第12話 海と悪夢

 以前は海辺の町に住んでいたので、よく海へ散歩に行っていました。


 その日は晴れていて、海も穏やかです。

 海は光り、潮の匂いのするそよ風が吹いて、時折カモメが飛ぶ、絶好の散歩日和でした。


 砂浜を夫と歩いていると、綺麗な石や貝が波打ち際にたくさん落ちています。

 何個か記念に持って帰ろうと言うことになりました。

 マーブル模様の石や、形が残ってるホタテのような貝の中に、目を引く貝があります。


 オレンジと黒のマーブル模様で、手のひらほどの大きさもある、巻き貝でした。中身は空っぽで空洞でした。

 夫はその巻き貝を気に入り、持って帰ろうと言います。

 私はその巻き貝から、を感じましたが、それが良いものなのか悪いものなのか分かりません。

 もしかしたら感じた雰囲気は気のせいかも、気にしすぎだと自分を説得して、私は持って帰ることに賛成しました。


 持って帰った巻き貝や石は、玄関に飾りました。


 その夜。悪夢を見ました。

 暗い海の中で、男の人が叫んでいる夢です。

 夜の海は渦を巻くように荒れており、上も下も分からない状態です。

 視点のは溺れているのか、息ができないほど苦しい。

 そしてこの広い海では独りなんだと、とても悲しい気持ちになる夢でした。


 初めて見るタイプの夢だったので、夫に相談しました。

「胡散臭いかもしれないし、嘘に聞こえるかもしれないけれど、あの巻き貝の夢を見たかもしれない。海に帰してあげたい」

 夫は霊感の類いは皆無ですが、ありがたいことに、私の話は真剣に聞いてくれます。

「きっと良くないものを持って来ちゃったんだね。あの場所に帰してあげよう」


 巻き貝をタオルでくるんで、私たちは再び海辺に行きました。

 砂浜に到着するやいなや、夫はむんずと巻き貝を握って、ずんずんと海へ進みます。

 そして「じゃあな!」と叫びながら、巻き貝を思いっきり海へ投げました。

 ポチャンという音も聞こえないくらい、砂浜から遠くの海へ落ちていきます。


 そんなにぞんざいに扱って大丈夫だろうかとヒヤヒヤしましたが、夫は「ほら、これで大丈夫だろう」と勇ましく言うので、大丈夫だと思うことにしました。

 (おそらく夫のこういうところが、霊的なものに取り憑かれない要因なんだろうなと思いました)


 帰宅して、念のために玄関に塩を撒きました。

 それ以来、溺れる夢は見ていません。

 あの夢は巻き貝自身の夢なのか、はたまた何かがあった人の記憶を宿した巻き貝なのか、知る術はありません。


 終わり。


追記:近況ノートに、実際の巻き貝の写真を載せてみました。よろしければご覧ください。

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