保っているおかげで学費がすべて免除なのも気に食わないらしく、長期休みに帰るとよくこき使われた。
使用人を最低限まで減らさなきゃいけなかったから、私もできることはなんでもしたけど、サロメのメイド(侍女ではない!)みたいにアゴで使われるのはつらい。掃除をしても繕い物をしても、すべて台無しにしたうえ理不尽なことばかり言うし、背が伸びないようにって食事をさせないよう画策するし。
使用人たちも見て見ぬふりをするけど、奥様であるサロメに逆らうと路頭に迷うのも理解してるから、いつもギリギリまで我慢した。食事を抜いても背は伸び続けたしね。
もっとも彼女が嫌いなのは私だけらしく、兄はもちろん、継母や弟の前では見事な淑女でいてくれるからまだましなんだけど……。
それでも心が弱っているときに実家へ向かうのはつらくて、結局継母タチアナのところに行くことにしたのだ。
(そう言えば、縁談が来てるって手紙も来てたし……)
他のみんなみたいに舞踏会の準備なんてする気にもなれないけれど、サロメが見つけてきたという四十も年上だというどこぞの男爵の後妻も遠慮したい。断ったことで兄嫁を怒らせたとは思うけど、今は考えない。
まだ道は見つからないけれど、継母の住んでるところはリゾート地だから何かと仕事があるし、せっかくなら人脈も作っておきたい。とりあえず
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